第8話 時間停止

 俺がチビリカの前を走り、施設の中を進んでゆく。

 どうやらこの施設は巨大なビルらしい。

 大きな窓から煌びやかな夜景が見えたがその情報から、おそらくここは東京の都市部の超高層ビル、そして、その最上階がさっきのパーティー会場だったらしい。

 試験を受けたのが田舎の山奥だったため、あのネコミミロリ、シャルの能力で俺はここまで飛ばされたのだろう。

 強力な経済力を持つヒーロー組織らしい会場だが、あれだけボロボロにされたら元どおりにするのはどれだけ時間とお金が掛かることだろうか。


 そして俺たちはいつしかだだっ広い空間に出ていた。

 建物で言うと十階かそこらだろう。

 あと少しでこの施設を脱出できる時だった。

 しかし――。


「逃げ足がとっても速いんですね」

「なっ?!」

「うそ…….」


 確実に距離をとって逃げてきた筈だった。

 しかし、ブラックローズの幹部が全員揃って俺たちの行手を阻んでいる。


 一人の女性が前に出てきた。

 まるメガネをかけて、ボブカットの髪をゆるく巻いたおっとりとしている女だ。


「貴方達はよく頑張りました、まさかここまで逃げられるなんて思ってもみませんでしたよ。フフフ」


 お上品に笑うが、目は笑っておらずこちらの動きを確実に捉えるかのように目を細めてじっと見ている。

 くそ……理屈はわからんが先回りされていたのか……。


「なあ、そろそろ俺らを襲った目的を教えてくれないか?」


 俺は時間稼ぎに聞いてみた。

 もっとも、理由なんていくらでも想像がつくが。


「そんなの、若い目を潰すために決まってるじゃないですか。私達の崇高な活動を邪魔するあなた方ヒーローはどれだけ数を減らしても毎年毎年ウジ虫のように湧いて出てくる。それではこちらも商売上がったりなんですよ。だからその発生源を叩くのです」

「なるほどな……」


 まあ、想定していた回答だ。

 しかし、いったい何処から今日の情報が漏れたというのだろう……。


「シルバー、こいつは……?」


 後ろからチビリカが聞いてくる。


「幹部の一人、能力は『時間停止クロノスタシス』と言われている。かなり厄介な敵だろう」

「シルバー、ここは君に任せられるかしら?……どうやら後ろにいる奴らでもう一人こっちに来てるみたいよ。私はそいつをおびき寄せて時間を稼ぐから新しい逃走経路を探して頂戴」

「わかった」


 俺は再び能力を使い、剣を生成する。


 担いでいたアイラとかを地面に置き、心許ないが壁を作っておく。


「どうやら、ここでの戦闘は避けられないようだ。そっちから掛かって来ないなら、こちらから行かせてもらうぞ」

「はあ、無粋ですね。まあいいですよ、何処からでも掛かってきて下さい。まあ、あなたに私を切るのは無理だと思いますが」


 俺は重心を落とし、力の限り地面を蹴りつける。


 相手は動かない。

 かなり余裕があるようにみて取れる。


 俺は切っ先を相手に向け、下段の構えから相手を一刀両断……する筈だった。


「なんだ……何が起きた?!」

「ふふ、狙いが外れましたね?」


 間合いに入った瞬間、奴の姿が消えた。

 そして、俺の背後から声がしたのだ。


「やっぱてめえの能力は時間停止か……」

「うーん。合ってるようで、合ってないですね」

「何だと?」


 俺はもう一度斬りかかる。

 しかし、それも空を切った。

 続く三度目、四度目の攻撃も全て当てが外れた。


「ね、無理でしょ?」

「はあっ、はぁっ……」


 刃が奴に当たる瞬間、その姿が見えなくなる。

 一体どんなカラクリがあるんだ……?


「じゃあ、そろそろ私も行かせてもらいます」


 そう言いながら微笑み、こちらへと突き進んでくる。

 しかし、余裕で見切れるほどの速さしかない。


「そんな遅せぇと、動く的だな!」


 俺は思いっきり斬りかかる。

 その時だ。


「ぐっ、かはぁっ!」


 奴の低速の拳が、いきなり速度を増し攻撃が殆ど見えなかった。


「あらあら、一撃で終わりですか? 射心ちゃんとか明鳴めいめいちゃんをピンチに追い込んでいたのに……正直拍子抜けですね」


 明鳴というのは、おそらくさっきのスピーカーハンマー女だろう。

 俺は鉛のように重くなった体を持ち上げ、なんとか構えを取る。


「そんなにボロボロで……まあ、仕方ないですね。試験が終わってすぐでしたし、既に二人のブラックローズ幹部の攻撃をまともに食らってる訳ですから……私が出る意味もあんまし無かったですかね」

「ざっけんなよ……俺はお前たちを一人残さず殺す為にこれまで生きてきたんだ。こんなところで死ぬ訳にはいかねぇんだわ」

「もう! 私達が何したって言うんですか! 何も知らないで喚く事しか出来ない弱者は、強者からのおこぼれを貰うが如く、水溜りの泥水でもすすってれば良いんですよ!!」

「がはっ!!」


 明らかに機嫌を悪くした様子で、膝蹴りを打ってきた。

 当然、当たる瞬間まで見切れているのに食らってしまう。

 その時だった。


「黒鉄くん! ねえ、大丈夫!?」

「っ、アイラか……意識戻ったんだな。済まないがそこに隠れててくれ、今、ブラックローズの襲撃を受けている」

「っ?!」


 外傷がかなり大きいが、アイラが意識を戻したたようだ。


「ブラックローズってあの……?」

「はーい、そうですよ。あなた、お友達ですか?」

「あ、あなたはブラックローズ幹部の一人!?」

「はいはーい、意識が戻った所すみませんが、貴方にはもう一度眠って貰いましょうか」

「えっ……?」

「させるかっ!」


 アイラが狙われた。

 俺はそれを止めに入る。


 釈然としないが、今日ここまで動けているのは昨日こいつが俺にやった施術の効果がでかい。

 朝起きた瞬間から体が軽く感じていたのだ。

 まあ、今となっては剣を振るのも一苦労だが、仮は返す主義なのだ。


 俺が捨て身とも言える動きで相手に蹴りを喰らわせようとすると、またあと一歩のところで相手が見えなくなり、カウンターを広背筋に貰った。


 肺が圧縮され、呼吸が思うように出来ない。


「あら、ついカッとなってやり過ぎちゃったみたいですかね?」

「っかはぁ、っはぁ!はぁ!」

「黒鉄くん!」


 俺はアイラを隠していた壁を変形させつつ、三人を担いで後ろに引いた。


「大丈夫?!……な訳ないよね」

「いや、大丈夫だ。この程度の傷なら何とかなる」

「それよりも、さっきなんで空中で止まってたの?!」

「は……? なんだって?」

「いや、だから、あの女の人を蹴ろうとした瞬間に黒鉄くんの動きが止まってたのよ!」

「……なるほどな、違和感の正体が分かったぜ。ナイスアシストだ、アイラ」

「ふぇ?! あ、いや助けになったなら良いんだけど……もっと褒めてくれても良いんだよ?」


 俺は無視して前を向く。


「……てめえ、能力で俺が追いつくまでの時間を遅くしてるって訳だな。そんでもって、それは一人にしか使えない。だからさっき、第三者であるアイラが起きた時、必死に潰しに掛かろうとしてた訳だ」

「はい、正解です! だからと言って、何になるんですか? あなたはこのまま私に捕まって終わりですよ」

「いや、追い詰められたのはてめえだ」

「どういうことですか?」

「お前の能力は決して時間停止なんかじゃない。ただ、俺がてめえに追いつくまでの時間を無限に割ってるっつーだけだ。けどよぉ、無限ってのはてめえの専売特許じゃねえ、俺の金属形成速度は形状を無視すりゃ無限に等しい速度で生み出せる」

「だから私に勝てると? 笑わせないで下さい。いくらあなたの金属形成速度が早かったとしてもまたその時間を無限に割れば私には追いつけませんから」


 俺は切っ先を相手に向け、腰を落とした。


「じゃあ、試してみるか? どっちの無限が上か」

「望む所です」


 俺は一瞬にして、剣の形を変形した。

 ただただ真っ直ぐの円柱状に。


 女の虹彩が琥珀色に輝き、能力が発動された。

 そして――。


「きゃぁっー!」


 俺の攻撃が、女の体にぶつかり吹っ飛んでいった。


「どうやら、俺の無限が勝ったみたいだな」


 女はそのまま倒れ込み、白目を向いて意識を飛ばしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る