第7話 衝撃

 確実に一太刀浴びせた自信があった。

 しかし、


「おおー凄い斬撃だね! 射心いここちゃん、避けなきゃ死んでたよ?」

「問題ない。なぜなら今も生きてるから」

「はぁー。まあ、確かに私が守らない事なんてある訳ないかぁ」


 鋭く研ぎ澄まされた金属の剣が、ボーイッシュな少女の白く細い人指し指で止められていた。

 しかし、その指先からは蒸気とともに高温の熱が生じているらしく、陽炎を作っている。


「シルバー、待ちなさい! そいつらは私たち二人で敵うような相手じゃないわ!」

「敵うか敵わないかじゃねぇ……俺はこいつらをぶっ殺して父さんと母さんの仇を打ち、姉さんを助ける!!」

「っ……? 何があったか知らないけれど、止めても無駄な様ね。まあ良いわ、どちらにしてもこのままじゃいずれ私達も周りのヒーローと同じ運命を辿りそうだし……でも条件があるわ」

「条件?」


 俺はそう問いながら、大きく後ろに引く。


「今は殺す事じゃなくて、なんとかこの施設から脱出する事を目指すの。さっきの太刀筋、確かにあなたは強いわ。けど、それだけじゃどうにもならない戦力差だってある! まだ息のあるヒーローを少しでも救って体制を立て直すのよ!」

「……っ、分かった」


 俺は奥歯が砕けるほど強く歯を食いしばる。


 やっと現れた仇。

 俺の人生を賭けた全てがそこにある。


 それを逃す事が、この機会をものにできない俺の力の無さが、どうしようもなく憎い。


 だがこのままじゃ犬死にだ。

 俺の目的が仇を撃つだけだったなら、例え四肢をもがれても相手の脳梁を吸い尽くすくらいの事をして死んでやった。

 だが、姉さんを助けられるのは俺だけだ。

 やらねばならない。

 だからこそ、ここでやられる訳にはいかない。


「指示は任せる。身の安全を確保しつつ逃げるとなれば、俺が運べるのは多くて三人だ」

「分かったわ。私の能力なら大人数を一度に運べるけど、問題は操り人形が無いから能力も発動できないってところね……」


 そう言って悔しそうに俯くチビリカ。


「人型だったな?」

「え? 何を言って……」


 俺は剣を地面に突き刺し、放射状に金属の繊維を伸ばす。


「見つけた」

「え、うあぁ!」


 俺は施設に使われていた金属を少し脱拝借し、2メートルほどの人型ゴーレムを生み出した。


「これを即興で?! っ、でもこれで能力が使えるわ!」

「じゃあさっさと息のある奴を運べ。ついでに逃走路も探しておいた。俺に着いてこい!」

「もう、指示は任せるって言ったばかりじゃない!」

「良いから今は従っとけ!」


 そう言って俺は地面に寝転んでいたヒーローを3人引っ張り上げる。

 釈然としないが、凛とアイラはまだか細いながらも呼吸をしていたので拾い上げてやった。

 たった数時間の付き合いで情が移ったとか、そう言うのでは決して無い。


 さらに、金属で巨大な壁を作り奴らの足止めをする。


「さぁ、早く逃げるぞ!」

「ま、まって!」

「あーなんだよっ、チビリカ!」

「私の能力は動かす為の準備が必要なの!」

「はぁ、どのくらいかかる?」

「1分でやるわ」

「45秒だ。それ以上待っていられない。あの壁もいつ破られるか分からないからな」

「……わ、分かったわよ!」


 そういうと、何かが擦れ合わさるような音が聞こえて来る。


「ん? チビリカ、何やってん……だ?」


 違和感を感じ、後ろを振り返るとそこでチビリカが服を脱ぎ出していた。


「……お前、痴女だったのか?」

「違うわよ! 操り人形に触れて私の能力の抹消神経的なのを写す作業よ! あなたが45秒って言ったから肌面積を増やすために仕方なくロリコンの前で真っ裸になってやろうとしてんじゃない!!」


 チビリカが目に涙を溜めてこちらに弱々しいパンチを打ち付けてきた。


 擬音をつけるならポフポフと言うくらいの力。


「だぁぁ! 俺がすまなかったからなるべく早く、けど脱がずにその作業を済ませろ!!」

「最初からそう言ってよ!」

「無理だわそんなの!」


 ドガン!!!


 俺たちが言い合いをしているとさっき作った金属の壁が粉々に粉砕された。


「シルバー! もっと頑丈に作りなさいよ!」

「……いや、俺は金属結合を能力で高めていた。さっきの壁はモース硬度10、ダイヤモンド並みの硬さがあった筈だ……」

「それって、え?」


 脱いでいた服を着かけたチビリカが素っ頓狂な声を出す。


「大丈夫だ、俺も信じられん」


 すると、粉々になった壁の残骸から人影が現れた。


「何コレ硬った! 私のハンマー傷ついちゃうじゃない!」


 チビリカよりもさらに小柄な少女が、その身長の数倍はありそうな巨大なハンマーを担いで立っていた。

 残骸の山を、その空色の髪を振り乱しながら降ってくる。


「こういう事されると困っちゃうんだよねー。でも君の判断力と決断力、それに戦闘能力には光るものがあるねぇ!」

「っ! チビリカ、30秒時間をつくる。その間に能力を使えるようにしておけ」

「ああーもう、君は女の子の服を脱がしたり着せたり、また脱がしたりってどんだけ変態なのよ!」

「黙ってやれ! 本当に、こいつはやばい……!」


 ブラックローズはその組織としては有名だが、構成員は謎に包まれている。

 一説によると末端を合わせて数万人規模の組織であるそうだ。

 数少ない知られている情報は、幹部が6人で構成されている事、そしてその能力と見た目。

 先代のヒーロー達がこれまで多くの犠牲を出してやっと引き出した情報だった。


「こいつは、物体を二等分から分子レベルで粉々にできる『スマッシャー』という能力の使い手だ。さっきの衝撃と天井を突き破って来たのはこいつの能力か……」

「おっ、もしかして私人気者? そんじゃあ、出会って間もないけど、行かせてもらいますか!」


 そう言って、少女は突進してくる。

 俺は、とっさの判断で担いでいたヒーローを後ろに投げる。


 なんのブラフもない純粋な突撃。

 巨大なハンマーを振り上げ、薙ぎ払うように打ち付けてきた。


 バギンッ!


「ぐっ……」


 なんとか受け切ったが、俺の作った剣は砂粒のように粉砕された。


「ふふーん。君の剣も、ここまで粉々になったら使い物にならないねぇ」


 ニヤニヤと、嘲笑うようで無邪気な笑みを浮かべている。


 しかし、俺の能力はこんな攻撃じゃ止められない。

 俺は砂のように粉々になった金属に蹲み込んで手をついた。


 そして、ドロドロと金属の形状を変えてゆく。


「うひゃー、熱量無視で状態変化させれるの?! すごい能力だね!」

「ご明察だ。けどなぁ、そんなに余裕ぶっこいてて大丈夫か?」

「なに……?」


 ガツンッ、と少女の持っていたハンマーの一部が地面に落ちた。


「君、何をしたのかな……?」

「てめえの武器の金属を溶かしただけだ。けど、なるほどな。それ、ハンマーじゃねえだろ?」

「っ?! なにを言っているのさ……」


 俺は少女のハンマーに剣が砕かれるその僅かな隙で、相手の武器の金属部品をドロドロに溶かしていた。

 しかし、少女のハンマーは殆ど金属以外の部品で構成されており、その部品には多少見覚えがあった。


「それはハンマーに見せかけたスピーカーだろ?」

「さあ、それはどうかな?」

「しらを切るか。まあいい。てめえの能力の本質は物体を粉々にする事じゃねぇ、物体を、そのスピーカーから出した音で共鳴させて、その振動で破壊するって力だろ。まあ、さっきの破壊でてめえの武器はもうマトモに使えないと思うがなぁ?」

「……悔しいけど、そこまでバレたなら隠す必要はないね。あーあ、脅しくらいにはなると思ったのに」


 そう言って少女は武器を地面に投げ捨てる。

 少女の武器はハンマーに見せかけた巨大なスピーカーだった。

 少女の能力は大方、空間に振動を伝染させる様な物だろう。


 物体は他の物体の振動を受け、その振動が物体特有の固有振動に近ければ近いほど同じ動きをするという特徴を持っている。

 おそらくこいつは、物体の固有振動を何らかの方法で見極めてスピーカーでそれに近い振動を送り、その力で物体を粉々にしていたんだろう。


 俺は再び金属を剣に整形した。

 その時。


「シルバー、終わったわ! これで能力が使える!」


 チビリカの能力が使えるようになったらしい。


「了解だ、チビリカ、さっさと逃げるぞ!」


 俺は投げ捨てていたヒーロー達を再び担いで剣をアクセサリーに戻した。


 もう一度金属の壁を作る。

 スピーカーの少女の能力を封じたため、もう簡単には追って来られないはずだ。

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