第6話 歓迎会

「合格、おめでとう!!」


 パン!

 パパンッ!


 雅なパーティー会場、そこに響いた間抜けなクラッカーの音とほのかに香る火薬の匂いが、俺を迎えた。


 クラッカーを鳴らした数人はそこそこ名の知れたヒーロー。


「やあ、ルーキー。立てるかい?」

「はい、ありがとうございます」


 そう言って手を伸ばしてきた筋肉質の大男の手を借り、俺は立ち上がった。


「ささ、新人くん! 長いヒーロー試験疲れたでしょ? 今日は日が明けるまで無礼講! 新人ヒーローの歓迎会兼懇親会を兼ねた立食パーティーだよー! 存分に楽しんでくれ!」

「アルミ、兼ね過ぎてて本質が見えない」

「おっとテルル、これは失敬!」


 そう言ったのは双子でヒーローをやっている女の子、アルミとテルルだった。

 両方とも同じ黒髪に同じ髪型、体の大きさに不釣り合いな長い日本刀のような武器を帯刀している。

 しかし、目つきがぱっちりしているか、切れ長かで見分ける事が出来た。


「どうぞ、召し上がって下さい」

「あ、どうも……」


 横から料理の盛り付けてある皿を渡してくれたのは妖艶なドレスを纏った女性だった。


「あ、新人くん、色仕掛けに引っかかっちゃいけないよー?」

「何を言っているのかしら、アルミ?」

「ふーんだ、男の人ってばみんな年上の女の人に弱いんだから」

「大丈夫よ、世の中にはアルミみたいな未成熟の少女がストライクゾーンの殿方も居るからね」

「おお、新人くん、君はその特殊性癖者かい?」

「特殊体質みたいに言わないで下さいよ。僕はノーマルです」

「はははっ、やっぱり女の尻に敷かれて喜ぶタイプか!」

「ちょ、待って下さい。それだとどちらに転んでも僕が変態になります」

「ガハハ! 愉快愉快!」


 先ほどの筋肉質のヒーローが豪快に笑い、続けて周りにいたヒーローや新人ヒーローたちもつられて笑っていた。


 最初はかなり驚いたが、こうして気軽に迎え入れて貰えると、こちらも馴染みやすいと言うものだ。


「お、そこに居るのは黒鉄くんじゃないか!」

「ほんどだ! 合格したんだね!」

「おお、君たちも合格してたんだね」


 変態と変態、もとい凛とアイラがグラスを片手に立っていた。


「なに、その変な喋り方?」

「アイラさん、何を言っているか分からないよ」

「ふぅーん、へぇー、そうなんだぁ……」

「ちょっとアイラちゃんと黒鉄くんウチを差し置いて何言ってるのさ!」

「凛は分からなくて大丈夫だよ」

「後でこっそり教えてあげるから」

「おい、ちょっとまてや」

「え?」

「あ、いや。暫し待たれよ」

「なんかキャラ崩壊してない?」


 俺たちが不毛なやりとりをしていると、いきなり辺りが暗転し、スポットライトが簡易ステージに差し込んだ。


『新人ヒーローの皆、まずは合格おめでとう!』


 パチパチパチ


 先程面接で合った赤髪の青年が簡易的なステージ上に立ち、マイクを持って話し出し、周りのヒーローたちが俺に合わせて拍手を送った。

 どうやら、歓迎のスピーチのようなものが始まるらしい。


『今日のパーティーは君たちの歓迎会も兼ねている。是非気楽に楽しんで欲しい! 申し遅れたが、私はヒーロー組織のリーダーを務めている蘿月炎火だ。よろしく頼む!』

「「ウォー!!」」

『それじゃあまずは、アイドルヒーロー、蘭莉乃理らんりのりのパーティー会場限定特別ライブだ!』


 会場のボルテージが上がってきたその時だった。


 キィーンッ!!


 耳障りなハウリング音と共に何か大きな揺れを感じた。


「ん、どうしたんだ?」

「えーなになに!?」

「結構揺れたな……」


 会場が水を打った様に一瞬鎮まり、その後波紋が広がるように不安の声がぽつりぽつりと上がり始めた。


『皆、大丈夫だ! 安心してくれ。なぜならここには私含めてプロのヒーローが勢揃いしている。新人の芽はそう易々と摘ませたりしないから遠慮なく我々に頼ると良い!』


 炎火のカリスマ的な統率力がその場の空気を変える。

 不安そうな顔をしていた新人もホッとした顔をしている。


 しかし――。


 ガガガガガッ!!!


 一瞬の出来事だった。

 空気が圧縮される様な感覚と、周囲に迸る青白い雷撃。


 そして、超高速の鉄球が全方位から俺たちを襲った。


「ぐッ……」


 咄嗟の砲撃に能力で対応するも、かすり傷を数カ所受けた。

 盾の形にしていた剣を元に戻しつつ、俺は体についたホコリを払った。


「……はぁ、どうなってんだよ」


 足元にはには先程俺を迎えてくれたヒーロー達が力なく横たわっている。

 凛やアイラも絨毯に伏して体の節々から出血していた。


 少しずつ流れる鮮血が赤い絨毯を真紅に染め上げていた。


「あなた、意識はある?」


 後ろから急に声がして、俺は思わず手に持っている白銀の剣をその声の主に振りかざす所だった。


 おっと、いけない。

 こんな異常事態であろうと「僕」を作ることは絶対にやめては行けない。


「うん、ギリギリ生きてる。どうやら、助かったのは僕と君だけみたいだね」

「そのようね」


 振り返ると、そこには白い何かがあった。

 いや、失礼。

 目線を少し落とすと、そこには小柄な少女が立っていた。

 先ほどの白い何かは、この少女の頭頂部であったらしい。

 肩ほどの長さで切り揃えられたその銀の髪は、雅な光を放っていたシャンデリアが先の攻撃でその光を失ってなお、輝く天使の輪を作っている。

 しかしその目は光が宿っておらず、どこまでも深い深淵を覗いていたような灰色をしていた。


 体はお世辞にも女性的だとは言えないが、小さな体からは小動物のような愛くるしさと、蠱惑的な魅力を感じる。


「人の体を舐め回すように見て、あなたロリコン?」

「ちょ、違うよ!」


 少女は自分の体を抱きしめるように、こちらに軽蔑の視線を送ってきた。


「はあ、謎の敵襲の次はパッとしないロリコンに襲われる事になるなんて……」

「だから違えって!」


 っと、俺を抑えきれずに突っ込んでしまった。


「と、とにかくここには僕と君しか居ないんだ。二人で協力しなくちゃいけないでしょ」

「そうね、自分の背中を預けるのにこれほど不安な人はいないと思うけど、今は致し方ないわ」

「っ、じゃあまずは能力を紹介し合おう」

「あなた今舌打ちした?」

「いや、僕がそんな事する筈ないだろう」

「はぁ〜、さっきから気持ち悪いわね。そんなに自分を繕って何が楽しいの?」

「え、なんて……」


 心臓を掴まれたような感覚がした。

 この少女には「俺」が見えているのか……?

 いや、そんなはず無い。

 孤児院の皆んなにも一切疑われずに今日まで過ごしてきたんだ。

 それなのに、こんな少女が出会って数秒で俺の仮面の中を見抜いたというのか。


「だから、あなたのその気持ち悪い『僕』には、一瞬と言えど背中を預けるなんてごめんだわって言ってんのよ」


 はぁ……、どんな細工かは知らないが、『俺』を見抜かれているらしいな。

 しかし、数十年間被ってきた化けの皮を、今日1日で二回も剥がされることになるとは……。


「……なんでこの一瞬で『俺』を見抜いた?」

「ふふっ、やっといい表情になったじゃない、ロリコンさん。強いて言うならあなたの目は私と同じなのよ」

「目だと?」

「ええ、どこまでも深い深淵を覗き込んだような真紅の瞳。心底嫌だけど、私と貴方は同類よ」

「!?……」

「あら、図星かしら? でもこれでやっと協力するに最低限のラインを満たしたわね。能力は人型の無生物を遠隔操作出来る、皆んなからは『クレイジー・マリオネット』と呼ばれているわ。まあ、私の操り人形はさっきの攻撃を防ぐのでボロボロになっちゃったけど」


 そう言って、白く細長い指を地面に向けた。

 そこには灰色の砕けた石がゴロゴロと転がっているばかりで、これが人型だったら時の姿はもはや想像もできない程に粉砕されている。


「俺は体に触れている金属の形を自由に変形出来る、この剣もさっき付けてたシルバーアクセサリーを変形して作ったものだ。さっきの攻撃は弾丸が鉄製だったから被弾した瞬間にに形を変えてダメージを抑えた。だがまあ、服は見ての通りボロボロだ。あと、てめぇみたいに厨二くせぇ名前は無い」

「そう? 私には貴方こそシルバーアクセサリーをジャラジャラつけた厨二病末期患者に見えてならなかったわ。けど、その能力のせいなのね」


 少女は顎に手を添えて探偵のようにこちらを観察する。


「あと、『てめぇ』じゃなくてリリカ・ファーアイルよ、ロリコンさん。特別にリリカと呼ばせてあげるわ」

「ああ、分かった。チビリリカ、いやチビリカの方が良いか? あと、こっちは『ロリコンさん』じゃなくて神皇黒鉄じんのうこくてつだ。特別に黒鉄と呼ばせてやる」

「分かったわ、シルバー」

「なんも分かってねぇじゃねえか!」

「お互い様よ、それとも厨二ロリコン腹黒パッとしない男さんの方が良い?」

「っ……じゃあシルバーで良い」

「腹黒だけど素直なのね、シルバー」

「んなこたぁどおでも良い、チビリカ。とにかくぶっ倒れてるヒーローを助けるぞ。これでも俺ら今日からヒーローなんだぞ?」


 俺とチビリカがそんな話をしていた時だった。


「おしゃべりは済んだぁ?」

「「?!」」


 突然かかった声に思わず警戒態勢を取る。

 だが、いつからコイツは居たんだ。

 いや、コイツら、か。

 変な女に気を取られていたが、緊急時と言うこともあり常に気を張っていた筈なのに……全く気配がしなかった。


「うーん。2人かぁー、ガウスちゃんちょっとやりすぎなんじゃない?」

「私は撃てって言われたから撃っただけ」


 気さくに話しかけるボーイッシュな少女と、背中にいくつものライフルを羽のように武装した少女。

 そして……。


「!……この人達、ブラックローズの幹部よ……それに情報通りなら幹部とボスが全員揃っているわ……」


 闇の中から現れたのは二人だけではない。

 総勢七名、ヒーローの活動を妨げ、悪の行為に及び、そして時には人殺しだってする。

 そんな自らを「闇の組織」と豪語する「ブラックローズ」の幹部とリーダーがここに勢揃いしているのだ。


 しかし……ちょうど良いな。


「まずいことになったわね……ん? シルバーどうしたの?」

「……」


 チビリカがそう声をかけてくるが、俺の意識は既に目の前に現れた仇に釘付けになっていた。

 今日まで、この瞬間をどれほど待ちわびたことか。

 一瞬だって屈辱と後悔の念を忘れた事はない。

 ただ、この時のためにひたすら牙を研いで来たんだ。


「……まずは生存者を確認して応援を呼ぶわ。私がアシストするからあなたは……」


 まだチビリカが言い終わらない内に、俺の中に膨らんだ憎悪は限界を迎えた。


「こいつらは、俺がここでぶっ殺す!!」

「はぁ?! 何言ってんの?! ちょ、ちょっとまって! シルバー!!」


 俺はライフルの少女に、白銀の刀身を力一杯振り下ろした。

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