第4話 試験二日目

 その後、俺は傷ついた体を癒すため、医務室に来ていた。

 他の試験会場ではかなり激しい戦いが行われているらしく、先ほどから重病患者が担架で運ばれてくる。


 その手当てをしているのは……確かヒーローの一人だったと思う。

 黒い白衣を纏った目が切れ長の女性で、能力は回復系だったと記憶している。

 その手際は、流石プロと言うべきか、無駄な動きが一切ない完璧な治療と言える。


 横目でその流れるような動きを見ていると、


「あなたはこっちね」

「あ、はい」


 看護師のような人から手招きされた。

 軽症の俺はまた別のところで治療を受けられるらしい。

 指定された場所につきスライド式のドアを開けると、そこには亜麻色の髪をした優しい笑みの少女が居た。


「こんにちは、どうぞ掛けてください」

「ありがとう」


 促されるままに椅子に座ると、少女は2、3枚紙を取り出して、じっと眺め出した。


「ふむふむ、頭皮にかすり傷と、内臓が一部損傷してる感じね。じゃあ上着を脱いで」

「はい」

「あ、それと私あなたと同じヒーロー志望なんだよね。私は軽傷者の手当てをするのがお題。でも安心して、腕には自信があるから!」

「お、お手柔らかに」

「うん!頑張っちゃうよー」


 俺は服を脱ぎ終えると、少女の眼鏡青く発光し出した。


 そして、ゆっくりと俺の体に両手で触れた。


「すごい……あなたの筋肉繊維、どれほどの鍛錬を積めばこうなるのってくらい洗練されてる」

「……いや、そんな事ないよ」

「そうかな?だって……」


 その時、少女の目に妖艶な光が宿ったように感じた。


「うっ……」

「ふふっ、私の能力はね体細胞の分裂を一時的に早める事が出来るの。完璧な治癒じゃないけど、後遺症は残らないから大丈夫。その応用でね、ちょっと凝り固まった筋肉繊維を解してあげる事も出来ちゃう。どう?意外と万能でしょ?」


 少女の手は壊れ物を扱うように優しく、しかしその手から伝わってくる温もりと謎の心地よさがある。

 それは、今までどこまでも鋭く研ぎ澄ます事だけを考えてきた体に染み渡る、まさに枯渇した泉に再び水が湧いて来たような感覚だった。


「も、もう大丈夫だと思うんだけど……」

「そう? まだ解し切れてない場所があるんじゃない……?」

「ちょ、まっ……」


 少女の手が俺の腰へと回る。

 側から見れば抱き合う男女のように見えてしまいそうなこの状況。

 少女のふわふわとした髪が優しく体に当たり、柑橘系のいい匂いが鼻腔をかすめた。

 先ほどからどうもやばい女と出会す事が多いな……と内心感じながらも、俺は一刻も早くこの少女の体を突き放そうとした。


 しかし上手く力が入らない。


「力が入らないでしょ?まあずっと長い間凝り固まってた筋肉を一気に解した訳だから少し時間をおかないと力が入りにくいかもね。でも、明日になれば体の調子がすごく良くなってるから」

「ま、まって、ほんとにこれ以上は……」

「意外と意識が強いね?私、実は特殊体質なんだよ?」

「?!」


 特殊体質とは数十年前、突如人々に能力が目覚め始め、それと時を同じくして出現し、能力とは異なり、常に発動している能力の総称だ。

 その種類は、見た目が大きく変化する者や見た目には現れないが常に外界に影響を与えるものまで多種多様である。

 そして、この特殊体質は能力と異なり、いつ発生するか分からない。

 生まれた時からの場合もあれば、老いてから発現する事だってあるのだ。


「私は三年前から女夢魔サキュバスに目覚めたの。男女見境なく性を吸い取るのが私の特殊体質♡」

「一番医者になっちゃいけない特殊体質だ……」

「そんな事言わないでよ。さっきのあなた、私の幼馴染みの凛ちゃんをあんなにして……あなた男夢魔インキュバスの素質があるんじゃないの?」

「んな訳あるかっ!つかお前あの変た……変な女の幼馴染みなのかよ! って待てよ、あいつの変な性癖ってまさか……」

「ふふーん、ちょっと攻めすぎちゃったかにゃ?」

「てめぇの仕業かこんにゃろう」

「あ、言葉遣いがさっきと違うねぇ? ちょっとずつ心を開いてくれてるのかな? そのまま骨の髄まで溶かしてあげるから」

「っ、待て!」


 特殊体質を完全に解放した反動だろうか。

 この女の亜麻色の髪がピンク色へと変色し、辺りに籠る甘ったるい香りがより一層強くなった。

 俺の意識は朦朧とし、気を強く保たなければこの臭気にどうにかされそうになる。


「(……もう、どうでも良いのか?)」


 頭の中に渦巻く様々な思考が、一時の享楽に身を委ねようと停止してゆく。


「抵抗が弱くなったね……じゃあ、いただきまー……ん?」


 女が俺の背中に手を伸ばした時、違和感に気付いた様だ。


「あなた……この背中の傷はなに?」


 一瞬の隙をつき、俺は朦朧としていた意識を呼び起こす。


「7年前、負ったものだ。けど、それに触れてくれてありがとう……いつまでも消える事なく、俺の心を突き動かすソイツに」

「……?!」


 俺は能力を発動させ、女の座っていた椅子の金属で、手を拘束させた。

 そのまま窓を開け、この部屋に立ち込めた臭気も追い払う。


「あー、もうちょっとだったのにぃぃ!」


 悔しそうに足をじたばたさせる女。

 と、そこに


「アイラ? 迎え来た……よ?」

「あ、凛〜。悪いけど助けてくれない?」

「?! さっきの変態!」


 そこには先程気を失っていた凛が元気よく立っていた。


「え、黒鉄くん?! あとウチは変態じゃない! ってそれよりも、これどういう状況?」

「いや〜まさか私の特殊体質に耐えられる男の子が居るなんて……」


 ははは、と不甲斐なさそうに笑うアイラと呼ばれた諸悪の根源。


「もう! こんな事してたら本当に落ちちゃうよ?! 試験中は何もしないって約束したじゃん!」

「ごめんごめん!」


 そう言いながら凛は深々と頭を下げ、ついでにアイラの頭もぐっと下げて謝ってきた。


「黒鉄くんごめん! アイラちゃん暴走するとブレーキ効かなくなっちゃって……」

「それは心外だよ? 私の場合はなからブレーキなんて搭載してないからね〜ん」

「いやちょっとは反省しろよ」


 俺が思わず突っ込むと凛は深々と曲げていた腰をさらに落とし、平謝りしてきた。

 何となく凛がかわいそうに思えてきたので、俺は能力でアイラの高速器具を解き何もされないうちに逃げる事にした。


 その離れ際に、


「黒鉄く〜ん、続きはまた今度ねー!」


 とアイラが叫んできた。


「もう二度とごめんだ!」


 こればっかりは、俺も自分自身を繕う事が出来ず素で答えてしまうのだった。

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