第3話 試験開始
一日目は身体能力のテストだった。
能力を発動させていない状態でどこまで動けるのかを検査する。
俺は七年前のあの日からずっと復讐のために力をつけるべく、常に自分の力と向き合い、どこまでも効率的にこの体を鍛え上げてきた。
何の目標も無ければ決してこなす事が出来ないであろう厳しいトレーニングメニューや食事管理を休む事なく続け、今日体調も万全である。
そのため一日目の試験では上位三十位に食い込む事が出来た。
また、この試験で上位五百位に入る事が出来なかったものは、即足切りとなり、また来年再試験となる。
ここから分かるように、ヒーローに一番求められているのは各個人が持った身体能力の高さだ。
どれだけ優れた能力を持っていようとも、その能力を使う本人が非力では話にならないため、まずは身体能力の良し悪しが合格を分ける。
二日目は能力を用いた試験だ。
能力は生まれた瞬間に決まり、能略を持たず生まれた人はその後一生能力に目覚めることはない。
とは言っても、最近では能力に対する研究が進んだことにより殆どの人間が能力を持って生まれる。
しかし、その能力は十人十色で枠ごとに大別することもできなければ、同じような能力が全く発生しない訳ではない、というあまりにも曖昧な特徴を持っている。
俺の能力は体に触れている金属の形を自由に変えることが出来るというものだ。
一見戦闘向きでは無いが、金属で武器を生成したり、金属性の巨大なロボットでも作れば大量殺戮兵器だって作れる。
また、金属結合を強化することも出来るため鎧を作れば大抵の攻撃は効かないし、敵の金属製武器をドロドロに溶かす事だって可能だ。
だから意外と先頭向きである。
この試験では時間内に与えられたお題をクリアするというものだった。
お題は能力ごとに決められ、俺の場合は同じような攻撃系能力者と模擬戦をし、十試合のなかで七回の勝利を収めると言うものだった。
俺は難なく六試合の勝利を挙げ、いよいよ次勝てばこの試験も合格という所である。
「神皇黒鉄、出番だ」
「はい」
控室で待っていると、試験管のような男が俺を呼んだ。
たしか、この男もヒーローの一人だったと思う。
俺は呼びかけに応えて立ち上がり、試験場へと向かった。
もう六回目となれば慣れたものである。
今回もさっさと蹴りをつけて自主トレに励みたいと思っていた。
「君がウチの相手か〜、さっきちょっと見たけどめっちゃ強いね、君!」
「そうかな、ありがとう」
敵は意外にも小柄な少女だった。
今回の試験のルール上、試合を重ねれば重ねるほど敵も強くなってくる。
この少女もこれまでの六試合で少なくとも四勝してきた猛者である筈なのだが、その手足は少し力を込めれば簡単に折れてしまいそうなほど細い。
「あ、女だからって手加減してると痛い目見るよ〜」
挑発的な目線を向けてくる少女。
言い終わるが早いか、能力を発動させた。
能力者がその能力を発動させる時、目の光彩が淡く光を放つ。
その少女の瞳は黒から澄んだ青色へと移り変わり、光を持ち始めた。
「ウチは凛、能力は身体強化!」
「僕は黒鉄。けど、凛。能力者同士の戦闘で自分の能力を公開するのはご法度だよ」
「そうかしら。君、金属を自由に操れる能力者でしょ? そんな分かりやすい能力、すぐに見破られちゃうじゃない。だからお返しってことで」
「なるほど。フェアプレイの精神ってことだね」
「そうそう、急に騙し討ちとかこれからヒーローになる人のやる事じゃないからね〜」
「じゃあ、遠慮なく行かせてもらうよ」
そう言って俺も能力を発動する。
指についていたリングやブレスレットが剣の形に変形し、イヤリングやネックレスが顔を覆う仮面となった。
「それでは、試合開始!」
十五分と表記されたタイマーが動き出した。
それと同時に、凛が猛スピードで突撃してくる。
「うりゃァァァァァ!!」
俺はとっさに剣を盾へと変形させ、攻撃をいなした。
しかし、衝撃を分散させたはずなのに、腕にずっしりと重い感覚が伝わってくる。
細身の体からは信じられない程の力が衝撃として伝わってきた。
「うわっ、かった! これで破壊できなってことはそれ普通の金属じゃないよね!」
「素材は普通だよ。だけど金属同士の結合力を極限まで高めてるから」
「うはー、そんなこともできるのかぁ。じゃあ!これならどう!」
一瞬困った素振りを見せた凛だったが、すぐに重心を倒し、またもこちらに向かって突進してきた。
さっきと同じ攻撃か……?
いや、違う!
俺は盾に変形した剣先をさらに変形させて地面に突き刺した。
出来る限り衝撃を抑えようとするも、その努力虚しく……。
バゴンッ!!!
鈍い音がしたかと思うと、ジュラルミン並みの固さのある盾にヒビが走り、そのままバラバラに砕けて四方八方に飛び散った。
「うっ!」
「どうよ! ウチは波動拳の使い手なんだから!」
なるほど、武術か。
力の込め方に少しの隙もない完璧な打撃技だった。
俺は剣の形を細い線以状に変形させ、飛び散った金属を回収しもう一度整形し直した。
「予想通り! 君の能力は金属に触れていないと発動できないんだね。けどまあ、一続きになってれば能力を使えるっぽいし、今みたいに網状に金属を広げればバラバラになってもすぐ形を戻せるのかあ」
「ご明察だよ。でも、これで分かったと思うけど凛は僕に決定打を与えることは出来ない。大人しく降参してくれないかな?」
「それはどうかなぁ〜」
「……?」
その時初めて気がついた。
俺の頭から血が流れ、吐血していると言うことに。
「ゴハァッ……内臓、か?」
「その通り!」
頭の血は、さっき飛び散った金属による物だと思うが、この吐血量からして内臓をやられている。
「私の能力と波動拳のコンビは凄いでしょ! 体の中に直接打撃を叩き込まれたんじゃ、ご自慢の防御力も意味をなさないね!」
能力によって打撃波を直接体内に伝えてきたのか……。
俺は身体強化に努めてきたが、それでも人間の限界はたかが知れている。
衝撃波とは言え、防御力ゼロの体には決定打となってしまった。
……しかし、どんなに優れた能力だからと言って、俺の能力には敵わない。
「グッ……!」
「ヒッ! ど、どうしたのさ!? さっきまでの雰囲気と全然違うよ!」
「たしかに凛の能力は凄いけど、もう勝ち目は無いさ。だって、さっき見つけれたから」
「え、どういう……」
言いかけたところで、俺は地面に剣を突き刺す。
ゴゴゴ……。
ゆっくりと、しかし確実に地下で何かが起きている。
次第に音が大きくなってゆき。
ドドドッ!!!
様々な色をした金属柱が地面から出現した。
それは巨大な触手の如く、凛を拘束し縛り上げた。
「うぐっ……」
「さっき盾を地面に突き刺した時、あれは防御だけの為じゃない」
俺は口に着いた血を拭い、拘束された凛に近づきならが言った。
「極細の繊維状にして地面に金属を張り巡らせていたんだ。それで見つけた、この建物の金属製の支柱を。それを少しばかり拝借して攻撃に使わせて貰ったよ」
「す、すごいね……ほんと」
凛は諦める事なく能力で強化された身体で拘束を解こうとしているが、体勢が悪い為力をうまく込める事が出来ず、さすがに抜け出せない。
「これでもう、凛は俺に攻撃できないよ。諦めて降参してくれると嬉し……」
言ったところで異変に気づいた。
戦闘中に感じるそれとは別物の違和感。
「はぁっ、はぁっ……♡」
「っ……え?」
凛は身を悶えさせながら、紅潮した顔に気持ち悪いほど気持ち良さそうな笑みを浮かべていた。
「き、金属は体験した事なかったけどぉ……縄よりも激しくてっ、しゅきかも!」
「……(あ、やばい。このまま続けたら何かやばいことになりそう)」
そう直感した俺は能力を解除し、金属柱を元の場所に戻しておいた。
「えぇ、もう辞めちゃうのぉ……? まだ、足りないよぉ……」
地面にドサッと落ちる凛、しかしすぐさま立ち上がり、俺の元へにじり寄ってくる。
「ちょっと待って、凛、何かに目覚めてない?!」
「試合中はダメなのに……目覚めさせたのは黒鉄くんじゃん」
「……っう」
やばい、逃げ場がない。
かかとが壁についた。
それは、もう一歩も後ろに引けないという証拠。
それは、今までの戦闘で体験した事がない種類の恐怖だった。
ガツン! と両腕で壁ドン(狂気)をしてくる凛。
「ちょ、まて、なんかお前やばい!」
俺を抑えきれず突っ込んでしまった。
「黒鉄くん、早く拘束し直さないと負けちゃうよぉ〜?」
「う、うぁ!」
熱い吐息がかかり、あたりが甘い香りで包まれる。
これは本当にまずい。
剣を変形して……って剣は?!
「剣ならあそこだよぉ? 波動拳の技の中には敵の武器を抜き取るのもあるの!」
俺の考えを読むかのように凛は空いた右手に自分の左手を絡ませてきた。
「もう、逃げられないねぇ?」
「うぁっ!!」
ドサっと、体を預けてくる凛。
ゼロ距離からあの攻撃を受けたら終わりだ。
そして、男としての何かも終わりそうだ。
覚悟を決めるつもりで、目をぐっと瞑ると……。
「……え?」
「……ん、んぁ」
凛は気を失っていた。
「み、水羽凛、戦闘不能。勝者、神皇黒鉄…….」
「……」
なんとも不可解な勝利を収め、俺は二時試験を無事(?)に突破したのだった。
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