『渇望④』

『渇望④』





「"命の一つを支える"のさえ、こんなに……いや、ことなんて出来ていない、ただ、その場凌ばしのぎに退しりぞけただけでは——"、出来なかった……っ!」





「……」

「……」





「"ただの現状維持では所詮が応急処置に過ぎない"。あれも人も、今一度にはらけば何かを食わねばだし……ただ身動みうごきするだけでもみなは、人間かつての己が然して足下をかえりみなかったように……"時に安らかな寝返りだけでも命の営みが別の何かを潰してしまう"……!」





 防戦の終わりには必要のなくなった雨を止ませ、それでも全身で濡れそぼつ青年。





「それもやはり、……『他者たしゃ他者たしゃ』で『其々の思い描く理想や幸福の形』がで……っ、"こんなにも"……っ、!」





「……我が友」

「……」





 女神たちの眼前にて、此処にひしがれる内心の事情を吐露する。




「種を問わずひとでも、それ以外でも己の生きるために何かを犠牲としなければならない現状は……自分で変えられない」


「例え無限の力があっても、それは『皆を幸福に満たす』には遠く及ばないもので……だとして『誰も傷付かず』に済ませられるなら、でも生かしておけばきっと再び食害しょくがいに晒される者もいて、『また』と増えては手に負えず——」




 それも『人を背に』・『相手が甲殻類』という"以前の怪物退治と似る状況"には、『同じ失敗ことの繰り返しはしたくない』と今の事に執着する自認も胸に。




「自分が常に誰かの側に居られる訳でもなければ……だけど、それでも……直ぐに此処に来られるようにして、せめて……"自身の関わった生き物"と向き合うべき?」




 なれど、身の奥に渦巻く狂気的な流れは止められず。

 同時に謂わば『何を自分からどうしようとしても悪辣かつ自己本位の押し付けがましく』も青年の道徳心には感じられ、その『命』という概念の取り扱いについて正解の見果てぬでも考えの巡らす様は宛ら『生命の守り手たる冥界の神の苦難』のようにも。





「——いや。例え一つの終生しゅうせいを見送れたとして、やはりそのかんにも他の支援を必要とする者は億や兆を超えて……『無量むりょうに迫る自分たしゃたち』が、で……"苦しみを"……?」





「「……」」





「あ……ぁあ、っ、ぁ"ぁ————っ、……!"」





 巡りは『一個人が始末をすべき』・『生かすべき』と考えては『恣意的な命の選別』のようで邪悪にも思えて尽きぬ苦悩が——いや、『尽きてはならぬ』とも自戒の惑乱。

 その己へ厳しく言い付ける者で女神の加護がなければ日の殆どを水の溢れ出す嘔吐に費やしていただろう状態は、『とうに無限の力が成立する世界』で『捕食くう』・『被食くわれる』ということに『仕組まれた欺瞞ぎまん』を感じて——しかしそれでも、『個々の思想はどうあれ少なからず皆が生きることへ真摯』だとも思う人々の手前には『今までの日常や信仰を【嘘】や【悪】と断じる』のも難しく。

 つまり自分で議論に足る確証も示せる気はしなければ、内面で『食のある光景』とは『日常的に食物の連鎖すること』などについて自己の浅はかさへと自罰的じばつてきにも、"自傷的じしょうてきにも痛みある再考を続けるしかない"のが青年の抱える『行き詰まった狂気』の一端であるのだ。




(何もしないのなら、こうしている今も何処かで誰かが苦しんでいる、犠牲を強いられる状況は変わらない——それは嫌だ)




 その出口のない思案はやはりの循環処理ループ

 心で作る渦巻き、閉塞から抜け出す先とは『思いの捌け口』を求めて。




(だけど、そうして自分には何が……? というのも、一体——)




「……」

「(それならせめて、出来ること)——『出来ること』は……やはり少しでも皆の食べる物を此方で用意して、わざわざ狩り取ったり、める必要もないように……いや、それでも結局の所で需要のあり続ける限りは供給も続いてしまうのだから根本的解決は望めなくて……だったら、そもそもの『需要なんてない世界』を——」




 "救い"を求める故には、青年で次第に『死滅を齎す暗黒の神』へと発想でも似通りつつ、暗澹あんたんたる面構えを引き摺ったままでも外部への切願へ。

 それも『底の知れた自身だけでは今の如く危険な発案に膠着こうちゃくしてしまうのだから』と自認し、よっても既に世界で多くを見て底知れぬ領域にも数えきれぬ思案を重ねた博文の女神たちへと『少しでも事態が改善に向かわせられる希望』を教え願うように、項垂れていた身を持ち上げる。




 ・・・




「……我が友。一先ず私で一通りの餌遣りは終わりましたので、そのご報告を」

「……すみません。ご迷惑をお掛けして」

「いえ」

「……有難うございます」




 斯くして預かった多数の命に囲まれる今に時間軸を戻せば、イディアで一通りの餌やりは完了とあり、『買い占め』とは人から半ば横取りするような形となった各種食料についても数日分は補填済み。

 青年でも小鳥の手当てを終えた身にも膝を折って、庇護者の用意する仮初の大地に突っ伏していた者は今尚の頬を伝う涙ながらに『沈黙を貫く恩師』へと其の真意を窺わん。




「……ですがそうして、"アデスさん"は、どうして——」

「……」

「"今も自分が求めた物資を与えてくれる"のに、"多く助言となる話"をしては……"くれない"のですか?」




 その間にも自身だって泣いてばかりはいられない青年で周囲の諸氏らに給餌きゅうじした事実から満腹感は残しても、『餌付けの記憶は念の為で軽く水に流す』とし。

 そうした微調整は恩師の方が遥かに的確と出来るならと知っていても潤んだ瞳は『協力を仰ぐ』ように湿気を孕んだ視線を送るがやはり、アデスでは微動だにしない。




「……」

「……アデスさん」




 小柄な少女の形で瞬きのない魔眼にさえ色や形の変わる応答なく。

 纏う温度も露出は皆無なら、血色のない白肌も不謹慎には『死体』のように冷たい印象を保持したままだ。




「……」

「……黙っていても、分からないですよ」

「……」

「自分は、僅かでも貴方の助言が欲しいのです」

「……」

「今となっては己が『どうするべき』なのか」




 だが、それなりにでも付き合いの経験則を有するのが教え子。

 "眼前に見せてくれる事実"として『冷たくても黙する大神が側には控えていてくれるなら最悪の事態ケースは彼女の支援で避けられるもの』と覚える最低限の安堵。

 即ち『未だ相手には一定の協調をしてくれる姿勢が残されてある真実』を不安な身の支えとしても、急増した乗組員の数に合わせて空中で拡大した機体の背で大雑把に手拭きで涙を拭いながらに話を取り付けようとする。




「——いえ。『それも先ず詫びるべきだ』とは分かっているつもりで……『貴方に無断で大胆な行動を選び取ったこと』については本当に申し訳ありませんでした」

「……」

「何よりは『自身に救える確証のないもの』を傲慢にも『救おう』として、その抱えきれぬまま抱えてしまったのは『軽はずみに命を扱った』——『扱う大馬鹿者おおばかものに怒りのような感情を抱えているのだろうこと』も身に染みて、『以後は真っ先に貴方へ確認を取るように』と己へ忘れず刻みます」




 深く頭を下げる背後にも未だ『捕食・被食』の関係が成立しやすいと危惧のある者たちは水の薄膜で仕切りつつ、水素からの酸素や二酸化炭素などの調整では各種に適当な大気組成を供給しつつも動物たちの作る輪の中心。




「……」

「……」




 顔の見える幾つかの例には『【家畜荒らし】として悪名高い野生のおおかみ』に『牧場から脱走して幾久しくは毛刈りなくば足を運べぬ多毛たもうひつじ』や、『ウォータードッグ』に『アブラザル』、『猛禽もうきんたか』と『家禽かきんにわとり』やの——それら複雑な関係性がある者たちも程近くに存在する座標。

 遠景には水神で一戦を果たした相手の巨大な蟹も夕焼けに染まる海の下に見送るのは湾岸に船の並ぶ港を一望できる広大な丘陵地きょうりょうち




「ですがそうして、"今に優先すべき大事なこと"は——『結局どうするのが皆にとっての最善なのか』」

「……」

「其の点において再三にも貴方の助力を願い、知恵をお貸し頂きたいのです」

「……」

「加えて先から積極的に助けてくれるイディアさんと共には、目下の問題と向き合うために引き続きの支援も御頼みさせて頂いて——」




 話の中途では、人への警戒心が薄い隙を捕らえられてから『見せ物』として人懐こく紹介されていた『燃えるたてがみのレトリバー』。

 野良の神獣じみた赤く見事な毛並みの、自らの高める熱で檻を溶かしては小火ぼやを起こしていた獣が新しく餌をくれるだろう青年あいての足元へと無邪気に息を吐いて寄って来る。




「——……皆には真に心の休まる行き場はなく……でも、中途半端に手を貸した自分にさえ未だ『自分のやりたいこと』が不明瞭で決まっていない。『理想』が明確に定まっていない」




 ならば、その犬に手ずからの水を与えても。

 命が喉を潤してくれる様を認めてが再び目尻に滲ませる涙——『水という多くの生命にとって欠かせぬ物を与えられるなら思いのままに泣き続けるのも構わない』。





「だから当然と『何をすればいいのか』も、『次に何処を目指して進めばいいのか』も"分からない自分"へ——それでも、どうか」





 例え"水の神格として無限に湧き立つ力"を得ようとも、『事実として皆を救うには水だけでも足りない』と今尚に女神は瑞々しくあって心で渇いていた。

 "最早の有する神秘に狂った青年で漠然と未来に望みを掛けるだけでも己の渇ききった心持ちは癒せない"のだ。







「——"奴の眼差す気配がする"。即ち物騒にも魔眼の圧できしむ」

「……?」

「そうして今日こんにちまでを吾が子の要望に応じ、多くの賞金首しょうきんくびをハントしてきた世界秩序われら——"次なる標的ターゲットの曰く付きも近く"」

「"近くに"」

「……丁度いい。清々すがずかしく競い合う前には余計な疑念のアレソレ。もういっそ大抵の謎は晴らして曇りなく、純粋に技を競える気分良しにも訪ねてこうとしていたところ」

「"やる"のか」

しかりよ。『シリアス飛んでホラーに成り得る怪異の要素』は粗方あらかたを吹き飛ばし、『本当に明るい雰囲気に包まれる中で【スポーツをやりたい】』のだから……たまに、"そういうもの"も」

「……気が重くなりそうだ」

「ああ。王は互いの力を認め、また"切磋琢磨に高め合う訓練もの"としても『決戦』を前には我ら先を行く指導者に戦力てふだの確認も兼ねているのだから——"多少の衝突"は『織り込み済み』としてもらう」

「成る可く穏便に頼みたいものだが」

「それは彼方あちらの出方次第、"吾も知らぬ素性に意思の次第"」





「……」





「果たして『斬って捨てる』のか・『利用価値を認めて温存する』のか、此方に矛先を向けられても困り顔の……何よりは『若い身空で望まず兵士のように運用される』なら——『解放かいほう』だって」

「……」

「『例えどのような出自であろうとも自由の守護者はその切なる願いを聞き入れよう』と温かく——それにしても『理不尽に泣く声』をのか? "いやに今日は情報を聞かせてくれる"とは思わぬ?」

「……ふむ?」

「『と知って腹をくくった』。公明こうめいにも・正大せいだいにも、『身の潔白を証明する方向に舵取りでもした』のだろうて」

「『同情』か何か、"さそう意図"自体は抜け目なく持ち得ているのだろう」

「……はっ! だからとて非情にも在るのが大神! "世界で最も面倒な気性"が誰に都合よく流されてやるものか。『高が小娘こむすめの泣き言に情でほだされるわけもない』と"決まっている"だろうに」

「…………」

「だがだが、してして? "事実として大神クラスの眼力さえ通用しないのが異常個体イレギュラー"。『見通せぬ』は諸刃もろはつるぎと成り得てもげんに警戒せざるを得ないもの」

「『大神われらも知らぬ』が『大神殺たいしんごろし』」

「そのなら、なおさら。因りても慎重かつ、時には大胆に……場合に応じては大神ガイリオスにさえ身を切る覚悟で同行してもらうぞ」

「……いいだろう。"余でも情報戦には不利をなくしておきたい"ところだ」

「よ"〜し——では」

「『頂点研究者トップ・リィーサーチュアー』の立場にあって、"その地位ポジションを投げ捨てる覚悟"で神の御前ごぜんへ決めていこう」





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