『渇望③』

『渇望③』





「"こんなにも"抱えて、のだ」





 その惑乱も待ち望んでいた筈の玉声を耳にした所で力なく開いた口からは即座に明確な答えを返せず。




「そ——れ、——……は…………」




 ひらいて・じてを二、三に繰り返すのが息苦しい様。

 前途多難に思案しなければいけないことは『周囲に集めた生き物の沢山』で気分の悪くなる。




「……、……っ……! っ"——」

「我が友。一旦は奥でお休みになられましたほうが……」




 その"沢山の命を支えきれぬだろう予感"は身の重みを預けるとして機体に手を付き、間もなく膝を折る情景。

 気分の優れぬ状況で一先ずは友の美神に心配されて『此処への滞在は止めておくか』と言われても、どうしたものか。




(——なんにせよ一先ひとまず、一晩ひとばんは『此処に連れてきてしまった皆んなを安全な機体の上に乗せてほしい』として……頭を冷やすために自分も、部屋に——いや、だ。まだ、"駄目"だ……っ!)




「……我が友?」

「——いや、っ、まだ……! 『自分のやるべきこと』が……っ!」




 だがして『満たされぬ自己満足のために』の奔走は、市場の道理を弁えぬ滅茶苦茶でも多種多様な生命維持の数々に貢献し——それでも"保つことの困難"に直面する今。

 "青年"という個は勝手に気持ち悪くなってのみず

 隠しきれぬ『嫌悪』の情に口端より漏れ出る水の流体は、『それでも見捨てて帰れぬ理由がある』と『執念』において立脚する。




「しかし、このままでは他でもない"貴方自身"が——」

「ごめんなさい——それでもまだ、"都市に立ち寄った理由の一つ"。『少し前から周囲の生態系に騒めく気配』があって……!」




 しかして、その"退去が憚られる理由"というのも周辺住民に語られるようとなった曰く『普段は奥地に住む者が追いやられてきた』などが『前兆ぜんちょう』——少し前には青年らで『海獣の混乱』を鎮めたのも元を辿れば同じ因果だろう。

 即ち、現在地の近辺には『超大型の潜む気配』があり。

 何よりは、例えその『見知った脅威』を撃退する用意も同地に長く住まう人々で『生きる知恵』と備えられていたとして、青年が第一に懸念とするのは『生命間の争い』となっても『最悪の場合は見限った未来さきで死傷者が出るのも気分は悪いから』と個人の都合にもるものであった。





が、まだ————"!!"」





 するとの。

 そうを謂わば『我儘わがまま』をみっともなく涙ながらに言っていれば、休む間もなく『浮上』の気配。




(だから——)




 その脈動は都市の面する岸辺から。

 巨大な質量に水の掻き分けられる実感を宛ら水神で『己の震え』と捉えても。




(他者じぶんがやらないと——『自分たしゃ』が——!)




 海に伝播する誰かの喧騒ふあんから予期できていた青年でおもの水を拭って駆け出す。





「——おぉぉ"!? 来た! 来たぞー! 蟹が味噌みそ背負しょってきた"半世紀に一度の大宴おおうたげ"! 『がに』が極上ごくじょう味噌みそ背負しょって————」





 その加速する足取りは『自他で気分の悪くなる原因をどうにかせねば』と我武者羅がむしゃらに、遮二無二しゃにむにに。

 海を見渡す見張り台に待機していた人が何か『恒例の大規模な狩事りょうじの始まる合図』を市中に響かせようとして——。






『——"みな手出てだしさせるな"』






 ——だが、声の波を大気中の水分操作が宛ら雨音に掻き消されるように阻んでも。

 後に残す女神たちへ冷たく念話に言い放って湿気を含んだ神速の川風かわかぜは人の誰をも追い越して先駆けとする。




『我が、友——』

『待たれよ』




 それは風景に溶け込むようにも、滑り込むようにも流水。

 人々の息吐く間に時の止まるような緩慢の時を掻き分けて。

 時に市中で自慢気と語られるに曰く『【食材の豊富な場所】とは活動に多くの栄養を必要とする巨大な野生動物にとっても【恰好の餌場】として目をつけられやすいから』とは、人々も土地柄を自認の都市。

 多くの住居建築に営みを今日にまで長く背負う丘の崖下に『用意された広場』が即ち『とりで戦場せんじょう』へと駆け出したまま——迷いなくの飛び降りとするのが黒髪を棚引かせ、青い眼光の軌跡すらも人避けから波状に残した少女。




『! しかし……!』

『視野のせばまっても、今の青年には奥義がある』

『……』

『何よりは"己を見失った青年が【自らの願いへ至らん】とする時"なのです』

『……女神アデスで周囲への気遣いも万全なのですね?』

『"——"。ですので暫し、心の如く』




 降下の最中には頭上より被り直した暗布くらぬのと顎下より展開する牙の意匠は面頬めんほおによっても自身と周囲一帯に重ねて掛ける認識阻害の効果で『相対する者の目には己だけ』が映るよう。

 そのまま水の性質を伴う着地は落ちた雫の反動で弾けるようにも広く『怪物の受け皿』とされた場所へと躍り出る。




("————")




 そうだ、青い行いで迷いなく大胆も。

 何十年かの周期に渡って少なからずの死傷者を計上し、それでも討ち果たした巨大をさかなに豪勢な食の祝宴を楽しむのが同地に慣れ親しんだ人のたくましき生活であるのだが——心労を積み重ねた青年には最早我慢など出来なかった。

 "これ以上に他者じしんの傷付く可能性を見ているのは苦しくて堪らない"——だから、飛び出した。

 慣行やしきたりなどお構いなしに、何方どちらが食おうが食われようが『犠牲の蔓延る現世そのものの理不尽に我慢ならなかったから』と、その明確かつ効果的な策も見通しもないまま足掻く様は『駄々をねるわらべ』のようにも——"構わぬ"。





「——(い)」





 ——"かつてと違い、今の自分には多少なりとも力がある"。


 ——よっては、


 ——"世界をより良くし得る者"には、"その責任"があって、『僅かなりとも他者の安寧がために出来ることはあるはず』と模索せねばいられない。


 ——何もせねば『真に死した』のと同じ、『いない』のと等しいのではないか。





「——("い"……!)」





 そうしてはまだ『自分は此処にいるのだ』と実感したいのか。




「……」

「……」




 分からぬ。

 見守る賢者の女神たちでも存在は異なれば、衝動的では青年自身にさえ。

 解らぬが『有利な場作り』で降らす雨の最中にも、よもや『常に何処かで誰かが割りを食う事実』など『何をも定まったことだと受け入れてたまるか』——足掻く行いに無言でも叫びをあげたくて仕方ない。




「"…………"」




 戦場は広場に睨み合って、見せる青の眼差しが冷ややか。

 今は各種の『不満』に『疑念』も『憤り』も渦巻く流れに呑み、海面より水を掻き分けて覗く『多頭の龍』と——いや、全容の甲羅部分こうらぶぶんが都市を丸ごと覆うだろうに大き過ぎて人には認識し難いが水面下には本体の『かに』が五対十本の胸脚きょうきゃくを持って這い上がり、その巨躯は恐ろしく伸びる影が少女の一つなど『足下の小石こいし』として暗く呑んでしまう威容。




("…………")




 なれど、今日の近海を騒がせていた原因を前にもせめての今は揺るぎなく。

 紺色こんいろをした身で竜の顎門あぎとの如きはさみは『歯の連続する鋸状のこぎりじょうに研がれて【威嚇いかく】や【擬態ぎたい】の意もあれば』と明察。

 見て取れた『他者を欺く意』にも油断なくの構えが青年女神で上下に掌を向かい合わせる『へび』の型で警戒し、血液の循環する量や速度から迅速に看破する大まかな力量で『人に半神的存在や凄腕のいれば多少の犠牲を出しても確かに討伐は可能なのだろう』と踏んでも——『善悪のない生存競争だとして本当にそれでいいのだろうか?』。




「…………っ"!」




 青年にとって『今の自分』と『以前の自分』は"違うもの"。

 ならば『新しく得た己の知見と力で過去以上に出来ることはないか?』と、"沸き立つ疑問"に"見えぬ答え"を求めても己で為す覚悟が冷厳の眼光として世に曝す神の現出。

 その細まる青の鋭さは、仮に周囲で『彼女の性質』を知らずに見る者いれば『視線のみで相手に与える圧が息をし難くしても殺す』と危ぶまれる程に気迫を携えて。




「——っ!" ぉぉ"——ッ!!"」




 しかして、女神。

 細腕が以前より練度を増した己で振り下ろされた鋏を受け止める。

 先刻に『対処』とはいえ、"安易に殺せる訳などない"。

 それも『自身が世界に最も思い悩むこと』あれば、『その悩むべきは【命の取り扱い】だ』と。

 即ち『自らをいましめておく意』でも強大な力を持つに至った者の考えとして『結論を急ぎたくない』とする彼女で『ゆえに』の基礎と行う方針が『専守防衛せんしゅぼうえい』。




(——"とおせない")




 振り下ろされるものには打ち上げる掌底、ただ『重みを支える』ようにも柔和な流れが攻撃を迎え入れて優しく。

 側面より挟み込む狙いには水で溶けて掴み所のなく。

 それら邪悪とも思えぬ攻めの手には『競合する相手を除いて己こそが食に有り付きたいだけなのだ』との『生存への願い』が載るとも純粋シンプルな波長で身に近く。

 だとしても、全て力の入れどころに寸分の狂いのない『みかわし』に『相殺』の動きが衝撃の余波一つさえ閉じた降雨領域の内部に留めてを漏らさず。




(——"退けない")




 "攻撃のみ"を、さばく。

 翳す手に降る雨を集めても、相手の振り回す鋏と質量も勢いも等しく威力を殺す対抗で『他者に痛みなく』は鈍い音だけが玉体の内部で木霊こだまする。




(やっぱり——"うしないたくない")




 次には手の届く範囲を増やす為でも身を大きく、腕を翼の如き水の延長としても瞬時に回避で溶け出す蛇。

 真上へと横に薙ぐ斬撃は『過去の戦い』においては只の一撃も受け止められなかった命の重みが空を裂き——なれど、かつて仕留めたるは戦闘への最適化を強いられた『疫病を撒き散らす災厄』との差は歴然だ。

 目の前にいて未だ漠然と『水の暖簾のれんに腕押し』を繰り返して生きる巨大の蟹には以前の月夜の泉で在った『刺すような敵意もなく、また当時の穏やかであった青年に『生かしてはおけぬ』と穏便を諦めさせた『素早い学習から無駄を省く洗練』の兆しも一向に認められず直情に尽きる動きとは『鍛え上がる戦士』ですらなく。




(俺は、もう——"何も"……!)




 一方の青年で『女神としての完成度』は増している。

 水の感覚器、繊細な流れの制御コントロールも。

 当時の苦い記憶を経て再三の訓練を重ねた身に、馴染ませた神秘の力が自在に作り出せるスパイラル

 複雑な心境の一切も『悩んだ先に願いを導き出す判断材料』と認め、それらのくすぶる熱情すら『己の内にある力』として目的達成の為に適所へ振り分けるのが『有心うしんの秘奥』。





「"————"」





 今に発動しきる形式。

 過去と今で『人倫じんりんの守護者』であって、だけど『それ以外の何かにはなりたくない』との自儘じままも含んでの躍動は——しかして『どうすればいい』、『何も直ぐには分からずで苦しい』。

 ならば、それでも思考に堂々巡りは『無限の渦を巻いて消えぬ苦悩』を単に『絶えなき力』と変換に努めても——只管ひたすらに今で『誰をも傷付けさせぬ守護の在り方』の、"奥義"へと!





「……"!" ……"!!"」





 相手の吐き出す酸化液への中和剤を混ぜて放る浄水も的確。

 また自身で取り出す水の放出では片手の指先より横へと一閃。

 水の揺めきが光景に描いて浮かべた『境界線ボーダーライン』を一歩と自ら進み出る意気には。

 "無言にも都市を背にする立ち姿"が——例え自身より強力な術師に見守られる最中にあっても『示した境界』を越えようとする相手の動きを『押し返すのみ』で注力。





「——……"!" ……"!" ……"!"……"!" ……"!" ——……"!!"」





 そうして続いた数分の攻防。

 守りに徹する川水の妙技で悉く攻撃を的確な防御に無力化としては当然と相手に一切の苦痛を伴う反射はねかえりのなきよう——相手の身にこびり付く苔類や一切の微生物さえ除くことなく、殺めることなく。





「"…………"」





 肩の揺れも、切れる息の一つすら持ち合わせず。

 引いた境界線に相手の攻め入るまでの不動。

 泰然自若の女神にて蟒蛇うわばみの構えを徹底し、ただ敵意も殺意もない眼差しが『怪物』と呼ばれる者を『共に生涯で足掻く同士』としても射抜く。




(……頼む)




 すると。

 青年自身の最も共感を抱く生物が『人類』という種なら、その"大都市を背にして譲らぬ少女"と暫しの応酬を終えて——巨大な蟹。




(此処は、退いて————)




 その突如として現れ、神秘的な激流を使い熟す謎の存在によって退かぬ睨み合いの姿勢を固辞し続けられた頑固の様子には——そうして遂に人語を解さぬ者でも気は折れたのか。





(——…………ありがとう)





 熱を排出するようには水気を含んだ息遣い。

 蟹の口元から泡を吹く『疲労』の色は見て取れ、『ならば』と向かい合う青年でも相手の命を刈り取りに来たのでなければ敵意もない無言の色が静かに歩み寄る。




「…………」




 次には懐の暗黒四次元より取り出して与える模造の魚肉や水やを補給し、齎す満腹感に野生の焦りを消して——その鎮静化を施される相手では何を思ったのだろう。

 状態から逆算する安易な憶測なら『これ以上の消費は敵わぬ労に見合わぬ』とでも?

 兎角は、それすら不可解な状況に当事者の混乱しているだろうで分からぬが、『単純な波の調子にも刺々しさが失われた』と判断する青年でも反転に身を翻して再び海へと帰って行く巨大な生物の数多くある脚取りを鋭く険しい視線に見送るとして。





(……でも——)





 青年では次に目を向けて『自身の持ち場』に戻ろうとする暗い表情の背後には先まで身動きできぬ『停止』を解除された人々。

 その動きの再開を許された彼ら彼女で今し方に『豊穣を齎す敵の襲来に打ち倒して宴の始まり』と思いきや、まばたきから目を開いた先に『何をしようとしていたか不明瞭な意識』を持っても——何はともあれ『今日きょうを生きねばならぬなら』と。

 其々の日常に回帰する歩みも足早に。

 都市が普段の活気へと戻る光景には子も大人も騒がしく、時に親睦を深めようとする者たちで互いに相手が何を好むか尋ね合い、『その運良く一致した食の好みで昼食を共に楽しまないか』とも華やぐ景色を——遠く。





 ————————————————






「……





「……」

「……」





「"何をも"——……っ"!」





 膝を折った女神の嘆きが暗黒のとばりの内で苦しく叫ばれる。




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