『渇望②』

『渇望②』




(直ぐには飛べないなら、"このとりかたも暫くは誰かが面倒をみないと"——でもやはり、"何処どこの誰に"、そんなこと……)




 心許こころもとないままにも青年。

 未だ飛び立つ元気のない灰色の小鳥へと最適な栄養のバランスも考えて配合した飼料しりょうペレットついばませつつ、再三に窺う。




「……アデス、さん?」




 しかしそれでも、目の前に微動なく立つアデスは懇意とする筈の若者へ何もを口に出す音とはしてくれず。





「…………」

「……あ、あの」

「…………」

「……(自分は、どうすれば……?)」





 ならば、"くとなった経緯けいい"。

 平時いつもの暗く気怠げにも問われての無言は睨む冥界神の眼前で『"勢い任せに多くの命を預かる"とした』へと注ぐ冷たいべにの魔眼。

 力ある眼は開いても、その下で小さな口は一文字に閉じて。

 "押し黙るとした女神"——"今にさえ教え子を大切に思うだろう彼女"が念話にも声を聞かせてくれなくなった辺りからは簡単に同地での出来事を振り返りとする。





 ————————————————





 しかして気苦労を重ねて背負い込むとなる青年で——事の発端は『サーモンの買取』からであったか。




「……大丈夫ですか? 我が友。先ほどから激しく視線が泳いでいるようですが」

「い、いえ、その……『久しぶりに立ち寄った市場いちばが思った以上に生々なまなましく感じられただけ』ですので」




 そもそも此処は海に近く、漁獲から水揚げされた物は当然としても水運すいうんによって各地からも豊富な食材の集まる大都市。

 しからば必然に『食事』も大いに賑う中で主な楽しみの『美食』として親しまれる同地には——『咀嚼そしゃくとは誰かの身を噛み砕く痛ましいもの』と繊細な女神の心に感じられても——『友である美の女神に【美味】の概念を人の視点からも紹介してやりたい』と買って出たのが案内。




「なので、はい。特に心配には及ばず」

「"本当"ですか?」

「……はい。それも仮に何が起ころうと『冥界めいかいが皆の安息を約束してくれる場所として常に何処かで存在する』……らしいですから」




 さりとて、"飛び交う人の声に揺れる動植物たちの騒めき"。

 その何処か女神の身に"不穏な気配"を身近に意識せざるを得ない青年でも『美食の都市ならば自身の創作料理にとっても有益に還元できることはあるだろう』と。

 謂わばの『食文化を学ぶ意図』も『友愛を表現する機会』に重なって。

 彼女自身がいつ以来かの『ナマモノを取り扱う市場』に実際の目通しを行なっていた際の出来事であった。





「ですのでつまり、"アデスさんのお陰"もあって自分の気持ち的にも……そろそろ」





きのいい何時いつもの一尾いちびで下さる?」

「毎度あり! でしたら常連さんには軽くさばいてもおきますので、激しく暴れる代わりに元気も有り余るバイオレンスサーモン——」





「なんとか、"こういった日常"にも、また……少しずつでも"れ"を取り戻して————」





 そうだ。

 多く人の行き交う雑踏の中でも。

 それでも神の良く通る目は、"肉体から別離しようとする魂を見逃せない"。






「——"める"まで、少々のお待ちを」






(————"サーモンさん"————)






 それもから机の上に置かれて。

 暴れがちな魚類は『刃物の滑る危険』などを考慮すると『長物を使った殴打』の方が距離を保ちつつ安全に締められるから。

 養殖からの『取れ立て』でもある魚が観光地ゆえの技芸披露パフォーマンス的にもバットのスイングで其処に在る頭部を打ち砕かれようという瞬間。





「——失礼。足を滑らせました」





 "其処で今まさに誰かの命が終えられようという時"には突如として状況に割り込んだのが黒髪の美少女。





「——え」

「そうして唐突なのですが、"此処に在るものを全部ください"」

「???」

「それも特に処理せず、"生きたまま"で構いませんので」





 "振り下ろされた鈍器の先に頭から美しい人の突っ伏して割り込んだ様子"で衆目の騒然とする場に言いのける。




「いや、え——それより、あんた大丈夫、何かけど」

「こうして傷の一つもありませんので大丈夫。当たったように見えただけ」

「そ、それなら、良かったけど」

「なので『何も問題なし』に話を戻させて頂くと、このサーモン——いえ、此処に在る商品は全て自分が欲しくなったので買います」

「ぅ、えぇ?」

「急な話で他のお客様にも大変申し訳ないのですが、その分の『手数料』で代金に追加の色も載せて、『横入のお詫び』としても——はい」




「あ、ああ。ど、どうも」

「いえ、別に……私は急ぎでも、絶対に必要という訳でもなかったので」




 そのまま金貨を各位に手渡して、嵐のようにも。




かたじけない——では」




 爽やかな印象の笑顔で立ち去るのが見目麗しきの青年女神。




(やっちゃった——やってしまった)




 目の前にて喪失を思い起こさせる状況を見過ごせず。

 深く考えぬままにも、飼えぬのにも買ってしまったサーモンさんたち多くの魚類に閉じた貝などの海産物から切る口火。




「……我が友?」

「……すみません。身が動くのを抑えられなくて」




 買い占めて直ぐに指で描く四角形は展開する水を水槽そのものとしても『中に泳がせた命の処遇を悩むべき』として。

 この後で既に背後から無言の圧を放つ恩師へと恐る恐るに目配せをしても『今から対応を考える』との浅慮な表明によっては『他者の行き場』を探す四苦八苦が始まった。





「……『飼育』については言わずもがな『禁止』だと、私と貴方の間には再三再四の確認を交わしたはず」

「……それは、その」

「……」

「きっと『何処かに預かってくれる人がいる』と……そういった方をこれから何としても探しますから——」





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(……待て。考えて見れば何もサーモンたちだけじゃない。凡ゆる者が『処理』を経て、"食材"に——待て、待って)





 探して都市を駆け回る道中には以前から僅かとも気になっていた他人事たにんごとにも余所事よそごとにも、我慢のダムが決壊して介入の流れで止まらず。




「取れ立て新鮮が安いよ〜今に動いているものを目の前で捌く『解体ショー』だよ〜!」

「内は釣り堀。その場で楽しく釣ったものを食べられるよ〜〜!」

「なんの此方は踊り食い。アワビ、トコブシ、ホタルイカ。喉で華やぐ活気そのものだ!」




「わぁ! どれも本当に美味しそう(同時に気持ち悪い)! だから全部、生きてる者は全部——市場しじょうに在る者まるごと買います!」




 引き返した市場では急ぎ全てを掻き集めるような勢いで売買交渉の成立に乱立。




(どどどどうしよう! この全部を今から海や川に放すのも不味いし、アデスさんに土下座しても何を対価に渡せばお願いを聞いてもらえるか——いや、やっぱり先ずは『自分で何とかする意思』を示さないと、甘やかす気の少ないアデスさんでそれ以前に耳を貸してくれることさえ……!)




 その後で方々ほうぼうを駆け回ってもアレに、ソレに。




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(——"!" 箱に書き文字で『捨て犬』! 此処にも"行き場のないかた"が……!)




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「あ、あの〜表で『猫の引き取り手を募集している張り紙』を見て来たのですけど、そちらの猫さんは、まだ——」




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(くっ! 野生の『ワシクイヘビ』と『ヘビクイワシ』! 落ち着いて! 餌なら用意は出来るから、だから取り敢えず『被食ひしょく』と『捕食ほしょく』の関係を権能の水で仕切って——)




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「(此処かな……? 『生き物好きの方が運営する牧場』に『海近くの公園』というのは——)……何の騒ぎです? え? 牧場の『ギガントオオツノウシ』が? ——そういうことならお任せを! 直ぐに自分が追います!」




 ・・・




「『先ほどから無理を手伝って頂いて本当に有難う御座います。イディアさん』——しかし他に動物を追っている方も見なければ管理者の方は何を……え、"最近にお亡くなりに"? それで却って寧ろ『遺族の方々で残った動物たちの扱いに困っていたところ』であると——(あ、ぁ"ぁ"ぁ"〜!!)」




「……我が友」

「……」




「でしたら、『何がいるか』の記録などあれば見せてください。え、でも『豚に牛ににわとり炙り焼き用ブロイラーなら』……ちょっと、すいません——(う、ぇ……っ")——はい。『それら畜産動物を中心には今し方に加工場の当てが見つかって送るから数はそうでもない』? ええ、はい。確かに、こればかりは可哀想ですけど置いておくにも費用の掛かりますしね」


「それに? 『施設の老朽化』もあって管理の難しく、『特に利益の出る運用をしてこなかった土地の維持で税金の支払いばかり溜まった【死に土地】を手放したい』……そうして、『そもそもの故人が己の好きばかりを優先して集めた物に場所の足りず追いつかず先程のように溢れて仕方のないから〜』——そ、そうですよね。大変ですよね」


「でしたら、その——(なにか、なにか)——当方で実は新しく『牧場ぼくじょう』? それこそ『動物園どうぶつえん』という『動物の展示施設を開こう』と思っていたところで……なので此処ここのお話を聞き付けて足を運ばせてもらった矢先、宜しければ『残った皆を此方こちら仲間なかま』として引き取りをさせて頂いても?」




 美神と行う聴取で大きくある都市の内部に『程よい場所に引き取り手が見つかりそう』と聞こえれば——しかし、寧ろその『閉館』や『死去』やで『行き場に困った者たちは追加の現状』と見えて。




 ————————————————





(にも、にも! にだって——至る所に『他者おれ』が! 『てもなく彷徨さまよえる者たち』が……!!)





 降り積もる嫌悪に怒り、不快感。

 結局は全知でも全能でもない女神の個に多様な生き物を抱えて背負っても、まさしく『ゴミ漁りを人に咎められていたカラス』の類も含めて『数を集めただけとなった烏合うごうの集団』が——大所帯おおじょたいとも膨れ上がって青年の周囲を囲むのみであった。



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