『もの言わぬ迷い子⑥』

『もの言わぬ迷い子⑥』




 ・・・




 その後、空飛ぶ機体に乗り込んだ三女神で至るは返還を執り行う大地。

 今回の『落下事故の発生』に対しては目的地とする浮島うきしまの下に厚く養生ようじょうの目の細かい網も張って再発への防止策も講じた。




『——各種反応にも依然として大きな変わりなければ……"計画通り"に』

『ええ。土塊つちくれ石塊いしくれへの重量計算も私で過不足かふそくなく担っていますから、行きましょう』




『……了解です』




 そのまま視認距離に於ける再警戒と安全確保を担うイディアとアデスで先行の現地が浮遊する陸地。

 伝承と生き字引じびきに曰く『此処もかつては山の一部であった』と言うから現在にも残る切り立つ峰の情景は来訪者の三柱と背負う宇宙の暗色。

 またなんと水と空の青を下に眺める中間圏ちゅうかんけんで生存する苔植物こけしょくぶつほしの形をした葉を持つ物珍しい極地の固有種であり、さりとて勉強熱心な若者らで少なからず未知の生態に興味を引かれても当面の本題とした龍種の待ち受ける場所で今は各々に私情を封印として臨む。




(卵の状態にも異常は見受けられないなら、"こう")




 二者を追う動きの青年でも前日の遠目に見つけた巣の近くで卵を取り出すと『鉄殻てつかくに感じられる表面温度の上昇』から『再び孵化が迫っている事実』を確認。

 極地に棲まう種でそもそもの周囲に存在する生物の数も限られたものと知って『同地のあるじくだん親個体おやこたい』だと手早く確認も取れている。




(……慎重に)




 だからして目的とした場所に違いなく、安全が保証される環境で見回す首の回しも手短に。

 青の混じる黒髪の揺れが停車した機体トリケラの荷台から開封の闇中より『大切なもの』を取り出し、背後に緩慢な動きでも向き直った其処は『山肌にひら洞窟どうくつ』を眼前。




『我が弟子にも目立った動揺はありませんか?』

『……大丈夫だと思います』

『よろしい。事実として"毅然きぜんとした"に偽りなく』




 その横穴を『次なる通過点』と見据えては、外気と然して温度の変わらぬ水の体が『重要物の卵を確と抱えてはこかかり』を担当する。

 それと言うのも本来なら『ごく短い距離の運搬』さえ今も周囲に『不可視の安全策セーフティ』として働く暗黒の力に任せる選択がより確実なれど、それでも『大地や星だって片手間に握り潰せる神』に対して青年では『短い同行期間でも愛着の湧いた生物を他者に任せる』のが正直に言って

 だから『やわい己』で任せてもらうことにしたのだが、果たして歳若い身でも重量を抱える今に『赤子を気に掛けては胸奥に危ぶむ機微きびの感情』のこれこそは『庇護欲ひごよく』や『親心おやごころ』と世間一般に呼ばれるものであろうか?




『では暫し、私の先導にて進みます』

『——はい。お願いします』




 よっても青年で『一応は自身にも【父親】や【母親】に繋がり得る心の動きは備わっていたのだろう』と不思議な気分を抱えつつ。

 なれども今は人ならざる神秘的なまでの美貌の直下で卵に回す手と腕では前後左右に上下でも『受け水』を用意して足取りにも油断なく。

 地上にあっても宛らは一歩ごとに『濁った河川の深さを測り確かめる』ように。

 起伏ある足場を慎重に乗り越え、無言で門をくぐるようにも忍んでは『他者の寝床に無断で乗り込む事実』が良心の何処かで息の詰まる気持ちとしてもあったろう。




(……"親の息遣い"も感じ取れる)




 "近い"——水の色を湛える眼差しは険しく。

 だが、それでも止まらぬのは『親』と『子』の"両者のため"。

 先には子を探して空を彷徨っていた親の個体にも羽根を仕切りなしに動かす飛行の疲れは見え、それこそ『自身が力尽きてはもともない』とで現在の巣に戻って暫くの、相手の気が落ち着いた時期タイミングを見計らっての今が作戦決行に専心すべき時だ。





「……」

「……」

「……」





 場合に応じて『矢面やおもてとも成って構わぬ』が先を行く大神なら、後方の観測手たるは美の女神。

 それら頼もしき先達に挟まて行く事実として、それでも『自身に命を預かる身』が酷く重く感じられる青年で三者の足音もない進みが洞窟の——"龍の待つ巣穴"の中へ。




(……"いた"……)




 其処は円筒状にも上部で穴の空いたかつての噴火口ふんかこう

 過去には『ぐつぐつ』と『今か今か』と噴出のエネルギーをって煮えたぎっていた同地もなかほし体温ねつと切り離された今には『誰にも言葉を語る口なし』が『静まり返った墓場はかば』の如く。




(……襲撃時あのときとは打って変わって穏やかな表情だ。刺すようだった敵意さえ今では見る影もない)




 そう、かつて盛んに人々から『神秘』と崇め立てられた山の産出物たる鉱石とて今は下界の喧騒と無縁が『自発に輝く墓標ぼひょう』のようにも佇んでいる。

 それら洞窟内で大小様々に突き出す岩々の黒ずんだ鈍色の中に内包されては朧げな発光の青や赤が神の肌身に電磁の波を感じさせ、力を感じさせる輝きは太古の昔に噴火のエネルギーと併さっても山塊さんかいを衛星の如き現在の位置にまで押し上げた証明しょうめいの——謂わば『天然の照明しょうめい』としても内部を囲む中央に親となったばかりの龍は照らされていたのだ。




『そうして決行の時。大方も残るは【抱える卵を目前の巣へと返すのみ】で【一先ずの最善を尽くした】と言えるだろう』




 女神たちが暗に話を交わす最中でも翼の生えた蛇の如きは照らされながらの休眠。

 光を反射する鱗や甲殻が周囲の物質と酷似の色でも金属製光沢メタリック

 カルデラ状に窪んだ中心部には冷え固まった堆積物たいせきぶつの確かな強度で体重を支える"天然自然の寝台しんだい"に体を伸ばして休む件の親、その呼吸で浮き沈みする寝姿が神の肉眼で捉えられる距離にて。




『即ちの後が【青年の望むまま】に』

『は、はい。後は【返して、様子見】。"場合によっては再び間に割って入っても記憶や認識の調整"』

『はい。我々は此処で見ててやりますから、く押し潰されないだろう位置に子を戻してきてやりなさい』

『……分かりました。行ってきます』




 再確認の済んだ頷きの後には軽く手を振る恩師と、その小柄の横で長身の美女の頼もしく脇を締める様が『応援』の意を示すだろう友の姿にも見送られて目的とするは目と鼻の近くへと出発。




『でも、は本当に頼みますよ』




 念入りには自身と同様に気配の隠れた女神たちへ言い残し、卵を抱える青年のみが龍に肉薄の足取りを再開とする。




『案ずるなかれ。さてもあり。他事たじに際しての我が弟子ならば真剣にことをやり遂げんとしてくれる』

『ファイトですよ、我が友。後ろには我々が付いてます……!』





「"……"」





 進める足にも万全を期しては親の長い巨躯より少し離れた場所を目指しての『ぐるり』と迂回する遠回り。

 膨らんだ軌跡を描く理由としては地に横倒しとされる頭部よりの鼻息が身近に感じられるそばにあっても先日の熱線温度を思い起こして緊張する自身に配慮したのもあったが、それでも総評として怖めず臆さずの姿勢は冷静。

 時として『親の寝返りなどにも子が押し潰されぬように』と、間近に見る生体の全長を目幅に計算の修正としつつ物を置くのに相応しい位置決めも神の速度ですべらかに。





「"…………"」





 最終的な決定は卵は親の目の向かう位置の直線上、"目覚めて直ぐに認識できるよう"にも。

 今まさに中から揺れの間隔頻度が短くなってきた鉄の揺り籠を優しく。

 そっとの、荷下におろしとせん。





("…………")





 その僅かな時は例え秒で終わりを迎える簡単な仕事であっても、手に汗を握るかの思い。

 青の女神ではくれぐれも速まる流れを外に噴出しないよう内に押し留めたまま——"大切としていたもの"を地に置いて。





(……"常人の身では匂い消しだったり記憶や認識の調整だったりを此処までは出来ないから不用意に手を出す真似など絶対にしてはいけない")





「……」

「……」





("残酷な例には浜辺から海へ一斉に駆け出す生後間もないかめたちを手で運んで【助けてやった】と思ったら、その支援が却って【餌の位置】を捕食者の鳥などに報せて【善意が全滅を招く】こともあるのだから"——"他者と関わるなら熟慮じゅくりょ熟考じゅっこう、出来うる限りの深謀遠慮しんぼうえんりょ")





 などと秒の間に己を戒める注意事項として説明的な口調が心に再三再四さいさんさいしと——訓戒を読み上げても完全には消えてくれぬのが後顧こうこの憂いであるのだが。





(そうして……うん。今の自分は——"大丈夫"のはず)




 安定した窪みの場所で『迷い子を手放す不安』に構えを直ぐには解けねども、それでも『自分の干渉はここまででよい』と。

 慎重に引き戻してゆく開きかけの掌に、腕に、何処か名残惜なごりおしさを感じる身で気早に込み上げる『達成わかれ』の思い。




(そうしたら、オッケー。。やった。やりました——)




 ゆるぶ気でける。





(よ"————"")





 それは奥義の切れ際。

 振動の伝わる地面より離れては常に展開していた自前の足場すいめん

 己の流れを取り戻し始めた気に滑る足は宛ら『プール清掃でぬめりに捕まった者』で時折に見せる前傾ズッコケ





『わ、我が友』

『許容の範囲内でしょう。"あの者のぼんやりうっかりとした愛愛あいあいしい側面"も見越した私。後に残す存在も希薄としているからには大事なく』





『ぉ"、"————"ん……っ"!』





『立てなお——してもいませんね』

『無駄に妙な動きだ』





 だとして僅かとも『他者に稚拙ちせつな干渉はしたくないから』と倒れた即座に自己領域を広げる水。

 "卵に倒れ込まぬよう"。

 "どうせ倒れる"なら自身の後ろ足から身を引いて、背後へ女神の玉体を滑走スライドするように『うつ伏せ』の体勢へと移行。




(なんか——変な動きをしてしまった……!)




 だがやはり、仮に転けようが大して問題もない現状では心配性の独り相撲。

 無機質な地面の冷たさに触れての冷静を取り戻す思考が『例え卵の方向に倒れたとして凡ゆる波を呑み込んでくれる暗黒の加護に割れぬようの配慮が健在であった』ことも一段落の現状に思い出し、自己完結する領域の中にも大きく息をを吐かんとすれば——。





(今のだと『また詰めが甘い』と詰められる……! けど、"卵に何もない"なら、どうあれ結果は望ましいもので————)





 近くでは遂に『バキッ』と——"れるおと"がして。





(——え"……"??")





 内側に波を鎮めたり立てたりで忙しい青年が心の底からの焦る思いに見上げた表情を硬くする。




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