『もの言わぬ迷い子④』

『もの言わぬ迷い子④』




 ・・・




 斯くしても"皆を守らんとした善意の成り行き"とはいえ『おや』の"あいだへだかべ"ともなってしまった青年。




「——とにかく、有り難いことに"生き物の大まかな生態"については二者から学べるとして……それでも人里の近く、"事故によってなかば放置状態のたまご"」




 今も鉄の卵を腕の中に抱えながら、周囲の協力者たちへ示す意を自主的に。

 己に課す『責任ある者の振る舞い』として事態解決に向けた話を主導する。




「深刻にはつまり、『孵化前ふかまえに親元へ返してやらないと育児が放棄される危機的状況』とも自分には見えて——」




「「……」」




「『おや』の一例として種は違えども『ふくろから落ちたものを二度とは拾えぬ』という一部の有袋類ゆうたいるいなどがいることも思えば……安易に同じことが当て嵌められるのでなくとも"一緒に過ごしていた時期の親子それが急に離されてしまう"のもやはり——『難しいものがある』と思います」




 朧げな薄氷はくひょうのごとき記憶に立つ青年は——それでも"親の顔を知らぬ"は女神の身でも、一旦に俯きかけた眼差しを『今は他者の困る事態なら』と玉面ぎょくめんごと直ぐに立て直して建設的に事を進めんと努める。




「先に襲った個体の"酷く攻撃的な素振り"を見る限り親でも"動揺は察するにあまるもの"でした」


「そうして『みぎもこれから学ぶだろう子』にとっても"孵化の直後に見た顕著な熱源"を『親』と認識するなら——それこそ『致命的な間違い』があっても大変です」




「では、我が友の固める方針としては——『伝説的な龍の卵を親元に返す』。そうして"認識にも間違いのないように"?」

「はい。"まだ親と子の双方で相手を必要"としていて、何より"相手を大切にする用意が十分にある''のでしたら『元いた場所へと送還する』のが最も波風の立たない方法だと思いましたので」

「……そうですね。"我々で神秘の力が影響に痕跡こんせきを残さぬ事実"を鑑みても『順当な意見である』と思います」




 次には段階的にも有識者たる美の女神から承認を貰っての謝意で頷き。

 また個人として『親という近しい親族から離れた迷い子』への"共感"に湧き立つ思いを動きの力と変えても、逸らす顔が恩師への伺いを立てる目配せ。




「はい。なので、不用意に場を掻き乱す心配もないなら『なるべく孵化の起こる前に急ぎたい』とも思うのですが……それはまた細かい段取りを助力として頂いて」

「……構いません。必要とする重力場も此方で用意しましょう」

「……有難うございます」

「斯様な有事に際しても悠久を生きた神で知見はあり、平たくは"適当に時流じりゅうを止めておく"——貴方の望む期間が永遠えいえんでなければってやります」

「……承知しています」




 今に追加で取り付けた協力を例えるなら『例え人で心臓が停止しても細胞の壊死などは起きぬよう』と状態を重く固定するのが魔術。

 正確にはそもそもの『血流の停止から間もなくで落命らくめいとなる』こと自体が『死を齎した神の行い』なのだから、即ち逆説的にアデスという大神で『生命維持の法』にも通じて用意は容易く。




「どうも」

「いえ」




 袖を揺らす黒衣の彼女が軽く手を払った先では既に機体の背部でとばり

 その音なき展開を見ては一つの約束の下に青年が、四方に垂れ幕の如き特殊な場で生命の有する諸周期も暗黒で上手く調整されて『"孵化を控える卵の状態"も現状維持にはなるだろう』と安心を持って仕切られた内部の中央へと緩慢な動きで抱えていた卵を安置する。




「そうして、"できる限り早く、子を親の元へ"」

「ええ」

「……えませんからね」

「然様。原則として我らの間に『飼育しいく行為』は禁じられていますから」

「……」

「だがして案ずるな。貴方には協力者としての大神わたしが常にそばで控えているのですから」




 無事に卵の重みを柔らかく闇へと置いては、暫し碧眼で『己と似た者』を見つめた後に上部でも同様の色で蓋をする。




「……一応は預かった自分で返しますけど、それまでの護送も頼みます」

「はい。時と場合によって認識や記憶の調整についても、お任せを。それまでは貴方の好きにやってみればいい」




 時に『行く宛が見つからなかったら責任を持って飼う』とは惑星一つの全土なぞ常に視界へ収める神の手前で転がりようもなく。

 それでなくても『歳にして百を越えても生きる動物の飼育』は人心に負担の大きければ、それ以前の師弟で話に上ったように『飼う』という行為それ自体が『今を生きる生命への過度な干渉に当たる』として"禁止"。

 それも、より正確に表しては孵化の前兆に焦る青年が先刻で慌てて口にしていたように『明日を知れぬ我が身で軽々に他者の生涯を預かることはできない、すべきでないのでは』と、以前に『暗黒管理下に於ける行動規定』の説明を受ける際で口にした進言が青く聡くも彼女自身の自ずから。




(……そうだ。『難しい状況での現状維持』は解決にならなくて、勿論、"自分でも面倒は見きれない")




 因りても『曰く付きの若者を保護する』にも都合の良い管理者と青年の間では『依存に繋がる長期的かつ頻度も甚だしい接触行為の実質的な禁止』とした合意の背景があったのだ。




("最後まで目を掛けてやれる保証は出来ない"のだから……深く関わる前の『返還これ』でいい)




 そうして此処まで拾得した卵についての知識を得つつ何より『子にとって穏便』には『親元へ送り返すのだ』と決意をして。




「(それで、問題は何も……)…………」




 それでも『場合によっての認識改変』と思えば、『親子の縁が希薄なものを記憶の調整で再び結び付けるのは倫理的りんりてきにどうなのだろう?』などとの興味が疑問を口にさせる。

 例え大まかな感情は波で読めても龍の心を完全には知れぬ部外者で『離れた子と親にとって望ましい所とは』の胸に詰まる所感を自覚的に『面倒な』と思えども、彼の者は"己で考え続けなければいられない"から。

 換言では青年自身が例え実態の不確かな生い立ちにあっても『少なくとも思考を続ける其処に悩める自分はいるのだろう』と朧げにも"存在の実感を得られる"のが『絶えぬ苦悩』の心持ちであるのだ。




「……そうしても"既にせいを受けて飛び出さんとする命"。現状維持では根本的な解決にはならず、"返すなりしないといけない"のは言い出した自分で理解はしているつもりなのですが——しかし、『あるべき場所』とは」

「……ふむ?」

「考えてみると、"親子のえんが切れかけたものを半ば強制的に結び付ける"のも生々なまなましく、言うなれば『親と子の関係は無条件に礼賛らいさんされるべき至高の繋がり』と押し付けるようでも少し、"気味が悪い"ような感覚もあったり……?」

「『軽々しく答えが出せても短絡で危うい』と思うのであれば、返還の日時までに再考を重ねてから事の扱いを決めてもよい」

「……」

「しかしてやはり青年の思惑を追認するとしても落とし所としては先の挙動で『親の個体に親としての自覚』は未だあり。当然と無垢な子にさえ親を受容れる余地のあれば——我々で静かに卵を身近へ戻してやって、其れそのままを育成の再開と確認のなし得た時点で『事なし』と」




 すると首傾げの若者が思い煩う時にも無限を有する神で確かなゆとりは応じてくれる。




「……」

「ですが、それでも貴方は『顔も見知らぬ他者の行先ゆきさきが心配』なのですね」

「……相変わらず自分には"最善が分からない"ので『本当にそれでいいのか』と拭い難い不安が、少し」

「即ち『未だ知れぬは言葉にならず』。言うべきを明確に表す形もないならば、今で思う限り・出来得る限りを尽くしてみるしかありますまい」

「……」

「"胸中で落ち着く場所"を一つ一つの行動から糸を手繰り寄せるようにも見確かめ、"遂には己で深く納得を得られた瞬間"にこそ『真に欲する所は見え出す』のだとしても……"貴方にとっての理想の手応え"を探しに」




 横ではアデスと目配せを行ったイディアでも頷きの後には機体の荷台へと先んじて乗り込む姿が快くに『同行』の意思表示としてくれる。




『——"b"』




 指でも示す『いつでも出発可能ですので此処に待機をしています』とは華々しく笑顔の彼女でも青年が悩むことを無感情に許してくれているのだろう。




「大丈夫です。一先ずは龍達の自主を尊重して我らで便利な力も其処其処に——割られないようにも私で守る。青年でも守ることが出来る」

「……」

「仮にもしも『身から離れた物』として親の厳重な警戒が『育児の放棄を選ぶ』なら……その時はその時で、"残された者にとっての望ましい在り方"を模索としましょう」

「……はい」

「因りても更なる結論が必要であれば再会の時を幾らか先に持ち越しても構わぬとして、それでも"決行の頃合いははやめ"としてきおきます」

「……?」

「然程の時でなくとも貴方で別れが惜しくなる」

「……そう、ですね」

「ですから何より青年に気を落ち着ける思慮の時間を与えつつ龍でも十分な休息を眠りとした『翌日の朝』に向かおう」

「"——"」

「返還を執り行う場所としても『元の落ち着いた』がいいだろうとで、子を探して飛び回る親龍おやりゅうを追って監視し、その舞い戻った時に我々も空飛ぶ竜で同地へと踏み込みましょうか」

「……分かりました」




 次には恩師に導かれる青年自身でも『親と離れた迷い子』へ"己と似た境遇への共感"で情が高まりつつあるのを自認とし——。





「はい。兎に角と今は出来ることで——"子を案じる親に一刻も早くの安心を"」





 ——だとしても『【返すべき】と思ったものをさびしがる自分が縛りつけた所で仕様がないから』と自戒の念で水面かおいろを一新。

 力強さ其れは潤いを取り戻す碧眼でも大きく一度のまばたきが水を溌剌はつらつとした明媚めいびの色へと切り替える。





「そうして『じきに生まれるであろう子どもの姿』を見届け、『両者に不和なく互いを受け入れることも出来た』のなら……"今はそれ以上のさいわいを望むべくもない"」

「"——"」

「行きましょう。次の日に向けて目的地の設定をお願いします」



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