『もの言わぬ迷い子③』

『もの言わぬ迷い子③』





「う、——"まれてしまう"——"!"?"?"」





 腕の中で感じる"熱の急上昇"に『孵化ふかの兆し』を知って激しく動揺するのが青年。




(い、いや! もうたまごとして中に形も鼓動もあれば——なら、"かえる"? 『孵化ふか』の——そ、そう言った場合でもなくて……!!)




 左右へ揺れる卵に慌てふためいて。

 されど、抱える水の手は柔らかくも『決して落とさぬよう』と追加で生やして添える触手でも強固に命を離さず。




『あ——アデスさん! "純粋に窮地きゅうち"です! !』

『はい。なにをお助けしましょう?』

『ど、どうしましょう?? とにかく自分じゃ、"おやにはなれない"! "その準備がない"——"明日あすをも知れぬ我が身"で、"そこまでの重大な責任"は……っ!』




 如何に触れるからが頑健に思えるとて落として割っても惨事なれば、例え幸いに怪我なくいでても『生まれたばかりの命が何処に向かうのか』の『不明瞭な将来』に『親なしの行方ゆくえ』も気になって——青年の内に抱く多様な恐れの中にも『他者を手放す』ことなど出来ず。




『だ、だから、そのっ! これもまた後で何でもしますから——どうにか、"このたまごかたすこやかでいられるような方法"の……!』




 因りても当然の如く『己の後先あとさき』をかえりみぬまま『他者への懸念』を言う口。

 音波を放って動かすより情報伝達の素早く終えられる念話の気早きばやが大賢へと判断を仰ぐのだ。




『ふむ。でしたら青年のあせる其のじつで、【件の生物はいまからやぶっては外の世界に出てこない】のですが』

『——へ? ほ……本当に、ですか?』

『我とて貴方の許しなくばうそもてあそばず。端的には【孵化前ふかまえたまごの中で活発に動きを見せる種】が其れであるのだ』

『……そうなのです?』

『ええ。だから、内部で当事者が身を揺らしてうろこを整える今に、殊更と青年が慌てても仕様はないのです』




「あ……本当です。また中で今度は『眠る』ように……波の感覚も少しずつ落ち着いてきました」




 しかして博識の恩師より偽りない証言をもらっても、それと相違ない手中の現象に漸くが『事態に気の追いついてきた思い』で焦りを吐き出す一息とする。




「……それでも『念の為の現状維持』では『重圧による状態の固定』も可能でありますが?」

「え、それは『健康に問題ない範囲で』だと思いますけど……まだ『親を親』と"覚えて認識"する『刻印付こくいんづけ』みたいなのは、"起こっていない"のですよね?」

「はい。内部より他者の程よい熱に慣れ親しんだのちに"外界で目視にとらえた者"を『そう』と照らし合わせる種族ゆえ」

「な、なら…。成育せいいくに大きな問題もなさそうなら、当面はこのまま」

「さいですか」

「提案は有り難いのですけど『問題のない限りは特に干渉せず中で普通に動いていてもらう』のが、自分の気持ち的にはいいと思います」

「"自然派しぜんは"ですね、分かります。それも"危機的可能性ききてきかのうせいに熟慮した上での判断"にあれば……悪くはない」

「それでも、"いざという時"は『認識記憶もろもろの調整』もお願いすると思うので……その時はどうか、宜しく頼みます」

あいわかった」




 だがして聞き知る生態に件の生物種は『孵化した直後で身に寄り添う熱源を親と認識する』ともあり。

 未だ不安の絶えぬ青年で『実の親が不在の今に周囲でそれらしいものがあっても何か危険ならば』と、冷静に気配も薄い己の玉体で腕の中に抱えた『何処どことも知れぬ身』は大切に預かったまま。




(周りの他のみんなも……傷はないようで本当に良かった)




 予測される『もしも』の凡ゆる緊急事態には『死なぬようでも生まれぬよう』と大神の力を拝借可能とする『保険』の存在事実も再確認。

 そうしての青混じる黒髪ごとに首を回して周囲を改める一先ずが此方も『神秘的な生物の到来』に興奮した人々を『肉体は勿論に家屋にも心にも被害なし』と見て取り、『龍がえて去ったのだ』などと伝承の目の当たりで跳ねる口々くちぐちが歓談する様にも手出しの要らぬ平穏は此処に健在と考えてよいのだろう。




「……それでは改めて、『これからどうするか』を考える前に自分の混乱を落ち着ける意味でも『状況の見直し』を少し」




 しからば、その『青年女神の介入』を周囲の認識から巧妙に隠す暗黒の加護の只中にあっても。

 自身に権能の力を有する川水だって己で念入りに指から空間へ引いて作る『水の境界』が『中の様子を光景に映らぬよう』と、人に獣に虫や微生物の気も払っての"安定した場所作り"を済ませた後に自らの置かれた状況の整理へと向かう。




「大きく事の発端は——なにか人の村の支援中に『いきなり空から卵』が降ってきて、それも"山に落ちて来るのを助けたら"、次にはその『おや』と思しき龍が恐らく『我が子の危険』を感じて攻撃的になってしまい……」

「……」

「それでも諸生命しょせいめいはアデスさんの協力もあって無事に防衛を果たせたのですが……飛び去った龍を見送っても、未だ手元には"問題の卵"」

「……」

を果たして……"どうするのが最善"なのでしょうか」




 今も茶を楽しむ恩師を言葉掛けの相手とし、『その瞑目から指摘が飛ばぬあいだは言い並べる自身の認識にも大きく間違いはない』と無言の交流に『承認』を読み取っても懊悩おうのうとする。




(やはり『元いた場所に戻す』のが穏当おんとうだろうか? 変ににおいとかも付けてはないから大丈夫だとは思うけど……)


(……それでも『しゅ住処すみかを探す』のは勿論、生態で『子育てに今のような特別の問題が生じた時の挙動きょどう』を知ってからでないと自分だけで不用意ふよういなこともできない)




 記憶の中の『学び得た生物に関する知識』から『野生との交流の難しさ』を再三に流し読みとしても熟考。

 青年で如何に『周囲の協力者たちが万能』といえども身近で耳を傾けてくれる博識や碩学せきがくに『今更な見当違いや的外れ』を言って無駄な時間を取らせたくもなかったから、よりてもせめては彼女らの貴重な知見を頼る前に『自己の願うとする要点』を練る。




(だからやっぱり『知者からの意見を仰ぐ』のは確定として、いざとなったらアデスさんで全部なんとかしてくれるだろうけど……今日はもう少し、『自分でも勉強して頑張ってみる』方向で話をして——)




「——我が友に女神アデス。お待たせ致しました」




 すると冷静に思考を努める其処へ。

 既に側にあって喧騒なきに心安らぐのが『冷たい暗黒の恩恵』なら、片やの此方も"青年女神にとって麗しの色"。




「——イディアさん。御無事でしたか」

「はい、お陰様で。私でも遠目に拝見していたように貴方の成した咄嗟の対応は見事なものでしたよ」

「いえ。無事なら何よりです」

「そうして戻る道すがらに大神の彼女とも情報の共有は済ませてありますので、私からも『件の龍』について多少の手掛かりをお話しできると思います。」

「それもまた、御苦労さまです。対応に悩んでいた所で有り難く、是非にお聞かせ願います」

「"——"」




 それは青年の俯き加減の顔に差した『だまり』の如き黄褐色。

 親しきイディアが朗らかにも笑んで歩み寄り、既に水の広がる拡張認識でも『彼女という美の女神が無事だ』とは知っていた青年さえ思わず『再びに見えた友の壮健の姿』で頬を緩ばせての喜色に彼女との合流を迎える。




「ならば早速と口火を切り——今まさに龍の飛来に応じて聞き直した人の伝承曰くでも『あれなるはかつて霊峰の切り離され、浮遊した更なる高みに棲まう者』と……村の古老ころうたちを中心に呼ばれておりました」

「……"さらなる"?」

「既に近辺で簡単な地質の調査も行った所では、確かに過去の同地には『特定の条件下で強大な電磁力でんじりょくを発生させる鉱石』などが豊富に採掘されたらしく——」




 その同地で支援に際して現地の文化を大まかに調べていた美神。

 曰く『折れた山』とは一種の僻地にあたる現在の場所で、『簡単な食料や水以外にも適切に支援できることはあるか』と師弟より離れた場所で一時的に活動していた彼女の掌では拾得物の『青い鉱石片こうせきへん』が大神より借りる電熱を受けても極々僅かに浮き上がる様のあり。




「このように『伝承を事実とする痕跡』も見て取れれば、『それが昔昔むかしむかしの火山の噴火によって一切に押し出された上空においても熱せられた相互に強く反応しあって【浮上する大地の伝説】と相成ったのだ』と——我らが支援者たる古き女神の生きた証言にも確認が取れています」

「では、もしかして……先から一つの『小さな衛星えいせい』のように感じられていた『雲向こうの物体あれ』が……"大地そう"であったり?」




 青年の碧眼を細めて見遣る先には雄大積雲ゆうだいせきうん

 その灰に濁った白色の間に覗く『乾いた岩石の集合』を指して言えばイディアも"予想の肯定"に頷き、二者の会話に補足を差し込んでくるアデスでも『伝承に語られる龍』についての理解を先に進めようとしてくれる。




「よっても、その伝説に語られる山地さんちからは何か『地滑じすべり』のようなものか」


「若しくは前人未到なら今現在の生態系は未知なれど、他の生物種の存在も仮定して『托卵たくらんなどでの競合』かで遥か天空の住処より『寵児ちょうじ』が『ちた』になってしまったのだろうとも考えられますが——」




「大神の私には見えていましたよ。誕生を間近に控えて付切つききりだった親が——それでも『きたる日に自他で安定した量の水分補給は必要』と、下界に確かな水源を求め、その降りる際の不幸にも疲弊ひへいした足取りが卵の近くで身の衝突に『崖崩がけくずれ』など起こした様を」

「——成る程。それで、『遥か空より落下してきた卵』という訳ですか」

「然り」

「すると残るはしゅそれ自体の理解を更に深め、我が友と私とで具体的な対応策についての検討を——」

「既に明らかとなった情報については資料こちらも参考に」

「あ、これはまた『思い当たる物を己で取りに行こう』と考えていた矢先に大神の力で態々と取り寄せて頂けて……かたじけない」




 しからば、暗黒が渦穴うずあなを開けても取り出したるは大型の図書館機能に許された複写。

 その厚意にも与っては若者たちで適切な順序を踏んで借りる『図鑑記録』に目を通すとし、力持ちのアデスそのまま触手が掲げてくれる間に要点を確認すると先までの種は『伝説でんせつ装甲蛇そうこうへび』に"似ている"と分かる。




「そうして誤解なきようの確認。過去のそれらしい記録も参照してみると——似ていますね」

「……確かに」

「先の個体と『鉄に覆われた骨格』に様相も殆ど等しく、それでも目に見える翼の数に『だい一対いっつい』と『大小だいしょう二対につい』で差異も見受けられますが……『環境の変化に応じた差異もの』でしょうか」

「何か先までのは『上下の間に円を描いて展開する翼』で『風を掴む』ような素振りも見せていましたが……"あの重たそうな巨体を空に持ち上げる"とは相当に『ちからある生き物』だと思われます」

「はい。鋼鉄こうてつ表皮ひょうひが『よろい』の如きはにうたわれる通称を『アームド・フライスネーク・サンダー』——人で圧倒的に映る力は『稲妻いなずまを扱う』との生態らしいのですが」

「でも、自分の接した個体の攻め手は『電熱でんねつ』というより『ほのお熱線ねっせん』でした」

「ならば、力を練り上げる内燃機関ないねんきかんにも図鑑と異なる特徴のあって、今回の個体は謂わば『近縁きんえん別種べっしゅ』にあたるのかもしれませんね」




「そうして人の記録に於いて僅かな口頭伝承こうとうでんしょうに語られるぐらいの"種名しゅめいもない希少な生き物"に……古くは知らぬことのじゅうひゃくがあっても何ら不思議はありませぬ」




「アデスさん」

「やりましたね、我が弟子。実質的には『新種しんしゅ』。なに何処どこぞの『権威ある学会』に届け出れば『命名めいめいの権利』も得られようものであり……此処で呼び名も仮に『セイネンザウルス』とでもしておきますか?」

「……いえ。別に前から断片的にも知られていたならしんに第一発見者という訳でもありませんし……命名権もそこまで欲しくはありませんので」

「貴重な機会ですのに」

「それよりは注意事項として『そういった生き物がいて、人に攻撃することもあるから無闇に近付いたり・刺激しない方がいい』とだけ他の皆にも教えられれば」

「うむ。"如何にもな重々おもおもしい見た目"としつつ『内容もかさがさねとする石板せきばん』にしつこく刻んで知らしめておくとする」




 そうして丁重に命名の提案をお断りとされても『安全を第一とする本願』を聞き届けて身を分けるアデスの分身二体。

 村の中心広場に一体が創造して支える重厚の石板に、残る保護面をした一体で『龍の持つ人に危険な機能を示す図画ずが警告文けいこくぶん』を素手で刻んで記す最中にも言葉を交わす三者は事の理解を進めよう。




「他にも判明分は、なになに……『処女懐胎しょじょかいたい』のような『無性生殖むせいせいしょく』の機能もあれば、『その片親かたおやから子の生じる様によっても益々ますます神秘の存在として捉えられるように』」

「『翼で日輪にちりんを描くように曲がる変形をして大空を行く様も【運行うんこうを表す化身】で神聖だ』と……言われてみれば確かに、それらしかったですね」




「また再び大神わたしでも後進の学びの為に記述のない真実を付け加えるとして——"件の外気圏がいきけんにも適応可能の龍"とは『生物の幻想性げんそうせい』をきわめられた作品せいたい』」




(……"幻想"?)




「その『人界を含む下界と接触の機会が殆どない』というのは即ち『生物間に於ける捕食ほしょく被食ひしょくの関係より自由に解き放たれて羽撃はばたける者』であり、食性は『宇宙を漂う破片』のような物を食う」

宇宙スペースデブリ?」

「そうだ。("王より下々に星からの脱出を許さぬ中での慈悲"は)時折に星へと迫る隕石を迎撃して自らの体を作るかてとし、因りても『隕鉄いんてつなどの鉱物』があれら丈夫の体を作る主要な栄養源となっているのだろう」

鉱物こうぶつ好物こうぶつとして自らの体を編む」

「幼体では空間で既に漂うだけの小さなちりから吸って成長を狙い、成体では飛来する"隕石そのものの狩り"をしたりもする」




「「"——"」」




「そうして摂取した金属成分で自らの肉体や甲殻を固く編み、よっても当該の種で『重なる頑健な威容』の其れは『幾度もの防衛しゅりょうを果たした【天然てんねん勲章くんしょう】』のようなものだとたとえられるだろうか」




「成る程」

「……ではすると、聞くに宇宙空間の直ぐ近くにも耐えられるとても頑丈な体で、『卵も同様に鋼鉄の成分を含む』のであれば……『 "もしかすると高所から落ちるぐらいで傷は付かなかったのかもしれない"?」

「我が友?」

「それこそ『』で、受け止めても頂戴してしまったような自分で大変な……"らぬお節介せっかい"をしてしまったり……?」




「いえ。万一にも『傷を負う可能性』を見越しては、我が殊勝しゅしょうな弟子の『受け止めてやる判断』にまさしく瑕疵かしなどありませぬ」

「はい。古き女神の言う通りにあれば……何より『落ちてきた場所が人の集住であった』のですから『先んじて我が友が間に入ってくれたことで多くの者に降り掛かる衝突の危機を未然に防げた』とも言えて——十分に『お手柄』であったと思います」


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