『もの言わぬ迷い子①』

『もの言わぬ迷い子①』




 眼下がんかくもより樹林じゅりんの覗けば、此処は神秘的な霊峰れいほうの静かな土地。




(——……いい場所だ)




 人工の石垣いしがきに座り込む青き瞳の女神の背景には製粉せいふん地下水ちかすいの引き上げに役立つ風車ふうしゃの見えても切り立つ灰色はいいろ高山たかやま

 彼女が今に腰を下ろした場所は『神龍しんりゅうまう』と言われた高所こうしょむらでもあれば、その外界との交流が希薄な集住の地にも『人々でものはないか』と聴取を終え、『柔らかく焼き上げられる発酵はっこうパンの製法せいほう』も実演で教えを果たした後が暫しと浸る小休憩の時であった。




(景色は勿論、吹き通る風も心地よくて……何よりは『しずか』な——)




 斯くして然りは現時刻にも『祝祭の齎す恩恵』を兼ねて『青年の願いを模索する援助』の最中にあっては、その天に近く見上げる上半分あおぞらには生命いのちざわめきも少なく。

 微小の胞子ほうしむしたぐいとて滅多に乗らぬ風の穏やかさに、『落ち着ける環境が悪くない』と。

 たまには複雑となった心でも外の空気感で孤独に癒される感慨を知って——そうしてもおもむろに迫るのは『鼓動こどうを感じさせる血潮ちしお』の気配。




(——"?")




 よっても青年で『いこいの時をせわしなくされる』ようでは落ち着けた気の再動員を煩わしく思いつつ——気重のそうでありつつも『脈動みゃくどうとは【今を生きる誰か】のことなら』と即座に首を傾けて件の方向を見遣る。




(——『ボール』? いや、生体反応せいたいはんのうは、"その球体きゅうたいなか"にあって——)




 そうして見上げた神の視線の先、それは上空じょうくうよりの飛来物ひらいぶつ

 また質量が空気を裂いても"上から下に来る"のだから、より正確には『落下物らっかぶつ』とも言えよう光景が『青空より迫る鉄の重みを思わせる鈍色にびいろ』の。





「(——なら——え")——"たまご"?」





 地面へ置いた時にも安定を求めたのだろう形ではしたとするがわに上部より厚みの広がって楕円だえん卵型たまごがたの——そう、まさに『一つのたまご』の姿が青年の視界で徐々にも接近によって大きさの存在感を増し、剰え女神たちの滞在する村の方向へと隕石いんせきの如くに落ちて来ているのだ。




「あ、え……? "此処は既に高所こうしょ"なのに、どういう——」

「"星に引かれて落下をしている"ようです」

「! あ、アデスさん——でもっ! "このままだと激突して割れてしまいます"……!」

「そのようで。大神わたし予測しかいにも遠くない未来に『砕けて散るもの』と思えます」

「では、別にそういう『ちる生態せいたい』でもなくて『事故じこのようなものだ』と——っ"! "それなら"——!」




 因りては青年の動揺を感じ取っても物陰より顕れた恩師の近く。

 このままでは落下に砕けて終わるだろうものを『誰かに当たっても互いに危険』と。

 その卵の内部より感じる温かな波の感覚から『恐らくの生物』と認識しても奥義の水が受け止める即断そくだんたちまちに目の色を真剣な発気で変える。





一先ひとまず、"受け止める"方向で——っっ"!!」





 背後には『青年が心を痛めても都合の悪い庇護者の神』が絶対的な力として控える安心にも支えられ、即決と移す行動。

 心の曇りを吹き飛ばすように弾ける泡の湧出で色味の明々と切り替わる青の炯眼けいがん瞳孔どうこうたてに長く伸ばすようでも熱感知に長けたへびの如く——いや、『落ちようとしている命を腕に迎えるため』と既に飛沫を蹴り上げて跳び上がった同じ高度では卵の内部にこそ基本的な形式の仕上がった肉体に『へびのような輪郭』が熱の表象として神の眼力に見て取れるのだ。




(——やっぱり、どう見ても"たまご"! それもっ、なら!)




 そうして周囲に遮蔽物もない日の光の通る場所で細かく行う姿勢制御に水の放出が幾重にも円弧にじを描きつつの空模様。

 相手との等しい高度で自身も落下に付き添うとしたのが女神なら、彼女の有する流体すなわち流れそのものを自発に生み出す力が事実として『空の青を海として泳ぐ』ように、今尚に眼前で落ちて行く卵の下方へと身を入れて。




(表面の温度からして幸いに落下が始まってまだ間もない。鼓動も規則的ならきっと無事だ——"大丈夫")




 秒間にも慎重に重ねる演算。




(重量だって今の女神じぶんなら十分に支えられるものなら——"いける")




 柔らかく伸ばす水の手が大気との摩擦にも追加の熱を帯びたのだろう重みを優しく、冷まして——抱き留める。





(——!)





 そのまま迅速に抱き寄せても。

 最も注意して気を払うべきは『内部の赤子あかごと思しきに過度な負担が掛からぬよう』とで内側に攪拌かくはんや惑乱の起こさせぬ働きかけを備えて維持。




『——でしたら今よりゆるやかに勢いを殺す流れに努めますけど、には【卵の内部が揺れ過ぎぬように程よい感じの気遣い】を備えていてくれると……っ、嬉しいです!』

『……仕方ありませんね』




 自前には宛ら『自然の作るかご』めいての波を卵に寄り添った胸中の水面みなもに展開しつつ。

 されど、未熟な自身の仕損じる万一に備えようとしては『大神からの支援』も追加で約束を取り付けてから"即席の降下作戦"を直ちに決行。




『では、もしものその時には——卵をかかえる貴方を私で優しくめてやりましょう』




 それも直角に降下して飛沫の激しく上がる飛込ダイブでなく。

 神秘の力は大切に重量を抱えた姿勢で地上付近に向かって弧を描く水流を展開し、その目的地に続く流れの表面に沿って載せる自らの足。





「……"!!"」





 そのまま蛇体じゃたいの背を滑るようには摩擦の少なく即席の滑水路スライダー

 己の進む先にみちを描きつつ。

 空より降りて行く水の足跡は渦巻の円を描写する緩やかでも勢いをしかと低減させ、至る最後には地上で『保険』としてってくれていた大神の前にも衝突のないまま滑らかに——流水で走りを停止としてみせるのだ。





「おかえりなさい。我が弟子」

「……どうも。願った通りに待機もしていてくれて、有難うございました」

「いえ。我がいこいのひとときを邪魔せぬなら、これぐらいは構わぬでしょう」





 ならば引き続き『出所不明の卵』を抱えたままでも事は一区切りだろう。

 其処では例え青年が上手くをやって出番のなかったことを不服に思っていようとも暗い祝賀しゅくがの笑みを絶やさぬ恩師の近く。

 先に見えていた鼓動と脈動の気配も卵の内部で未だ力強く健在なれば『一つの命を護れたのだ』との実感に、安堵が深い息を吐いて。




「そうして、そのお陰もあって取り敢えずは状況も落ち着いたので……次の解決すべき問題はそもそもの『この卵』が『何処から来た誰なのか』という、"由来ゆらい"の——」




 自動装着となっていた面頬も自由な息遣いの求めに応じて青年の顎下へと降りての間もなくに——"つぎなる有事ゆうじが飛来する"。





「——"!"?"?" な、な——今度はなんなのですかっ!?」

「次に迫るのは『りゅう一種いっしゅ』のようだ」

「"りゅう"」





 次第に度合いを大きくせまるのは、"大気を立て続けに横殴りとするような轟音の連続"。

 また上空よりの生命体反応——それも先より重く、何より速くに。





「しかして"其処な卵"とは『親子おやこ』の関係にあるようだ」

「"おやの"……——え、ではまさか、『これ』を——"!?"」





 飛来ひらいする。

 卵を抱えた青年を目掛け、鬼気迫ききせまはがね龍種りゅうしゅが『自らの子』を求めて。



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