『ひたむきダッシュ⑥』

『ひたむきダッシュ⑥』




 それも猛烈な勢いに暫し呼吸の感覚も忘れ、腕の振りに風を切って只管ひたすらと。

 少し前には敵陣てきじんから自陣じじんへ——今では自陣じじんから敵陣てきじんへ。




「"箱から箱へボックス・トゥ・ボックス!"」




 往復を繰り返しては体力気力の限界近く。

 それでも、しなやかな二脚にきゃくを前に進ませる様で目指す先には敵陣の、その中央に落下してくるボールが——ユメコという競技選手の胸元へ。




「そして——です!!」




 客席に指導を担った女神の玉声が結界に阻まれて届かずにも人で『やるべきこと』は分かっている。

 胸で軽く衝撃ごと球を受けては、それを足の甲に落とすまでに眼前で認める光景。

 今の十三番が立つ中間線ハーフウェーと敵陣ゴール周辺の四角ボックスとの丁度中間あたりにも——その保有者でせまる相手守備のいなければ『支援に徹しては単独で何かをすることは少ない』と、『勝ち越しを許さぬために今は最優先でゴールを固めろ』と。

 体力の少ないのは相手でも同様であるなら『奪取チェックに向かうのを後回しとされた彼女』で、間もなく足先へ触れるボールに他のパスの出し所も人の壁で塞がれて容易に見つからなければ——。




「ふ——っ! はぁッ"!!」




 よっても彼女自身の、"彼女のみに預けられたときの余裕と空間スペース

 其処で何より得点に必要なもの"があれば、両足で挟んだ球体側面を勢いよく右に回して物体を空中に浮かせ、凝縮される空気を前にも『自身に出来る最高』を更新するため。

 ユメコという人に『未だ見ぬ自己実現に幸福の景色があるなら見てみたいのだ』との思い切り、上へと跳ねすぎないようにも横の回転に方向性を詰め込んでやって——。





水切みずきりっ————シュートッ"ッ"!!!」





 胸元の高さで地面と平行に振り切る脚が万感ばんかんの思いに放つ。

 体重を増やすのと引き換えに急いで伸ばしていた自由領域スキルツリー水属性みずぞくせいの技は特訓の成果もあって飛沫しぶきを伴い、枠内に向かう。




(——どうだ)




 飛魚とびうおのようにも地を跳ねる。

 彼女という選手の事前情報データにない初めての技は一度いちど二度にど——三度さんどと。

 地面を跳ねる感覚が大きく調子を変えつつでも相手キーパーや周囲の守り手に弾道の射線に飛び込む力の入れどころを狂わすよう直進。




「っ! でも——"ねらいがあまい"!」




 だが故には『強烈でも真っ直ぐに来る』と見抜かれて惜しくもキャッチ——いや僅かにも抑えきれぬ回転で手袋グローブを滑るつかそこないにはじかれた。




「————」




 よっては補填ほてんの時間も加味した数字の時刻表に『残り数秒』と。

 間もなく刻限の終了を『ゼロ』と表される前には、再度の再度で地に転がるボールへ——今度こそ『だれ辿たどく』のがさきか、『ふえ』がさきかの場面。






「"ウホォォォォォォォ"———"!"」






 今まさに『付き添う相方あいかた』として重厚にも俊敏な走りを止めぬはユメコの動きを追う者あり。

 転がった先に猛烈ダッシュの背番号の『きゅう』はゴリミで最後は彼の者自身が己を弾丸の如くも飛び込む頭で押し込み——白線を超えた先に突き破られしゴールネット。




「——わ、わ……! 凄い評価のあらしに、座席の突起これは……自分でも押して大丈夫なものであったり?」

「そのようです」

「では、失礼して——『いいよ』・『いいよ』・『いいよ』——本当に素晴らしかったです……!」




 即ちがだん

 試合終了に響くホイッスルに遅れては遠方で見ていた人々でも健闘を讃える『笑顔』や『グッドサイン』で『いいよ』も現地の客席へと立体的に溢れ、惜しくも敗北を喫した華麗な金色のチームにも正にはげます花の形が寄せられた場内に華々しく。




「ウッホ、ウッホ——!」

「っ……ナイスゴール! ゴリミ!」

「——ウホー!」




 色取り取りに包まれる場所。

 祝勝ドラミングのダンスパフォーマンスもそこそこに、ゴリミは喜んで抱き着く他のチームメイトを背に腹に宛ら子ゴリラのよう担ったままでも最後まで走り抜いた相方へと早足に駆け寄って両手のハイタッチ。




「それにしても、この時間であの推進力が出せるとは……本当にゴリミの理想も万能ばんのうとして極まってきましたね」

「『守って攻めて仲間を助けてチームを勝たせる』のもゴリンバス・ミーコの目指すパーフェクトスタイル——それでなくても『体格で勝る分に高さで勝負しよう』と意識を傾け過ぎていた私へ『【走って・蹴る】の基本』を思い出させてくれたのは貴方ユメコだゴリよ」

「そうです?」

「そうウホ。本戦でない試合にすらを見せられては、エースの私とて『応えたくなってしまうもの』と……それに危うくオウンゴールの危機も助けられたゴリし」

「いや、いや。あれは仕方ない。それに私が自陣へ戻るまで貴方が先んじて守りに入って時間を稼いでくれたのも事実だから……何より、限界近くの往復へ貴方ゴリミも付き合ってくれたが故の勝利なのだから——お互いに頑張った」

「"——"」




 そうして他の皆でも『煮詰まりかけた思考へ風を通してくれたぜ』、『魂の籠るナイスな全力プレー!』、『ナイスガッツ!』と集まる人々で笑顔の輪。

 大会前最後の試合を勝利とし、不調から完全復活のような選手を加えても先に明るい見通しを思わせる青色チーム。




「ああ。本当に貴方がピッチに入ってくれて雰囲気も変わった。闘志溢れるプレーでも全体を鼓舞こぶしてくれた」

「キャプテン……!」




 相手チームとの感謝を交わす儀礼を終えては監督兼任の主将キャプテンからもユメコに賞賛の言葉が加わる。




「それこそユメコで元より様々なポジションでプレーした経験のあれば立ち場の多方面から物を考えられ、一芸に特化した人にも多く己のうえを知る立ち場から素直に敬意けいいを示せても……やはり君は『チームの支柱しちゅう』に適任かもしれない」

「それは……」

「何より長く不調に沈んだ時期も知っていれば、同様に悩んだ者への『助言役じょげんやく』にも適性は見えるとして——本戦の次回からは『第三だいさん』や『第四だいよんのキャプテン』としても初めてみないか?」

「"!" では……つぎ代表だいひょうにも?」

「勿論、"進退を考えていた君"さえ良ければの話だが——」

「それも——"はい"! また改めて宜しくお願いします……!」





 こうしては当落線上にあった代表にも無事にユメコは選出されることができ、不調から抜け出せた事実に加えて更に駆け回るプレーの幅も広がり、大きく人の成長できた段階で女神たちの支援も一件落着。





 ・・・




「——なので、また暫くは競技を続けてみるつもりです」

「……良かったです。フジョウさんでも、貴方の納得のいく結果を得られたようで」

「その件については本当に、御協力を有難う御座いました」

「いえ。今日は素晴らしい活躍ぶりも拝見させて頂き、我々でもささやかながら助力をさせて頂いた甲斐のありました」




 よっても、別れ際にさえ笑顔り浮かべる人と向き合う背後には、『管理者からの謝礼』の一つとして優待券ゆうたいけんたぐいも腕の中に一杯どっさりと抱え込むアデスとイディアの二神で『青年の助けが実を結んだ』ことにも隠さぬ喜びの顔色はあり。




「それに、『教えて貰った心構え』に『すべらかな動き』でも甘い部分が残るのもあれば……『自分にはまだまだ出来ることがありそう』との思いは動き足りないほどに。また今日からも走って蹴っての技を磨きたい」

「……はい」

「やはりは少しでも、"理想に近付く思い通りの動きが出来ると楽しい"。少しずつでも『成長の実感』が喜ばしく思えるのですから——此度は貴方方あなたがたと出会えた幸いにも、また次回のあれば再び、宜しくお願い致します」

「……そうですね。我々でも今後に続く貴方の充実した日々を願い、再びお力添えの機会があれば是非、お会いできれば」




 競技場の外には支援者たちと人で辞儀を交わしてからの別れ。





「有難うございました——!」





 手も降る時には其処で未だ青年に『確たる自分が見つからない』のだとして、『己に価値のようなものが感じられない』のだとして——『それでも』と。

 例え一時的にも『其処そこ他者たしゃ笑顔しあわせ』は『喜ばしく胸に温かいものだ』と青年には思えたから、だから今は『定義不明の己』に夢が見つからなくとも少しずつ助力を続けて『欲するさき』へと進んでみる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る