『ひたむきダッシュ④』

『ひたむきダッシュ④』




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 斯くして、地区の代表選手を決める最終選考の試合を当日。

 場所は引き続きのテノチアトランで楕円形だえんけいの競技場に早くも試合時間の半分が経過した。




「……前半は正直、"あまり良くない流れ"でした」

「ええ。こうなってしまうと否応いやおうなしにも"追い付いたがわ"には『逆転を目指す勢い』が……他方の"追い付かれたがわ"では『という失策しっさくの印象ばかりが残ってしまう』」




 円状の観客席には遠方からの好事家こうずかも立体的に浮かんだ分身アバター胸像アイコンで視聴の記録を取得される中、先述した『大神へ立てる伺い』によっても『接触』に厳しくある同地。

 即ち『スポーツの観戦は中継が主流』と住民の皆で文化背景の様子は現地で試合を見下ろす女神たちの周りにも目立つ喧騒なければ、それは宛ら『無言で映画を眺める』ようにも"静かな鑑賞"の一幕。




「先制までの当初はゴリミ選手の動きも凄くて『幸先さいさきのいいスタートだ』と思いましたが……やはり、そう簡単にはいかず」

「"あくまで集団競技"ですからね。個人の活躍だけでも試合を決定づけるのは難しいのでしょう」

「はい。相手チームもミスなく繋ぐパスが見事なものでしたので『ここまでの連携を浸透させるまでには恐らく様々な努力があったのだ』と思うと、それこそ『思わず彼方あちらのことも応援したくなってしまう』ほどです」




 一度の休憩時間に芝の上から去る選手たちを眼下に試合の経過を見届けてルティスとイディアと背後に控えて鎮座のアデスが感想の言葉を交わす。

 彼女たち三柱の眼前で既に終えられた三十分さんじゅっぷんの前半は——『【完全性パーフェクト】を志望する者として知力ちりょく膂力りょりょくの併存は【もり賢者けんじゃ】こそが表現に相応しい』と、そのまさに当該の化身たる『ゴリラ』と見紛う大柄に黒髪で銀の色も混ぜて『シルバーバック』の異名も持つ選手ゴリミが空中で自転車を漕ぐようにも振りの早い脚の動きで『ゴリラ・キャノン』を撃ち込んでフジョウの属するチームの先制。

 なれど、相手チームも専門家の寄り集まる集団なら、立て直しにも迅速な修正を加えたプレーが強靭なエースの力強い動きにも対応の素早く。

 良い形にシュートまでを入れぬよう先んじてボールに触れさせぬ堅固タイトな守備にも磨きを掛け、そのまま気落ちせず精力的に続けた守備から相手陣内で奪ったボールに切り替えも鮮やかの短い距離にパスを繋ぐ反撃カウンター——即ち追い付いての同点どうてんだ。




「……ですがそうして、フジョウさんのチームでは休憩時間ハーフタイムさかいに全体の流れをより良く切り替えられればいいのですけど」

「はい。大会前最後の試合としても苦しい流れを断ち切った先に"良き弾み"を得たいところでありましょうが……しかして其れも相手にさえ『常に勝利を目指して同様』なら双方で油断ならぬ展開が続きます」

「……はい」




 よっては、両チームで負けず劣らずの攻防は静かな緊張を維持したまま、四方で声なきながらも競技者たちで『個人』と『集団チーム』の技を極めることに夢中むちゅう

 その"静かとされた狙い"としても『良きにせよ・悪しきにせよ』とは『選手たちの精神にも光景や声で揺さぶられる影響を少なく』・『パフォーマンスの向上に専心できるよう』との"管理者からの配慮"に安穏と身を置いて。

 されど同時に天井には吊り下げられた薄青うすあおの光源が『夜天やてん』に瞬くようでも。

 暗色の下に選手たちが宛ら『流星りゅうせい』の如く『表現の機会』を駆け抜け、各位に燃える意欲いよくねつが冷めやらず。




「そうしましては、成る程。むねで受けるたま制御せいぎょも皆で優雅ゆうがに収まる妙技みょうぎなれば、全体を覆う『薄膜うすまく』が大抵の衝撃を吸収してくれる種目で肌身はだみすら痛まず」




 一層と静まり返る時に控室で選手たちがハイパー酸素の補給を受ける中。

 同地の都市構造そのものから機嫌を伺われる大神女神では白いテールに持つ青年仕込みの清涼飲料を楽しみながら再開までの時間潰し。




「寧ろ『谷受たにうけ』とできるように大きめを上下におびなりで盛りつつ固定して『起伏の利用』とも備えている選手が多いのか」

「練習内容で細かく『バストアップ』の項目があったのも頷けます」

「うむ。また改めて間近で見るに大まかな競技規則は『あしを基本に球を飛ばして枠に入れればいい』なら判定も素早い自動で分かり易く……何よりは此処でも『接触』に備えて厳戒げんかいの様子」

「あの先刻に『外圧たいしんの貴方』が目をめていた四方しほうの其れが作動して……詳しくはどういったものなのですか?」

「今し方であれなるは『接触時の判定』や『選手の保護』も兼ねて『神秘しんぴの薄い皮膜ひまく』にも利用されていよう」

「はい。何か選手たちで『おぼろげに身が光る』ようでも」

「散布する粒子で囲む四方よりの領域展開が競技者と観戦者で内外を隔てても『人の出会う環境を事無くと安定させる』ものだ」

「では、"大神も支援する先端技術実験せんたんぎじゅつじっけんの場"」

「申請を済ませた以外で物品の持ち込みも弾かれれば、外部からの物質の流入や環境変化を防ぎ、"細かくとも全身を覆う加護まもりがす衝突"こそが『警告』の対象としても事前に危機へと備えられ——『神の支援と人の願いで作られる都市』とは、うむ。"悪くはない"」




 たりがおには『政策』に対する暫定評価も魔の王より賜わし、『今暫く出来映えのほどを観戦とさせて頂きましょう』との高見に見下す態度が二杯、三杯と『補水ほすい』に調整されていた物の余りを飲み干す。




「……果たして、フジョウさんの出番は来るのでしょうか」

「『流れを変える意図』では人員の入れ替えも考えられますでしょうし、加えて彼女は様々な場面にも安定したプレーが出来ますので戦術や陣形の変更に合わせても『便利な役柄』として抜擢ばってきされる可能性は十分にあるものと思われます」

「……そうだと、いいのですが」




 しかして三者に『飲料と同じく運動する人に向けて用意していたが同地で質の良い食物には困らぬ故に出しそびれていたレモンの蜂蜜漬け』を摘んでも後半が間もなく。

 過ぎた前半に勝負の場を疾走した顔ぶれの中には女神たちより指導を受けたフジョウ・ユメコの姿が見て取れなければ、先まで大枠を作る白線の外側で念入りに準備運動アップをしていた彼女は見えても『休暇明けで直ちに先発とは難しい』のが現実。




「大丈夫ですよ、我が弟子。貴方でも"人の流体に掛かる負荷の軽減"として彼女の装いが、"ウニ"……"ユニ"?」

「……? どうしたんですか急に、可愛い音を出して——」




 するとそうして、大神に遅れても——『果たして進退を掛けた一戦に出番のなければやりきれない』、『後半の少しでも出番はあるものか』と青年で杞憂きゆうに沈みかけた心にも下方で戻る人の動きに気付く。





「——"!" あ、あれ! 『YUMEKOユメコ』さんと書かれてあるからフジョウさんでは——"彼女がユニフォーム姿になっています"……!」

制服それです」

「では……!」

「"待ちに待った出番でばん"のようです」

「——! 頑張ってください……!」





 神の見通す其処では後半開始に備えて選手の戻る入り口に、先までの膝下に伸びる外衣と打って変わってひざひじも空間に露わとする青い短衣姿たんいすがたの背番号『十三じゅうさん』——追い付かれて試合の流れを握られたままの苦しい場面で『便利屋』の彼女に後半からの出番が訪れるのだ。





(どうか、"彼女にとっての結果けっか"が得られますように……!)





 そのため残る三十分が最後のプレーになるやもしれぬ練習試合でも大一番おおいちばん

 件の人物は一人との入れ替わりで競技の場に入ると全身に皮膜の加護を貰った瞬間からハッキリした機敏の足遣い。

 軽快に風を切っても自身の位置ポジションたるさが中盤ちゅうばんに向かい、短い桃色の髪を揺らした先にも『久しい実戦』で己を目覚めさせるように軽く自身の顔を叩いての深呼吸。




「——……よし」




 既に『戦術変更の中で一定の自由を与えられている』ことも控え室での指示に確認が出来ており、それでも彼女の下には復帰したばかりの身と心を気遣うように近くにいた選手が距離を詰めて軽くの声を掛けてくれる。




「——おかえり。ユメコ」

「ゴリミ」

「プレーは出来そうウホか?」

「……まだ『続けるべき』か分からない部分があるのは事実だけど」

「……」

「でも、少なくとも今は『全力を尽くしたい』と思っている」

「……悪くない表情ウホ。リフレッシュも出来たようで何よりゴリ」

「お陰様で」




 また相手側の守護神キーパーが目の前の『スーパーエース』たるゴリミのシュートも二回目以降は的確に防いでいるのを見るに『能力で劣る自分でも当然と独力でゴールを狙うのは難しいから個人で色気を出し過ぎるのも注意』と、息を切っていましめもすれば『暖まった身に冷静な思考』で彼女の準備も万端。




「そうしたら、チームとしての動きを改善しつつ『ここだ』という時が見えたら自分の色を出していくとしても——あくまでも『二者以上にしゃいじょうわざ』をみがく」

「そうウホ」

「ただ個人技こじんぎに終始するだけでは『個と集団の調和を重んじる題目だいもく』で『我らの神に許しを得た意味』もなくなってしまうから」




 引き締めの終わりには『生活を支えてくれる神への信仰の証』として縦に三と横に一の四画よんかくで『りくしるし』を胸の前に。

 指先が『誓い』の形を描きながら、頷きを交わす正面のゴリミや周囲に離れた位置の他のチームメイトとも状況への理解度を認め合ってから『協力』の場へと神妙の面持ちが臨む。





わたしの掲げる『理想主義りそうしゅぎのモーション』も相手に読まれて阻害されるようになってきていたから『流れを変えたかった』ところだウホ」

「……ええ」

「『ゴリドリ黄金ゴールデンコンビ復活』とまでは言わずともいい。ただ今日も『私たちに出来ること』をやろうゴリ」

「——"わせる"」





「『わたし』という『新たな個』を取り入れても『集団』で——"試合の流れを変えにきましょう!"」



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