『ひたむきダッシュ①』

『ひたむきダッシュ①』




 陽光ひかり、なれど海風うみかぜは涼しく。




「……」

「……」




 舗装ほそうで固められた鈍色にびいろうえで、師弟していは都市の駐車広場ちゅうしゃスペース




「……本日ほんじつみず風味ふうみさわやかです」

「……はい」




 足元あしもと白線はくせんに従えば、その定める枠内に駐車としたトリケランダーに寄り掛かる女神と座る女神。

 何方も揃いの闇色やみいろ上着うわぎを羽織って、両者で『伸ばすかげ』は"偽装ぎそう"の。

 それら傍目はためなら『少女の形』に見えよう、小さく纏まっても"秘密を有する者ら"。

 背を預ける立ち姿が機体腹部の荷台にだいに埋め込まれた給水機構ウォーターサーバーより杯に注いだ水を楽しむアデスと、適当な出っ張りに腰を掛けるのが前者に見守られた青年女神のルティス。

 先までつのある機体で海上を渡っては現在地の此処に『人の願いあり』と聞いて馳せ参じ、今は残る仲間の美神イディアで離れた場所に"件の悩みある者"へと『着替きがえ』を施す待ち時間であれば——。




「……」

「……」




 ——潮風しおかぜの熱が幾度もそばを過ぎ去りしに。

 手持ち無沙汰の青年では二本の指で作るに己の内から湧かせた水面みなもって。




(——…………)




 その『透き通るあお』の光景が水の加減でゆがむのを、座る正面には『色分いろわけのせんとしてさかいの見える水平線』から。

 次には見上げる真上まうえで『混じり気がない快晴』の、それら微細びさいにも"色の流れる各所で波長の異なるあお鮮麗せんれい"。




(…………"目指めざすべき、場所ばしょ")




 よっても『色の出会う場所』で景色は『佳観かかん』と捉えられよう見事なもの。

 しかしなれど、"境界を見定める青年"で『清々すがすがしくこころよい』と感じる『人心じんしん』で以て内に楽しむことできれば、でも『絶えずの私的な考え事』で『女神めがみとなったこころ』に"未だ晴れぬかげり"の多く。




("辿り着きたい"、"成りたいものの理想"、"叶えたい夢"のような……そういった『目標もくひょう』のようなものがイディアさんやアデスさんにはあって——)




「……」




("自分"には——……現状、"それらしいものが見当たらない")




 先日に開かれた茶会で『冥界めいかいの神による語り』を経ても思うこと。

 いや、上述のそれに加えても以前から交友のある者共で『思想』や『信条』やの『行動の指針』がある事実は『冥界および死の創設』や『見果てぬ探求に出る』など『並々ならぬ決意がなければ臨めぬ』と当事者たちの力強い言動にも知っていた。

 よっても近頃に青年へ『夢の在り処』で再度に意識を傾けさせるに決定的だった出来事は『自身と同じく男性から女性の形へと変じる道』を辿り——なれど『苛烈で変わらぬいくさかみ』との『対比たいひ』のさまでもあったのだろう。




(アデスさんでは『誰も傷付かない世界』のために出来ることをしようとして……イディアさんでは『"うつくしいものの本質ほんしつ"とはなんであるか』を悩むまま、手掛かりを求めるたびを続けて)


(……性別が変わってもたたかいのかみにだって『揺るがぬ行い』に『不変ふへん』のような……『たしかな』があったのに)




 即ち『変化への驚きや動揺をおくびにも見せず只管と戦事行為への最適化で研ぎ澄まされる戦神の意識』と——『変性を経てから未だに長く身の振り方で悩み続けては存在が不確かに揺らぎ続ける己』でも変性者たちでの対照的。

 しかして、それら睨み合いに『敵対』しようが『味方』として側に立とうが悠久を経て色褪せぬは『神の持つ強烈な個性』を間近とする事実。

 身近の者たちにはあって、『気に食わぬ戦神あいての変化にすら変わらぬものはあった』と。

 冥界でのかつてと同じく戦の舞台上に向けられた『戦意の鋭さ』に"水面を撫でる熱の恐怖"にも『にぶりなし』と、生々なまなましさすら感じられれば『"果断かだんの者たち"と"不断ふだんの己"のは何か』——『自分にはのようなものがなくて行動にも迷いが生じているのだ』という実感に行き当たるとき。




「考え事ですか」

「……少し」

「……」




 目に見えても帰結きけつに悩む様子は色濃く。

 思考に落ち着く場所を求めて『泳ぐ視線』に青年の不安を感じ取れば、対しての予測で以て視線の先に置かれた魔眼とも目は合い、横目で見合う形にも『確と待ち構えて』が恩師。




「……思い詰めても『我々が側にいる』ことをどうぞ、お忘れなく」

「……はい」




 そもそも迷走めいそうの身で『昔からの夢』というのも『進路に悩んでいた学生』の実状で決まりのなければ。

 それ以前には『進路に悩んでいた自分がどうだったか』、『果たして本当の自分が何方どちらであるのか』も謎めいて進む以前に『現状の立ち位置』も覚束ず。

 肌を震わす心地よい玉声からは過去に聞こえた同じ音調を想起し、その庇護者に確認して曰く『人としての青年の足跡そくせき貴方あなた記憶きおくなかにしか見て取れない』、『この宇宙の始まりからを知って多くの者を見た私でも未だの尾を掴めぬ』とのことで——つまり、現時点での証拠による判断では『本当にひとであったのかすら疑わしい』。

 外部からの観測に拠った現状の事実としても『青年女神とは【人として生きた記憶がある】と女神めがみ』であって——その『朧げな過去』と『此処いまに悩み考える自分』の『何方どちらおのれ"に願いの軸を見出すべきか』も迷うばかりで結論は出ない。




「そうして『夢をいだけたら』どうという話でもなければ、『己の為すべきとする発見』を経ても『執着しゅうちゃく破滅はめつもたらさんとする例』もここに」

「……」

「よっても貴方は『周囲との兼ね合いに悩める自身』も"大切たいせつ"と認めてよいのです」

「……?」

「自身の行動が如何に波及するかを慎重にも『失せぬ不安のぐち』を求めて暴力などに訴え出ることもなければ、『皆の幸福という調和を重んじる立派なさま』と」

「……」

さげすむ視線なども少なくは実にこのましいもので……現時点でも十分に『良くやっている』と言えましょう」

「……アデスさん」

「よってもやはり、此方こちらの都合で自由を縛られる中にも努めてくれては、私の理想にもあたまごなしの否定でなく『穏便な協調の意を示そうとしてくれる貴方』へ」

「……」

「『私にも出来ることあれば』と思いに応じる心もあれば、斯様かような神でも話は聞けますので……『無理むり』に『我慢がまん』も程々ほどほどに。」

「それは……」

「我が弟子とて、"青年自身を苦しめる"ことは見過ごせませんから」

「……はい」




『——我が友。間もなく我々で其方そちらに戻れそうです』




 だが、そうしての『【自分が何者で何を成したいのか】との偽り難い我欲がよく』の感覚や、『不確かな未明の恐怖に対する【存在証明への渇望かつぼう】』を胸に重く抱えても——今に流れる時の中。





「そしては、貴方と私でみつに話せて楽しき内に女神イディアの方でも準備を終えたようですので」

「……」

「我々も実技じつぎの面での出番となりましょうが——"がれますか"」





 青年には恩師の掲げる『誰も傷付かない世界』の、それよりも『更に上の代替案なにか』など未だ本当に見つかる気は皆無でも。

 剰え己の行動を導く理由が『誰かの助けとなれた自分に価値を感じたいとの利己的』であっても、そこで『【困っている誰かを助けたいのだ】という内なる衝動に嘘はない』と今にあるものを信じて。





「それは——"はい"」

「……」

「頑張ります。まだ、『頑張りたい』と思えます」





(——そうだ。今は兎に角、思うようにやってみる)


("今の自分に出来そうなことから"、少しずつでも目の前の一人ひとりから助けられるように頑張って……その一人ひとりみなの一部なら何時いつか全てが上手くいくように……地道じみちでも、一歩を)





 "確たる夢はなくとも多少に力のあれば誰かの夢を叶える一助いちじょにはなれるかもしれない"。

 時に『自分のため』と意識しては、未だ見当の付かぬ自問に考え込んで手足の止まってしまえども。

それでも『他者のために』なら『その苦悩している状況を紐解ひもとかねば』と自然に身が動くのだから——"見果てぬでも今は当面の理想に向かってみよう"。




「——うむ。では、きましょう」

「はい……!」

「倒れてもあんに支えはありますので、お任せを」

「"——"」




 よってもこれよりの目的地を再認識とした視界には個人こじん専用せんよう蹴球競技場サッカーグラウンド

 その濃色のみどりが生え揃う横には所有者の住まう家宅のあり。

 中からは薄めの化粧や運動用の軽装に着替えも済んで外へ、出てきた人の姿が『体を動かす前に装いを楽しみたい』とし、美神に教授された『気に入りの組み合わせ』を保存しつつ付け爪なども取り除いた後で日差しの下に現れ出でる。





「——では、フジョウさん。そうして練習の内容を決める前に改めてまた、話の方から伺わせて頂きます」





 其処で周囲に多く人の気配もなければ、青い空に映える上等なしばの模様でも一帯が実験都市じっけんとしにある広大な敷地の一部分。

 その大陸の全体は実態として外より見える惑星ほし表面積ひょうめんせきも越えて、神に整えられた環境には荷台から腰を離した青年が他者たしゃでも『ひと』へと向き直る。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る