『約束を探して⑩』

『約束を探して⑩』





「痛み苦しむ者らに正常な判断など望むべくもなく、待てども状況は悪化するだけなら『此処で皆を救わず無意味な義理ぎりの形式や良識りょうしきなぞ踏み抜いて力尽ちからずくでも奪わん』と——」





「「……」」





「——"このよう既に痛々いたいたしく語る私も正気しょうきくるっている"。思想に行いも、先鋭化せんえいかぎて危険きけんだ」





 アデスで自身の纏う『冥界の神』や『魔王』としての振る舞いに一通りの解説を述べても『注意』を伝えん。





「本来『在るべき』とする『皆の生存権』を問答無用で『己のものにせん』として、邪悪にも身を落とした我が身で『悪辣あくらつ』な前提は明らかに」


「往々にして世界をうれいた者が『皆を幸せにする為には先ず以て"今の皆を苦しめる世界を終焉しゅうえんに導くしかない"』と行き詰まるよう、私の善意ぜんい膠着こうちゃくおちいっている」





 その語り口は結びに向かう中でも未だ整然せいぜんと、『狂っていた』のだとして冷厳の少女の表面に崩れなく。





「何より私は『おのれ安息あんそくために』皆を死なせることにした。悪辣だとしても『おのが納得の為に止まることは出来ない』と」


「『皆が穏やかも激しくもいられて不幸という不幸もない世界が実現できる』と、『その理想を実現可能な力が己に有ってしまったのだから踏み切るべき』と……『例え悪しき道にも歩みを止める気はない』と決意した」





 彼女で開いて眺めるてのひらには禍々まがまがしくも『汚泥おでいの如きちから』を固く握り締めてからと言う。





「……よっても『かみ意志表明いしひょうめい』とした所で、本日の話を聞いた青年と女神イディアで否定的や肯定的に思うことの多々がありましょうが——」





「「……」」





「——どうか聞き知った二者で今後に『反対』や『賛成』して『協力する』ことがあっても、"自らの内で熟考じゅっこうを重ねたすえ判断はんだん"を」


「『魔王わたしのような者は極めて危険な思想に基づいている』と事実的な批評ひひょうの面からも忘れず……たてへもよこでもくびる前に『そもそもりの仕草しぐさせるべきか』などで詳細に"思慮を重ねてほしい"のです」





 ならば『大神』にして『魔王』の彼女は『悪魔的』であっても『指導者』にさえあって、『教訓きょうくん』とする態度へも失念なくが敬具けいぐ





「そのよう再三に口煩いゆえも、この世界にはおびただしいほどの量に数の情報じょうほうが溢れていますので、時にその激しき甚大じんだいの流れの中で『己を見失いかける』こともあるでしょうが……せめてそれでも『己が思ったことを大切にしてほしい』との願いの意」


「即ち『何時いつ』の『何処どこ』で『なに』を『どのよう』にて、いて……れるなどにもかんって『』ことなのか——そうして『おのれで願う』なら『初心しょしん』や『原点げんてん』とも言われる『自我じがの在り処』を忘れずに」





「「"……"」」





「『理想』や『幸福』も先ず以て『他でもない自身』で思い描いた経緯いきさつなくしては『しんほっする所』でなく」


「広く『ゆめ』と呼ばれるものも『設定せってい』なくしては決して叶えられずの、謂わば『いたるべき目標もくひょう』のようなおもむきでありましょうから……そうした『自己じこ意思決定いしけってい』にて、"ゆめ努努ゆめゆめ"とも忘れず」





(…………——"駄洒落だじゃれ"?)





 自然な流れにも真顔で言いのけられた洒落しゃれには肩を透かす青年で机の上に伝わる身動きの振動が『カラン』と。

 緊張きんちょうからの緩和かんわ

 身構えていた余りに少しでも『守り』として自分に寄せようと傾けていた茶の中の水分を放して——アイスはしが砕ける音。




「あ——すみません。みずすようにしてしまい……」

「いえ。私としても『休憩を挟む頃合い』と思っていた所で却って程よく。取り立てて『説教せっきょう』という訳でもないのですから『息苦しければ単に空気を変えよう』と思っての洒落あそび

「(……だから、駄洒落)」

「しては、それでよい。『言葉掛ことばかけ』に狙い通りの効果も発揮し、談笑に余計な力も去るものとして二者に疑問などあれば再び受け付けの時としましょう」




 同時には茶会で次なる指鳴らしが『青年の慣れ親しんだ川辺かわべの背景』とも変更。

 反射する日の明度を増しても確保してくれる計らいには教え子から見ても暗黒で気色に変化のあり、"身を包む温かな加護の感触"にも『平時の【庇護者】や【恩師】の色味が【魔王】を薄めて戻ってきたのだ』と知る。




「……では、再び美神わたしから。途中より"途方ない規模"の話に呑まれて口を開くことも忘れていましたが、"確認の質問"など宜しいでしょうか?」

「構いませんよ。言葉だけでも印象にあつをお掛けするようで申し訳ありませんでした」

「いえ。複数の例を交えても伝わり易く『意のかさけ』としてくれたのでしょうから『威圧いあつ』などとも思わず、貴方よりの恩恵おんけいにこそ感謝を」




 次には緩む雰囲気にイディアでも口を開き直すとし、目礼もくれいを交わしたのが正面に互いの少女姿を捉える二者だ。




「そうして『確認』とは」

「聞き知るに即ち——『冥界めいかいこそが約束やくそく』。この理不尽な世にあって『"終わり"と"安息"を保証せん』とする魔王まおう施策しさくなさけ」

「……あわれんでもいればそうとも言えましょうか」

「そうして多く『過酷かこく境遇きょうぐうに未だ知れぬ各位の幸福』を『安定した環境に置いてこそ自発的に見出されるもの』と……謂わば『未来みらい』としても『しあわせを約束やくそくしようとする』のですか?」

「……相違そういない」

「では、やはり……それはまさしく『"もっとうつくしい"に近付ちかづ御業みわざ』なのやも」

「……果たして、そうなのだろうか」

「何故なら女神アデスとは『幸福こうふく約束やくそく』に最も肉薄せし極地に私より先立って……つまり私も探す『具現ぐげん』をさきに一つと果たそうとすれば——"先輩せんぱい"?」




(——"!" アデスさんとイディアさんは『仲のいい先輩後輩せんぱいこうはいの関係』でもあった? それは『女神めがみ』としてだけでなく『求道者きゅうどうしゃ』としても……?)




「これ。なんと言う」

「より早く『その先へ』なら私にとって貴方も『参考とすべき先達せんたつ』には違いありませんので、『前任者ぜんにんしゃ』や『先駆者せんくしゃ』といった意味合いでも確認の強調きょうちょうを」

「またも『花園はなぞの学生がくせい』の如き我々で、『きゅうえてえるこの同士どうし関係性かんけいせい』は青年の流れが詰まってしまう」

「『我が友へのはからい』もただちに」




 ここまでの要約としては『魔王まおう施策しさくは【という約束やくそく】で【幸福こうふくへのいざない】』という概略を話し終わったところ。

 そうして『息抜きに気軽とする質疑応答でたわむれてもくれる女神ら』へは、様子を伺われた青年でも『全然いいと思います』が垂れる鼻血みずを手で抑えながらの微笑みで無事の意を伝える。




「……うむ。そうして青年の動揺を気にせぬ場であれば何としたおうとも女神の勝手になりましょうが、それでもこの際と関係になぞらえて『重要な教え』を後進こうしんに残すとすれば『貴方までもが魔王の私にならう必要はない』ということ」

「?」

邪智暴虐暗愚暴戻じゃちぼうぎゃくあんぐぼうれいは私が実践じっせん知見ちけんを得ていますので、そうした『おろか我が身の邪悪を後追あとおい』とするだけでも二度手間にどでまで、仕様もない」

「つまり『大神の記録する性能に敵うはずもなければ新規の発見に繋がる余地も少なく無駄むだに等しい』と」

「その通り。物分かり良くもしかりであって……寧ろ邪悪に身心しんしんやつさず、『魔王の為さんとする権柄尽けんぺいずくのそれ以外』で貴方は貴方の方法に『美』を探してくれ」

「それは……はい。女神グラウのみならず大神の貴方でも『未到みとう』に向けてある程度は『探求領域たんきゅうりょういき分担ぶんたんをしてくれる』のだと……存じ上げています」

「そうなのですよ。我らは必ずの『味方』でもなければ、さりとて『敵』でもなく。そうして私が『破滅的な手段』より模索するかたわら、美の女神では深慮しんりょを重ねての『いまいたらぬ』に思いを馳せてほしいのです」

「そうして今のような意見交換の場にも『協力者』の我々で可能な限りでも得られた情報を分け合えて頂けるとのことで……本当に有り難く思います」




 だが、すると事実として『親しき恩神たち』への喜びもそこそこに。




(なら、やっぱりアデスさんは……彼女という『他者たしゃためらんとするかみ』は『おううつわ』にも違いなくて……)




 自身が幸福を実感する中にあればあるほど『残るは他者』と外部に向く意識が表情から消し去ってゆく笑み。

 今し方に『世界の全てを優しく包み込まんとする恩師』という『偉大な神』の存在を直接の語りで示された青年で、よっては追加や補足の情報にも現状を再考せざるを得ない認識がさわぐ。




(……でも、それなら『他者ではないアデスさん自身』は——"みなの中に貴方あなたふくまれている"のですか?)




 青き眼前に『冥界』や『死』の概要についても詳細な仕組みは兎角に『成り立ちの思想』を説明された今、それを聞いた者で『"冥界を管理する神自身"への心配』も沸々ふつふつと。

 つまり宛ら『自己を犠牲にする』ような馴染みある気配を察して、青年の中に『近しい他者おのれの存在』が気に掛かる。





「——あ、あの……!」





 よっては核心を尋ねる物怖じにも発した声へ。

 するとも顔合わせしていた女神たちで振り向く二輪にりんが『歓迎』の柔らかい眼差しに続く言葉を待ってくれている。




「……どうしました? 我が弟子」

「貴方のことが『い』・『わるい』とは易々に判断できなくて……いえ。今はそうでなく、『自分も把握しきれない複雑な状況を安易に決め込んでもどうか』と思いますから、兎角に」

「……?」

「でも、げんに『とてつもないこと』をやろうとしている——『やっている貴方』でが」

「……そう言った懸念けねんでしたら、"今に談笑を楽しんでいる"ことからも分かるよう、『神の私』で余裕よゆうはあります」




 不安な当事者の言語化より早くは青年の心情を察する神で無理なく見せるやわらかめの表情。




「……ですが事実として、"小さい自分"には想像も出来ないような、きっと『見てれば目の回るだろう処理』を"一手いってに行う貴方"で——"貴方の理想が実現してもアデスさん自身はついやすらぎを得られるのですか?"」

「……」

「仮の本当に『貴方以外の全てが傷付かぬ』となったとして、けれどそこまで『多大なろうあくを背負った貴方』は、まさか……『それでいい』のだと?」

「……」

「もしそうならやはり、アデスさんのように『誰かがりをう』ようなものが『完全でない』なら、"決して少なくはない労を担う貴方自身に想像もできない負担"が——」




 やはり青年の『邪悪の神』に対しても変わらぬ『物思いの姿勢』へは見守る神ではかなげの笑みを続けて言う。




「"それでいい"」

「っ……でも」

「"皆の静まる充足じゅうそくが私にとっても安息あんそく"なのですから……『そうである』と悪辣な己でも定めた以上は『気にするな』としか言えません」

「……『大変なこと』ですのに」

「折角に『無限むげんちから』を宿すのです。上手くやってみせますよ」

「……」

「『運用の担い手に経年けいねんの変化はないか』の"するど指摘してき"については『広範囲へ考えの及ぶ洞察どうさつ』を私でめてもあげますが——それでも同時に『大丈夫だいじょうぶ』と」

「……例え『労力ろうりょくは用意できた』として『とてつもない時間』すら……"貴方を"」

「……」

、"その果てしないおもみ"が」




 他方の青年では他者の視点に至らぬ想像にも『無限に続く時間』という『遠大えんだい未知みち』への戦慄わななきが揺らぐ視線に隠せず、隠さず。




「心配には及びません。『孤独こどく』も『静謐せいひつ』も、しんに『寡黙かもくわたしの好む所』ですので」

「……」

「何より、そうした『ひさしくとお日々ひび』のためにも青年から色々を頂けて……その『家具かぐの如きの位置や扱いをどうするか』と内々ないない議論ぎろんでも軽く無量むりょうとしつぶせますから」

「……」

「なのでみなそとに世界を管理しながらも悠々自適ゆうゆうじてきに。それこそ毎日の如く『青年よりのおひや』を楽しみながら『創作物そうさくぶつに登場する超越者ちょうえつしゃ』めいて『気楽きらく仕草しくざ』でもしていますよ」




 泳ぎなからも示される『落ち着きない憂慮ゆうりょ』へは、『それでも』と気丈きじょうに振る舞う恩師の姿。

 だがその『単一たんいつ老少女ろうしょうじょ』としても在る事実が案じる青年の心に今は只管と感じられもした。




「他にも軽く見通しを言えば『水布団みずぶとん』に『水枕みずまくら』で、『口通りのいい水』を飲みながらも『青年のえがいてくれた』や『各種の表現物』に無限の味わいを楽しみ、『録音ろくおんした肉声にくせい』まで常に優しく耳元に寄り添いと聞き続けられれば……"おおいに上等じょうとう"ではありませんか」

「……アデスさん」

「ふふっ。今から青年に囲まれる生活がどう見えても楽しくなってきました」

「……それでも……"そのように楽観らっかんしない側面そくめん"だって、貴方にはある筈です」

「……」

「それも『自分に少なからず恩をくれた貴方』へ、遠いそれでは『自分で貴方の助けにむくいる』ことも




 即ち『あとに困っても誰の助けも借りられぬ過酷な旅』へは心配の気質で相手の無事を祈る他なく。

 だが、『それでも』と旅には付いて行けぬ青年で勝手ながら『自身にも安心を得よう』との素朴な働きが『確たる保証ほしょうの言葉』を求めずにいられない。




「……実を明かせば私も、"青年と挨拶を交わせぬ日がこわい"」

「でしたら……もう少し、なにか」

「だがそれでも『いつ終わるとも知れぬ脅威』に『皆の恐怖が延々永遠えんえんえいえんと続く』——その『こそが真に最も恐ろしい』と」

「……」

「そのように考えたからこそ、同様の青年でも『のぞまず手にした女神の力でも皆の為に使う』と奮起ふんきしたのではないですか」

「……それは」

「『永続する苦しみ』——"それ以上の恐怖はない"と」

「……」

「結局の所、大神である以上は私も"貴方と似ている"部分のあり……そうしたこころの動きゆえにも『"最大の恐怖"を前には個の恐れに足踏みするひまなく』、『"逃げる"にしても"向かう"にしても』としただけ」

「……」

「よっても『食う』・『食われる』、『脅威にさらす』・『さらされる』——それら『悪辣な連鎖れんさ』を"恐怖きょうふ大王だいおう"の手に一元化いちげんかとしては『【死】といううばいの一度いちどで以て腐り果てたえんち切る』と、私の決意も固くあるのです」




 及び個々に『理解の及びやすい共感』にも言い切られては『自分でもそうした』と納得の心地で反感もなく。

 加えて『相手の信じる最善の理想』を"一方的な不憫ふびん"に思うのも何か高慢こうまんな感じあれば、『悲壮ひそうな決意』を前に細かい涙の溢れようとする感覚を引き続き表に出ぬよう体内の奥へと押し留める他もなく。




「……真実として気持ちは嬉しくあるのです。"青年でもこのような私のことをいとしんでくれて"」

「……っ」

「だがそれでも、"寂しさになみだ後引あとひけば胸にもあふれる感慨かんがい"だとして……そうした"苦しい痛みの事実"を踏まえても『初めから各位に関わりなどないほうがいい』との結論なのです」

「……」

「可能であれば『めんと向かわぬ死者と死者』や『私と貴方』のあいだにも『手紙てがみ』のように"間接的な遣り取り"ぐらいは許してやりたいものでもありますが……それでも『を込める文章にだって他者たしゃへののろいをほどこすことは出来る』」

「……」

「よっても此れよりの許容範囲拡大とは難しく……しかしそれでも、青年。やはり私は『貴方のような者にも幸せになってほしい』との自身の抱く願いにさえ嘘偽りはないのです」

「……」




 恩師から『自分あなたの幸せを願っての穏便な方策』と言われても、これまでの言動に裏打ちされた厚意に峻拒しゅんきょする理由などは見当たらずが『黙りこくる』としか出来なかった。





「そうして私の作る暗黒の世界なら『皆を護りたい』・『皆に救われてほしい』といった——」


「貴方で自他境界じたきょうかいを薄めては『他者たしゃすべてがおのれ』のようにも——『己が救われるためには皆を』との"途方もない願い"さえようやかなうのです」





 相手が『悠久ゆうきゅうを生きて多く見知る大神』という『知識量の差』に対して『素人しろうとでは建設的な意見を直ぐに引き出せぬだろう』との『諦めにも似た察し』もあったが——いや、例え青年に『目の前の神と同じ足跡を辿れた』としても『彼女以上の方法論』を見出せる気は皆目としなかったから今は無い息を呑んで時を過ごすのみと。





「よっても例え"今のような時間"。"青年たちと過ごせる限られた時間"の中にも」


「"その愛おしい瞬間の連続が自らの決定によって途絶えてしまう"のだとしても——"それでも私は貴方で満たされる幸福を手にしてほしい"のです」





 斯くして真意の読み切れぬ深淵ほほえみは『意の強調』に張り直して未だ健在。

 なれど、『気遣いの意を寄せ付けぬままでも青年は己の非力を苦しくり続けるから』と鑑みている神では『青年の求める希望きぼう』に向けても幾ばくかの言葉を残さん。





「そうして事此処ことここ総括そうかつとして——『害する』という"邪悪の行為"が『加害者』と『被害者』のような『二者以上の在る関係』にこそ生じるのであれば、私の理想とする『静かな個の世界』にそれはない」


「例えて『生涯に一つの花を持つ植物』はで咲き誇ればよい。『差別』や『迫害』などの温床となる『比較の悪』に脅かされることはなく、怯えることもなく」


俊足しゅんそくたる『うま』や『いぬ』や『道走みちばしりとり』なども他の誰のどのような事情にも左右されず、己の思うままに歩みを進めれば良い」


はしることが喜びならはしれ。昼に微睡まどろむことなら微睡まどろめ。きな時にこの速調そくちょうで、また転倒してもあしの折れていたまなければ『痛みを終えさせる安楽あんらく』で誰かが渋々しぶしぶおのれあいいきめてやる必要だってない」





「……」

「……」





「それら誰しも望まず与えられた『せい継承けいしょう』。自意識の生じる前ではえら余地よちなく。努力どりょくを重ねるいとまも、才能さいのうを持ち得て発揮はっきする猶予ゆうよもなければ——」


「同様に本能ほんのう隷属れいぞくせざるを得なかった『始原のおう』より綿々めんめんと続く『せい強制きょうせい』も——『継承の意義』も『終わらせる算段』も理解に与えられていなければ形骸化けいがいかしたのは『呪い』か」





「「……」」





「ならばそしてにも付き合わされる義理はない、"強いられる必要"などあって然るべきではない」


「『家族かぞく』に『親族しんぞく』というだけでじょうの使わされる『きずな』にも関わりなくば、『血の繋がり』に縛り付けられる必要もなくなるのが『冥界めいかい』」





 暗愚の己とは違い、『少なからずの絶望を知りながらも未だ【最上さいじょうの可能性】を模索する若者たち』へ神が語る。





「"各位が己の幸福を探し求めるに能う場所"——不完全に満ちた現状の世界ではそれの与えられず、皆には『ながながい時』に『身の馴染む空間』が必要だ」


「己の幸福と向き合って、願望の見つかれば、その『叶えるための無限の資材しざいちからこそ』が必要だ」





「……」

「……」





「"だから私はみななせる"」


「『死』という『等しき終わりの約束』で以て皆の全員に相応ふさわしくない世界せかいめっし、不完全にも『関わりで傷の生じることがない私の領域』で預かっては誰に追われることもなく——ゆめに二度と外へ出すことはない」





(…………)





「そのようにして全ての命が『名工彫刻家めいこうちょうこくか』の如き力や用意を得ても、己の願望を一つ一つと削り出す実現の先に『これ以上はない』と言える『理想の究極』に至って欲しい」


「そうして、それら『みなことなる至高しこう幸福論こうふくろん』をこそが『完全かんぜんつながる魔法まほう』と——『法術ほうじゅつ発明者はつめいしゃ』たる私で信じている」





「——"?"」

「…………(……今、なにか)」





「よってもいのちよ、安らかに」


「我にも騒ぎ立てる邪魔なくば皆の眠りと夢を守りつつ、永い目で神は『現状の自身じしんえる理論りろん』についても遠い日に模索を続けよう」





 その『死滅しめつ』を伝える内容には——しかし、それでも『わりをてもさきつづく可能性が在る』と示唆をされて真っ先に『違和感の声』を上げる冷静虚心れいせいきょしんの神。





「……では、『死して各位が其々の幸せな世界を生きる』——





(……イディアさん?)





「今し方の口振りで"終焉しゅうえんもたらかみ"に曰く——『その先』のようなものがとでも?」

「"現時点での私には認められぬ"が、だとして『実際の他者と関わりにある喜びだって叶えてはやりたい』と言ったな」

「はい。先程は『手紙』などの例で」

「よっては『有望ゆうぼうの見通し立たねばなん確約かくやくも出来ぬ』と強く前置きをした上での話なのですが……もし仮に『関係に然して問題が生じぬ新境地しんきょうち』が見えれば、"覆水ふくすいぼんかえすことさえ出来よう"と」

「それは……『内容ないようであったたましいをかつてのうつわかえす』?」

「広く『不可逆ふかぎゃく』と思われている『死没しぼつ』の現象もようところは他でもない『冥界の神の齎した法則の一つ』であって……必然に設計者で、その『逆順ぎゃくじゅんが可能となる式も見えている』とすれば——」

「……」

「つまり謂わば『死者ししゃ蘇生そせいする考慮』さえ大いなる神にはあって」

「……」

「時にそれは『皆を囲う冥界の必要性』がの——『さらなる魔法まほうがある』と……?」

「其処までを至れば『いず自明じめい』と教えてやる。即ち『魔王まおうわれあつかうは【仮初かりそめ】』の、そうして『皆に見出せるとすれば【しん】』として——"不完全の神でも私は『未だ存在しないもの』を探している"」

「な、なんと……"壮大そうだい目論見もくろみ"なのでしょうか」





 問われても『防衛戦略』や『安全管理』の観点からは『"冥界という術式"の詳細な設定開示』はなくとも領域りょういきあるじで『己の狙い』に哲学てつがくらを誘導せん。




「え、え? じょ、情報が洪水……ざわめきと高揚こうよう(?)に奥義も纏まらなくて——つまり、どういうことなのですか?」

「つまり『確約は出来ずとも絶望の化身にも夢は見える』として『それ以上の計画、可能性の実証が出来れば統治とうちゆずることもやぶさかでない』と」

「"?"」

「よいか。俯瞰ふかんする大神たいしんの言葉をこころきざめ。『冥界の神にとっては立場を追われかねない不都合』にも、……『複雑ふくざつじょう』の隙間すきまっても伝えるぞ」




 応じる語りにはこれまでに『世界の法則』として示されたもの以外で、そこから発展しての"未知なる領域"についても先神せんじんが『発想の手掛かり』をくれる。





「? は、はい……!」

「普段から私が『青年をもてあそぼうとする魔性の私』や『嫉妬の私』と格闘しているように、"自身の中でも意見は割れている"のだ」

「——"!" そ、そうでした! 『多面ためん』なら『冥界の神のアデスさん』には当然と『冥界に反対するようなアデスさん』も奥にいらっしゃるということになって」

「うむ」

「でしたら『その手のアデスさんで何か色々と助言をしてくれている』?」





「『体制側たいせいがわ』と『反体制はんたいせいはレジスタンス』を、"自身で同居どうきょそなえても大神"なのですね!」

「イディアさん……!」





「概ねとそのようであり、物分かりの良い青年には後で褒美に『あめ』でもやるとして——よっても『面倒めんどうわたし』がおはなしします」





「「"——"」」





「斯くなるは『自らの行い』を総評そうひょうとしても、結局の所でようは『土台どだいに過ぎぬほし宇宙うちゅうが滅ぶこともしての重要ではない』のです」


「無限の前には凡ゆる土地が替えの利く。そしてなら例え海が割れて大地が裂けても『真に考えるべき』は『其処に息付いていたさかなけものや根付く草花くさばならの処遇しょぐう』」





「「"……"」」





肝心かんじんかなめとして『生きとし生けるもの皆が不幸とならぬ世界』が在れば——万事ばんじそれで『い』のです」





 それは『迷うなら目指してみよ』との示す方向性。

 述べるは『例え自己の願望が定まりきらずとも皆の願いに望みが叶う環境さえあれば何れに事は成せるだろう』と導く神のおぼし。





「重ねて即ち『私の提唱ていしょうする【誰も傷付かずに済むだろう世界】』よりも——『遥かに多くの幸福に満ちて、けれど誰も不幸とならぬ矛盾むじゅんの世界』あればこその仮定的な話をしている」

「"矛盾むじゅん"?」

「『幸福の追求』には『他者の不幸あってこそ』と願う者たちも数多く。それは大なり小なり皆の心に『実現を願いたいみつ』とあれば、私のように『皆を死なせないと気の済まぬ悪魔』が最たる例としても」

「"幸福の中に不幸があることの矛盾"」

「故にも『事無し』を願う我が基本的な方針としては関わりを、『たてほこの出会い』のようで『比較や衝突に問題が生じ得る接点は断たねばならず』として……『奪う我が行いにはなく』、『ただ温情おんじょうが思い遣りも要らぬ決定に死地でつめたくあるのみ』と」

「それこそが魔王の齎す『絶縁ぜつえんの施策』」

「そうしてそれでも『魔の手の邪悪』を退しりぞけたければ、それら一切の矛盾を飲んでも『幸福こうふく完全かんぜん』とやらを代案だいあんに示し、『魔王われ侵攻理由しんこうりゆうをないもの』としても神に『撤退てったい』を選ばせねばならぬ」





(似た所で『戦うことが嫌ならば、抑の利害の衝突で戦わなければならない状況こそを何とかしてしまえばいい』という、いつもの……"構造的こうぞうてきな問題"?)





「しかして私は完全性かんぜんせい否定ひていする。『そんなものはないのだ』と、『よって誰も傷付かぬわたしさくこそが最上さいじょう』と」


「皆を幸福で満たすものでなければ『不完全』なぞに永続は与えられぬ。例え僅かの一つにも『不幸や犠牲ありき』のものをのさばらせる訳にはいかず——よっても"いたらぬみなうばう"のだ」





 冥界創設の神で掲げられるは『完全性の否定』。

 意訳して『真に完全へ至るならば欠けるもの何一つとしてない完璧と我の攻勢にも耐え抜いて見せよ』と。

 それ謂わば『【不完全を殺す者】たる彼女の存在する限り世に完全性は顕現し得ない』なら、逆説の即ち魔王の彼女こそが『不完全を体現する化身そのもの』であるのだ。




「え、で、では! もしもアデスさんに『まいった』と言わせられるようなことがあれば……"何かが大きく変わるかもしれない"のですか?」

「平たくは、はい。少なくとも『大神の己にも及ばざるがあっては考えも改めざるを得ず』の、そのようになるのでしょうか」

「……『冥界や死の存在する必要』もなくなれば皆が円満に再会を果たせるかもしれなくて——"何より貴方"でも気が、軽く……?」

「"私にとっても未だ見ぬ仮定の範疇"なので現実味を帯びた心根こころねとはしませんが……」

「"……"」

「だとして『何をどうしようとも皆が幸福』とは『私が殊更に口煩くする理由もなくなる』ということですので……仮にそうなればあとは自由と言っても——"青年せいねんいている"」




 しては情緒も滅茶苦茶に。

 事実として『恐怖の大王が恐怖を取り払おう』としてくれても感情の置き所が分からなくなった若者で押し留めていた水の流れが潤む目に溢れ出す。




「——ご、ごめんなさい。不安の中にも希望のようなものが見えて、何だか心の動きが……どうしてよいのか」

「……"青年が失意に沈んだままでない"なら、それでも構まいません」

「っ、、ずみませ"ん」

「やはり私は暗黒でも話が重く、暗すぎるのでしょうから、多少に冗談じみた気配も交えた方がいいのだろうて」

「……アデスさ"ん」

「そうして次の人里ひとざとに降りるまで数時間なら出動前しゅつどうまえに長めの休憩としましょうか」

「……はい」

「女神イディアでは未知に触れて調子も戻ってきたようですが、貴方で情報の整理も覚束おぼつかなければ動きの指示伝達も鈍りますから……はい。はないて」

「"……"」




 そうした青年で自ら服の袖が涙を拭いながらも気遣われて笑顔さえ溢れる場に。

 塵紙ちりがみと、『あくまでも助けの言葉を授けよう』との恩師。




「即ち私が世界に突き付ける行いは『皆が確約のないことに苦しむ現状より遥かにし』、『誰をも見捨てず』、『一縷いちるとはいえ更に先を見据えた展望がある』と」

「……」

「よってこれ以上の、『私以上の実行可能な策は現時点でない』とを今の結論として、提案を退けて峻拒しゅんきょするなら『誰も傷付かぬそれ以上の案』を示してくれの圧力あつりょくとしてもありましょう」

「……はい」

「其処でもやはり私は『個別に異なる幸福論へは委細いさいまで理想的なように願望の力が応えるべき』、『そうして願いの犯されぬよう不可侵の距離があって然るべき』と考えもしますが……繰り返して兎角、何か賛成して『味方』になるような、反対して『敵』となるようでも貴方で情報に材料を精査し、判断も慎重に重ねてほしいのです」




 青年が濡れ顔に色を整える最中にも少女の姿で慈愛が見守る微笑みを絶やさずに『まとめ』とする。




「例として時に『整った声や顔立ち』や『印象の良い立ち居振る舞い』に語られれば、それがどれだけ荒唐無稽な内容でも『正当性は紐付ひもずく』と見えてしまうもの」


「よって『真に世界征服を成し遂げる者』がいれば、それは『誰にも疑いを持たせぬ完全無欠かんぜんむけつ美少女びしょうじょようなものであろう』と——これは自論なのですが私も比較に並べられる『それなり』と近く、なので少なくとも一度は疑いを持って我が言葉についても慎重にお考えを願います」




「「……」」




「それは理想りそうへの修飾しゅうしょく上辺うわべだけの。"美少女の形姿なりかたち"に、"可愛らしく小さな口を動かしての鈴声すずごえ"……そうして『見目みめを用いての理解』を求めればいやしいおんなもいたものだ」

「……」

「それでも青年で、ただ似姿かおかたちの整った悪女あくじょに引っかかってしまえば私でも『本当に悲しい』のですから……せつは『熟慮じゅくりょ』としても願います」




 笑みには『暗黒に出来る分断それ以上を実証できたら皆がまた笑い合える可能性もあるかも』として——裏には『そうをならない』と思う"果てしない諦念ていねん"の色を隠して軽めの口遣くちづかい。




「では、当然に多知博識たちはくしきと世界を捉える神で『五分前仮説ごふんまえかせつ』や『宇宙うちゅう子構造ここうぞう』についても『検討けんとう検証けんしょうをしている』ということであって、それはともすれば……"更なる視点"への——」

「そうしたことについては主題が大きく変わりますので後にしなさい。青年が混乱する現状にはこともある」

「はい」

「……ですが言われたよう『研究者』や『学者』の側面でも私は『大神ですら知らぬ世界ものの可能性』についてを考え、『今以上の真に皆を幸せと出来るもの』を永い時の中にも探してみる予定です」




「それも思案に研究を重ねて何れは『実証の段階』へと……でも今は皆が優先だ。見て見ぬふりとはできませぬ。皆が苦しんでいる状況を改善してからこそ『舞台せかい大元おおもとを改めんとする改革』は『閉塞へいそくへの挑戦ちょうせん』としても開かれる」




 言い示すようには『私なりにも自身を超えるものを探すと頑張ってはみるけど』——そうしたら私だって何をも気にせず青年と自前じまえ宇宙うちゅうに駆け落ちして、昼間から貴方の下に入り浸っては水を飲んで蠱惑こわくに振る舞う神秘的な只のつのの生えた『元魔王もとまおうのお姉さん』になれるかもしれないのけれど——"そうはならない"のだろう。

 "そうしてやりたい"、"そうなりたい"のは山々だけどんだ——『見果てぬ筋道に弱音を吐く』ようなのはオブラート。

 口では言わぬ。

 頼りなくば告白に震える青年で、"またも涙が止まらなくなってしまいますから"。





「ならそうして、どうすれば……どうすれば未知の解決法を——"貴方にも何一つ欠けることのない充足"を掴む、その『助け』になれるのか」





 例えそれでも今に出来ることは『壊れた情緒の泣き笑いに涙を流す青年』を一層に柔らかくなる笑みが優しく撫でて。

 今は『邪悪に卑しい私』と面を向かっても落ち着きなくて逆効果ならば、『神の約束しようとする真意』を知ってから思い悩むようにも黙るイディアと共に置き場のない感情を共用空間へ押し出すとする。





「どうすれば、"アデスさんのためにも"……」

「……貴方が魔性の神さえ気遣ってくれて嬉しく、それだけでも今日は『かみうらにある精神性を話して良かったのだ』と思えます」

「……」

「それに多少なりとも青年が『新たな希望への意欲』も持ち得て表情に活気を取り戻してくれたなら、重ねて上々。少しずつ我々で『互いが元気になれる方法』を探しましょう」

「……はい」

「多くのことにも、ゆっくり。時間を掛けて咀嚼そしゃくし、また判断をしていけばいい」

「……分かりました」





 涙も触手に拭われては、青年たちで帰される最中に。




「女神イディアでは暫く青年を頼みます」

「はい」

「私もあとから合流しますので」

「分かりました。では、のちほど——本日のれいあわせて遣り取りを」

「"——"」




 残る神で『誰へも届かせぬ声』がはかななみとして川辺かわべにもえる。






「……こころくばって頂けて、本当に嬉しく思います」






 "今はまだ互いの幸福のためにたもとを分かつその時ではないから"——『その時までを宜しく』と王は微かにも笑みのままで見送るのであった。




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