『約束を探して⑥』

『約束を探して⑥』




「女神。これは……『わたし趣味しゅみ』です」

「『青年せいねん要望ようぼう』か」

「いいえ。かばってなどもおらず、"本当ほんとうに私の趣味"なのです」

「だとしても斯様かような……『殊更ことさらみず馴染なじませる装い』で逢瀬おうせに出てきては如何いかんするつもりか」




 そうして『美の探求』に触れる際で青年が指定されたのは、平時で『水神すいじんとしての能力を確かめる』などに利用される大神製たいしんせいの屋内プール。

 常に真新しい其処で今回は『休息』も兼ねているので軽く仕様を変更され、『泳ぎの速度を競える縦長の水槽』を傍に、中心を『円状に流れる水路』と、その周辺で『高所にねじれるスライダー』の『大規模遊泳施設だいきぼゆうえいしせつ』のような備えは在り。




「……? あ——おはようございます。アデスさん」

「はい。おはよう。今日きょうの青年も親しきに礼儀を重んじてはうるわしく——ですが、『美の女神の真意しんいはかるため』では心苦しくも暫し此処に『足止あしどめ』を」




 平地サイドに立つ女神らを見つけた青年は『歩み寄ろう』と。

 だが、対角に見えた友の髪の黄褐色へ歩み寄ろうとすれば、進路に割り込んできたのは『恩師からの制止』であった。




「? また、どうしてですか?」

「……彼方あちらの女神で『再び青年と水着で遊びたい』とおっしゃるものですから、その"確認"を少々」

「(……やっぱり、『水着』なのか)」

「はい。お手数をおかけ致します」

「……分かりました。お待ちしています」




 それも、止められた周囲に感覚を澄ませてみれば『物陰』や『更衣室』などを中心に『百体の分身アデス』が分布する監視体制かんしたいせい

 高い座席に座って『暗い目を領域に這わせる』のいれば、スライダーの入り口と出口で『安全管理をする者』も念入りに。

 他で『売店ばいてんのように待機している者』や、今も流れる水路では『青年の作り出した水と流れを楽しむよう何体か』が宛ら"漂流物ひょうりゅうぶつ"のようにも浮いて先に楽しんでいる。




「"二者にしゃ真意しんい"によっては『この場を許すことも取り止め』に——」

「『水泳すいえい指導員しどういん』——謂わば『インストラクターとしてのイデア』を模索し、またそれを『我が友にひょうしてもらおう』と思っただけなのです」




 そうして監視の敷かれた中心には『ホイッスルを紐で首に掛けて競泳水着きょうえいみずぎ』のイディア。

 胴を包む生地で基調は『黒』の、輪郭線アウトラインに『黄色』が走るようめたむね天日てんぴを思わせてもふくれて眩しく。

 後頭部うしろで一つに纏めた黄褐色も揺れては一層に元気よく、水辺で魚が跳ねるようにも溌溂はつらつ

 首には先述の笛に加えて『水中眼鏡ゴーグル』も胸元に、されど肩周りで肌を隠して今回も『青年への刺激を低減させる上衣パーカ』も長めで俗に言う『そで』も完備の——美の女神の彼女で曰く『とは一種の理想を体現しよう』との意図が此処にはある。




「そうして『理想的のイデア』とは市街しがいに探しても容易に見つかるものでなく」

「……」

「『実在性じつざいせい』と『非実在性ひじつざいせい』を兼ねるものでは一つ理想に近付いた心持ち」

「……そうして『理想的』に肉薄すればと?」

「よっては『美に関わる意欲いよく』について説明する際にも一つ『おもがれる実例じつれいに相成れるか』と思いまして」

「……」

「謂わば『こい』や『あい』とも言い換えられて関連の深く……"青年がこのみ"、『知りたい』と思うであろう私の——"魅力的みりょくてきな姿"」




 そのイディアは『競泳水着』という正に軽やかな装いのまま魔王に対して『己の状態』を爽やかに語って見せている。




「加えて自身の求道ついでには『協力してくれる我が友の需要を満たしてあげましょう』とも思いまして」

があるではないか」

「ですが事実として『我が友が好き好む女体もの』で保養ほようにもなるでしょうし、また『図画ずが』や『工作こうさく』や『その他のアレソレ』にも『有用ゆうような各種資料を提供できれば』、と」

「……悶々もんもんとした青年の色情しきじょうには、私でも『深く配慮が必要』と分かって様々な材料を与えてはいますが……」

「ならばやはり、どうか。私と貴方でそういった共通の利点を踏まえても容認ようにんを——」




 するとそうして、事細かに理由を説かれても。





「だが、今も私は貴方を少なからず『警戒けいかい』しているのだ——"女神めがみ"」





 一斉に"銃口じゅうこうを向ける"のは頭部の正面に『X』を刻むヘルメットを被せられた分身アデス部隊トルーパーズ

 数にして三体さんたいの其々が差し向ける小銃を手に。

 全身を覆う漆黒の装甲は『拘束具』としても——肌身を晒す魅力を封じられた『魔性ましょうわたし』は妖艶ようえん肉体にくたい乱用らんよういとわずに『青年を破滅の女で』と画策する側面。

 他方の横並びに姿勢も等しく武装で『嫉妬しっとくるう私』は『手段を選ばず強引に占有しよう』と。

 続いても横で事あるごとに『青年を愛多あいおおき王として擁立ようりつしよう』と企んでいる『ダークネスの私』も武器の口を揃えて寡黙に並んでいて。




「こ、これは……まさか『美の女神の競泳水着』にはが……?」

「あくまでも『威嚇いかく』なのです。を設けても『撃ちたくはない』との"ひかえめな意思表示いしひょうじ"」

いささか"剣呑けんのん"では?」




 それら『青年に過度な言動アプローチを働いた』として問題児たちの側面。

 自分自身の大神アデスで『反省の任を表立った行動として終えるまでは青年との顔合わせを禁じられた懲罰部隊ちょうばつぶたい』の構成員として配置しても物々しい装備の彼女ら。

 規律の取れた動きが『接触禁止の呪い』を弾丸として込める武器を両手に大元からの『発砲許可』を待つ。




「それでなくても"こときわめようとする貴方"なら『我が友のせいへき。即ち快い感性の究極を探してはみませんか? 私もお手伝いしますから』などと言い出しかねず——明らかに言い出さずとも利口りこうで『胸に一案を秘めているのだろう』と」

「……」

「"沈黙で事の有無を明確にしない"点でもしたたかだ」

「……いえ。『直感的ちょっかんてきな快い』と『官能的かんのうてきな快い』の"境界線を探る"行いも『美を探す困難の一つ』なのですから、そういった所で多少は青年にも『役得やくとく』があって宜しいのでは?」

「何と言われようとも私の意は不変だ。明確な合意を除き『つややかな交際』なぞ認められる筈もなしに——だからして執拗しつように『牽制けんせい』を投げている」

「それは……私でも女神の仰る"道理どうり"は理解をしているつもりです」




 とはいえ一度は危急ききゅうに構えても『過保護な神』とて『下げさせる銃口』に軟化なんかの気配は残されていよう。




「ならば今一度で確と耳を傾けよ。私とて『理由を尋ねた』のであって『装いを楽しむ』や『遊ぶ』程度を『禁制きんぜい』とまでは呼ばず」

「……では、今の語り口は『忠告ちゅうこく』。あくまで『再三に述べる注意』と?」

「然り。既に貴方が『説明の責任』を果たしても、残る『許し』は私が話す言葉の後だ」

「はっ」




「いいですか。"魔を統べる王にだって恐れるものはある"のです。例えば『日毎時毎ひごとときごとに体型の変わる女神』のいて、一方に『一目で相手の体型を測れる青年の眼力』あって……私は怖い、恐ろしいのです」


「其れは恐るべき『相性』、『組み合わせ』。もし仮に『変化や計測の負担を軽く貴方あなたおもみささえること』が青年にとって消耗の程々に少なく需要に供給も満ち満ちて『最適な労』となれば——そうして彼の者は内心でたかぶってはなはだしく、刺激的すぎても私で素直に『教え子の望む助力の実現や活躍の場』を喜べばよいのか……どうか」




「……」




「また更に近しく先の展開に視えるものとして、取り急ぎは『美の女神を題材とした』をいてもらうなどしても『概念を見出す着眼ちゃくがん』を探し、口先一つで急変を起こせる其処から『触れてみては』・『味わってみては』などと」

「……」

「"深刻に発展してゆく可能性"が有り有りと……(中略)——多識の視点を持つ貴方で『微塵みじんも考慮にない』とは言わせんぞ」

「……ですがそれでも『生物学的の性的な魅力』に見出されるものも『肉体を介して精神の動きも出力されるなら二者は不可分』と、遡っては『美を知覚する機能や情動の根源』を探るのに、やはり語りで避けても通れませんから」

「……ならば『必要の意が固くある』ことは理解し、『目的へ向かう不乱ふらん』にも思慮の深くあれば『言いつけを破り暗黒の私と険悪になる利もない』と——冷静な判断による『軽率に手出しはしない』との構えも認められよう」

「では、『お許し』を?」

「……私の見張みは同伴どうはんの下で許しましょう」

「女神の御理解ごりかいに感謝を」




 そうして片やの反対側でも『待て』と遮られた若者で『医療要員いりょうよういん』の側面を持つ恩師が青年の状態を確認する。




「そうして、この私は『医療に通じた私』でもありますから。女神イディアとの話が終わるまでに『青年の検査けんさ』も済ませてしまいましょう」

「あ、お願いします」

「はい。では、座席に着いて下さい。かたむけますよ——御口おくちけて〜?」

『——はい』




 素早く漆黒の平面マスク高弾性体こうだんせんたいの手袋を着用し、同時に座席を作り上げて用意したアデスが促す。

 それも青年は『恩師に口内をいじられるのが好き』だと大いなる神で各種検査を通じて把握しているから、その以後は基本的に『歯科医しかい』の格好で全体の検診も行なうこととしている。




「——歯の方はりゅうで、『綺麗に生え揃っている』から『問題なし』と」

『……』

「では、咬合紙こうごうしんで下さい」

『はい』

「離して」

『はい』

「……噛む力の均衡きんこうにも玉体の制御で目立った異常は見受けられません」




 検診中は『周囲に様子が漏れぬ守秘しゅひ』も不可視の暗黒で徹底されているから、優しくてくれることに慣れた青年も素直に応じる。

 だが、時にそれでも『甘えの気恥ずかしさ』に泳いだ視線は逃げ場なく。

 されど、仰向けに寝そべって一巡の後にも見合わせる恩師の顔に微笑まれ、その『気にかけてくれる幸せ』を胸奥に心地よく享受する。




「そうして他の部分でも最近の様子に変わりはありませんか?」

「最近は何とか、お陰様で……『自分の身をけずる』ようなことも殆どなくなりました」

「……いい傾向です」




 一方の慈顔じがんを浮かべるアデスでも、検診のこうした時に胸が小さくあるのは悪いことではなかった。

 何故なら、甘えを許された状況で『苦しみを隠さぬ青年の笑顔』が眼下に良く見えるのだから。




「それもやはりアデスさんが二十四時間体制で話し相手になってくれていますし……それでも不安が収まらない時に『めんと向かって甘えたくなってしまう』のは御二方おふたかたに迷惑を掛けてしまいますけど……」

「……構いません。我々でも合意の上なのですから」




 よっても青年の本心ほんしんが垣間見える其処で『寝付けぬ不安』や『恐怖が増大する日』に寄り添う女神。

 それは『これまでにも時偶ときたまとあったもの』と、青年で『お手伝いさんだけでは気を紛らわせなくなった時に実物を身近としたい衝動』へ肩を貸してやったり、触手に厚みを持たせて握らせたり。

 時には今のよう不可視で『包んだり』もすれば、柔和にゅうわの音調で『絶対的な力の側にある』と不安定な心に語り掛けて暫く——。




「青年で『自身の価値を低く見積もる傾向』があり、よってからに『"他者"という外部からの評価にこそ意義を見出している』と私は知っています」

「……はい」

「謂わば『自身を評価する軸が希薄化きはくかしてしまった』から『他者のそれを借りよう』と各種依存かくしゅいぞんがあって……ですが、そうして自他じたに深刻な影響を及ばさなければうるさく言うつもりもありませんので、御安心を」

「……」

「引き続き私と一緒に、長い目で見ながら心身しんしんいたわっていきましょう」

「……はい」

万能薬おくすり訓練くんれんも調整を重ね、要所での話も聞けますから。追加で必要な物などあれば暗黒わたし美神かのじょや、手伝いまで」

「"……"」

「では、今日も安定材料あんていざいりょうとして『大神たいしんの私』が近くに控えていますから『遊び』や『学び』に際しても憂慮の少なく……『私が直接的に支援できる時の奥義おうぎ持続じぞく』についても記録を取ってみましょうね」

「はい……!」

「美の女神が少し大胆な格好をしていますから……其の対処たいしょも兼ねて」




 ・・・




「——そうして先日は『よく分からないが不快でないもの』、『知りたい』をはじめとして『意欲を沸き立たせる何か』を一つ『美なのでは』と言って」




 理由を述べて許可を得たイディアも合流し、本題に向かう話が『愛』や『恋』との関連の深くある『美』の領域。




「そうして同時に『約束やくそく』とも言ったのは、謂わば先述の『未だ知らぬ未知』と出会って感じる『知的な意欲』とは『一目惚ひとめぼれ』のような」


「『よく知らないが魅力的』、ではもし『その対象についてを知れたなら』とも先に思いの膨らむ『未来への期待』や『幸福の到来する予感』のようなものでも」


「即ち『この先にはきっと楽しいことが待つのだろう』との——『しあわせの展望てんぼうが殆ど約束やくそくされた時にこそ美は宿るのだ』という考えの実践じっせん




 勿論に周辺で各種のアデスが見張る中にも競泳水着の女神が向かい合った軽装の友へと『同地へ呼び寄せた理由』を述べる。




「それは正に『体験』を通して感じ、『意識的にも考えてもらおう』と思いまして、今回は『友の慣れ親しむ水辺』の此処に来てもらいました」

「水辺の?」

「はい。話を聞いて想像力を働かせるにあたっては『貴方の良く知る背景や設定の流用』で負担も軽くなり、『浮いた手間でより鮮明に追加の情報を捉えられるのではないか』と」

「成る程?」

「だから、"屋内おくない水辺みずべ"。『我々以外に誰もいない落ち着いた環境』で物思いに励んで頂ければと思います」

「……分かりました」




 次には思索を進める指示で女神たちの持つ高度な演算能力に『空想の世界』が広がり出す。





「では、何から考えればよいのでしょうか?」

「でしたら早速、兎にも角にも唐突でありますが我が友には私も良く知らぬ『こいの感覚』を想起してもらいます」

「こ……『恋』の?」

「経験がなくても想像して下さい。もし仮に『幼少ようしょうの貴方が水泳すいえい教室きょうしつかよう』ことになって、『そこで講師こうしとして付いた相手がわたしであった頃の記憶』を」

「イディアさんが……"講師"?」

「水泳の記録更新を狙う我が友——いえ。『生徒せいとの貴方』が『インストラクターのお姉さん』と出会って思わず『相手のことを知りたい』とを、細かに」

「惚れ込む」

「"この格好"を見れば分かるように私でも仮想かそうおぎいます。宛ら例えて『水神すいじんし』だった頃、『川流れを克服するために訪れた貸し切りの市民プール』」

の、市民プール……では、『アデスさんの支払い』で自分は泳ぎを習いに?」

「そうです。そうして『初めてのことに不安な面持ちで場に躍り出た貴方』と『講師である私』の——"出会い"」

「"幼い頃の自分"の、"不安な"……——」





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『——貴方が……黄泉川よみかわさん。"黄泉川よみかわルティスさん"?』


『お婆様ばあさまから話は聞きました。なんでも【将来は誰かの助けになれるよう得意な水泳をもっと頑張りたい】とのことで……立派なのですね』


『そうして私は貴方の指導を担当させて頂くイディア。今日から一緒に頑張りましょう……!』





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「——そうして『声を掛けてくれたイディアさんの優しい案内で不安を減らせた自分』がいて……何だか、そんな気がしてきました……!」





 再三に言われては『浮力のある板を抱えてキョロキョロする幼女ルティス』と『年上の水泳指導女神』とで出会いの光景が、まざまざと。

 思い描くそこで『幼少の神の生態』という実際として『幼くあっても小さくはない生物』の『存在しない筈の時期の記憶』すら——『人として生きた確かな記録がない青年』には『真実』と『虚構』も境界が溶けて混ざって『現実味のある甘酸っぱさ』を伴うものと意識の中に形を成す。




「『この優しそうな方となら頑張れる』と……イディアさんに見守られながら成長して、何か『褒められるのが嬉しい』まま遂には『大海たいかいを泳ぐ』までになれたような気がします」

「……ふふっ。では『どうして可愛い生徒さんは大変な打ち込みの様子でも、そうまでのいきいたれたのだ?』と次なる想像の働きを——」




 その間も二者の側で聞く話から共通の情景を見ていたアデスでは『存在しない初恋の記憶を植え付けるな』、『境界を溶けて失った青年の記憶の脆弱性を突くな』と厳しく言いたかったのだろうがひた黙想もくそうとしている。

 それでも『青年の幼少期を思わせるとは悪くない術式』と周囲に百の大神で先行して夢の続きを味わっていれば——あろうことか『教室から卒業する時の切なさ』を思って無意識に涙を垂らし始めた青年へ駆け付ける救護要員たち。

 複数のアデスで早急に濡れ顔を拭いても『共感性も著しく高まれば予期していた事態』と、まだ術式に『過度な思い込み』で取り込まれている者を現実に引き戻す触手おんどが小突いてからも話を本題に軌道修正としてくれる。




 ・・・




「……情緒が不安定な部分で、ご迷惑を」

「いえ。想定以上に我が友が術中に嵌まってしまったとはいえ責任は間違いなく『始めた私』にあるのですから……兎角、了承の上なら互いに『過ぎた事も無し』と」

「……はい」

「本題には『一目惚れのような思い』は感じられましたか?」

「それも、はい。本当にもう……ああいったイディアさんにも魅力的な言動で『出会いが喜びに思える』ような」

「では、『まだまだ私を知りたい』と。記憶では『先生の貴方はどのような方?』と出会いに際して『未知への関心』が思えたように……そうさせるだけの『豊富な魅力』が、それこそ『限り無くあるのだ』と感じられたなら幸いです」

「確かに『相手を知りたい』と、魅力のあるものに出会った時には自分でそう感じるのだと再認識できたと思います」

「でしたら、『その快い感じ』さえ知れたなら『良き』として、我々の『美』を思う話も次へ」




 中途では水の表面で取り乱す場面もあったが互いに苦笑で『大丈夫』と確認。




「今に見えたよう『美の感覚で生きることを意欲的にさせる効果』としては何か『記録更新に向けて奮起する』など様々に」


「宛ら『相手に認められたい』・『相手を知りたい』など各種動機にみなぎって、"意欲の湧き立つ実例"をわたしという『魅力みりょくはな』で添えても明示」




 見守る暗黒でも『続く良好の仲』に頷いては、許し——いや、『私の青年から初恋を上書きして奪うなんて』などのきっと色々な感情、様々な感情。

 複雑な思いのあって、それでも世界の変じた神格は口を結んでも『青年の喜ぶ』手前で大人しく黙っている。




「そうして『美を考える結論』の一つとして纏めに誰かは言いました——『幸福こうふく約束やくそくしてくれるものこそがうつくしいのだ』と」




「幸福を、"約束"……?」




「それは感じ取った者が『生きることの充実を身に覚える』ような、『美しいもの』に触発されての『恋』や『愛』と呼ばれるものが『生涯しょうがいに抱くゆめ実現じつげんに向かわせてくれる』ような心地でもあって」


「神の保証もなければ絶対的な価値や意味の見えぬ世の中で、ともすれば『全てが無意味むいみ無駄むだ無価値むかちかもしれぬ虚ろな現実』で——『それでも生きていたい』と思わせてくれるような




("生きたいと思わせる"、そもそもの『生きる理由』のようなものが『』……?)




「曰くそれは『不意ふい流星りゅうせいの如く直撃ちょくげき』して、『一目惚れ』のように」


「出会いがこころを着けて欲をかせても、我らを『生きる』ように突き動かすのは『何か快く、美しく感じられたものを』という——『未来みらいへの衝動しょうどうなのだ』と」




 論じられているのは『美とは何か?』の問い掛けから始まって、今で『皆が美と思うのはこういったものなのではないか?』との『候補こうほ』を挙げる段階だ。




「では、『と思えた魅力的なもの』……それこそが各位にとっての『美しい』に近いと?」

「そうとも言えましょう。時にかつて知り合った者も『貴方にとっての世で最も美しいのは、他でもないだ』と歌っていたように」

「……」

「そうしては片や当初に『美しくない』と感じられていたものさえ関わる過程かていに相手を知り、『愛』を通しては『可愛く美しいもの』にさえ思えてくるかもしれないのですから……『直感だけでも語り尽くせぬのが美』という何か」

「時に『瞬間に直撃する』ようであって、また時に『直感だけにるものでもない』……難しいのですね」

「えぇ。全くもって曖昧あいまいに、受け取り方によっては『なんでもあり』の性質が美の持つ複雑怪奇な側面で……ですが、それすら魅力の一つと捉えられましょう」

「……"ふところふかい"感じであったり?」

「はい。平易には『何かいいな』と思った興味関心の事実を糸口に世の見え方も少しずつ変わりを見せ、次第に観察する各位で『美』についての考えも時を流れて深まってゆく」

「……」

「それもまた『』より生じたが故の『さだまらぬ不完全ふかんぜん』の趣きなのです」




 頷く女神に無感情でも瞑目が味わいのある顔を作り、『白』に混じる『赤』が髪では合わさって『白桃はくとう』の如き色合いへ。




「そうして『知りたいと思えたものと存分に向き合って解明に熱中できることも幸福』なら、言い換えても『未だ知らぬについて考察できる今こそが一つの美』なのかもしれません」

「"ただ只管ひたすらと興味のあることに熱中できる"……確かにそれも『本当に楽しい』と感じられる、謂わば『自分の願望が叶う時』と思えば『快い』と言っても差し支えはない気がします」

「"——"。ともすれば、それは……『分からずとも未知について思いを馳せる』ということでもあり、またその『未だ知らぬ』や、それこそ『未知の化身についても考察する』のが宿だとして——」




 すると、白桃を浮かべるイディアで側を通りがかった巡回の暗黒アデスを呼び止めて言う。





「仮にそうだとすると——"未知みち女神めがみ"」

「……?」

「"わたし貴方あなたあいしているのかもしれません"」





「ひ"————」





「『未知への期待も美』ならば、『美神わたし暗黒あなたを求めている』ということに?」

なにを言うのだと思えば……"きゅうはなかせるな"。青年の前でなんと言う」

「……『咲かせましょう』『私と貴方で』『百合ゆりはな』?」

「……七七しちしちなどでは応えて返さんぞ」

「それは残念です? 大神の作る美麗びれい連歌れんがあずかれず……さりとて見る者で背景に『自然と花が咲き誇る』ようなのも『美的な概念の一つ』と思い、彼彼女かれかのじょの前で見えるかの実践を」

「だからとて急も過ぎよう。我々のような『変性へんせいの力を備えた者』が果たして『百合ゆり比喩ひゆ』に当て嵌まるかは諸説あって議論も紛糾ふんきゅうし……今で何よりは『このみ』と『このみ』が結び付いてのだぞ」

「それは……浅はかでありました」

「見よ。面映おもはゆくなった我が弟子がけている」

「申し訳ありません。そうして『魅力を秘める模範もはん』と見做みなすなら向かう姿勢も『敬愛けいあい』と言った方が適切だったかもしれず……失敬しっけい早合点はやがてんでした。『愛』にも様々な呼び名がありますのでしたね」





「我が友へも、申し訳ありませんでした」





 言われたようには衝撃で溶けて『とうとい場から消え入りたくなる』ような懸濁液スライムの青年を一幕いちまくに置いて。





「それ、我が弟子。女神イディアも謝っている。今のは彼女で『思い付きの疑問』を口としたに過ぎぬ」

『そ、それは、はい。悪気はなかったのでしょうし、全然——でも、まさかやはり、"アデスさんとイディアさん"は、そ、そそ、でも……?』

「……『やはり』とはなんです」

『だ、だって! 口振りは【以前からの古い知り合い】みたいですし、それも何だか【良さげの空気感】、【意見を示し合えて信頼の於ける深い仲】の感じがあったので……と——』





 ・・・





「——また兎角『虚無より見出さんとしたよく分からないもの』とは『虚無の中にあって虚無とはおもむきの異なる何か』でありまして」

「それこそが『美』なのではないかと?」

「"——"」





 悶着もんちゃくの後には水際の平地に座って足だけを水に浸して並ぶイディアとルティスの二者。

 今し方には『将来さきのことは分からぬが、少なくとも今まで我々の間にそういった合意はない』と女神たちで『恋愛的な交際』の誤解を解いても、足先より伝わる水冷に思考の沈着をも促して語らう。





「『虚無という未明の中にあって突如として現れた謎のもの』——そうして、その『美』こそが見通せぬ世の中で多く我らの『生きる理由そのものになっているのだ』と、そのようにさえ一説には語られます」

「"美が生きる理由に"」

「神の不在で何が分からずとも『快い』と感じられるものを必要として、求めて……一重ひとえに『美が生きることの意欲そのもの』なら、『各位が己の理想とする美しさを求めて見果てぬ道を進んで行けるのだ』と」

「……」

「哲学的には『世界が存在する』と言う『根源的な不思議』が意識にもたらはたらきも『虚無に見出されようとした美学』の源流に深く関わってあるのでしょう」

「……"不安の中に求められた理想の形"。そうして、『明らかな答え』がなければ漠然ばくぜんとしていても『各位の理想を追い求めること』こそが『生きる』——その『求めようとする対象』こそが『美』という?」

「"——"。そういった認識でも間違いはないのでしょう」





「そうして一旦に話の総括そうかつとして噛み砕いても『知りたいと思える・意欲を湧き立たせるものが美』」


「それは『知れたなら』と、『より良い展開を予感させるもの』——謂わば『未来に約束された幸福』のようにもあって」





「はい」





「そうその『約束やくそく』についてを『更に"実例じつれい"へせまってみませんか』というのが……実を言って『此処から先の展開』に我が友をいざなう『序論じょろん』でしたのです」





 向き合う二者で水槽の中へ足先から身を落として行けば『折角なら』と『我が友が私から教わることもないだろうが水泳インストラクターの体験もしたい』とイディアの願いを反映。

 願われた水神の青年では今更でも『再び教えられる側に回ることで、もし自分が教導を担う時の知見が得られるかも』と快く引き受けて水に浸かる双方で声の起こす波動が一層に近く。




「……"序論じょろん"?」




 手を引いたりの『肌と肌』で触れる場合は色々と心配事も多く。

 だからには、手と手で浮力のある板を互いの間に挟んでも『集中の奥義』を使い続ける青年が首を傾げて問い直す。





「今までの話が『現在までの学者に見られる見解』の、"その一つを掻い摘んで紹介した概説がいせつ"」

「……では、これまで『前提となる知識』を並べた上で『その先に向かう』のが今回の『本題』なのですか?」

「はい。これまでは『神の不在に見出す美』の話をしていて、しかし我々の前には『実在のそれ顕現けんげんしていらっしゃる』のですから……幾らかのです」

「……『神が実在』していれば、其処には『神の創造した世界の形』——ある程度にも『理想のようなものが定まってあるかもしれない』?」

「"——"。『幸福』というキーワードとも関連して、『美』のそうした何か『確信のようなもの』に……『美の体現へもっとも近付いているかもしれない存在』に私でがあるのです」

「……"最も美に近付いた"……」





 しかして『究極の存在』を匂わせられれば必然に興味を惹かれるフレーズで、漕ぐ足も忘れた青年が胸元に迫る水の中でも立ち止まる。





「それは……一体?」

「……その存在とは他でもない"我らにとって身近"の『彼女かのじょ』のことなのです」





 事実として『周囲に沢山いる神』のどれに焦点を当てていいか分からず。

 それでも見回した後にイディアへ向き直って発言の意図を改める。





「……"アデスさん"?」

「"——"」





 呟けば、一斉に二百にひゃく魔眼まがんが弟子の疑惑とする顔を注視。





「ともすれば『世界で最も美しい者である可能性』を

「アデスさんも『綺麗きれいかた』だと思いますけど……やはりそうした『見た目』だけに限った話でも、ないのですよね?」

「ええ。彼女の、神が為す『おうとしての行い』にこそ宿るかもしれぬものなのです」

「『おう』としてのアデスさんの……なら、それは……——」





 視線の向くまま、ひゃくの女神が寄って来る。





「——なんですか、我が弟子。よもや『暗黒わたしこそが美女びじょ代名詞だいめいし』と?」

「……」

「ならば、そう安く無料ただも同然に貴方から私に美辞麗句びじれいくをくれては、私でかえって『わなではないか』と警戒してしまいます」

「……アデスさん」

「……なんでしょう? 急に『欲しい物』でも見つかりましたか? 『要望』のあって『必要とする理由の説明』を頂ければ極力にも前向きに神で『贈与ぞうよ』を検討いたします」





 そうして『青年を強く好む』との意では共通の懲罰兵ちょうばつへいらが真っ先に競歩きょうほで寄った所。





原初げんしょ女神めがみ

「……なんだ」

「再び不躾ぶしつけで大変に申し訳ありませんが——『みなに対する幸福こうふく約束やくそく』」

「……」





 青年との会話に横入る美の女神から『王としての神との対談』を求められるや、否や——複数にいた筈の大神たいしんの側面は『昼夜ちゅうやまぼろし』の如くまくを下ろしたやみえ。






「その謂わば『理不尽りふじんあふれるだれにもひとしき安息あんそくあたえんとするかみ』に——のです」






 一瞬の暗夜あんやの後には『口を結んだ唯一の柱』が『統合されたおうの側面』として諸神しょしんの前にあらわれん。




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