『約束を探して④』

『約束を探して④』




 ・・・




「そうして『藝術の歴史』を追えば、そこに紐付いた『美』に対する考えの変遷も見てきましたが」

「はい」

「いくら社会や、そこに生きる人々の『美しくあれるもの』を探す試みだからといって——『正しい自分たちこそを美しく』」




 美術館の絵画や彫刻が壁際に並ぶ細長い通路を、髪の棚引く様が黒と白で対照的な師弟を連れても先導の美の女神が語る。




「また一方では『自分たちにとっての都合の悪いものを醜悪しゅうあく』とするような、例として『政治や戦争などの宣伝プロパガンダ』に利用されがちな『支配層しはいそう特権階級とっけんかいきゅうにとってのこころよ』に——」

「"……"」

「——そうした『作品のして恣意的しいてき利用りよう』に対して『カウンター』とでも言うべき批判的ひはんてきに立ち起こったのが『革新的かくしんてき』などとも呼ばれる『アヴァンギャルド』の藝術」

「……先ほど『難解』と絡めても仰っていた『既存のものに対する挑戦的な意図を含んだ表現』のことですね?」

「"——"」




 既に美について博識の彼女が口数を多くしてから一時間は経過していただろうが、それでも偽りのない事実として『美しいもの』に個人的な興味のある青年は飽きもせず熱心と聞き入る様。




「ならばそして、これまで『美しく正しい』とされてきたものが『凄惨せいさんに利用された』なら、『これを信じならっておけば【間違まちがい】のまぎれはない』とされるものにも——『のだ』と」


「『そんなものが真に美しいと言えるのだろうか?』、『【あく】や【あやまち】と定めた対象を攻撃するようなものが【正しさ】なのか?』と」




「……はい」

「……」




「よっても『それまで美しいとされてきたものにどろる』ような、『美しくないとされてきたものは本当にそうだったのだろうか?』との『問題提起的もんだいてきてきな作品』の数々は——それら謂わば一旦にも幾度となく『否定ひてい』を経て」

「……」

「また疑問を呈されたのなら『既存の美』についても話へ持ち出す時に『再評価さいひょうか』から新たに『別の定義付け』が必要となり——そうしても『美とは何か』の考察や議論は現代にまで続く『永遠えいえん課題かだい』とでも呼ぶべき活発なものとなってきたのでした」




 先頭の美神で立ち止まる近辺には『美術』もしくは『藝術』として展示される『ぶた耳垢じこう』と題された物体。

 これは一見なら『何の変哲もない汚物おぶつ』のようにも思えるが、一説では『伝説に語られる高貴な獣が己でした——豊かとなる大地へのやしなのだ』と。

 また『渇いた不毛ふもうの大地を変える湿潤しつじゅんの恵みなのだ』とも語られ、さすれば上述の意を踏まえても『美しい文脈が汚物には載る』ように。

 そのような例からに『美が定められる』とすれば其れは『周囲の考え』にこそ他ならず、よっても『定義を行う者のなければ何をも美しくも醜くもなく』——即ち『当初から絶対に正しくあるものなど世に存在しないのでは』との意見の形。




「斯くして大方と一巡した今に至っても、軽くの『まとめ』を」


「ですので言ったようにも現状の『美』とは大雑把に言って『よくわからないもの』として在ります」




「……はい」




「そうして我々を含む『ことの"理解りかい"によってこそ世間と上手く付き合って行こうとする者』は、『自身の不理解』や『無知』やの謂わば『不足ふそく』や『未熟みじゅく』を事実として突き付けられると酷く気分を悪くしがちなものですが」

「……確かに、理解し難いことがあると『もやもや』するかもしれません」

「はい。それも『理解の及ばぬ未知』とは只あるだけでも『驚異の度合い』が測れず、『不意に脅かされる危険』が恐ろしくもあって——」

「はい」

ことここに於いて対象を観測しつつ『美しい』のように感じる時はむしろ——『分からないことが不快ではない』」

「……"不快ではない"」

「『どころか快いとまで感じられる何か』と、此処では『内心に湧く美の感覚』を一つのままで認めましょう」




 ならば正に『提起ていき』のそばで、『美の思索』の最前線を行く者が先人たちの流れを汲んでも『青年女神』という不思議な存在に向き合って言う。





「ではその『よく分からないが不快とは違う何か』を次なる流れに掘り下げるとし……"我が友"」

「何でしょうか」

「『知らないという状態が不快でない』とは、どういった状況にこそ感じられるのだと思いますか?」

「分からなくて……、"不快じゃない"」

「……」

「……でしたらそれは『何が起こるか分からなくてもワクワクする』ような……なんでしょう? 『怖いもの見たさ』とも何か違って、もっとな」

「はい」

「ともすれば"好意的こういてき"に——『自分から積極的にと思えた時』などは、どうでしょう?」

「……"いい答え"です。我が友」

「——そ、そうですか?」

「はい。貴方の苦心しながらも言う『ワクワク楽しげな希望に満ちた』その通りでもあって、そうした『期待きたい』にも似た考察は学者たちにとっても今や一大いちだいになったものであります」





(……褒めてもらえた)





「即ち『くだんの曖昧なものの正体』とは『美しいと思えた何かについて一層の探求を行いたい』——『美とは意欲いよくを掻き立てるもの』としたのが今日こんにちの美学に立つ主要な考えの一つであるのです」





 受け応えをする二者の背景では真正なる魔王が『とことこ』と、自身を創作の動機モチーフとされた作品の一つに少女の姿で歩み寄っている。




ひとつ?」

「他にも代表的な考えとして『美とは理想的なものの観照かんしょう』や、その美が齎す『救済きゅうさい』など」

「……」

「世に溢れる理不尽や虚無の不安の中にあっての『なぐさめ』や『心に添うもの』と言う方もいらっしゃいますが……ここで一度に二つを並行して考えるのも大変でしょうと今は割愛させて頂きます」

「はい」

「なので戻っては『知りたいと思えるもの』へ的を絞って着目。それら『意欲』を内から湧き出させては、『生きて行う活動をより盛んに促進してくれるもの』——」




 そうこう斯くしては女神たちで美術館内に鑑賞の順路も終わりが近付き、『美』に関しての話を続けるなら主題と共に場所も変える頃合いだろう。




「それも先に結論を言っては『このましいこと約束やくそく』に感じる美のようでも『福利ふくりに向かう心持ち』について……その説明に関しましては、もう少し身近な"具体例"も目に見える形に示して語れますでしょうか」

「身近な?」

「はい。我が友や私の『知りたい』、『知れば快いだろう』と捉えられるものには幾つか心当たりがありますので……私に任せてください」




 己の胸に手を当てて、髪に顔で朗色を作り上げてみせるイディア。

 微笑む彼女が友に頷いた後の視線は『死という約束』と題されて『天涯孤独のしわくれた老婆が息苦しい病に倒れても——それでも"約束された終わり"は等しくある』と。

 まるで『一人の登場人物が微笑む先の余白に誰かのいる』よう、それはきっと『安息あんそくおとずれ』と解釈されうる絵画を遠目に——その美的な表現物を眺める『冥界めいかいかみ』も認識に収めて。





「……」





「……ついては事を忘れぬ明日あすにでも再び時間と、それに加えて今度は此方から"場所ばしょ"も指定をさせて頂きたいのですが、構いませんか?」

「それも勿論。明日あすは活動も休みですし、特にやることも決まっていなかったので是非にまた、貴方と学ばせて頂ければ幸いです」

色好いろよい返事には重ね重ねの感謝を。でしたら再三のご厚意にも与らせてもらい、場所は後日ごじつ——」





 簡単に歴史を踏まえても大きく『美とは何か』の一説を紹介し終わった後に、その一つを『更に具体例も交えて理解を促せないか』と——次の場面に移る『親しき友との約束』が青年の心を熱くする。





「——『屋内おくないプール』まで」



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