『約束を探して②』

『約束を探して②』




「……一度いちども?」

「はい。たったの一度も。『という確証かくしょうを得られた』ことは生涯でただの一度もいのです」

「……」




 対して青年は『美の化身で美を感じたことがない』という一度は『意外いがい』にも思える発言に碧眼を見開きつつ——されど他方には少なからず『に落ちてもいた内心』で応じる。




「それは……これも難しい? まず『何を以て美しいとするか』がという『意味』や、『定義』の問題であったり?」

「恐らく、そうした面もあって……私にも未だ『美とは』がよく分かっていないのだと思われます」




 何故ならイディアの『己を語る口が何処か他人行儀たにんぎょうぎ』に思えても、美の女神である彼女にもまた『人とは違う判断基準がある』と過去の付き合いの中で察していたから。

 よっても警戒しての不安や怪訝に構えるより、却って『未だ知らぬ相手の内面的な動きを知れるかもしれない』との『期待きたいにも似た心持ち』で思考を重ねて行く。




(……自分はイディアさんが『其処にいるだけでも美少女』と思うけど)


(聞くにそう単純なものでも……それなら『美少女とは何か?』 『美少女を美少女たらしめる要素とは?』を考えないといけないのかな……?)




『……』

『求められた主体は【貴方】です。その道の専門家が【知らぬ存ぜぬ】と言うのなら例え【かいなきみち】でも共に知恵を絞ってあげなさい』

『……やっぱり、と?』

『少なくとも【大神たいしんわたしでさえ完全な正答は持ち合わせていない】と仰っておきます』

『……それなら自分でも考えてみます』




 薄紅うすべにの塗られたくちびるで、空気の弾き出される感覚。

 その『声出しの予兆』を水の気配にも認めては青年で視線を恩師から話し始めの美の女神へと戻して言葉の伝達を待つ。




「故からに『分からない』なら、そのにも」

「は、はい」

「これまでに『見聞き』や『体験』を通して知り得た情報と『各時代や各地のと照らし合わせてものを考えようとする』のが『美の女神という私』の……『』や、『質感しつかん』と呼べるものでしょうか」

「……あくまで表面的な『貼り付けたテクスチャー』のようだと?」

「"——"」




 友がしてくれた理解度の確認にはイディアが頷いて続ける。

 彼女で今も『繕わぬ内容』と『無表情』は一致し、『妙な遠慮』も『うそ』だって友への言葉に介在する余地は与えられて無いように思えた。




「よっても殆ど『計算けいさん』や『照合しょうごう』に基づいた『打算的ださんてきな言動』が私にはあります」

「……」

「『美の女神としての私』はこれまでに培った『美徳とされる多々たた』の知見に基づいて事象を評価しようとし……けれど何を見ても、心は揺らがぬ冷温れいおんに」

「……はい」

「"何に触れてもあつく思わぬ"ような、謂わば『美の女神とは異なる別の自分』の——『無関心むかんしん』にも似てなみかぜい『なぎの視点』があると偽りなく』

「"……"」

「それなので忌憚なくも言えば『我が友の行動を立派』と判断したのも時代や地域を越えて広く『美』として語られる理想的な『他者をたすく行動のあらわれ』を見たからであって——」

「……」

「しかしの実態が他のものに触れて『まさか、これこそが』と情報に照らし合わせた一計いっけい一案いちあんに思えども、現在に至るまで『そうだ』とも『絶対に違う』とも理解の納得に言い切れないのが実状——つまり、色々を知識として知っていたとしてのです」

「……『美しい』とされることを沢山知っていても——"自分で理解が難しい"?」

「——"はい"」




 伺いと、頷き。

 黒と黄の髪が揺れては前者に深い青の色合いが長髪の退いた肩口にも垣間見える。




「だからには『無感情むかんじょうそう』などの、時に『ヒロインの属性』を表す大衆認知たいしゅうにんちの主流の一つに限りなく近いのが『私』なのかもしれません」

「"無感情"であれば『物静かで冷たい印象』の……『心の動きが分かりづらい』感じでしょうか?」

「"——"。例として『沈黙の女神アデス』でもそうしたヒロインの息遣いきづかいはしていて、でも実際として私の方がより『感情にうとい』のだと思われます」




("アデスさんがするヒロインの息遣い")




「なので少しばかりの比較に実演で……失礼を」

「女神イディア」

「『原初の女神で其処に立ったままの真顔』を頂けますでしょうか?」

「いいでしょう」

「感謝します」




 すると美の女神は頼み込んだ先で世界に於ける『【ヒロイン】という概念の源流げんりゅう』でもあろう真顔の少女に自身の顔を並ばせてもらう。





「そうして僭越ながら私が横に並ばせて頂いても——見た目の様相に『より感情が無い』と言えるのは『美神わたし』と『暗黒かのじょ』で何方どちらでしょうか?」





 一方の顔の高さを揃えるためにも膝を折ったイディア。

 白髪赤目に並んだ美の女神の黄褐色が眩い彼女で『晴れ渡るような笑顔』を作っても、内側には『こうすれば青年が喜んでくれるのだろう』と『計算された親しみやすさ』の"枯淡ドライな理屈"を示す。




「……思ったようにお答えをしても?」

「大丈夫です」

「……では、『イディアさん』の方だと考えます」

「……なぜ?」

「……『大神たいしんは複雑な心境を持っているだろう多面の神格だから』、だから先述のイディアさんの話を踏まえても『其処に感情がある』と推測し易いのはアデスさんの方だと考えて思いました」

「……他でもない私も、我が友と同じように考えます」




 問われた青年では『実態として多くの側面を内に有する世界の化身には数えきれないほど感情的な要素もあるだろう』と。

 現に交流で『嫉妬しっと』や『深愛しんあい』を向けられても知っているから——故に『感情を感じさせないのは微笑んでも美の女神だろう』と。

 揺らす視線で友神に対しては遠慮を隠せずに言えば、『悪くする気も無い女神』で口角を下げた再びの無の表情が『肯定』の意。

 残るアデスでは物言わずとも『感情がありますよ』と言わんばかりに真顔でも上半分を暗く、冷たくをして『見下みくだす』ような『冷厳れいげんの色』を作っても——よってからに『分かり易くしてくれる対比』の様が応じてくれる様子から『今は協力的で優しい』のだとも機微きびを取らせてくれる。





「女神アデスや我が友にはあって、"ともすれば私には無いもの"」

「……」

「即ちが『感情』と呼ばれる動きでしょうか? より正確には『感情という味わい』の概念を知っていても己では『無味乾燥むみかんそうに寄った心持ち』?」

「……」

「良く言えば『虚心坦懐きょしんたんかい』が私で体現できているのでしょうか?」

「……(難しい)」

「其々で出自を別の神秘にあるだろう我々で、謂わば『相互の理解が困難』な様は……人の言葉で例えても大きく前提の異なるものが『異星人いせいじん』や『宇宙人うちゅうじん』のようでもあります」





 だが出生の経緯を異なるとしても、今は『女神こそが究極』と。

 そのよう観測者に思わせた『魅力の神性』に釣られて、故に他の大神という作り手を介した間接的にも『女神という同様の形式を持つ者たち』として語り合う。




「現に外側で人が何かを言っていても『人が何かを言っている』と、何かをしていても『何かをしている』と。"認知に先立つ情を抱かぬ本心"のあって」


「過去の自分でも時に我が友の言動に身を熱くすることはありましたが、それとて『求道に知り得た良き友の実践をしよう』との計画的な選定に基づいた行いの結果に過ぎず……何処か『冷淡れいたん』でもあり」




「……」

「……」




「そうした『常に波立たぬ己』では、"自らの繕う言動を俯瞰で眺めているようなもの"」


「肉体の機能や動作を精神が別個べっこの冷静に分析して、『未だ知らぬ領域が美のある可能性』としても『不可解にこそ関心を抱くべき』との方針で『探求の生き方』を選んでいる」




 中途では『立ち話のままも何だ』と青年が展示室で備えられた座椅子に女神たちを手招きで案内すれば、自然に微笑む少女に遅れてが『ぎこちない笑み』を浮かべるイディア。




「……そうして、その俯瞰にも似た視点を例えるなら『肉体と精神で薄くも壁をへだている』ような自認?」

「……その『心と体で違和感が残る』ようなのは少し、分かるかもしれません」




 対しては『かれにして女神めがみの者』でも胸に抱いた『共感』の情から意見の提出が盛んに。




「……でも、今のイディアさんだって『笑おうとしてくれる』・『好意的に接しよう』とはしてくれていますから、何か……悪い感じはしないと思います」

「……気遣いを頂けても『笑み』を浮かべます。今のように『友と忌憚のない意見交換から打ち解け合える』のだとして、しかし『そういった親しき間柄に身を置けるのは喜ばしいことなのだろう』と、幾つかの場に合った論と照らし合わせても『喜びの表情』を持ち出す私がいる」

「……では、ひょっとして『イディアさんの感情に応じて色が変わる髪の毛』も、『精神』と『肉体』では"後者"に依拠いきょしたはたらきなのですか?」

「ええ。これは『美』という個々人ここじんで受け取り方の異なる『多様』で『定まり切らぬ色』にも思える信仰の表れ」

「……なるほど?」

「即ち『パブリックなイメージで私という女神に与えられたもの』であって、『場面や状況で人はこうした感情の色を映すものなのか』とで教わることも多いのです」

「……元はと言えば人々のイメージが形とされたもので、肉体的な要素はイディアさんの自由意思に基づいたものではない——だから、『自発的な制御が難しい』と」

「その認識で大きく間違いもないでしょうか。謂わば髪のこれは『肉体に根付いた判定の機能』であって『場面に応じた感情の傾向』を一案としても私に示してくれるのです」




 美ではうすかすかにも話題にのぼった神秘の髪が『基調の灰』に『青』や『緑』やの彩りを混ぜた様子で『落ち着き』や『安定』の色を見せてくれる。




「……そして『喜びが何色なにいろ』で『悲しみが何色なにいろ』とも断定までは確たる論拠が乏しいでしょうから、私でも一概に言えませんが」

「……」

「それでも『身が濡れたとして心は乾いた』ような思いたかぶるべき場面でも酷く思考は冷静に。『其処に存在して有るもの』を『本当に実在するのか』と絶えぬ疑問に『探究心』のようなものが私に『分析ぶんせき』をさせる」

「……はい」

「他でも実際にあった状況の例として『汗水を流した労働で家族の為に扶持ぶちを稼ぐ人』を見れば……本音として感情はなくとも思う所はある」

「……」

「それまでに学び知った事柄に参照しての論理展開で、『家族の為に』・『他者の為に』とは相互扶助そうごふじょの形作る『社会』にとっての肝要な精神であり……またその『貢献』は体制の形成や維持にとっても都合の良く好ましいものであって——故にこそも『模範とすべき立派』や『美徳』とと」

「"……"」

「即ちどのような対象を前にしても理詰りづめを経てから『いとは』・『とは』で、意義を掘り進んで……そうしてようやくと『究極的な美の根源』に迫らんとの働きが各対象に『興味きょうみ』や『探求の意欲いよく』のく段階へ至らん」




 美神自身でも迷いの中に語る内容を纏めれば、謂わば美の女神とは『イデアの実践者じっせんしゃ』。

 ここで『イデア』とは実世界に現すこと極めて難しく『何時いつにも理想りそうであるもの』として、『我が友』と他者を呼ぶ時は『良き友のイデアを体現せん』との試行。

 重ねて謂わば『役割を演じるロールプレイ』は、『一切いっさい塵芥ちりあくたと思う破壊の神格』からも方法論の実例を示されて学んだ『他者の視点を借りる』などで異なるに思いを馳せ、また己を別の何か——『不完全の個』では届かぬ『試行錯誤しこうさくご』であろうか。





「その生き様は『とも』を前にして自身でも『うつくしい友愛ゆうあいの実現』を」


「即ち苦境にあっても見捨てず。苦悩に寄り添っては知恵をはじめに力を貸し、危うきを渡らんとしているなら可能な限りの策を施した上で納得のいく方法を共に考査こうさする」





「……」

「……」





「またそうして『なぐるな』、『るな』、『だますな』、『がいするなかれ』——『良友りょうゆうのそれら一切とは何か?』、『なぜそうすべきか?』を突き詰める生き方」





 大神アデスが黙して経過を観察する中にも無機むき音調おんちょうは整然と。

 イディアで目的を探し求める論理的ロジカルに並べ立てられる。




「其処では何か新しいことを知る、『未だ理解の及ばぬ存在が世には有るのだ』と知り得る度に心で走る『疑問?の雑音ノイズ』に」


「つまりも先刻に言ったよう『己の在り方も揺らぐスランプのような時』が私にも幾度かあって、今がなのでしょう」




「……はい」

「……」




「よってからにはやはり、『おの美学びがくを探す道を見失わぬため』に、何時いつもの問答のような会話に今暫いましばらくと付き合って頂きたいのです」




 言葉を重ねる内に『美の女神の語る理由』も深まる再認識から明文として、暫しに音を途切れさせたは『聞き手の考え』や『了承』の差し挟む余地を真横に座る友へと与える。




「けれど同時にそれは、"ともすれば実在の疑わしい"、答え難い『存在のしないもの』についてを問うことになってしまうのかもしれませんが……難しいそれでも、構いませんか?」

「——"大丈夫"です」




 そうしての青年では断る理由もなければ、『了承の意を再三に表す』と周囲で分かりきった返答を備えて。




「……」

「それに、その『曖昧なものを問い続ける行為』が『無意味』や『無価値』かは自分には判断がつきかねますけど……でも実際としてから」

「……?」

「苦しい時に手を差し伸べてくれた貴方の行いが有り難く、感動で綺麗に映った。だから『貴方が実践してくれた』ように自分にとっても『美は必要』と思えるものでしたので……なので寧ろ『"美について考える"のを大事なこと』としては一緒に考えさせて欲しいくらいなんです」




 先刻に曰く『存在の疑わしければ未だ見つからず。

 ともすれば無いものについて考えているのかもしれない』と現時点での考察を言うイディアに対し——『それこそ見果てぬ道に根拠のない励ましを言うのも違和感があるから』と思えた青年は、単に『自身にとっての純然たる事実』で引き続きの『協力』の意を言葉で伝える。




「打算で、しかも『相手の思う美』を見たいが為に『友すら利用するような存在』は……"不愉快ふゆかい"ではありませんか?」

「……自分でも『相手の考えていることが完全には分からない事実』が少し怖く思うこともありますけど」




 かぶりを振っても思うままを口に。




「……」

「でも、その『分からないということへの恐れ』さえ極端には『誰に対しても同じことだ』と思いますから」

「……はい」

「だから何かイディアさんに対しても特別に『底知そこしれぬ怪物かいぶつ』のようではなくて、もっと身近な……言うなれば単に『他者たしゃ』の距離感?」

「……我が友で『本当に問題はない』と?」

「そうです。それに加えても真実として貴方は内心がどうあれ此方に優しくしてくれますし……だからこれまでのように気安くで全然、自分は構いません」




 次では横の恩師を引き合いに出しても青年は『自身に出来ることをしてみたい』のだ。




「それに例としてイディアさんとは事情が異なっても、アデスさんにだって『めた視線』はありますし」

「然様。膨大な記録を有する神では『多くのものが何時いつ何処どこ既視感きしかんのあるもの』と……倦怠けんたいならば心はとうに冷え切って」

「結局は大神のかたのそうした複雑の視点も自分では理解の及ばず。けれど、"その他者に見飽きた言動を知る神"でも『優しくしてくれる』ことはありますので」

「其れは其れとして青年のようなものは何時に見ても……"きのこない滋味じみ"がありましょう」

「……何か此方を見ているアデスさんが本気になったら自分も無茶苦茶むちゃくちゃにされてしまうのかもしれませんけど——"現にそうはしていない"ように」

「ふふ」

「仮に口へ出すのもはばかられるようなことがあっても今は調子を合わせてくれて、そうした『互いの不理解』からちょっと何をするのか予測できなくて怖い面があるのもやっぱり事実ですけど……少なくとも今の自分だって『相手への気持ちを優しく形に』出来るよう頑張ります」




 よって言葉を掛ける相手に例え動く心の無くとも、それであっても『目的の為の力を貸す』とは青年に示せる『協調』のあかし




「なので要は貴方の『美を探す途中の行為』に助けられた自分で『感謝の意を抱いている事実』は変わらず」


「大して何の助けになれないかもしれませんけど、それでも『自分の何を捧げても貴方の力になれれば』と……頑張って『それなりの話し相手』になれるようには努めたいと思っています」




 そのを明示されれば『この者は求道にとっての助けになってくれる』と。

 追認ついにんに判断するイディアでも、素気無すげなくとて拒む理由のなければ。




「……我が友はきっと『嬉しいことを言ってくれている』のですね」

「そうだといいのですが」

「そうでしょうとも。やはりそれは幸運に思うべき『得難い友愛』や『親愛』のようなものであって」

「……」

「斯様な気遣いにこそ『調和にも似た美の宿る可能性』が残ると思えば、『不理解という未知』を前に私自身わたしじしんを突き動かす疑念モチベーションも幾らか取り戻されてきたような気がします」

「……!」

「ならば我が友の厚意に与って『併設の美術館にも立ち寄らせてもらおう』と思いますが……いてきて頂けますね?」

「——はい」

「では——行きましょう」




 再び同調を果たした二者。

 付き添いの大神で、その『仲良くあらんとする関係』に一つの"手応え"を見出し、『美についても再検討してみよう』との歩みが共に美術のやかた快活かいかつの足を運ばん。


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