『未だ知れぬ法の在り処⑤』

『未だ知れぬ法の在り処⑤』




「……」




 規則の改変や道具の調整で頑張って、結果として一週もない四日や五日では——宣伝してもやはり、判断してもらうまでの時間が足りなかった。




「……」

「……ハルさん」




 新しく作った宣伝用の張り紙に『多様な人が不便を感じないように』の特色を明記して、『走ることもなしで座っていても大丈夫』・『ごく簡単な動作で少しずつでも楽しさを知ってみませんか?』などとも——しかし、幾ら書き表しても古く忘れられては『新興の謎めいた競技』で怪しく。

 学生層にもあまり響かずの名残なごり




「……『協力する』と言った手前で力及ばず、本当に申し訳ありません」

「……いえ。皆様は私に、何より『この競技』へと本当に良くしてくれました」




 部活動の継続申請期限の、当日。

 通う学校の大庭グランドで地下を照らす大火たいかの照明。

 日差しの変化で時間の判別できぬ同地では、時刻が『夕暮れ』に差し掛かったことを知らせるだいだいの色も濃く——『部の終わり』に黄昏れる雰囲気。




「……そうです。何よりは皆様が協力して見つけてくれた、このスポーツの『やさしい所』を——」

「……」

「それで少しでも誰かに楽しんでもらえるよう、直ぐと共にやってくれる人はいなくとも『私が記録する』などで成すべきことは見えて」




 けれど、『部活はなくなっても自分のやるべきことは見つけられた』と。

 少し寂しげにも目の隠れる髪の下から、儚げに笑みを垣間見せてくれる少女へ。




「……なので、せめてしっかりと次の研究する題材として、自分なりにも『継いだこころざし』の論を纏めてみようと思います」

「……本当に立派だと思います」

「いえ。それも皆様の助力あってのことです。皆様の力添えなくしてはきっと何も知らぬまま、私だけで失意に沈むのみだったでしょうから」

「……けれどそうして、宜しければ最後に此方でも『志しの助けになれれば』と幾つかの用意を——」




 その今回は『これ以上に深入りしても人を疲れさせてしまうか』との未練あっても、少なくとも『最悪の結果にはならなかった』と。

 青年で悔しく非力を感じながらも『せめての目に見える激励』を置いて立ち去る意を伝えようとしては。





「活動の様子——見ていましたよ。リーゼ」





「——! ダンベルモア教頭先生……!」

「そうして聞けば、再定義した運動の主旨からも『最早一つの校内に留まる必要だってない』のではありませんか?」

「? それは……どういう——」




 部の顧問を願っていた筋肉魔術に通じて運動にも造詣の深いダンベルモア教師や。




「……アタシも聞いたよ。通りでの説明」

「貴方は、同級生のリンさん……!」

「人が足りなくて困ってるんだろ? それならアタシも怪我で今までの部活を辞めて暇してた所だし……そっちの頑張ってる姿を見たら熱にも当てられて、『入ってやってもいいか』と思ってた所なんだけど」

「! それは……!」




「そうだね。一人でも腐らないリーゼちゃんの直向きさには私も感じ入るものがあったよ」

「用務員の、おば様まで……!」

「だからこれまでは派手な動きが必要じゃ『碌に助けてやれない』と敬遠してたけど……聞いた通りならこの老いぼれでも貸せる力は貸すよ」

「な、なんと、光栄な……!」




 密かに少女の頑張る姿が気になっていた同級生クラスメイトや。

 いつもその部活やで汗水を流す様子を見ていた用務員やも、遂には志しのある様に応援を行動にすると決めて。




「杖さえ持てれば出来るなら、隻腕わたしにも出来るでしょうか?」

「それは……は、はい! きっと!」

「薬品の実験で吹き飛ばしてしまいまして、暫く謹慎でやることもないので」

「それも……もう部活ではないのですけど、同じ競技を楽しめる者として歓迎いたします!」




 他でも、様々。




「あまり運動はしたくないけど、運動してる感は出したい。だからたまにの出場でも良ければ籍を置かせてほしい」




 其々の抱える事情。




「ちょうど『視覚効果』の研究もしていてね。『文字情報の少なくても分かり易い競技』と聞いては、私も体験を」




 多く学生とは違えども『教職』や『研究職』の主で周囲の幅広い年齢層や性別や、また隻腕や文字が見えてもそれを意味のある羅列と認識しづらい人々にも少なからずの意は伝わって。





「こ、これは一体……皆様は!?」

「皆が貴方の奮闘を見て、窮地の事情を窺い知っても『出来ることがないか』と——上役うわやくの私に『助力』を進言してくれた者たちです」

「?? で、では……詰まる所に、どういうことなのでしょう?」

「即ちが最初に言ったようにも『同好会』の成立——より広く学内に限らずでしゅうつきごとに集まる『クラブ活動』から始めてみてはと話をしに来たのです」

「——"!"」





 取り纏める教師から要は『所属を問わずの好きなものの集まり』が今に『アマチュアスポーツクラブ』と出来るようにの計らい。




「勿論。言い出す私も元は『顧問』として貴方を助けたいと願っていた者でありますから『所属』するとしても……どうでしょう?」

「それは、それは……叶うならばぜ、是非に!」

「でしたら、追加で必要な道具などもあれば用立てる助けだってしますから……我々で『創立メンバー』ということになりますね」

「は、はい! 皆で『先人の想い』を繋いでいけるということに……恐悦、至極で御座います……!」




(……良かった。ちゃんと頑張りを認めてくれる人たちもいて)




 場合によっては『専門的プロのクラブ』もこういった『草の根』から始まることも多く。

 そうした『一つの歴史の転換点』に立ち会った——のかもしれない場面を前にしては、濡れ顔への心配で駆け回った青年でも晴れやかな好転の様に安堵。




「……"大丈夫そう"、ですね?」

「はい。例え大々的だいだいてきに活動が行われるようでなくとも……『最初より笑み顔は増えた』のですから『上々じょうじょう』でしょう」

「……はい」

「……やりましたね、我が友」

「……良かったです」




 そうした人々で『笑顔が連鎖する』様を横目に、似た色へと玉の顔を綻ばせる女神たちでも老師よりの言葉が語られる。




「……現状では少なくとも『動かせる手足の一本』や、それを『己で意識できること』が必要不可欠でも……『奇跡に挑む者たち』で何時かは、その壁さえ越えていけるのかもしれない」

「……そうだといいと思います」

「はい。『魔王』などという者で何かを『奪う』のではなく。皆でなんと困難にも『他者のため』を思い、その『幸せを支える一助を担えれば』と……それこそは『魔法』のような何かの可能性」

「……?」

「『悪魔わたしにだって到達の叶わぬ奇跡』は、そういった……『誰に対しても優しいもの』であってほしいものです」

「……アデスさん」




 その意は『希望』もあれば『諦念』の色もあって、後の現世で『魔』などと呼ばれるようになった『悪辣の業績』を持つ神で『自己批判』の意味合いも少なからずが在り。

 故には全面的ではないといえ、その『後戻り出来ない場所の師』に恩を感じている青年でも『互いが屈託のない笑顔を浮かべて手を取り合う未来は訪れる筈もなし』と。

 若年ながらに『複雑な立場や状況』を想起すれば、落ち込む気と同期して身の肩も沈み込んでしまうというもの。




「……」

「……いけませんね。また我が弟子を気落ちへと導いてしまいました」

「……」

「しかし、今では丁度良く。其々に『捨て置けない事情』を抱えていても、『それでも楽しめる合同競技』もあるのですから」

「……」

「正直には私も悲観的な面を出して沈んでしまったことです。因りては青年で『軽くの気晴らし』に付き合って頂けませんか?」

「…………やります」

「うむ——そして近くば寄って目にも見よ。小童こわらはどもに老いても健在が『最古の魔術師』の力を今に示してやらんとする」

「……勝手に変な術式を持ち込んでは駄目ですからね」




「そうしてこれまでの調整で集めた情報からは、美神わたしでも遂に『マジカルなベースボール』の定石が見えて……ふっ」




「『向かう所に敵なし』——勝率しょうりつ九十九きゅうじゅうきゅうパーセント! 打率だりつ三百さんびゃくパーセントなのです……!」

「イディアさんは多分、『打率だりつ』や『打点だてん』やで認識が混ざってしまっています」

「……そのような、情報データが」




 だが、そういった時にも楽しむ『スポーツ』が正に気を晴らさん。

 青年の周りで気合よく杖を振り出す二柱。

 情報集積神格データキャラとして再起しつつ『打点』や『打率』で混同のあるイディアも交えて、神々でも場の空気を取り直してくれる。





「——そうしては、この球技。『しん・マジカルベースボール』は基本的に『杖』さえあれば出来るもので……口頭での説明よりかは先ず私で実演をお見せした方が早いでしょか」

「——あ。それなら自分も相手側でお手伝いしますので……後これは、先程は言いそびれた道具の新しく用意した物なのですが——」





 そう、『心身が健やかであることを目指すスポーツ』としては多くが不幸にならない形で協力しあえた、傷付けることなく意地や勝ち気をぶつけ合えた。

 狂気的であったルールも穏便に楽しめるよう改正した、使用可能な術式は予め杖に仕込んだものだけとして不測の事態も避けようとした。

 使用する球も『柔らかい特殊な海綿かいめん』のようにすれば仮につかっても痛くなく、眼鏡が割れるようなこともなく。

 人数も最低限には『投手』と『打者』で『杖』だけを持ってれば出来るようになったから、残るは万が一に備えた軽くて丈夫の帽子キャップを女神の陣営からクラブの設立祝いに進呈。

 それも『人によっては色の波長も捉え方は様々だから』と、先ず比較的に捉えやすい対比的な『暖色の赤』と『寒色の青』などで衣服や道具に組み分けも分かり易く。





「どれ、どれ」


「青年や、この老婆には『四番よんばん』をくれ。そうして貴方の制球難も見事に利用した『世界一の捕手』——剰え打っても投げてもの『大魔神だいまじん』の顕現を見せてやろうなのだぜ」





「いえ。当面の人を相手にした正捕手せいほしゅちょういちにも備えてイディアさんにお願いします」

「……」

「なので、アデスさんはその豊富な知見から先ず『監督』のような役割で自分を支えて頂ければと思います」

「……仕方ありませんねぇ。そうを言われては『体裁を良く見せようという』詰まらぬ気も押し込め、望み通りに私が青年を『管理』——『監督』して差し上げます」





 分かり易いからも、やはり時には単純と打ち込んで。

 やはり人らで『自分が何者か』を深く考える余裕もない時間。

 時たまには『己さえ忘れて』一意専心できようなのが『競技』という『駆け引き真剣』の魅力の一つであった。



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