『未だ知れぬ法の在り処①』

『未だ知れぬ法の在り処①』





「——……?」





 知識の神ワイゼンと、その従臣と目される森の賢者ゴリラたちが信仰される場所。

 密林の地下に隠れた『学術都市フォルマテリア』の中でも、今回は主に『魔法まほう』や『魔術まじゅつ』を研究の中心とする学区が舞台。




「それが……"貴方の部活ぶかつ"で、行う?」

「……はい」




 同地で天井となる岩盤には今日も燦々さんさんと『きん』の名を持つ者たちの生物発光によって照明。

 その傘下たる屋内でも外の昼夜を問わずに何処かしらで常に明かりの点灯した——学術の徒たちで黙々と研鑽しながらも賑わいの絶えぬ聖地。




「……でも、"その部活の部員は貴方一人あなたひとり"で」

「……」

「よっては『規定人数に満たず』で『廃部はいぶの危機』にある……と?」

「……そうなので、御座います」




 其処へ青年たちは借りていて大いに役立った『各種動植物についての図鑑』など書物を返却する意図でも立ち寄り。

 既には競合しかねない他社にも配慮した認識改変付きの『飲食物支援』や『医療物資』の補給も済ませ、先述の一定した背景で色は変わらずとも実際の時流では早朝となって人も少ない公園。

 その静謐な朝の空気にて『細くも涙を流す一人の学生』が気になって今し方に声を掛けてみれば、『ハル・ポーター・エンリ・リーゼ』との名が椅子に身の縮こまって座る印象の、黒髪で目は隠れ気味の少女。

 背丈は高等学校の同世代の平均より低めに、腕は正にやなぎえだのようにで細く。

 ややかたよった見方からでは運動部らしく土埃つちほこりの着いた俗に『ジャージ』と言う平編みの装いなことが意外にも、泣く訳を聞いてみれば『自身の所属する部活が廃部になるやも』との心配事。




「それで、"悲しく思い"……泣いていた?」

「"……"」




 小さく頷いては肯定の意。

 高校生の少女が先輩から受け継いだという部活それ——『マジカルベースボール部』。

 けれど果たして『部活動の存続も危ぶまれるほどに人手が不足している』とは、"どういった難儀の理由"があるものか。




「……先輩方の卒業して暫く、一月ひとつきほどの勧誘を致しましても……誰も、入部は」

「……」

「……何が、いけないのでしょうか? 数は少なくも体験入部に来てくださった生徒たちからの『意見書』でも、"この有り様"で」

「……少し、見させてもらいますね」




 手渡しに拝見する用紙の『自由な意見・感想』の欄には以下のような辛辣しんらつの文が見える。




(……『人のするスポーツじゃない』・『球の見えない球技の何を楽しめばいいのか』)


(『同じ見えないぼうを使ったものならスイカ割りの方がマシかと、おいしいし』・『頭かち割れるようなスポーツがメジャーになって言い訳ないだろ』——い、些か言い過ぎでは……?)




「……どう思いますでしょうか?」

「それは……今の字面じめんだけを見た段階では、まだ何とも」

「……ですが、顧問を引き継いでくださったダンベルモア先生からも『活動費だって安くはないのだから』と、部の存続可否を決めるまでの期限を設けられてしまい……」

「……その期限は何時までなのでしょうか?」

「今月いっぱいまで。つまり『今週こんしゅうまで』に最低でも後四人の入部の約束を取り付けなければいけないのですが……見て分かるように『今日の此処で体験が出来る』と言っても、もはや学生の一人さえ寄ってくれずに」

「……今週」

「……厳しく、切ない思いであります」




 存続の決まる日程までは今日を入れても『残り丸七日まるなのかもない』と聞いては、『聞くに評判が悪く、何か明らかな問題でもあるのでしょうかね?』と横の美神と見合わせる顔。

 また学問の聖地にて人が多くいる現在なら大神の半自動的な救助も働き、こうしている今も信仰は稼げて競走レースに響く心配はそれほどであって——しかし、それでも『入部』という大切な決断を下してもらうには時間が、その必要となる『十分な判断材料を与える』のさえ厳しいだろうことが容易にも予測される。




『……どうしましょう』

『我が弟子は"部を存続させてやりたい"のですか?』

『いえ、まだ先述の通りでそこまでは……他の人の意見を見る限りでも何か続けるどうの以外で問題がありそうですし』

『……』

『仮に"存続へ力を貸す"としても、洗脳とまでいかないとはいえ認識改変は其れこそ"スポーツマンシップに反する"ようにも感じられますから……だからと言って普通に入部を募っても、判断してもらうのに時間などが厳しく』

『では、今回で"前向きな助言を与える"だけでも宜しいのでは?』

『……"廃部は避けられない"ものと、正直に言って?』

『はい。関係者の少ない今に裾野すそのを行くよう"ゆるやかと終われる"ことも……で、"重荷おもにからの解放"』




 そうして青年では涙する人を視界に捉えて直ぐに飛び出ても、けれど世間から見て些細なことであろうと『学生』という限られた時期では『重大の難局』を前として悩む対応の策。

 泳ぐ首に適した解を模索する様に対しては『物事の終わりも決して悪いことだけではない』とが、相談を持ちかけられた大神アデスからの一意見であった。




『"最善"としてのかなめは「其処にいる者の少しでも多くを幸福と出来るか」、"次善"では「苦しむ者の生じ得ないか」が重要であって、仕様のないものを延々と続けても仕方はありません』

『……』

つづごとの"保守"も"改革"もその「方法論自体を維持する」ことへかまけては本末転倒に。いずれかに継承はとも成り果ててしまいましょうから——つまり、"此処で滅びを迎えてしまう"のも一つの未来へ向かう選択なのかと』

『……確かに、部活を辞めて浮いた時間にも新たな出会いや可能性はあるかもしれません』




 けれど、神の生に積み重ねた歳月もあってアデスの助言は往々にして有益であるが、『世界を滅ぼす悪魔である』とは当事者の自己評価。

 故には鵜呑みも恐ろしく。

 恩師であっても忘れてならぬ警戒の心で『悪魔の物言いの何をどう参考とするか』は世界に『死滅』を推し進める神の御前で慎重に。




『——しかし、アデスさんの恐らく本気も冗談も入り混じっての物言いに対しては……それでも穏便に、"くでも円満を目指したい"のが自分の本心です』

『……ならば、それも結構』

『助言は有り難く思い、今後とも参考にさせて頂きます』

『うむ。大いに参考として好きにやってみると良い。大神わたしの力が貴方の背後で控えてもいるのですから』

『……有難うございます』




(……そうとなれば『部の存続』が約束できないにしても、それでも『残る人』の心に好転する何かが生じるよう『自分に出来ること』を考えて——その為には何にせよで、もう少し現状の掘り下げを)




「……」




 対しての魔眼を流すアデスでは青年の、その魔の女神の下で『盲目的な信者とならない』所も好ましく。

 言い表しては妙な圧を掛けてしまうからも表に出さないのだろうが、青い川水で心酔から『無条件の肯定者』となってよしや『アデスさんは女子供にも差はなく死を与えてくれる必要悪で最高!』などと言い出せば『本当に残念』と思わざるを得ないのが指導者の側面。

 よっては悩める若者で『そうはなるまい』の姿勢を見て確かに喜んでも、今回のような状況で主軸とする判断は『悪魔の』ものでなく『人心』に従ってくれるようであった。





(本人が『部でやるスポーツの何にどう魅力を感じて』いて、それを『どうして』、『どのように繋げていきたいか』を聞く為にも——それこそ、を通じて一緒に考えてみよう……うん!)





 斯くしては『飲食物を仕入れに来たお姉さんたち』の身分で、学生でもなければ各地を転々とするから部員にはなってやれず。

 だがしかし、学びの園たる此処に縁のあれば『学生さんを応援したい気持ちもあるから』と、今日も暫くを一人の悩みに付き添うこととする。



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