『見えざる厄介なもの④』

『見えざる厄介なもの④』





「第一の試練」


「それは今にもれて見えぬ碑文ひぶんで曰く——『先ずは女性じょせいかたちであれ』」





 進んだのは天井ばかりが高く、横幅はそれ程にない渓谷けいこくのような通路。

 暫くを行っては広間に達し、先頭の青年が三人の体へ振り向いて言う。




「……"女性の形"?」

「身構える程のことはありません、気楽に。言ったよう先ずは簡単に姿形すがたかたちを主へ示して、"先へ進む要件"を満たすのです」




 その正体不明の青が説くは四つある内の一つ目で『女性の形を示す試練』——実を言って元来は『処女の証明』であったのだが、"面倒な内容"は大神の力で簡略化したものを案内役の口から伝える。




「要件……それが、『女性』であることだと?」

「はい。と言いましても"本当の本当に簡単"なものなので。訳あって『男子禁制』のような場に進む人の子で、れなる鏡面きょうめんの前に立ってもらえさえすれば——」




 姿を晒す中では年長のカワイ=ガルと言葉を交わしつつ指差す先には鏡——それよりかは機器の詰まった箱が"筐体きょうたい"。




「鏡面? かがみが……何処に?」

「あれです。あれ? 鏡——(いや、『プリントなんとか』では?)——あの四角い箱の中に"姿見すがたみ"が備え付けられています」




 大きめの"証明写真機"のようなが場違いにも古風な遺跡の内部で鎮座。

 その背後では保護面や手袋をした恩師が工具を使って流々と細工も施し、決定的な情報を残さぬよう足の着かぬ範囲での改竄かいざん処理を行っている。




「そうして取得された物は此方で厳重に預かり、今回の一件が済んだ後に破棄しますので個人情報の保護についても御心配なく」

「……周辺を改めさせて頂いても?」

「勿論です。それに心配であれば私も『進む者』として含まれるが故に『先駆け』としての実践をしてみせましょう」




 よっては"先例を示さん"とする青。

 筐体に向かう視線が自然と恩師の赤い眼と交差から、今の『第一の撮影これは特に問題ないだろう』と概ねを仕様通りに利用するのが実演の運び。




「使い方も簡単。こうして中に入って、鏡に映る己と暫し対面で向き合えば……——はい。これで私の分は終わりました」




 青年という『女神』の形が鏡の前に立って映れば、然しての間を置かずに鏡面が朧げに発光。




「……薄く光をはなって、終わり?」

「そうです。第一段階は、これだけ。我が主で私の姿を拝見して頂いたのです」




 何か取り出し口のような物は存在せず、成果物は出てこないとして。

 撮影これをやれば通る者に『承認』が降りたこととし、『次の場所までを安全に進める』と認可された身も軽くに言う。




「大丈夫です。"わな"なんてありませんから」

「……それでは、次に私が失礼をして」

「はい。どうぞ」




 故には次で『場所』や『未知の領域に導かんとする先導者』に警戒を緩めぬカワイ=ガル。

 彼女という騎士でも暗に後ろのサイ=ワンと連携して『脅威の浮かび上がる術式』を筐体の周囲で走らせてから、軽くと怪しい箱物を見回した後にも盾のふちで小突くなどをしたのが念入りの安全確認。




「——う〜ん。中も暗いのによく見える……それでも"任務用の私"には、いささいろの物足りなさを感じちゃう系ですね」

「……今はお洒落がどうのと言ってる場合じゃないでしょう」

「分かってます。セノビちゃんも一緒に爪化粧つめげしょうに行くのは任務の後でしたからね」

「報告書の提出が先です」




 映るついででは己の姿のが任務に際しての安全面への配慮などから指の化粧を外している事実を意識。

 それでも先達の騎士は『危険な仕掛け』が見当たらないことを切った先陣に確かと済ませ、謎の青年とその先輩騎士に促されては続く後輩サイ=ワンも恐る恐ると同様の順を追った。




「……そうしたら、次は……?」

「はい。少年あなたの番です」




 そうしての最後がカテキン。

 少年で彼の白い巻き髪が揺れ、皆がしたように控えめの足取りは筐体の内部へと向かう。




「…………?」




 されど、所定の位置に着いても。

 他の女性で鏡に反応があった時流の間隔を過ぎても、『男性の彼』で承認の証は訪れず。




「これは……"真に私が女性ではない"から?」

「……『女性』の定義にもよると思いますが——少々お待ちください。我が主に私から確認を取ってみますので」




 カテキンから『自らの性別や形についてが問題となっているか』を案内役に質問した最中に、会話の文脈を読んだ騎士たちも『その華奢な体格が男児の者』だと気付く。




『——どうなっていますか?』

『青年や騎士たちでは既に女神へと形を似せて兎角、残る男児では幾らかの"工夫くふう"が必要となっています』




 そのかんも問われた青年では仕掛けの中身を弄くり回すアデスとの情報交換。

 真実として『男性』の少年では念入りの確認で『特殊な工程が必要』と鏡面の後ろから人に見えぬ顔が出てきてを言う。




『"工夫"?』

『曰く指示書しじしょのような物によれば——"後に魔眼まがんめるべき一対いっついは要らず、つまらぬ瞳は失せよ"』

『……』

『"なんじ、希望の明かりを失え"——とのこと』

『……では、詰まる所でどうすれば?』

『私が今に教えた内容を声に出してみるといい。恐らく少年の経歴で伝承に思い当たる節も残されているようですから』

『……分かりました』




 それだけを言っては噂に名高きエクシズの始源も作業へと戻り、それと良く似た白黒の色合いでも少年へ目線を合わせる碧眼の言葉。




「……そうしては主の曰く——『後に魔眼まがんめるべき一対は要らず、つまらぬ瞳は失せよ』」

「——"!"」

「『なんじ、希望の明かりを失え』——……そういった指示もありましたが、この地へ一人ひとりで辿り着いた貴方に思う所はありますか?」

「は、はい。物心ついた時より、"そのうたに合わせた所作"が一つ」

「では、その所作とやらを、姿見の前にて」

「分かりました」




 記されていた手掛かりはアデスから青年へ、青年から少年へ。

 馴染みのある文の連なりを聞かされた者は村の皆に教えられた『目線隠し』の動作を直ぐに思い付いて実行とする。





「これは初めて外に姿を現す『御披露目おひろめ』の時にやったもので——先ずは腕で目を隠し、『お目見えの機会を相手に譲る』ものとしてから……こう」





 続けては辞儀じぎの一種。

 貴人と見立てる鏡に対し、片方の足を斜め後ろの内側に引き。

 もう片方の足は膝からを軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま挨拶のような動作もして。




「どう……でしょうか——わっ……"!?"」

「……通過儀礼に許可も下りましたようです」




 その男児の為した一連に『らしさ』の色を見た鏡で一際に輝いてみせる光。

 若さを保つ人は『男性』であって『女性』でもあるように、また上記の理由から『処女』の概念を"有するようで有していないような多面"に『器』としての適格は見出される。

 そう、"胸の平面"も膨らまず。

 何よりは『容赦なく金床かなとこのようにが未熟の男児であるからこそ——"鉄心てっしんしん"に迫るものか』と、"つく"の残滓ざんしが晴れての認可を下したのだ。




「これで……大丈夫なのですか……?」

「大丈夫です。皆で事を済ませたから、第一は終わりとなって……それにしても洗練された動作の様子」

「そうでしょうか? いつもの女装と今日の装いは多少に勝手も違い、少しやり辛さがあったのは否めないのですが……」




(……やっぱり、"女装"なのか)




 だが、その神殿に設けられた"奇怪な意図"を教えてもらえぬ青年で、一先ずと目にした流麗へと示す興味。




「……では、貴方で『女装』との付き合いはそれなりと?」

「はい。もうのことですので」

「……何か日頃から意識していること——こ、"コツ"とかはあるのですか? (何を聞いてるんだ、俺は)」

「それでしたら……基本としては外から見える『肩や腰の幅の調整』を軸に。先に見せた足を引く動作も『腰回りの骨格を拡げる』ような意味合いもあって"より女性らしく"……体でえがく形としては『三角形を意識する』ようなものでしょうか」




(お、"俺なんか"より——"遥かに女装へ慣れ親しんでいる"……!)




 動作がしとやかで思わず息を呑んだ身で、聞けば『女装の先を行く少年』の方が詳しくて青年の内心が戦々恐々。

 年齢では『少年』と『少女』の境にて別れる直前の姿は形容し難く、若すぎる。

 やはり、例え『その気』はなくとも『触れてはならぬだろう存在』を身近に、青い神の内心でも気がかりとなる全ての動作が緩慢となって雰囲気に呑まれるよう。




「な、成る程。貴重なご意見を有難うごさいます」

「……?」




(こ、この歳で此処までを……"そんなことが現実に有り得る"——"有り得た"のか……!?)




 普段から恩師に『えも言われぬ情』を抱く身としては、それと背格好で近似の存在が『未成年の少年』という事実が怖い。

 小首を傾げる相手へ指の一つでも触れれば未成年との、それは合意あっても青年の育った文化では『禁忌』の領域で——いや、いや。




『……我が友? 間の置き方が"そういった時"のものになっていますよ』

『……すいません』

『何か私でも取って欲しい姿などありましたら、また後で。構図の指定や撮影の願いも聞けますから——それでも今は、目前のことに集中を』

『……はい。直ぐに戻ります』




 色合いに面影も見ては更に更にで危うい考えを払うように水を通した首を振る。

 精神の統一でも深く息を吐き、横に居てくれるまた一つの理想の化身たるイディアに心の赴く方向を思い出して自意識の切り替え。

 彼女の言うように『美の探求』の一環で青年の宿す欲を形とする——ある種の『究極理想の再現』はなだめられたよう後に回しての物思いが少しずつでも、冷静に。




(……でも、女装)


(今までの自分は、部屋でそれらしいのを幾つかためしたぐらいだったけど……当然に、『行動から意識して行く』のもあるのか)




 女装云々の話では『実を言ってお姉さんもお兄さんで、殆ど女装男子なんだ』、『ふとした切っ掛けで始めたら、やめ時が分からずに今日へ至るんだ』——などと、期せずして見つけた同士に言いたくとも守秘すべき範囲で言えず。




(…………)




 でも、もはや青年でも『男性よりも女性としての形に違和感なく慣れた者』としては、"見事な一つの完成形"を前に改めて『女装』への興味も尽きず。

 "生まれが男性の少年でも此処までのを手に出来るなら"、"果たして今のとしての自分がその気になれば一体どうなって"——。




「——こ、こほん」





「と、兎に角これで、『ごく簡単』と言ったように身を確かめる第一の試練は終わりましたから、次——次へと向かいましょう……!」





 でも今は——自ずからが言い出した協力の身。

 胸の奥へは個人的な関心を押し込んで、玉体に整える水流が開く扉。

 真の先導たる恩師の神を追いつつ次なる試練の場へと人を伴って向かわん。



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