『女神サーの姫は彦?③』

『女神サーの姫は彦?③』




 それは、高位の三柱に意見を棄却されて縮こまるレイママへ——地母の彼女を少なからずに憐んで同情していた青年の手前。





けんを持て、女神ウィンリル」





「——"!!?"」




 大神の横で怪訝に眉根を寄せる緑で、それでも命令への追従。

 重ねた掌をらして行く動きから"即席による聖剣の創出"をの当たりとしては——その煌めきを片手に握った恩師の通達に驚く青年で、咄嗟にも会談の中心へ己の身を乗り出さざるを得なくなってしまう。





「ちょ——ちょっと待ってください!」

「……何故なにゆえに、"そのおんなかばう"のか?」

「い、いや……だって……!」

「青年が『魔の手から姫君ひめぎみを守る勇者志望』とは知らず——"貴方にとっての姫が彼女"なのですか?」

「……」





 よっては青年女神のルティスで、己を『風除かぜよけ』に等しくもレイママを背とする形。

 その魔王の眼前に立ちはだかる"邪魔じゃま"の姿勢では、しかしそれでも"愛重あいちょうに燃える深紅"が長い内髪の青を揺らした川水ごと——上申じょうしん果たした者を未だ射程に捉えて離さず。





「……なんですか」

「案ずる事はない。"斬り付ける物"でなし」

「……」

「ただ其処までの女神も食い下がるなら、役を任ずる『任命にんめい』や『叙任じょにん』のようなのに際して『承認を授ける表象の意』が、"これ"」

「……」

「"王たる神より授ける聖剣"。その何か『許しを与えるのに相応しいか』をと思い」





「——"!" そ、それでは、"この身に一考いっこうの機会を頂ける"ので……!?」





しかりだ、地母の女神よ。細部は違えど我ら『青年の身を案じる者』としては近しく。"同じにおい"もすれば、"取り合うことの出来る手"も模索の余地はあるとして——」

「——ま、待ってください、レイママさんも……! それにしたって今のような三対一さんたいいちは、流石に"圧迫あっぱく"が過ぎて……!」





 だが、意を挟む青年だって曲がりなりにも『世界の創造を担った主柱しゅちゅう』との対面に表層は臆さず。

 実際は心で震えていたとして、それであっても"躊躇ちゅうちょほぼなく大神に盾突たてつける毅然きぜんの口振り"には、場面を流れに任せていた周囲の女神たちでも目を見張る狂気ものはあり。





「"本当に大切な問題"だからこそ、知者の多角的な意見に検証が必要とされるのです」

「それは——そうかもですけど! けどそれでも他に、もう少しやりようは……!」





 白黒の少女でへびの瞳孔をしてひびの走るほお

 その赤雷せきらいも纏った"軽い威嚇いかく"と向き合っても——『此方も退かぬ』と龍化りゅうかの備えで険しい表情に鱗の浮き出る青年。

 他者への心配では高位らと平伏す者たちのあいだへと飛び出た身が引き続きの凍てつく波動も自身で矢面やおもてに立ちながら、圧を軽減しつつ更なる配慮で周囲を意識下に見回す。




『……何も此処で「再起不能に為済しすます」という訳でもないのですが……"青年は私以外にも優しい"のですね』

『"変な嫉妬"みたいなのは後にして下さい。後でいくらでも付き合ってあげますから』

『……ふふっ。そうして、"このわたしにも優しくしてくれる"のですから——……まったく』




(こんな状況だ。そんなに意味はなくても取れる機嫌は取っておこう)




 そうして、アデスへ許しを求めた碧眼の憂いが『仕方なし』と溜め息の返事を受けてから。

 場を仕切り直す容認も得て、圧を受ける女神たちに慮る行動。

 次で先ずは『気休めでも腰を落ち着けられる椅子などを用意せん』と——助ける美神の指を差してくれた先で、長椅子も目に入った緑豊かな近場の公園へと皆を案内で先導する。




『……まったく。我が弟子は』

「はい。アデスさんはレイママさん達から少し離れて座ってくださいね」




 今なおに不貞寝しているラシルズは漆黒の三本角トリケラに残し、残る一同の徒歩する様。

 また神々の話す場として市中でおおやけに開かれたそのへの移動は多少に愉快な感じも漂うかもしれないが——寧ろ"そのの抜けた印象"こそは緊張の緩和に一役を買うだろう。




「当然、疑問があれば私にも傾聴の用意はある」


「『世話役としててがってくれ』だのと願われては、関係当事者の青年でもその意思は確認されて然るべきであり……貴方が意見を申し出るならば処遇に再考の余地は残されているのです」




 位置を変えた其処では疑似恒星の日も受けて、深緑の映え。

 また合成された小鳥のさえずりさえ聞こえ、風の質感さえも忠実に流動の再現された数値表現デジタルの成す森林背景。

 その整えられた清澄の空間で天井につるの絡む東屋あずまやを利用し、古きと新しきで座る椅子を分けた中間に立つ青年は会談の再開前にも密かに恩師と遣り取りを行う。




『——しかし、宜しいのですか?』

『?』

『「青年にとっての母」とは、軽々けいけいに名乗られてもわずらわしくに思うのではありませんか?』

『……それは……』




 "捏造ねつぞう"の可能性は兎角に"過去の記憶"を確認して事情を知る女神で、訪ねてきた地母神への対応を相談してから決めようとしてくれる。




『……「実の母親」とかで煩くなければ、何よりその立場によってなら注意する程のことでもないと考えているので……はい。その辺りは大丈夫です』

『……』

『心配して頂いて、有難う御座います』

『……そのようではありません』




 そうして、以前の怯えきった様子からも『頼りになる相手』へは少なからず『母性』や『父性』のような、『包容』や『安心の護り』を求める傾向にある"まよ"の青年へ。




『……ならば、残る重要は"両者で円満"の筋道』


『仮に青年があのおんなを側に置くことも許すなら、私でも強く反対の意は取り下げざるを得ないのですが』




 その"親のなく寂しい事実"を既知とする原初の女神は若い子を案じて、しんみりと。




『しかし、「どうしても」と言ってくだされば、あくまで"興じる"などで形式的にものです』

『?』

『また千や億を譲って美の女神もいて、単に見目を問うだけであれば、私でも背丈や胸で……"地母あれぐらいは何時いつでも相成あいなれる"』




『ただ「常時その姿でいろ」とせがまれても、"今の私がないがしろにされる"ようで面倒に思ふだけのあって』

『……アデスさん? 何か話が脱線してきてませんか?』




 暗い瞳の少女は先からの流れで聖剣を肩に担ぎながら『それでも特に理由のあれば』と、青年の願望を再三に確認せんとする。




『……"この私では不足"なのですか? よりを言えば「私」と「あの女神」の"何方どちらに包まれていたい"と?』

『え、えぇ……"選んだら選んだで問題がある"やつじゃないですか……?』

『はい。私でなければ"嫉妬"。私であれば「見下げてやるな」と"叱咤しった"の、半ば冗談の物言いであって……しかして青年に選ぶこと難しく、「きっと何方にも心を配ってくれるのでしょうから」と答えも見えて』




『けれどならば、明確に答えられずとも「貴方のような者へ相応しい柱」とは、「今回の事例に於ける最善」とは——"渦中の青年ではどのようにしたい"と考えますか?』




『……きっとレイママさんも「母親を象徴とする神格」として生まれ、彼女なりに"その苦悩"があるのだと思います』

『……』

『ですから、あそこまでを言うなら可能な限りで自分も"その解消"? "晴らす"? とにかく何か"手助け"になれたら、「それが一番」だとも考えているのですが……』

『……ふむ』

『ただ自分でも、ああいった形で接してくれる方とは「どれくらいの距離を取るべきか分からない」部分もありますので……どうしたら良いのでしょうか?』

『……"好意を無下にする気は更々なく、しかし付き合い方の分からぬのが正直な所"、と』

『……はい』




 こうして認識の擦り合わせが済んでからは、自分は勿論に"何より青年にとっての利"となるかで判断しようと。

 少なくとも"断固拒否ではない軟化の答え"も大神で見え始める。




『……ならば、貴方の意を汲んで願いを部分的に受け入れるにしても「真に相応しい者」かを確かめんと——やはり、"試練しれん"とすべきでしょう』

『試練?』

『なに、簡単な状況設定でって"本心の表出"を見るだけのやすいもの。手心てごころでも心配には及ばず』





『そう。何よりは"青年にとって最も身の落ち着き"、"成育を助けられる者へ"』


『こうして"適任の可能性の高い役者"も揃っていることです。の女神らの前に接する注意点を示し、また"相性を見るような試練"で以て——を我がまなこでも確かめさせてもらうとしましょう』





(……やっぱり何か主題が変わってない?)




 経過した時にして瞬きの数度に終えられた秘密通信では、場の支配者たる大神からの決定事項が『今か、今か』と指示を待つ女神へも通達。





「ならばそして、我らみつの会合により——地母たる女神のレイママよ。『その身に試練を課す』ことと相成った」





「——"!"」





「試される内容は"我ら場を発つまでの貴重な半日を使って時の共有"。『自然体の逢瀬』で以て危険や不純にならぬかを神の眼が監視させてもらおう」

「! 御意に……!」

「結果として認可を下ろす場合には『関係の監修済み』と『正当性』を示すため、魔の王よりの証明に此れなる神剣しんけんを授けてしんぜようぞ」

「大いなる慈悲に感謝しても——はっ! 我が身で尽力じんりょくを誓います!」





 仮に『合格』なら"青年にとっての良き友は増え"、『不合格』なら"暗黒わたしと親しむ時間は据え置きで嬉しいこと"——"何方に転んでもの好都合"。

 また『青年好みの集まっては丁度いい』と、"深い交わりに可能性のある神"を近くする今日に"不純な交友"へは釘を刺すの意も兼ねて。





『そして、なれど』





『私の青年でもこの機に乗じて魅力的と思う女神を騙すように粗相そそうを働くことあれば——"分かっていますね"?』

『……重々、承知しています』

『宜しい——と、言いましても、そういった点では貴方の誠実性を過去の言動からも大いに信頼しているのですから……呉々くれぐれも裏切ることのないように』

『はい』

『大神との約束です』





 更にそれら容貌で麗しい面々に『青年の関心の在処ありか』を示すことによって——実では女神たちの方からも"人の心に配慮がされるよう"にも『誘導』の試みは。






「それでは、只今より——"神から神への試練"を開始する」






 けれど、結論から言って。

 地母神レイママの目が輝いて期待する自己実現の通りには——そう易々と神であっても大神の試練は上手く運べるものではなかったのだ。




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