『女神サーの姫は彦?②』

『女神サーの姫は彦?②』




「……しかしけれども世に静謐せいひつの秩序を齎した暗冥あんみょうの神へは、拝顔はいがんえいよくするにも何を持参すべきかも分からず」

「……」

おろそかにして僭越に『ならば』と言い値や物を申して頂ければ……この地母神で全霊がなんなりと」




 再び沈黙を破って、会話の糸口を切り出すのがレイママ。

 彼女で柱の頂上としての茶髪に覆われた頭を下げるままに——地母たる彼女を見下ろしているのが暗黒大神で、遣り取りの主体が二柱。





「……」

「……」





 なれど、恭順の意を示して待つ者への返答は老少女で顔の下半分を覆い隠す宛ら"御簾みす"に。





「——求めるそれは『早々に場を立ち去ること』だと……現下げんかの大神は仰っております」





 声は遠回しに、従神を務めるイディアを介しての神言かみごと

 ついては大地の化身の前に暗黒も"世界に君臨する王"として自身を表したとはいえ、"神と神の会談"であっても"大神"からはと口を利かず。





「…………」

「……『容喙ようかいを果たした大地の神格』へは『単刀直入に用件をく述べよ』とのことであります」





 御言葉おことばの飛び交う中心から僅かに離れては青年ルティスに。

 また引き続き『爪塗り』や『服飾』で交流の時を持っていたウィンリルやグラウといった周囲の面々にも"親交のあるか分からぬ神と神の作る緊張"の場で。

 その周囲では吃逆きつぎゃくする深い青さえ"大神御前への畏怖"で自らの涙する音を遮断じしゅくして漏らせぬというのに。





「……地母わたしで用件は『行き場の定まらぬ水へ、地固めの安定を』」

「……」

「『"地盤の象徴たる我"ならば、部分的にもその手伝い——"出来るもの"』と」





 それでも、恐れ知らずにも。

 いや、伝説上の実績として君臨する『不死殺し』への恐怖を押しても——"己が存在意義を知る為"に決意の地母神レイママは。

 "青年のする指輪の暗い重圧"や"開幕式の親しい様"で確信を得た『川水の守護者たる大神』へ自身の意を正直に。

 "青年を好く理由"や、自身と庇護の大神で何より"身振り不安定な川水"にとって自身が『養育の役を担う』のに利のあることを訴える。





「……『何故なぜに其処まで"我が水の運び手"へ執着をするのか』」

「……ながきを生きる者の中で最も繊細に、われより浮き出た

「……」

「"その行く先を案じる"のは、"いけない"ことなのでしょうか」

「……」

「"母役ははやくを必要とする者"と、"ははを知らんとするはは"の居て——」





「……僅かにも"盟主めいしゅ"で自然な物思いと捉えて下さるならば——どうか、





「……」

介添かいぞえによっては『補佐』が私で出来るものと——……はなはだ勝手ながらもそのように思い、目下もっかに参上を果たした次第であります」

「……」

「……」





 ならば進言に筋は通っていても、けれど軽々しく首を縦に振りたくもない王は。





「……『事の経緯いきさつは理解した』」





 引き続きに神秘の布で口元を隠しても、その上で血濡れの如き神の眼差しは露見に——『口は利かぬが魔眼によってお前を捉えている』との剣呑けんのんな意思表示。




「……」

「……、……ぅ"、」




(…………)




 地母神の背後で巻き込まれた形の赤髪が『女神カノン』と青髪の『女神ヒキ』の二者では、創作上でしか知らぬ『魔眼』の圧力を前に畏れ多くも口を挟む余地に余裕など微塵もなく。

 後者では涙と鼻水に崩れた顔のまま自身の終わりを悟るよう地面に力なく突っ伏す姿勢が青年で痛ましく眉根を寄せたうれえの顔。





「『因りて此処に我が方の判断を伝える』」

「……」





 静かに深淵の神で御前に述べられたことの採決へ間を置いてからは、暗き眼差しの向ける方へと大いなる意を賜わす。






「——"せなさい"」






「"!" し、しかし、"私は彼女にとっての母"で——」

「分からぬか。『川水の母』と自称し、そうして未だにせんとするこの女神は——如何なる点に於いても真に産みを果たした『実母じつぼ』でなければ、約定を結んだ『義母ぎぼ』でもなく、ましてや保育した事実上の『乳母うば』ですらない」

「"!?"」





 遂には魔王で自らの放つ波が伝える決定。

 結論から言って『御役目を賜りたい』・『一助になれるのでは』と参ったレイママへは『聞けぬなら、それでも帰れ』と物言いが厳しく。





「そ、そんな……」

「……われの気は長くないぞ」

「で、ですが、仮にそうだったとして——せめては我が身を省みるために詳細な峻拒しゅんきょの理由を、僅かにでも……!」

「何とは言え、地母神で最大の目的は『おのが使命を明らかとするため』であって、『青年を子と側に置く』ことは

「そ、それは——」

「古くは星の前身たる女神に、神々の王某おうなにがし。無秩序に法を敷く神の闘いは『己の子を持たんとする者たち』との論争でも異議を唱えたが——」





「果たして——『子でなく母という己のため』が『真に子を想う親』の腹積はらづもりなのだろうか」





「うぐっ」

「これは"自らに向けたいましめ"でもあり、その『弁えた我が身』と『名ばかりの地母』——何方が教え導く『養護の神』としてより適任かも此処に自明の理で有れかし」

「……」

「知らぬなら、知り得てきびすを返すがよい」





 手厳しく要求を突っね、それでも多くの世界を見てきた神は慈悲によっても地母神の苦悩へ助言を囁く。





「大きな前提として仮に当初から『母』の役を与えられ、世に生まれたとしても……"けれど必ずしもその役を担う必要はない"」

「……」

「何より『子を有し、育む』ことは"世で最も困難の正しき解なき道が一つ"であり……其処に疑念の一つでも差し挟まる余地のある限りは生命せいめいを扱う領域にとする」





(…………)





「判断に必要な能力も、剰えその材料さえ持ち得ぬだろう相手を"不透明な先行き"へと連れ出すのだ。始終の完璧にして万全な幸福の見通しなくしては子にとっての"選べぬ不幸"が齎される」

「……」

「踏み出すことには大いなる責任も伴うべきとし、その負いきる覚悟を終生に掛けて示さねばであって——故にもの"非推奨ひすいしょう"」

「……」

「他の誰が何と言おうと構いません。貴方という神にも"十分や際限さえなき労"を『背負わぬ選択みち』が在るのです」





 頭部の闇を取り払っては地母神の前に尊顔も露わとし、柔らかくする少女の声音。





「此度のようでは『親』や『子』の何方で選ぶ自由もいとまもなしに、それで『役に徹せよ』とはこくにして——『星』であって『星に生まれた子たち』の居ても流れに生まれた貴君らで始源からの責を問うことは更にひどく」





「……」





「けれど、踏み出してしまえば戻れぬ」


「最終的な判断も時を重ねて熟考し、検討すべき諸要素に関しても『何処の世界の誰よりも手掛かりの収集を終えた』と胸を張って言えるようになってから……そうした時こそが重大な選択へと真に臨むべき頃合いなのだろう」





 一時的に瞑目する神は瞼の裏に『現世』と『冥界』や『過去』や『未来』に——その満ちる、"遍く不完全"を想う。





「……よってそれでも今に悩むなら、その苦悩の中で見出せた軌跡を残し、世に親となる者たちを豊富な知見で助けては道中で自らも学べば良い」


牛歩ぎゅうほのようでも構わぬ。完全に至れずとも構わぬ。年月と思索によって蓄積される神の叡智は例え間接的であって『保育』や『養育』の面でも少なからず——」





「——……後進こうしんの労をしにはしてやれるでしょうから」





 そうして遠回しにも要求を退けた魔は未熟へ一先ずの迂回を促してから、諦めさせるとどめの段階ステップへ。





「しかして此処までが私からの意見であって……古き女神の諸氏は如何に考える」





 客観的な道理を説いて見せる為には他の角度からの『御意見番ごいけんばん』として、背後に立つ緑髪や銀の鎧の知者たちからも現状への客観的な意見を仰ぐ。





「……光輝の我が身はそれなりの時を生き、また『親と子』のような間柄を様々に照らし見てきた者として……特筆すべきとする懸念は往々にしてその関係へ纏わり付く"再生産の構造"」


「代表としては『虐待ぎゃくたい』などの分かり易く。"日常に刻まれた粗暴"の表出が世代を越えても継がれて行くことを例に……社会的に認められるものかは兎も角として親子の関係が齎す『継承けいしょう』は見ていて気持ちの良い——いえ、良し悪しに正誤は何時だって私で判断は付きかねますから」





「……では、つまり?」





「つまり、そうした具眼ぐがんは私で持ち合わせていないものとして纏めると——"あまりにもろく、壊れるもの"」


「大神女神で先述の通りに。謂わば親よりの影響は子で選べず『消えぬ呪い』ともなっても何かいびつな……時に破壊神《わたしのような者がどうをせずとも『始まる当初から既に完全より欠けて崩壊の決まっている』——"難しいもの"と述べさせて頂きます」





「……偉大な守護の女神まで、その——"永遠とわの円満は不可能"と……?」

「……辛辣しんらつでありますが、『子』なる概念。手を掛け過ぎても壊れ、また目や手を離しても落ちるなどで壊れ……即ち『割れ物』に等しいと分かっていらばそもそもの関わりにならぬ方が誰の損害も生じえぬでしょう」

「……」

「貴方とは交流も薄く、不躾にも失礼ながら……そのように思います【m(_ _)m】」





 すがるように潤む茶の眼差しへは格下への圧を軽くしようとでも兜の表示が無機質の詫びを入れる。





「女神ウィンリルでは、どうか」

「……率直に言って"然程に意味を感じません"」

「……ふむ?」

「世の親がどう捉えようと自由にも、完全でない以上は其処に絶対の行うべき正当性なども在りはしないのでしょうから……"要らぬ面倒を負うのにも見合わぬ"と思います」





「……」





「『そうまでして欲するものか』と、皮肉でなく"熱意を抱ける"ことに関心の情もありはするのですが……『興味本位で担うのはあまりに重苦しいもの』と、"実際に行う決断は熟知に至らぬ現時点で見合わせるべき"と考えます——これも殆ど大神で言われていたことですが」





 続いては女神ウィンリルでも要約して言い終えたのが否定的であり。

 それら年長の持つ炯眼けいがんの重みからも女神レイママで『長年の夢』の実現する希望が敢えなくも砕かれ、ついえようとの時。





(……アデスさん達でも相手のことを思っての物言い、きっと個神的な内容は聞こえる範囲も当事者に限定しての言葉なんだろうけど……)





「…………」

「……」

「……、……、、」





(……けど、"これ"は……流石に——)





 打ち拉がれて未だ地に伏す者たちを不憫ふびんに思ってか。

 会談の最中にも『自分で何かを出せないか』と思案していた青年で——次の瞬間にきたる"物騒な音の聞こえ"に最年少の身は思わず己で渦中へと飛び出さざるをえなくなる。






しからば——けんを持て、女神」




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