『女神サーの姫は彦?①』

『女神サーの姫は彦?①』




 そうこうして、場所は引き続き海洋に浮かぶテノチアトラン。

 先までは遊びとしての銃撃戦も行われて、物資の輸出入も盛んな港湾都市の一区画。




「本当に、有難うございます……!」

「……いえ。道中、お気を付けて——では」




 その中にあって海風の通る灰色で鉱質的メタリックな建造群。

 礼を言う者との遣り取りは『区画移動許可証』を家に忘れたその人間へと、当該の物を届けての去り際。




(……よかった)




 きっと相手も"旅行"のようなものだろう。

 若い女性でめかし込んで、車輪の付いた荷箱も進みは速く。

 しかし、船の出る港まで来て『重要証書のない』ことに気付いた人の焦り顔——無事となった今は安堵へと微笑んで。




(……うん)




 その好転的な色調の変化には見遣る自身さえ嬉しくなってしまうのが青年。

 "人助け"を領域の管理者たる大神の協力でも『公的処理』としつつ無断に住居へ邪魔することもないよう"ひとりでに外へ飛び出てきた忘れ物"を受け取り、走る水の速度が『落とし物』のていで許可証を配達完了。

 他でも大型商業施設モールの吹き抜けとなる通路を行く軽快な足取りは『紛失物の捜索』や『自製の物を入れた自販機の設置』などで地味ながらも助力を積み重ね——他人を助けている時の彼女の様相は内外で実ににこやかなものであった。




「——……♪」




 そう。

 相手の『良かった』と思ってくれたのだろう"心の底からの笑顔"が見られると"青年自身も安心"して染み染みと嬉しくなってしまうから——"しかし"、つい今し方まではそうして区画越えを楽しみにする人間を微笑ましく見送った次第に。





「——お考え直しを、女神! "瞬殺しゅんさつ"されてしまいます……っ!」





 遠目には青年を優しく見守る女神たちでも場は平穏無事のなぎにも似た状態であったのに——"ことなし"も長くは続かず。




(……"?")





「聞き知る噂を多少低めに見積もっても"世界の神格"が相手では——」

めてくれるな」





「ぅ、ぐ……っ……! 元からまつりなんて乗り気じゃなかったのに、それでも手に入りにくいゲームを求めて入国手続きだって頑張ってやってあげたのに——その目当てで来ればだぁぁ〜〜ッ"、ぁ、ぁ、ぁ……!」





「——『大神たいしんに意を申し出る』というのは、どう考えたって"無茶"に"無謀"と言っているでしょう!?」

「"遂に訪れた絶好機"なのです。"夢に描いて待ち望んだ光景"がこの先にあるかもしれず……ならば、例え此処で終わったとしても構わぬ挑戦が今なのです」

「どうして……! そこまでを——」

地母わたしは『はは』を知らねば」





「い、嫌だっ……! やっぱりおうちかえ"る"ぅ"ぅ"〜! そとごわいぃ"ぃ"〜〜ぃぃ——!!」





(——な、なんだ……??)




 一つの柱が泣き、その悲嘆にうずくって涙する手前では別の柱が服を引いても重機関車のような勢いは地母神じぼしんで止まらず。

 青年ではそれら初対面も混ざる声の波長と神気を肌身に恩師たちの下へと戻ってみれば、何やら見慣れた暗黒少女の立ち姿へと今まさに平伏ひれふすようなのが女神——女神の、レイママ。





「——明瞭なる姿に於きましては……どうぞ、お初に御目おめに掛かります」

「……」





 大地の似姿にすがたたる長大ちょうだいはLong・Landの胸からを惜しげもなく玉体ごとで地に着けて、同時に垂れる長い三つ編みの髪は秋の稲穂めいての茶色。

 なれど、美女で長髪の端々に混ざる赤や青や黄や緑で色鮮やかな『星の神格』たるレイママは彼女の"その立場あっても目上"となる小柄に頭を下げ、述べる言葉も慎重の色味。




(……なに?)




 だからには、推移を見通せぬ困惑に胸で不穏のぎる青年。

 恐らく"大神を前に捉えている"のだろうレイママを筆頭とした神前の拝跪はいきと、その付き添いらしき見慣れぬ二柱も放つ神気からして同様に"女神"と認識。

 ついては片や赤を基調とした髪に混じる黒、片や深い青に混じる黒。

 それら恐る恐るといった震えの様子で魔王の御前に平伏の横を通り——急ぎ、アデスとその隣に立つイディアの下へと駆け寄って小声に現状の確認を試みる。




「——イディアさん。"この状況"は一体……?」

「……つい今し方の出来事ですので私にも詳細は分かりかねているのですが……」

「あの方は……女神のレイママさん、ですよね?」

「はい。訪ねてきたのは彼女に違いなく、しかしどうやら私共わたくしどもと言うよりかは"大神のほう"へ目的があるようでして——」





『興じる遊びで足を止めていた所を狙われ、"かねてから接触の願いを出していたのが地母これなる女神のレイママ』





『『——!』』

『"不遜ふそん"にも彼女が『』……とのことで』




 件の地母神と相対しながらも同時に補足で割り込む大神からは厳粛の言葉。




『……"自分"と?』

『平たく言っては「身を借してくれないか」とも言いたげに。庇護者の私でも"二者が互いに相手を悪く思わず良好の仲を築いたい"なら仕方もないと思いのあれど——けれど、青年を"手込てごめ"にするようなやからでないかも慎重に確かめねば』

『? いえ、くらいなら自分は別に構いませんけど……』

『……』

『女神のレイママさんとも以前にお会いしたことはあって、特に問題は——』




 言葉では『警戒』の必要な指示も足りぬと見て、暗黒の渦が合点のいかぬ表情の前に封筒ふうとうの詰まった箱を取り出して見せる。




『……これは?』

『既に送られ、最初の一通以外に返答をしていない"伝書でんしょ"の数々』

『……"手紙"のような?』

『然り。これらはアレなる女神が私宛てに送った物、"物理的な形のある一部"』




("レイママさんからアデスさんに送られた手紙"の——い、一部いちぶ……?)




『見て分かるよう、彼女にも"危うい要素"がある』





『よってあぶらねば宛ら粘土ねんどに近しく"水へ執拗に絡む気質"もあろうから——暫し私に、"判断"の時をくれ』



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る