『古き女神たちとの邂逅④』

『古き女神たちとの邂逅④』




 ・・・




(…………綺麗だ)




 既に同行を始めてから丸一日と半日ほど。

 彼方で水平線より浮上の白日はくじつは、夜明けの水上を滑る漆黒の機体と共に早朝の海を割る軌跡の一つ。




「"……"」

「"……"」




 海面も凪渡なぎわたりて波乱の兆しもなく、その静やかな様子は今の神々でも等しく。

 これまでの道中は古い間柄で主題を決めた会話や口論詩こうろんしを楽しみ、また時にアデス圧勝のウィンリルとの腕相撲や盤遊戯ばんゆうぎなど。

 などをして——今は髪の二つ結びツインテールでやる"積み石"の時。




「……良き」

「……女神暗黒で『つめに化粧』などしていたのですか?」

「教えを貰い、また以前から興味もありましたので」

「……誰から?」

「美の女神」




 揺れずに走る船上で平然とうずたかく。

 人で使う手の代わりに左右から交互に伸ばす髪のようだから『毛編み』変じて積み石ケアン

 特に目的や利益のあってすることでなく、しかし実利を重んじる世俗と切り離されて心を穏やかにする"滋味じみ"の遊び。

 苦労して積んでも容易く崩れる様にも『侘び・寂び』のあって、だから"壊すことも一つの過程"に。

 今度は大神で粉末と砕いた岩石を甲板に撒いては、指でえがく波模様でも枯れた水の味わいがなる視点の楽しみ方を始める。




「以前から彼女との交流もそれなりに?」

「書物の感想を述べ合ったり、先述したように装いなどでも助言を頂くことがあります」

「成る程。道理で『流行り』などと、神の目が外界がいかいに向けられる」

「然り。老木ろうぼくと侮ることなかれ。我が身で当世の流行り廃りにも詳しく、年代を越えて見占みしむ目が貴方の"空調服"にも魅力を感じられる」

「ど、どうも」

「端的に言っては『涼しげ』でいいです。"自作"なのですか?」

「自作です」

「ほう。やはり相当の美的感覚をお持ちの様子で、太古よりも思っていましたが洗練された意匠は——大戦かつての際に私でも『よろい』の意匠などで参考とさせてもらったものです」

「そうだったのですか……いや、そのような戎姿えびすすがたを私で明瞭にお見受けした記憶はないのですが」

「ふふっ……丁度"この機体"のように恐ろしく中々の威容なのですよ? 機会があればお見せしてあげたいものですが」

「嫌なものです。"実用の鎧"なんてそれこそような機会では?」

「そうですね。その時には……——対戦、宜しくお願いします」




 親指と人差し指を張って出来るような直角に——少女の形で顎に添ってテールの曲がる仕草では、何をするでもなく威厳に白銀の座姿も『暗黒が側に在るだけで楽しい』と。




「……【^-^】」

「……グラウさんも衣服? などに興味がお有りで?」

「一応に……はい」

「"鎧に装飾"をお付けになるような……?」

「いえ。いたずらに飾りを増やしても『太刀筋たちすじにぶる邪魔』と思うだけですので私は、あまり」

「あ……そうですよね。変なことを聞いてしまったかもしれません」

「いえいえ。そのようなこともなく……それでも実を言って私でも内に着込んでみたのは……その」

「?」




 グラウも兜で控えめの笑顔が楽しいよう。

 アデスとウィンリルが床をなぞる手の動き、前者の遊びながら口で話すことも傍で憧憬どうけいの対象にあって。




「……"僭越ながら女神にならった暗い系統"なのであります」

「暗い……"底知れぬ"感じがいいですよね」




(……肌着はだぎみたいなことだろうか?)」




「はい。格好の良く……ですので更に明かせば、若者たちでも所属を表しつつ個性も残したその暗い色の……"征服せいふく"?」

「そんな感じです。制服せいふく

「"——"。そうした響きだけでも『向上せん』と決意の程は窺え、目にするだけで『威厳に圧があって宜しい』と賞賛を憚らず口としたかった所なのです」

「……有難うございます。でしたらアデスさんにも改めて『お褒めの言葉』をお伝えしておきます」

「……やはり彼の女神が仕立てを?」

「はい。仕立ててもらいました」

「……それはまた"素直に羨ましい"ものです」




 それでも青年とグラウはリーダーたちの会話内容に興味があっても『自分たちは洒落者と少し遠いから』と自然に置いた距離。

 しかして此方でも温順に時は進み——海面が隆起したかと思えば船の真上で飛び跳ねたのがくじら背姿せすがた

 その過ぎる様を見て、暫し青年は着水の飛沫にさえ目を奪われて黙りこくる。





「…………」





 そうして。

 "多くの生物の身を打ちつけた衝撃"で呆然とする青には『あまり身近に強大の気を見続けても気疲れしてしまうか』とも。




「……我が弟子」




 "複数を同時に構わん"として歩み寄ってくる分け身。

 暗黒の影が近寄る先では青年が鎧の女神と話しながらも甲板の端から海に手を伸ばし、感触で数多に感じられる物質や寒暖の微妙な差異から海流の様を読んでいた。




「……アデスさん」

「どれ。"答え合わせ"でもしてやりましょう。現在地から最も近い安定した陸地の方向は分かりましたか?」

「……機体の直進する方向」

「合っています。彼の大陸に向かっているのだからある意味でそれは当然として、距離は分かりますか?」

「……今の鯨で二十万頭、くらい?」

「はい。惑星内の規模で大きな誤差なく、実に正確な読みです」




 その行いは"他者を助けていないと落ち着かない青年"への、『空』や『風』や『海』で世の流れを更に深く理解する勉強。

 延いては『航海』の術に習熟させ、その知識でも支える助けがに備えさせる『学び』で——恩師は"自己実現の可能性"を高めんと"気休め"や"気晴らし"の機会としても配慮をくれる。




「うむ。この調子で実際に目で見ずして方向や距離の予測も的確なれば……手順を踏んでじきに『航海士』ともなれるでょう」

「……なれますかね」

「そうです。この世界では短い期間に星の配置や有無うむを変える者がいるから、読むなら今に存在する風や水の流れ……其処に乗って安息の地を目指す動物の動きなども捕捉して認識に高精度の予測を組み立てればよい」

「……」

「青年で、其れが出来ている」




 けれど、神の口から『成れるものがある』・『出来ることがあった』と肯定的な判断材料を聞かされても。

 先の着水の衝撃で確かに"身の傷付いた者たち"を近くに感じ取っては——『常に世界はそういった痛みで満ち溢れている』と思い出し、僅かにでも悲嘆や無力感に肩の落ちてしまう青年。




「……」

「……"苦痛は永遠でない"」

「……」

「また行動の主体や対象を人に限らず『他者を救う』ことはのですから——ですがそれでも、貴方の持つ『可能な限り皆が幸せになってほしい』との祈りを『忘れろ』とまでは言いません」




 それを『元気付けよう』と『励まそう』としてかは分からぬが。

 舞い上がって今に雨として落ちてくる水は勿論に、誰にも邪魔をさせずが秘匿された神秘の空間。




「……けれど時には『みな』の範囲に"貴方自身も含まれる"と思い出してください」

「……そんなに"休めてない"、"辛そう"に見えますか?」

「"——"」




 眉根を寄せる困り顔が『肯定』に笑む。




「……」

「ですから青年も日々の努力や成果の有無に関わらず自身への褒美と思っては……『己がどうしたい』のか」

「……」

「……『青年は暗黒わたしにどうしてほしい』? 『私がどうしてあげると幸せなのですか』——」

「……アデスさん?」

「己の為にも考え、安らぎや好む所を純粋に求め——ですから今だけでも女神おねえさんたちに寄って遊びませんか?」

「("おねえさん"……?)」

「其処はあまり言わないで」




 だけども変えよう流れ、作ろう流れ。

 裏に一物いちぶつありげな暗黒微笑が次第に空気を重く。




「……こほん——"平面を撫でる貴方の指遣い"」


「介抱でさするよう優しい一筆や、時に懸河けんがめいて激しい筆捌ふでさばきも……私で是非に拝見したいのです」




 暗黒が柳の指でなみを表すを砂で幾つも描いたと思えば、それを横に連続させて海を割って鎌首をもたげる大蛇の表象。




「……どうですか?」

「……何か怪しいです」

「極めて健全な遊びですよ。っていなどはしません」

「……それでも、気が引けるような」

「……まさか、"女神に囲まれる状況で緊張をしている"?」

「それは……少し」




 絵は食いかからんとして、怪しく。

 赤き瞳の様子を夜行性な蛇の瞳孔と似せる女神でも"獣の捕食"を重ね。

 断り、しかしその女神によってされる看破が素早く迫る。




「……"恥じらっている"のですか? それとも何時かのように"花園へ割って入るどうの"?」

「……"どっちも"かもです」

「……前者は意識する年齢の差なども鑑みれば『背徳はいとく』のように思え、仕方のないかもしれず」

「……」

「後者であの手の議論は目当ての物を探す際に類別るいべつが完璧でないから起こる……"悲しい事故"のようなもの」




「よっては、当事者の女神われわれで受け入れの態勢が整う今に然して気にする必要もないとは思うのですが……」




「……でもやっぱり、まだ良く知らない方もいて落ち着かないので」

「……こればかりも仕方ない。無理を強いても私で青年を押し潰してしまう」




 しかし、未だ事実として。

 少なからず"女神と親しむ"ことに畏怖であったりの引け目を感じていた青年へは、恩師で計らいが拠点へ戻るよう容認の微笑みをくれる。





「であればやはり、"孤独に休む"選択肢があっていい」


「また今日も今日とて貴方の友神ゆうじんで準備に時間が掛かっているようですから、此処は一つ。彼女の様子でも見に行ってあげてください」



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