『古き女神たちとの邂逅①』

『古き女神たちとの邂逅①』




「っ——!」

「御友神をお待ちになられた方が……今回は任せてみましょうか」




 中段に環状の雲を巻いて突き抜ける山を背景。

 日差しは強くともたくましく背の低い緑の茂る広野で、まばらな樹々の隙間を縫うように走る者。



(——日差しも強いし、急がないと……!)



 飛び降りる決断的な動作は漆黒の機体から。

 脇目も振らずに向かう先では貴重な湧水ゆうすいの気配——泥濘ぬかるみの沼にはまった子象こぞうの救出。



(……声も出てるし健康状態は悪くない)


(ただ陥没かんぼつに落ちて出られなくなってるだけなら——"!")



 旅中でその周囲にある危機的状況を知らされ、引率の女神も待たずに飛び出たのが青年。

 大きさとしては人間の大人一個体があるかの縞模様しまもようをした動物に沈静化の波を掛けながら手を添え、細腕にみなぎらせる神秘の力。

 川の流水は馬力ばりきにて重機を超え、都市さえ浮上させた経験のある大自然の神格は難なくに未成熟の象を担ぎ——跳躍で以て沼の外への移動が完了。

 そうしては、窮地に於いても己の位置を分かり易く声を発信し続けていた相手の努力を讃えながら。




(……頑張った。もう、大丈夫……だいじょ""————""""")




 撫でながら優しく地面に下ろしてやり——しかし、息つく暇もなく。

 助けを呼んでいた子の、その体に無断で触れられて怒る母個体から突進タックル

 勢い付いた大質量の直進を受け、それでも柱で抵抗なく。



(——この波の感じ……"怒ってる"?)



 空に舞った水飛沫。

 流体の身が日差しも受けて見せる虹の配色。




「…………」

「……"反省点"は己で分かりますか?」

「……"先に周囲へ気を払わなかった自分の落ち度"です」

「……」




 大部分の降り注いだ場所。

 地面の染みとなっていた方々の水で集まり、再び五体を持つ女神としての形が現出。




「"親を落ち着かせる精神干渉"を後にしてしまった……親子ともに驚かせてしまい、不安にさせて申し訳ありませんでした」

「……うむ」

「でも、最低限は子象こどもも元気そうで……無事に再会できたみたいで、良かった」

「……」




 けれど衝突されて、蹴散らされても緩む微笑みと眼差しは光景で小さくなってゆく象たちへ。

 その用いる周波を真似し、水神の作るメロンたいの類似応用が母個体からの『礼』とも『非難』とも取れる甲高い鳴き声で返された。




「……次回があれば無用な警戒を抱かせて刺激も与えないように……もっと隠密でやります」

「……宜しい」




 斯くして、また一つの難事なんじを解決して地に座り込む青年。

 後から水を追って横に付けてくれた三本角トリケランダーの、小窓から垂らす白髪の恩師アデスと事後を話す。




「しかし、"他者への貢献"を続けるのは殊勝でありますが青年にも『疲弊ひへい』の概念はありましょう」

「……」

「相手と深く関わって助ける為では『ただしさの押し売りにもならぬか』と繊細な判断が消耗を強いても……故には今し方の『救助』や『失せ物探し』のように"解決への筋道が明確なものほど負担も少ない"」

「……つまり、『疲れているだろうから少し休んだ方がいい』と?」

「ええ。概ねは」

「……」

「そうでなくとも"他者の感覚を共有する青年"には……"難しく考えずに済む"、謂わば『安息の日』が必要なのです」




 その間でも汚れがないかを確かめる触手が青年の周囲を巡り、まだ固形を取れずに泥混どろまじりであった顔の水滴を払拭してくれる。




「此れより少し前では『脱走した愛玩甲虫の捜索』や『道を行く軽鴨かるがもの護衛』など……続く活躍の中で感極まっては泣き疲れてもいたのに丸三日まるみっかほどをっ通し」

「……『自分で誰かを助けられている』と何か、"生きてることの実感"を得られる気がしまして……」

「……」

「言われてみると、それもあって少し……張り切りすぎていたかもしれません」

「……献身それが貴方の"本心から望む"ことで目立った害もなければ、私は構わないのですが」




「……いえ。私で正直には負担に愛弟子を潰されても心情は悲しくなってしまいますので、此方でも新たに調整を——」





「——お早う御座います——!」





 対しては、親しき間柄でも礼の会釈を挟んでから師弟の会話が続けられようとしていた頃合い。




「最近は改めて『友の前に姿を晒す』と考えては準備に時間が掛かり……何かありました?」

「今し方で青年が沼に転落の象を助けた」

「まぁ……! 我が友のお手柄です!」

「ですが、少し"狂う気配"もありますので数日は気をゆるませようかと」

「それは……休まずに大丈夫なのですか?」

「自然な入眠の難しく、ですからその導入で気にならない程度に『纏まった休みでも取りましょう』と——まさに今で決めました」




 今日は身支度に一際の時間を要していた美の女神イディアが登場。

 基調の髪は黄色く、眩い笑顔に異彩で添えるだいだい

 それら総じて暖色を機体の内から覗かせてきた間もなくで、組長リーダーからの決定が他の組員メンバーである二者にも口頭で伝達される。




「何やら実験の聖地で我々の楽しめそうな依頼の気配もありますので、其処に辿り着くまでの間はより一層と寛緩かんかんに」


「勿論に目的地へは一瞬での到達も可能なのですが、けれど『徐々に変わりゆく景色を楽しむ』ことも旅の大きな魅力の一つですので……はい。"ゆっくり"と」




「一応は競技中ですけど、其方そちらは?」

「競技の最中さなかでも構いません。寧ろ重要の度合いでは休息こちらの方が上かもしれませぬ」




「要はちょっとした連休れんきゅう。その利用する『保養ほよう』や『行楽こうらく』として偶には足を伸ばしましょう」




 そうして数度に頷いてから深いくれないの見通す先では——歪む風景。




「世界の命運を背負う我々ですが時には重圧を忘れて楽しんでもいいのです」


大神わたしが言うのです。『悪いことではない』と……『自己の安らぎを求めることが悪だ』などとまでは言いません。"言わせません"から」




「私はその決定で異論もありませんけど……我が友はどう思われますか?」

「……自分でも折角の機会を頂けるのならアデスさんの言う通り『此処で休んでおいた方がいいのだろう』と思いますので——はい。その方向で構いません」




「……ですが本当に、自分たちで特に何もしなくて大丈夫なんですか?」

「年度末の都市を通り過ぎるだけでも私によって『確定申告を簡単にしたりもしています』から大事だいじない。空腹を満たす配布も並行して勝算に向けた信仰の集積も万全の構え」




 魔眼に射られ、諦めたか。

 光の進行を折っていた蜃気楼の如くを解消して、世に姿を顕す柱が二つ——いや、その後ろで丸まっているのも加えて三つが神の数。




「……ですので、付近にて思い残しがなければ早々に海を渡りましょう」

「あっ。でしたらその前に沼を削って上り下りが出来るようにしないと」

「上出来だ、我が弟子。再発の防止策を忘れてはいませんでした——うむ。それも待ちましょう」




「私もお手伝いします」

「有難うございます。そうしたら、これぐらいの深さなら溺れる心配も殆どなくて、寧ろ貴重な水源になるでしょうから埋めずに端を——」




「お待ちをして、それからこの先で青年にも楽しめるものへと時間を割き」


「言うなれば気楽に遊びを——おお。などと言ってみれば丁度良く、ひまを持て余している青年好みの女めがみの姿」





 体当たりで蹴られて吹っ飛んで、だのに今も安心しきった青年の表情。

 更に手伝ってくれる美神と共に地形の傾斜を掘削用の工具で緩やかとする所へは——その一連の様子を近場で観察していた『古き女神たち』が立ち寄るのだ。




「奇遇ですね。斯様な地で『古き女神たち』が何を?」

「……其方そちらと同じく人気のない場所で休息を。例え神々の王から『人助けが主題になる』と言われても助ける己で苦労しては仕様がありませんので」

「それはまた、お疲れの所をつついてしまいましたか」

「……元より一声は掛けるつもりでした」

「まあ。ご丁寧に」

いこいの場で『見覚えのある水』が弾け飛ぶのを拝見し……それなのに何か"嬉々"として工具なぞを振っていますから」

「では、『我が弟子が気になった』のですね」




 先頭を進んでリーダー同士で話すのが緑の前髪は斜めに長く、目盛めもりの線めいて切れ込みの入った女神のウィンリル。

 彼女に加えては、その背後から進み出て大神への会釈の後に若者たちへも手を振ってくれるのが——光の屈折操作を解除した存在感で『銀の獣』めいた大鎧のグラウ。




「……何です、川水あれは? まさか貴方で『被虐によって喜びを感じる』ように?」

「……さあ? 私という神を倒錯者とうさくしゃのように言ってくれますが、そこまでは私も『預かり知らぬ』としておきます」

「……これで本当に"そう"なのでしたら以後の貴方を見る目も変わりますよ」

「……どうなのでしょうね? うふふ。我が弟子には不思議と魅き付けられるものがありますね?」

「其処までは発言していませんが」

「そうして相手のことが気になっても御時間のあるようでしたら是非……我々で行先ゆきさきを一緒にしませんか?」

「また何ですか、急に」

「共に遊びましょう? "いい場所"、知ってますから」

「本当に何なのですか」




 更に最後尾で空中に浮く不貞腐れの金色こんじきの女神ラシルズも含めてが一つのチーム。

 彼女たち三柱は幸か不幸か『眼福や目の保養ぐらいにはなるだろう』と目を付けられ、唐突にも気の抜けた提案を魔とはいえ王の御前にて突き付けられる。




『聞いていたでしょうが、この女神たちと暫く遊びたいので遊びます』




『——なんと! 女神グラウたちと一緒に……!』

『自分でも特に問題はありません。イディアさんも喜んでいるみたいですし、はい』




『では、ちゃっかりと得点を稼ぐのも足止めしてやりましょう——"妨害"? いえ。競技規則に則った"戦略"です』


『痛めつけるようなことをするわけでもなし。それにどうやら相手方も勝利を目指してはいないようですので……話しかけても大した邪魔にはならないでしょう。大丈夫』




 そうして、誘った側のチーム『ダーク・X・フォース』で暗に議決も済んだ頃。

 ウィンリルとグラウでも同様に目配せのような一瞬の遣り取りをしてから誘われた側でも口に出して示す返答。

 何処か提案は女神が知識としてしか知らぬ『軟派なんぱ』じみたものではあったが、実際として暇をしていた者たちにとっても『"大神と交流のできる場"は真に貴重』と思えたのだろう。




「……それでしたら、"自身よりも強大な神"が控えていてくれますと破壊神わたしの方でも不事ふじの災厄に備えて安心は得られ——宜しいのでしたら是非に『暫しの同行をお許し頂ければ』と思います……【m(_ _)m】」




 代表して意を表した銀の女神に、此方も首を縦に振る緑髪の女神。

 "素直に喜んで"——とを言わないまでも三分の二の過半数にて了承。

 後者に於いても『原初の女神と語らえる方が人に構ったりの時間潰しよりはし』と捉えたのだろうか。




左様然さようしからばいまねて女神グラウに浮遊で運んでもらっている光は……応答もなければ静かにしたまま連れて行きましょうか」


暗黒わたしで、構ってやれるかもしれませんしね」




 連なる合意の頷きで正に『とんとん』と拍子ひょうしの音が聞こえるようにも話は進み、長命であることからも日頃から暇を持て余して気味の神々で此処に『限定的な旅の道連れ』が決定とされた。




「ならば、決まりです。"我々で遊びに行きましょう"」


「海を渡った先で丁度よく『弾薬だんやくだのの処分に困っている』ようですので、其処までを」





「瞬足の神でも『のらりくらり』で移動に、風情も味わう時間を設けつつ……"貴重な数日"をご一緒しましょうか」



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