『スケベ教典を破壊せよ③』

『スケベ教典を破壊せよ③』





「穏便かつ上品にはいんを宿して大願成就——麗しく少女でありながら生え賜ったちんもその表象! 美少女と美少女から更なる美少女を増やす時!」





「「「「"美ッ少女ッッ"!!!!」」」」





「今日より! 此処から! 『助平すけべの法』の公布によって——世界を無数の花にていろどるのだ!」





「「「「"美少女ッ"! "美少女ッ"! ——"美少女ッ"ッ"!!!」」」」





(——や、"やばい"……!)





 しかも、怪しく人が氷の洞窟に集まってする会合。

 聞けば『美少女の因子を増やす』ため、『性に解放的な法律の施行』を村落から世界へと広げんとする"決起集会"の如く。




(——それに、"異様"だ……!)


(まだ暴力的なことは何もないのに、なんだ、この——"身の震える恐ろしさ"は……っ!?)




 その空間を満たす"異様な熱気"にはさしもの青年でも心が押され、呑み込まれんばかりの細い情緒。

 恐れては岩陰から顔を出すのを辞めてぐ。

 可能な限り早くに隣で無表情を保つ恩師へすがりたいと思って、しかし『何と言葉を掛ければいいのか』も分かり難い。

 不審を洗い出すための偵察では却って対処に困る惑乱が更に深く。

 何千何万と生きて世界を良く知り、また日頃から性的なことにも配慮してくれる女神たちの手前で変に慌てるのもはばかられ、己で判断を下すのも苦しく。




(——でもっ、落ち着け、落ち着いて考えろ……!)


(視野が広くて今の状況コレについても事前に把握していたであろうアデスさんが——)


("何時いつも危険から遠ざけようとしてくれる大神"の彼女が、"敢えてこの件に自分を関わらせた"ということは——……!)




(何か彼女でが、穏便に済むように"カジュアル"? "マイルドな意味"が有るはず——でも、先ずは周囲への配慮を……!)




 それでも冷静に努めようとする思考。

 青い年で『自分よりかは他者の安否』と思い出す最低限。




(そう。アデスさんは大神、魔性の王。何だかんだで大丈夫そうだから後にして——)




 刺激的な語の飛び交う場では自分と大神に然したる影響はないと判断し、ならば先んじて気遣うべきは友の存在。

 少し前に一言を呟いたように見えてからは横で黙り、今で頭巾の中を覗き込もうとすれば暗所で色の明滅が激しい美神を心配して隣に顔を向くと——"女神がおびえている"。





「……そ、そんな……"あれ"は確かに、転居の際に私が——"燃えるものとして出した筈"ですのに……?」





 虹色の髪も酷く青ざめ、"あの女神イディアが震えている"。





「……い、イディアさん? イディアさんの髪が凄い、これまでと質の違った"おどろおどろしい青"になってますけど……」

「……我が友」

「大丈夫ですか? 調子が優れないのであれば、此処は一先ず自分とアデスさんに任せて——」

「いえ、違います。違うのです——"そうではない"のです」

「??」





「神は『人を霊類れいるいおさに相応しくない』と言った。ならば真に人の上に立つのが!」





「今回の一件は——"私という女神に責任があるかもしれない"のです」

「え」





れなるせい教典きょうてんにも示されてある! "美少女が現世を満たして統べる理想の未来"——『御性ごせいパイ色目しきもく助平美少女性乱編すけべびしょうじょせいらんへん〜』に!!」





 教典の題名が叫ばれるのを背景。

 美の女神は燃えるような紫や偶に見せてくれる珍しい桃色を頭にもだえて言う。





「わ、私なのです。"あれ"なるは私で見覚えがあって……だから、ほぼ間違いなく——"過去に私が作った物"なのです」

「え?」

「しかも、よりにもよって政変を記した読み切りの——けれど、正誤がどうのでなく当時の私は『せいまつわる』を追求しようとしてああした形を〜〜〜っ!」

「……どうしましょう。お聞きしてもよく分かりません」

「わ、わが……わが、とも」

「助けてくださいアデスさん」





「"整理しよう"」





 引き続き盛り上がる人々の大声は心情を震わして怖く。

 何より涙こそ流していないものの青年にとって平時は頼れる美神が『あの性的な教典を作成した』と泣き付くように言って——。

 極まる混迷の最中。

 宛ら洪水の情報処理に困窮して外注を頼む青年へ。

 幸いにも強く求められて助け舟を出してくれるのは、寂しい心にとってのもう一つの支柱——こんな時でも自前の狂気を乗りこなして鷹揚おうようさえ漂う恩師だ。




「美の女神の発言と私でも過去の記録を参照するに——"言葉の通りで教典あれは彼女が過去に制作した官能表現の初期作"」




(——"官能表現かんのうひょうげん"の、初期作……?)




「また未発表では『下描したがき』とも呼べて、察するに作者の彼女が『用済み』と処分した物を清掃員なんだのが掠めるなどして流出」


「そして、奇妙な巡りで流れ着いた同地。見事な出来栄えが故に何時いつしか作品は"信仰の対象"となり、表現を強く曲解されて今に至るのだろう」




「…………分かった……ような?」

「内容としても『生命の誕生』とは人にとって神秘も神秘的であり、その成因となる行為を重ねることによって何かに至らんとする試み自体もそう珍しいものではない」

「……」

「よって長くを生きては"人の営み"についても多識の我々で驚くようなことも少なく……けれど、現在の美の女神に於かれましては別の所に"差し迫った不安"がありますようで」





「……纏めて頂き、感謝します。女神」





 紅の魔眼が向く先では髪を燃え尽きたような諦めの灰色。

 色を変えて面と向かうのも苦く思ってか青年に対して顔を逸らす美の素振り。




「……確かに彼女でも補足のあった通り、彼処あそこで人に掲げられているのは私の描いた官能の……謂わば"春画しゅんが"の類いに間違いはないと思います」




(……)




「当の作者では今の今まで、その下描きが衆目に晒されていることに悶絶し……けれど冷静に分析されても気まずく……」


「『出来を今であったらこうする』、『こうしたのに』と次から次に改善点の思い付く拙作せっさくあがたてまつられるのも……何か舌が、浮くように——ああ、いえ。このような状況で言うべきことは別にあって……」




 伏し目がちでは恐る恐る。

 現実が怖くても様子を窺うよう、宝石のように輝く黄褐色の瞳が彼女の友を仰ぎ見る。




「差し迫る問題としては『友に何と声を掛けていいのか』」

「……」

「究極的には如何に見られようとも私で探求の目的は変わらず……それはそれとして青年に『品位のある素敵なお姉さん』、と……」

「……」

「……引き続き良く認識されていたい心もありまして……それで少し、"こういった形で過去を暴かれるようことに驚きや恥じらい"があったり……"反応への恐れ"だったり」




 それでも、"春画描きの女神"。

 絵師としての自分が未だ明らかとしていなかった経歴を偽らず、本心でも言葉。




「……なので、我が……友」

「……」

「混乱の原因を作ってしまった私で、見方にもよりますが斯様に大事かもしれないことを黙っていて……申し訳を——」

「イディアさん」

「——ウえっ"!? は、はい……!」




 すると、対する者でも。

 聞きに徹していた青年でまかり間違っても嘲笑の意などを示してなるものか。

 難しい表情作りが苦笑を浮かべ、それでも誤解を少なくするために付け加える言葉が本心で以て友に応えんとする。




「自分で実を言って……

「な、なにを……なんのでしょう……?」

「美に関することを色々と知っている貴方なら『もしかして』と……"推測はしていた"のです」

「まさかそれは……『そういった表現も美の女神でしていたのだろう』……と?」

「"——"」




 頷いてから、続ける。




「『美』に関連すると思われることなら——多方面で活動してきた女神あなたです」


「それなら勿論に『美しい肉体』であったり、『"その細かい表現"に関心があっても何らおかしくはない』と推測は出来ていました」




 美神の心配を余所に真実を知った青年で。

 反応リアクションは慌てふためくよりも、さとく。




「それに日頃からイディアさんでもそういうのへはやんわり配慮をしてくれていますし……自分が女性に見惚みとれるような時も助けてくれたからには此方でも真面目に」


「貴方のことも真剣に考え……"報いたい"のです」




 内心で驚きつつも示さんとするのは理解——いや、"理解しきれずともの容認"であるのだ。




「だから、イディアさんが過去にそういった作品を作成していたことも『長く生きていればそういうこともあるのだろう』と……自分で少し受け止めるのに混乱はあっても悪くなんて、そんなことは思っていません」


「何より、自分には到底そういったものは作れなくて、仕事をするのが難しい性質からも作品という作品を作れるイディアさんは……『やっぱり凄い』とさえ思います」




「……我が、友」




「今だって貴方を尊敬していて……それにやはり決して悪いことではなく、部屋に隠していた『そういう本』が保護者に見つかるようだと考えれば……自分でも複雑な心境に少しは寄り添えるかもしれない」


「……自分もアデスさんにそういうのを持ち込もうとしたのがバレたことはありましたし、気恥ずかしいのも分かる気がします」




「安全の為の検閲けんえつです。禁止して取り上げるまではしていません」




 そうした職種で変に貴賎を決め込むまいとする姿勢も青年の成育を見守る女神たちで喜ばしく——次第に表情や髪で色のやわらぐイディア、後方の瞑目がアデス。




「……きっとイディアさんは『美しいとは何か』を考えて、その過程で知った『美少女』と呼ばれる者を自分でも表現してみたくなったのですよね?」

「"——"。あの頃で正しく、『美しい少女』を考えたい衝動のままに筆を取り、描き殴った勢いで外部からの批評も求めて出版社に持ち込んだのが例の物なのです」

「……では、"企業的な所から出版"もしてる、していたりも?」

「はい。所謂いわゆる漫画マンガ』の形式で雑誌に掲載させて貰ったりが一時期」

「……"イディアさんは漫画家でもある"?」

「一応は」

「そ、それは……雑誌用に漫画を描くのも本当に凄いことですよね(?)」

「……我が友で、そのように評してくれるのですか」

「……?」




 また許容されたことの安堵感が故か。

 ついついと美の女神で春画の連載を持っていたことも流れが告白してしまうが——真に春めいて光景が暖かいのは、"互いに相手の言動を熟慮して自他で最善の形を確かめ合わんとする関係"。

 ルティスとイディア間での打てば響く共鳴シンパシーは、正に"美しい友情"の理想的な一つの形なのだろうか。




「……本音を言って目通めどおしに年齢制限の掛かる物は大々的に誇れるものでもないのかもしれませんが……だからと言って私で手掛けた事実を恥とも思っていませんし、行い自体にも悔いはない」

「……」

こと。それによってはある程度に狙い通りの人をえがくことや、読者の反応を通して肉体を視る審美眼しんびがんも鍛えられましたので——やはり、大きな後悔などはないのです」

「……イディアさん」





「……それでも、我が友に許されては私でちょっぴり……嬉しかったり」



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