『都市を曳く④』

『都市を曳く④』




 都市を覆うように描いて、包むのが箱状。

 すっぽりと"水の守り"に入れて、下からは張り巡らす薄膜にて持ち上げる。



(——多方面からの補助。観測の準備も出来た)



 箱の上からも分子の結合を強固とした水の糸引き。

 四角にある同数の側面では微調整で傾き過ぎないように添う"自分"、他にも地上に立つ美神の隣をはじめとして周囲に置く"複数の視点"からは現場を観察。

 砂地に散らした様々な角度から工事の推移を見守り、『変化する状況の分析も細心の注意で行わん』と——"水分身の総動員"。




つつがなしに。次の段階へは何時でも」

「……了解です」




 詳細な計算や予測でも助けてくれる美神からも承認を得て、耳元で囁かれた己——水伝いに此方も聞き取るのが崖上に立つ本体。



(…………"大丈夫"。後は"練習どおり"に)



 周囲一望の視座から複数を統率する個体で、"引っ張る備えも出来た"から。

 "砂塵がや意識に触れても集中の邪魔だから"として頭巾と面頬も隠密おんみつの機能を働かせ、恩師の力によっても阻害されぬ深い呼吸——吐ききって。





「それでは——"始めます"」





 後に見開かれる眼で青光あおひかり——いざよ、本番。

 浮かばせる水の押上ジャッキアップ




(——"速度は要らない"。"慎重に")




 乾燥地帯に在ってもぬけからの都市は光景で瑞々みずみずしく。

 薄青く展開された謂わば『水の軌条きじょう』——レールの上で緩やかに真横へと滑り出すのが『都市の丸ごと』。

 分離した今では下方に遺跡の表出を置いて、目指す先は間隔を空けても従来の土地に『隣接』と言っていい新天地。

 程近くの位置に設けられた"新規の基礎"が都市を待つ窪地だ。




(『今で精度こそが肝要』——"大丈夫"。仮にがあってもフォローはしてくれる)




 その間も作業を開始してからは己そのものの水に感じる重み。

 けれど、精神に掛かる負担は少なく、偉大な女神たちの控えていてくれる眼前。

 いくら人が退去したとはいえ浮上から移動させる『都市の重さ』——"重い"。

 人で想像も計算も容易でないから大雑把に『家屋』を基準としてから考えると『木造の一軒いっけん』が『三、四十トン』らしく。

 しかし、『木材』は『水素』や『炭素』などの比較的"軽い元素"で大体を構成されていることを加味すると同地では——其れより遥かに重い。

 軽い物から順で並べられた周期表の後に来る『鉄』をはじめとした"鉱物的な要素"で構成がされているとすれば——重さを更に上で見て『石造の一軒』が『木造の数倍』から?

 ならば、"その数十が集まる都市"では——"どういう重さ"であろう。




("————")




 身近に感じられる物を離れて桁が大きくなり過ぎては『千』や『万』も『五千兆』も認識で差異を見出すこと難しく。

 故に、こうした時に便利な"比較ひかく"。

 "他の重い物"を基準としてから比べ、其処からの既知を取っ掛かりに未知へと思考を膨らませてみんとして——平均的な『ゾウ』が一頭で凡そ『五トン』だとすれば、木造家屋がその六倍・七倍ぐらい。

 木造でなく『石造』なら更に四倍や五倍ぐらいとなって、一つの石で造られた家でゾウが数十頭?

 そうしては、更にその『家々が群れて構成される都市』だから、つまり家屋以外の細部を省いても女神のやる概算は『ゾウの数百や千』を一度に持ち上げるような作業であるからして——兎角、"大変に重い"。




「"————"」




 そう。

 人が感覚的にも知り難い、知り得ぬ——それ以前に人の身で実際に知ってしまえば心身で粉砕の重さ。

 此処でその人知超越の重量を支えられるのが、"世界の具現"。

 たとえ『河川の水』が"宇宙の切れ端"に過ぎぬ極一部であっても『神』の"玉体演算"・"権能行使"。




(——っ、落ち着け——"自分のミスを自分でカバー"! そのためにも分かれたんだ!)




 よっては本番に気負う精神状態から僅かに誤差が生じても対応に時間の遅れなく。

 不測の事態に備える態勢も青年女神で整えており、また人へ理解を促す説明のためでも実際に数学的な計算を担当してくれてもいた友へ"求める助力"として——。




「——角度かくど数字すうじをください」

零点一れいてんいちです——大丈夫。下手なことをするよりは、"このまま"で」




 宛ら観測手スポッターのイディアより——現状の具体的な数字も知り得て。

 その補足する情報からは己でも更新する俯瞰の視点を強化が迅速。

 分身たちの感覚器から個々の死角を補うよう立体地図の再構成。

 僅少の傾きを現状維持のままに、吊り糸を引き上げている自分たちでも『許容範囲で調和は取れている』と見え、練習の通り大事には至らないことが十分に予測できている。





「ほ、本当に……

「……私たちの都市が、——





 他方、現場から十分に離れた安全領域で水桶の置かれた簡易オアシス。

 日光を煩わしく思いながらに『それでも』と空を見上げる人々——昨日までを対立に発展しかねない緊張の間柄だった者たち。





「……"実在"するのか……? まるで"空を泳ぐ"よう、『青天せいてんたかもの』……? 御業みわざとは、ああも冴えて——」





「まるで"床板を張り替えるよう"容易く……正に『世界を創る』・『大地を動かす』とは、こんなにも——」






「「————」」






 思わず漏れ出た感嘆の声、異人同士で重なり——水が煌めく虹色に、様を前にしては双方で胸に"神秘への畏敬"。

 声に気付いて見合わせる表情でも気の抜けた様子は似ていて、だから互いで言外に『まったくだ』と首を縦に振った頷きも正に"心の通う"一つの場面であったのだ。





(——"直上ちょくじょうに到達"。"降下開始も間もなく")





 そうしては青空で平行線を描くように移動を続けていた浮上都市——数分と経たず隣接地の新たな基礎、その真上へと到達。

 青年で緩めてはならぬ気が観測手にして指揮官でもある美神と分身で頷きの交換も確認して——承認オッケー、安全ヨシ。

 故には再び進める流体操作の権能。

 昨日から続けた十数時間ほどの予行練習に何度も見て、身にも知った"成功への順路"を追うままに"最重要局面"となる『降下作業』の開始。





(引き続き風ナシ、障害物ナシ——新基礎の自分との接続、良好)





 押し潰す大気を緩衝材にしつつ、都市をに接触させて支える薄膜が今は青年で認知の主体。

 水の肌に迫る新設の枠組みを前、その暗黒女神の用意してくれた揺るがぬ基礎の数々に寸分違わずで、都市ごと。





("慎重に")





 基礎へと——。




("慎重に")




 建造物の土台を——。



("慎重に")



 慎重に——慎重に、降ろして。





(——"!")





 近場に在る身の震えから連鎖しての確認——とっきくぼみが噛み合う波音の複数。

 それを合図として——いや、"まだ数秒"。

 念の為で添えていた手を今まだ慎重にで離してゆき——遂には深呼吸をする統率個体の眼下。





「————"出来た"」





 土台と基礎に挟まれる形であった水の薄膜も引いて大方の作業が完了。

 家に地面をも含む『曳都ひきと』は無事に"最たるとうげを越えた"のだ。




「で……出来ていました……ですか?」

「はい。私から見ても結果は予測した範囲内でありますから——"出来ましたね"」

「……よかったです」




 だからして、湧出ゆうしゅつの安堵感にへたる青年。

 分身たちも各地にて同じく、戻すのも気が抜けて億劫おっくうの後回しは美神の真横でも一つが膝を折り、陸上でふやける水の体。




「大丈夫ですか? 我が友」

「は、はい。本体の方でも自分は大丈夫です——それより、後はしっかりと固定して……固定して複数段階の安全確認を」

「どうか焦らず。一度は小休憩を挟んでも宜しいのでは?」

「ですが、実用段階までも少しを見て、耐用にも問題がないか様子を見るまでが、現場の——」




「『働き者』でも結構ですが、纏まらぬ状態で言われましても——頼りなく」




 すると、その緩む場面へは。

 先んじて新基礎の下に潜り込み、弟子の仕事に大きな歪みのないことを見た恩師アデスも登場。




「……アデスさん」

「散らばっていたあなた暗黒わたしで全てを回収しましたので、先ずは何より統一を」

「あ、どうも……すいません」

「そしては友の言葉を聞き入れるべきです。予行よりも疲弊した貴方では僅かであっても不安が残る」

「……確かに、このまま続けても万が一で危ないかもですよね」

「分かっているなら尚のこと。予定通りで後は我々に、お任せを」

「……分かりました。後をお願いします」




 青年女神の分身も暗黒で引き寄せる力が全てを回収し、遺棄されたように山積みの美少女から——溶けて、合一。

 そうしては『基礎と土台の固定も諸々の確認も直ぐにやらなければ』と気を張っていたが、僅かとはいえ感覚が波状で揺らぐ自認によっても散逸気味の思考で素直に従う判断。




「賢明な判断です」

「……『都市を移すなんて大仕事が終わった』と思うと一気に、疲れが」

「ええ。御苦労でした。そうしての残りは双方の人間たちにも手伝わせる儀礼的な機会を設け、今日の協力した事実を歴史に刻み——」

「、"——"、、——……?」

「——"目にした共通の神話"によって連帯感、高めていきましょう」




 なれば、青年の関わる仕事は落着。

 今し方で機械に不具合の起こるよう密かに発露した『秘奥』の片鱗も——。

 身近では『優しい美神ともの女体』に己で込み上げるを視ようとして『ギラギラ』と怖くなる気配もあったが——これも眼前にて、軽く手を振った大神での対処。

 余所見を許さず、顔の向きから姿勢を正して『私が話している』との鎮静化。





「また私が身を立たせておきましょうから、貴方は介添かいぞえしてくれる女神と拠点うしろに戻り——"功労者こうろうしゃ"、休まれよ」





 すっかりに大人しくなった青年。

 二柱から再三に助けられたことへも礼を言いながら、玉体の主導権を暗黒に委ねて。

 不可視の糸に吊られる傀儡くぐつのようにも立ち上がり、共用の広間でイディアに見守られながらの仮眠を少々。





 ・・・





 それからは、結果として。

 少し前には昔からの遺跡とその上に築かれていた都市で、しかし時の流れた今は隣り合うような配置を完成。

 締めには女神がわざとらしく移設の都市に落としておいた遺跡の重要な破片を人に見つけさせ、それを元住んでいた人々の子孫に手渡す『返還の儀』を自然の形。

 竣工のあかつきでは現在の住民たちと出戻りの人々でも平穏無事に願いが叶って和気藹々わきあいあい

 打ち解ける雰囲気が『土地の追う・追われたの当事者でないのに言い争っても仕方なかった』と互いの勢力で気後れしつつも、仲を深めた相手方と禍根を残さぬためにの詫びあい。

 問題が解決したことの『いわい』と『神の助力へ感謝する』"共同の祭り"を今日から毎年で開くことにもなったそう。





(…………)





 そうした"人々で和やかな様子"へは——後から回復して様子を見にきた青年でも『有り余る力を発揮する機会をくれた礼に』とでも適当な理由。

 祭りに相応しい大量の飲食物も密かに添えて、認識も都合よく。

 賛美や歓声に見送られずとも本当に"沢山の笑顔"は見て取れ、場を後にする胸中は温かく——『己を旅に探す彼女』で初めての大仕事はこうして終了と相成るのであった。



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