『都市を曳く③』

『都市を曳く③』




「広く構造物を作る『建設』と、利用の求めに応じて機能性と芸術性に主眼の置かれた『建築』など」


「それら概念はまつりごとや社会の運営に於いても密接に関わる要素であるから……"命の集まり"に関心のある青年でも知っておいて損はなしに」




 女神たちの戻った拠点にて、暗黒が語る。




「よって話す——"構造体の移動"」


「今回でみやこ。『く』以前に『曳家ひきや』とは——"既に建築されて在る物をそのままの状態で移動する工事の方法"」




「……似たようなものを聞いたことはあるかもしれません」




「聞き知るならば平易へいいたとえを言って……『建築物』は何も"大地に入り組んだ根を張り巡らしている訳でない"から、地中深くを掘って荒らす必要も然程になく」


「より単純に捉えては『基礎に載った土台を取り外して新たな基礎へ載せてやる』——謂わば、"皿に載った食物を別の皿に移し替えてやるような作業"」




 現在地の一室は自由に使える広大の空間。

 美の女神が黙々と打ち込む測量や作図の情報。

 それらを基に『都市ゼカナス』の地下構造をも含んだ実物大じつぶつだいの模型を呼び出しては、側の二者で話されているのが師から弟子にする説明であった。




「しかし人力じんりきでは往々にして己の身を超す家屋の重量、持ち上げること難しく」


「故に星の引力に真っ向から逆らわずではいて・を"滑らせる"ような移動が『曳家』——此処では対象となる規模を広げての『曳都ひきと』」




「"——"」




「其れ。本来なら人の世界で専門の知識や技術は勿論に資格を持つのも試される方法だろうが……今回は"意見の衝突"を目前にして尚且なおかつ人の法規に収まらぬ神で省略を許せ」


「いえ。どころか正確に言っては彼の都市、それ程に厳格な縛りもなく——」


「要件となる『最低限の実務経験』にしても過去に『建築の美』に興味を示した美の女神の方で記録が残っていましたので……彼女が"現場で責任を任せられるだけの等級"も持っていたようですから、となるように手続き状でも立ち回っておきます」




「……お手数、おかけします」

「構いません。我らで青年と延いては『自分たちのため』でもありますので」




 イディアでは頼もしく力瘤ちからこぶを作るような動作を見せ、他方のアデスでは語り口を穏当に。

 一応は『法』の概念を重んじる青年の心情にも配慮して、以前に示した『極力で酷いことをしない』との発言を元に彼女たちの計画が進められて行く。




「またそれよりは小規模の依頼で貴方も慣らしてきましたが……今回こそは人界の規模で愈々いよいよそれらしい『大仕事おおしごと』になります」




 今で彼女たちの参加する競技——星の各地で信仰を集め、その頂点に立つ覇者こそが民を知る代表者。

 ひょうとでも呼べよう信心しんじんのためには暗黒のようする勢力で『飲食物の配布』が舌と腹から満たそうとする幸福。

 その配り歩く今で立ち寄った砂漠の都市に於いては『再びに見出された過去に重きを置く者たち』と『現在の人の営みを守らんとする者たち』で緊張の漂う対立にか——子曰しいわくに『みやこを引っ張ってしまおう』との物言い、何ぞや。




「ですから貢献を願ってくれる貴方には、"領有問題を解決する一つの策"を学ばせん」

「それでは、今し方に聞かせてくれたのはつまり……同じ場所にあっては不都合なものを"別個べっこに分けてしまおう"と?」

左様さよう左様さよう




「仮に一つの聖地を三つ四つの勢力で領有権を主張していては移動こうもいかないのですが……そうした場合の『神の聖なる』や『しんまさしく』の『しんせい』を求める声へは認識の改変や記憶の改竄も併せ、抜かりなく」




 そうして、述べるのは『全ての領有問題に適用できる教えでない』と注意も言ってから。

 未知の暗黒神は今まさに己が『水』を飲んでいた『湯飲み』に『蓋』をして、それを再度に"取り外して見せる動作"を話す内容の暗示ともする。




「いえ。具体的な方策へと話を戻すと——今回はからこそ、出来よう技」


「"同じ場所にあって密着していても確かに違うもの"を必要としているなら、それを——"それらを切り分けてやろう"」




「……具体的には、どう……『今の都市部』と『過去の神殿』で分けるのを?」

「『上から呑んで潰す』ことが出来るなら、『下から押し上げて支える』ことだってみずちからあたうのだ」




 玉指を手袋に包む漆黒の手付きは片方の勢力が求めるのを『蓋』と例え、もう片方は蓋をされていた『湯飲み』とし——その二つを分離させるのが権能の動かす『水』の噴出。




「……え、まさか——"じぶん"が?」

「ええ」

「単に力で押し上げて、引っ張って……"都市の移動を"?」

「既に『保全』の意味では経験もある」

「……それと、"曳都これ"とは」

「勿論、提案する私で貴方に無理や無茶をさせる訳でもない」

「……」

「予めに家屋をはじめとした『建物の基礎からの取り外し』や『難しい計算』など——工事の準備それ自体は『生命体の移転』も含め、指導経験の利益に与る私に青年を想う女神らの主導で進めつつ」

「……"用意の殆どはアデスさんとイディアさんで手伝ってくれる"と?」

「はい。面倒でしょうから。『地下』と『地上』それぞれの本丸ほんまるを切り離す最初は私が担います」

「……」

「青年のためには私がいて、いてを——『残す大体、移すのみ』の状態に引き抜いておくのです」




 用済みとなった手持ちの道具を暗黒に隠して。

 また青年から賜った水は音までを鳴らさずとも——喉に通して下ろす動きが見て取れるよう。

 且つ上品には手で口元を抑えつつの飲水、消費の完了。




「ですので、工事の佳境を任せて『主役』と慣らす青年は『水で作る板』のように家々を支え、またの貴方で上からも引っ張り上げて更なる安定を図れば宜しい」

「……それで、移す場所まで運ぶ?」

「"——"。青年の水が下から"背負い"、浮かせての移動」

「……」

「類似を挙げれば重量物の下を転がす『丸太』や、鉄道に見える『線路』のような……『運送に際しての"滑らせる役割"を担ってみまいか』との提案なのです」

「……それなら確かに、みずでも少しは出来そう気もしますが……」

「達成のかぎとなるのは『おもさ』です」




 真面目には——いや、真面目かどうかは果たして大神で外からは窺い知れぬが、参考として振り上げる指に合わせて都市の模型も浮上。




「我が弟子では家のじゅう二十にじゅうを超えて神の獣を担ぐような経験はあっても……『都市そのもの』は覚えがなかったでしょうか?」

「それは、はい。正確には『脱力した神獣を押し留めた』だけで……そもそも『都市を持ち運びする』ような機会はうありませんから」

「左様でしたか」




「……けれども、ふむ。過去には貴方で極神かみいくさに参加したのですから、それと比べれば危険などはありません」


超重わたしへの対応もすっかりに慣れたもので、故に大丈夫でしょう」




「……大丈夫ですかね?」

「皿に載った焼き菓子を食器で掬って動かすような原理が分かれば、はい。"分かっている"のですから——後はその延長線に"実現"の形を見出すのです」




 片手間にやって見せた難なくの実演によって『失敗しても即座に引き継いでやれる』事実は目に見える形で示され、神よりの言葉でもは怒涛どとう御墨付おすみつき。





「視野を広くもちて、己の玉体や権能——流れる河川に家々いえいえ島々しまじまが浮かぶのを『当然』と捉えるのです」


「そして何よりは『秘奥ひおう』の肩慣らしにも丁度よく……物質もの物質ものの関わりに、内外で生じる力——"その連鎖する結合"を感じ取り、都合よく働かせてはおのずからも未来さきよう」





「それに先立っては確たる報酬を『どうしても』と欲しがるのであれば……『練習』と先払いの『褒美』も兼ねて私が——小玉体や巨大きょだいわたしでも貴方の上に『おもし』で乗ってやってもいいのですよ……?」

「"!" そ、それは——」

「……? "どうしたい"の、ですか?」






「——体重おもさが、ます!」

「我が弟子」

「詳しくは知りませんけど『大神の重さ』はきっと危ないです! 支えられる気がまるでしません……!」

「我が弟子。聡明にも推測は恐らくの事実でしょうが……他の者へ今のように砕けたことを言っては駄目ですよ。そう言われては『加減してやるつもり』も私で……なくなってしまいそうですから」






 ・・・






 その後では『安全に対しても配慮がされているなら』と。

 件の都市事情に心を配る青年でも、"保証の付いた挑戦機会"を『ならば有り難く頂戴する』と決めて——しばらく。




(『動き出し』や『め』を上手くやらないと——"重心がかたむく"! "ぐらついて壊れる"……!)




 "恵まれた学習環境"は何度となく失敗しても・壊しても損失のない模擬実験シミュレーション

 与えられた対象物そのままの模型を自由に使い、重ねる練習。





(それなら、あくまで持ち上げたうえで……更に細かく物を支えて固定する分身じぶんを幾つか——)





 足下には『太き日輪にちりん』と『月輪がちりん』の神を信仰するような、今は地下でも天高くに設けられたのだろう遺跡。

 長方形の足場の連なって頂上に二つ並ぶ『礼拝堂』を持つ四角錐のピラミッドを感じる中、その遺跡部分と現在に息づく都市を分割するのが境界面の川水。

 調和と均一に張り巡らす力の調整が難しくて幾度も失敗を重ね——しかし、努めては助けられても十連続以上での成功も知得。

 次の日へは寝ずに、その手応えを残したままの女神が工事の本番当日を迎えん。



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