『都市を曳く②』

『都市を曳く②』




 "乾燥"の地域。

 其処で被征服ひせいふくの土地の上に建てられた現在の集住が『ゼカナス』という名の都市。

 建造物の雰囲気は表面で土を湿らせたり・焼いたりで固めた素朴の色が主。

 形状は砂が積もりづらいように丸みを帯びた屋根が多く、吹き込むような窓も少なく。

 しかし、内部には『呼吸をさせてやらねば』だから、建物より伸びる尖塔せんとうにはその為の穴が高い位置に設けられ、少しでも巻き上がる砂が届きにくい場所。

 また実際として砂を載せた風から身を守る仕組みは建物で建物を囲むような区画整備にも見て取れ、日光を遮っては影も多し。

 人の実生活に使われる空間も空気口より下の地下とでも呼ぶべき低所にて、高温から身体と水や食料資源を遠ざける"砂地の知恵"がこのような情景を形作る。





「……では何か。我らに先祖の土地がけがされる——『その上で屎尿しにょうを垂れ流しにされるのを黙ってみていろ』と」





 だがして、その都市の景観の中にあっての一つ。

 中心部、各部屋が長い四角を描くように並び囲む大きな広場で、現都市の行政を執り仕切る者らに話を突き付けられる様子が有り。




「……決して、そうまでは」

「"人の住む事実"としては同義だろう」

「……」

「我らとてひと。何も『都市の全てを寄越せ』と言っている訳ではなく——」




「しかし——"天に捧げし祭壇"はを見なければならない」




 その内容、ともすれば穏やかでなく。

 "土地の扱い"を巡って武力的に衝突した当事者たちが既に死した過去——今で片や『先祖たちの土地を取り戻さん』と。

 片や、『今の生活を守らん』と。




「故にせめて最重要の神殿には『その場所をけて返してほしい』のだ」

「……だから『それが難しい』と。"見つかった神殿"だけでも中心部に大穴おおあなけねばならぬから、その説明や理解に……また必要な資金に資材の用意が何年、何十年も要して明確な返答は出来ず」

「『奪われた土地』なのだ。奪われて彷徨い歩いた我々で、死した後までを待てない」

「……此方にだって現在の生活、単に『明け渡す』など言語道断に許容の出来ぬ思いはあって——」




 事の発端は最近に行われた工事中で『遺跡の再発見』から。

 その一報を耳にして当時に住んでいた民族の子孫より"権利のアレコレ"で『返還』の主張は飛び込み、対応を迫られる現住民の方でも『返せれば良くとも返し難い理由』はあって苦しく。

 次第に民族の異なる代表者双方で譲れぬ緊張も漂うが——しかし、其処へと。




『"くぞ"』

「「"——"」」




 その、ささくれ立つかの場面へ——水運びの途中で噂を聞きつけた女神たち。

 大なり小なり日に焼けた浅黒い人々の会合の場へ。

 赤に青に黄で、其々に超常の色味を湛えた黒衣の三柱が夕闇の影よりあらわれ、進み出てに物を言うのだ。





「話は既に聞き及び、"解決"の為の力は——此処に」





 精神的にも緊張を生じさせるだろう人の言動へは既に青年へ配慮の確認をしてから、乗り込み。

 体内の物質循環、延いては精神や記憶の構造に干渉する『神の指振り』が有無を言わせる間もなく人の集まりを従わせる。

 暗黒の態々わざわざやって見せる動作は青年に『精神操作』のやり方を改めて示す『実演』のためでもあろう。

 実際として指を振る前と後で人の体内には物質や波動的な変化が川水の意識でも確認が出来ていた。





「我々で感情に付き合う暇もなく、人で簡潔には双方の





 そして、"問題となっている事柄"や"その解決までの筋道"、"取り決め"などは筆記にも長けた女神の手を借りて『文字の記録として残さん』と。

 暗がりに一対の真紅が怪しいアデスは人に指示を言いながら無より創り出す紙と筆記具を横のイディアに持たせ、これから聞き出す要点を纏めさせる。




「我ら、過去に同地で居を構えていた者たち——その子孫は」


先達せんたつの言い伝えにあって今に発見された故郷、『神聖の場を取り戻さん』と」




「……」




「一方の我ら、現在に住まう民」


「過去に於いて血族が征服者の立場であったと知り得ても、それは時間的に数百を越えての遠く」


「『血を流すことは再度に禍根を招き、故に容易く返せるものなら返したい』本音——されど『今の生活を大きく崩すこと難しく』」




かいせり」




 しっかりに書き記す間も設けてから。

 その書記の女神で整然と文字を並べる音が止んだ後で、要約の玉声。




「しかしてようは『過去の都市を返還できた上で——現在の都市も守れて』」


「『とまでをいかずとも平和的に双方の望み、叶えたまえ』と」




「労の少なくに互いの——『双方の理想が矛盾せずに叶えば最善』なのだろう?」




 引き出す本心から頷く人々に対しては更にの確認、念押し。





「現在に住まう者たちで欲するは——"地表の生活維持"」


「過去に住んでいた者たちで実現を願うは——"地下遺跡の復元"、"継承"」





「即ち共に望むものが同じ場所に在って、しかし『を欲している』と見て相違はないか」





 恩師が粛々と話を進める最中では教え子の水でも周辺を走査。

 地下に反響する波の感覚では現在地の大まかな地形を理解し、神の視点ではへびかえるを象った石像も埋没して見える。

 恐らく話題に上ったその遺跡は全体として石を積み重ねて作られた神殿が中心にそびえ、今で新規に掘られようとしていた井戸の穴に覗くのが件の一角いっかくに当たる"再発見の契機"なのだろう。




「……であれば、やはり——我ら神秘で解決の糸口も有有ありありと」


明日あすにも夢は現実のものとして世に映る形を得るだろう」




 そうこうしては暗黒で、言いきって。

 粘土の性質も持った紙へと頷きを示した人を寄せ、代表者双方の同時に円筒形の印章を転がさせてから——此処で晴れて合意の下に『公的文書』ともなった決定事項の伝達。





「喜べ、人としての王の子らよ。今からお前たちに"神の技を見せてやる"」





(……? なんだろう?)





「分かれば指定の日時で都市をけよ。他にも必要となる連絡は神で届ける故に長居も無用。家へと早くに帰還し、眠りに就け」


朝餉あさけのちで作業は始める。残る者がいれば赤子であっても容赦はせんぞ」





 締めの物言いは払うよう。

 因りて魔とはいえの王からは、いのちへのれいに従う人々が去り行く会合の場。





「美の女神でも御苦労であった」

「いえ。文字を書くのも久し振りで、『美文字』とやらを思い出すのに良き手慣らしとなりました」





「そして、我が弟子では案ずるな」

「……?」

「人以外の生類しょうるいにも私で気を払い、常に貴方の側にも私が安全の為で付き添っていますから」

「?」

「手取り足取り、しますから」

「いや——いえ。機敏きびんを読まれても全容が見えてこないもので……」

「片や下に埋まる土地が欲しくて、片や土地そのものに執着はなくとも今の生活環境を急変させることを嫌い」

「は、はい」

「よっては砂地のひらけた場所で日照権や、地下の環境にも大差なくて問題がないのであれば……"他所よそへと移して大体は解決"だろう?」

「つまり……"まさか"」

「既に敷かれた建造物の下で、『土地自体を掘り起こしたい』と言うのなら……





 残される青年の疑問へは女神よりの直々に、旅で立ち寄った同地での魂胆こんたんが明かされる。





「我らで——やってしまいましょう。"遷都せんと"」






「『曳家ひきや』ならぬ『曳都ひきと』の工事こうじをやるぞ。我が弟子」




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