『都市を曳く①』

『都市を曳く①』




 容赦ない日の光、照り付ける殺風景。




("…………")




 それでも、色の鮮やかなるが世界。

 宛ら油絵具あぶらえのぐで塗り分けられたように上方で明瞭な薄青の空と、下方で力強い薄茶は砂の大地。

 その対比でも反射が際立たせてくれる極彩色ごくさいしきは熱気を孕み、揺らめいて。




「"飢えた獅子しし"です」




 その乾いた大地の一地点で対照的なのが冷気れいきの存在。




「……」

「対処も、"貴方の望むまま"に」

「"——"」




 は、砂の海を足場として身の沈まぬ静音に立つ者。

 つい先刻までは担いだ棒の両端からおけを垂らし、日除けに思わせる頭巾。

 顔を隠し、青年。

 選択の自由を示してくれる恩師の声を背に感じながら、向き合う己の先ではけもの立髪たてがみも自分に似て青く。





「「"————"」」





 大気を揺らして、唸り声。

 黄金の毛に混じる青で拡大する輪郭。

 そうした威嚇いかく獅子姿ししすがたと数秒に睨み合い、正面きってつかる"眼光"はまさしくの輝き。




(——"落ち着いて")




 内心では自他に語りけるよう。

 有事に備えた恩師の見守る側で明度を上げる青の炯眼けいがん

 神のあらわす視線の先にて流体を媒介ばいかいとした『戦意を失くす』実践が獅子の中枢へと作用。

 そうしては発奮に揺らいでいた獣の瞳を表情ごとに落ち着かせ、垂涎すいぜんもしていた空腹には試験開発中の模造肉もぞうにくを食パンに挟んで『与えよう』と。




「……よし」




 身を低くに歩み、寄り。




「よ"——、し」




 差し出した手でひじから先——腕ごとを閉じた大口おおぐちに呑まれてしまいもしたが、流体に戻して何なく引き戻せるから問題なく。

 続けて飲ませる水も飼い猫の舌で含ませるよう、喉奥からは猫撫で声も聞こえて獣と穏やかに。




「……やっぱり砂漠にも色んな生き物がいるんですね」

「"厳しけれど窮屈でない空間"には、そうであるが故の魅力もありますから」




 争いなくに示したのは望んだ景色。

 透き通る空ではなく乾燥の砂地にある水の化身。

 暗い青色の柱は『オアシス』の立場も兼ね、複数に配置した水桶みずおけという一帯で貴重な溜水たまりみずの気配を感じて集まったのは動物ら。

 フンを転がす虫や熱に強い蛇、後頭部に放射状の冠羽かんうを持つワシであったり、その誰よりも早く水筒にて飲水を楽しむ女神アデスであったり。




「……"競合相手が少ない"、のような?」

「それも大きな魅力の一つでしょう」

「……確かに静かな見晴らしがくて、いい風の通る場所です」




 果てには今さっきのよう"集まる獲物"へと獅子さえ牙を剥き出しとしてきたが。

 それら命を背にして退かなかったのは青年女神の存在感。

 各動物体内の物質循環にやんわり干渉しても、作り出した中立地で其々の捕食をさせず。




「あの鳥は……猛禽類もうきんるい?」

「はい」

「名前は?」

「……近場では『蛇祓へびばらい』などと」

「蛇を……食べたり?」

「主食ではないようですが……時には、そのようで」




 細かく調整した水も餌も、肉食や草食に大別して与える温情。

 考えなしに人が、特に『素人』が野生動物へ『餌やり』などで軽率に干渉しては『狩猟能力の喪失』や『危険に対する警戒心の低減』などが後々で悲劇を生むこともあるだろうが——彼女、只人ただびとでなく。

 "人の心があっても玉体に権能を有する神"なれば。

 野生に住む者たちの喉を潤しても『誰かに何処かで与えられた』とも恩恵に与る各位でが、今の奇跡的な光景を現実のものとしている。




「……写真しゃしんを撮ってもらっても?」

「用途は」

「『絵をく時の参考にしたい』と思いまして」

相分あいわかった」




 故に狩猟採集の方法を忘れて腹を空かし、また人を恐れぬ熊が里へ降りて来るような危険性を彼女は増やさず。

 虫だって蛇が、蛇だって鳥が——鳥だって獅子が近くに居るというのに水浴びをする程で和やかな時空。

 今は神の集う祭り、その旅の途中の一場面。

 冠羽が特徴的で面白い猛禽の姿を、暗黒神によって魔眼の見て撮る——撮影。

 その場で現像もしてもらい、懐から取り出された実物を頼んだ青年で受け取る一幕。




「有難うございます」

「今回も絵の出来上がりを拝見させて頂ければ、実に安きものです」

「……評論は、お手柔らかに」




 青年では美の女神と不定期に行っている『図画ずが』の機会にその写真を『模写の題材にしよう』と決めて。

 翼の内側に水を掻き込む鳥の写し姿を衣嚢いのうへと仕舞い込み——砂丘の上から手を振る友へ、己でも手を振り返しながらに笑顔を浮かべた。




・・・




「まさか砂漠の飢えた獅子までを手懐てなずけ、あれだけの異種いしゅに好かれては博愛はくあいさま。理想郷の具現——いや、化身けしん


「何か感極まって、涙も出てしまう。こんな……こんなことがにあるなんて……!」




 青年が水と食料を配り始めての暫く。

 砂丘の一つを上に離れた位置では日射の脅威に備えて薄布を頭に巻いた行商人。

 恐る恐るで丘のふちから動物たちの平和に過ごす様子を眺め、自身の飼育する有角ゆうかくラクダにも水を無償で分け与えてもらったことを喜ぶ人の身。




「心も洗われるようで……良かった。優しき者と出会えて」

「いえ。此方も目的地までに荷は降りて、足の運びも容易くなりましょうから」

「だとしても、余り物とはいえ水の恵みは本当に助かった。これは正に天からの見守る者と旅の守護神……出会いの幸福は父母ふぼたる神々の居てこそ」




 その互いに旅の途中で出会い、水を配る青年と役割の分担で聞き込みをしていたのが人に扮する美の女神イディア。




「……だが、そうした神にも認められるだろう殊勝の者たちで、本当に『あの都市』へ向かうのかい?」

「はい。かねてからの目的地でしたので」

「……今、我が身の立ち寄った彼処あそこは何やらな気配でね。それもあって『砂漠の舟』たる相棒たちをろくに休ませてもやれず……悪いと思っても足早で出てきた訳なんだが」

「……"不穏"とは?」

「どうにも『土地の取り扱い』について揉めているようだった。聞けば『古代の神域が家の下』、『地下に埋まっていた』ことが分かって『立ち退く』だの、どうだの」

「……場所は此処から、見えるあの山に向かって間もなくで?」

「あぁ。だから、今に訪ねるのは『よした方がいい』と思うんだがなぁ……」

「お気遣い有り難く。けれどそうした問題を見逃しては我々でも得意先を失いかねませんから。『様子見』程度に」

「其処までを言うならめもしないが……それならせめて、"旅の先々でさちの多からんことを"」





「今日のこの感謝は語り継いで忘れない——どうか達者に、息災に」





 仲間と似た暗色の装いは問題の起きている詳細な場所も聞いて確かめ、疲労に効く水との交換的に情報を入手。

 話の終わる合図では眼下の青年に向かって手振りが合流を促し、次の目的地とする噂の都市へと女神らは遠征の足を伸ばさんとする。




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