『期間中の活動方針について③』

『期間中の活動方針について③』




 そうして、初の依頼達成に喜んでも命の危機に波の立った心。

 故に休息の時間も置いて——開幕の初日から夜の明ける翌日。



(……今日からまた頑張ろう、パン作り)



 着替えも終わり自室を出て、誰もいない静かな広間を通って新たに与えられた小充実コンパクトの調理場へと青年が向かう。



(これから本格的に、沢山を作れるようにならないと……!)



 迎えた明朝は、"早くにする仕込み"のよう。

 宛ら『働き始めた』みたいでもあり、"新生活の訪れ"に肌のざわつく心境の間。




「……おはようございま——、す……"?"」




 するとそして、気を引き締めて進み入る空間では何やら『ガチャガチャ』と音を立てる女神たちの姿も既にあった。




「……我が弟子の御目覚めか」

「……おはようございます。我が友」




「あ、どうも。お二方とも先に来ていらっしゃる——」




 先客、腕を組む二柱の前で何やら機械的な黒い箱の形。

 静かにも規則的な駆動音を立てて、内部は窺い知れず。




「——けどそれは、何をして…………"パン"?」




 しかし、その箱形の出口と思しきから"香り良い焼きたての何か"——自動に載せられ、流れ出てくる光景は。




「はい。"青年の作品を模倣した"、は『量産品』の数々」

「りょ、量産……——え"?」

「『神が働く』とお思いでしたか——いいえ。布を巻いて生地を捏ねる姿が見たいのであれば、別口で我々も願いを聞きましょうが……」




 それ即ち、アデスとイディアにより既に合理的な生産体制の確立。

 謂わば『工業化』の実現は成った。




「やはり束縛の化身、過保護な私は……青年に働いてほしくをない」

「……?」

「多少を譲るとしても週の一日は四半刻しはんとき程度が貴方に無理のない適正な労働時間であって……それは比較的に負担の少ない『保守』や『点検』に使って貰おうと」

「……」

「『苦労』なぞ、ないならないでいい。でなければ、精神が壊れてしまいますから」

「……アデスさん?」

「開発主任は美の女神です」




 だから青年の性格上で『強く責められる』とまでは行かないだろうけど、急進への困惑に眉根を寄せた若者に問い質される気配を感じ——暗黒。

 "同志を売る"ような転嫁てんかじみての物言い。




「……イディアさん?」

「……友に負担を掛けるような"手間てま"は、けれど私で『それもどうか』と悩みましたので……"選択肢を増やしてみました"」

「い、イディアさん……"昨日まで移動販売に弾んでいた貴方"がもう、"効率化"を……?」




 振られたイディアでは目を閉じて、渋く。

 涼しく真顔のアデスと比較して幾らか場都合ばつごうの悪そうにも状況を説明してくれる。




「……『これを完成させれば我が友の負担が減る』、『そして空いた時間で私と語らい過ごしてくれるかも』と思えば……作業の手は止まらず」

「そ、そう言って頂けるのは嬉しいですけど……」

「本当に申し訳ありません。私にも暗黒の女神のような"束縛"の……『貴方の為』と言いながら事実として機会を奪うようなめんがあった」

「……イディアさん」




 詫びようとしては差俯さしうつむき、『友を独占したくなる——このような感覚は知らない』と美神も新しい己に惑っているのだろうか。




「しかし、自覚からは自省だってしますから、我が友が『要らぬ世話』とおっしゃれば……私が暗黒の女神とお話しして使わずに済むよう取り計らうことも……なん、とか……」

「……いえ。"不要"だなんて、そんな」

「……ですが」

ようは少しでも多く、行き渡る量を増やせれば何も問題はなくて……事実、寧ろイディアさんのお陰で自分の負担も減るのでしょうし……」




「有り難く厚意と恩恵にあずからせて貰えればと思います」




 対しては『機械による工業化に職を奪われた』ようで複雑の青。

 でも、青年では『より労力は少なくに多くが届けられるから』と、何より最たる重要な目的も『幸福の最大化』であるからと納得の返事。




「……恩に着ます、我が友。『良かれ』と——いえ、私自らの欲が為に却って気を使わせてしまいました」

「いえいえ。正直に言えば確かに自分の心境で複雑なものはありますけど、これ以上の我儘は流石に『事の本質を見失ないかねない』とも、冷静に考えればそう思えましたので……お気になさらず」




「此方は"選択肢を提示してもらった"ことで、より大事な方を早くに選べたとも思いますので……結果的にはこれで全然、"大丈夫"です」




「加えて青年の力を発揮する機会が皆無となった訳でなく、引き続きは味を熟知して『開発部門の責任者』」

「……」

「望めば人に『自動販売』の概念や食物の内容を教えるかかりにもなれる」




 つまり決して喧嘩だの不穏の遣り取りがあったということでもなく、若い二者で円満に意見を交わして問題のないことも確認は終わり。

 また意見交換の推移を黙して見守っていたアデスからは『必要に応じて役職をてがう』との保証も受けるが、けれど反省の意を表して釈明してくれたイディアは兎角で『青年を身近に置いておきたい』目論見——その通りに事を運んで悪びれぬ恩師へは多少なりともねたい気持ち。




「……でもそういうの、"知識を一瞬に刷り込む都合の良い認識改変"もアデスさんで出来るじゃありませんか」

「他にも各地で必要に応じて営業許可を貰ったり、我々には必要性の薄い収益をとみの再分配に気を付けつつ散蒔ばらまいたりもあります」

「……」

「パン物を直接で配布するか・信頼の於ける再分配機能に預けるか……その策定は都度で慎重に考えねばなりません」

「……結局はそれも指一つ動かさず『ちょちょいのちょい』で出来ますでしょう」

「……ばれてしまいました。確かにそれら細事こまごとの多く、我が方で秒に済ませるつもりでしたので——過保護な私を許して? 我が弟子」

「……本当は主導したのもアデスさんでは? それを正直に言って頂ければ許すかもしれません」

「……白状します。初めに女神イディアをそそのかしたのはわたし。『青年と語らう喜び』を私が彼女に吹き込んだのであった」




「……恐らく一言二言でイディアさんを誘導したのでしょうから『開発主任は彼女』の辺りで嘘も言ってないのでしょうけど……"本当に危ないこと"をさせたりしないよう、頼みますよ?」

「直ちに自らをかえりみん。"欺瞞ぎまんを自覚せずに悪びれもしない"のは『目指してはならぬ邪悪』だとも」

「一応、イディアさんに責任をなすり付けたようなことも謝ってください」

「ふふっ。はい。これでは何方どちらが『保護者』なのか判別も付きませんね」




 古い女神でも『青年は悪女の私を愛してはくれず』で。

 寧ろ"じょう依拠いきょせぬ判断"が出来ることを喜ぶような微笑みが素直な応対に見えて。




「心からのお詫びを、女神」




「『これぐらいは茶目っ気で許される範囲だろう』と図太ずぶとく、真に我欲がよくが為に貴方を利用せんとした黒幕からを謝ります」

「い、いえ。結局の所で開発の踏ん切りを決めたのは私なのですから……そこまで貴方を責め立てる道理も、気さえ大してありませんので」




 青年が付き合いの中で普段から怪しい魔性を疑った名推理では詳細も暴かれ、各々の価値感覚や世界観が違っても『今はわだかまり少なく協力したい』と、思いの共通を三者は再びに確認する。




「そうしてはやはり、『完全に私が全てをやってあげよう』と暴れるままに甘やかしてしまえば、またも青年の自尊心をないがしろにしてしまうかもしれませんので」


「因りては、経済的な調和を鑑みて現地の状況・物価や賃金、同業他社との競合などから思案する『商品の価格設定』を中心に……その辺りで当面は青年からも頑張って意見を出してもらうとしましょう」




「「"——"」」




「私の教え子たちへ成長や習熟に導く助けもし、その才知さいちを使わせて実技を披露する時も設けようこそは『指導者』、ですので」




 こうして、整った食料の生産体制。

 頒布の注意点も幾つかを述べられ、方針は具体的な形も見え始めた。

 誰かの手を煩わせぬ大量生産の品を自販機のように販売も可能となったから、つまり『自分でも働き始められた』と思った青年は僅か一日——いや実質として"二十四時間も経たぬ間に働き口を失う"こととなり、本格的な旅の始まりは何か思いで、ほろ苦く。

 



「……そしたら取り敢えず、出来上がった様子のパンでも食べますか?」

「実を言うと我が友の来る前に味見で十個じゅっこほどを、頂いたり」

「す、凄い食べましたね。自分が作った物を参考にして頂いたとのことですが、味の方は大丈夫でしたか?」

「はい。昨日と変わらず、舌に心地よい味わいでありました」

「それでしたら、良かったです」




 はたから見れば何故か記憶に残りづらいお姉さんたちは、寄る世界の各地へと美味しいパンを配り歩くことになったのである。





暗黒わたしひゃくを食べました。故にこそ再現に何ら問題ないことも我々で確認済みなのです」

「それでも、今日は"昨日よりもっと上手く作れる"自信があったので、可能なら先ずはその調整からを——少し……」



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