『水面下に魚心②』

『水面下に魚心②』




 だからして、最終確認を任された同日にその足で向かう山手やまて

 其処で草木の緑や山肌の灰に良く馴染むのは『秘された神殿』とでも呼べよう森の奥の、まるで何年も前から同地に置かれていたような神造施設。




「——……"ダム"?」

「"水を高くき止めて蓄える構造物"でしょうから、"ダム"ですね」

「……確かに、資料でも見たことがある形です……でもこれは、何か少し違う……"その発展型はってんけい"?」




 女神らの目前ではまるで大地の盛り上がり——つまり"山が丸ごと一つ追加"されたように自然の光景が地形を書き換えられて広がり、その背中にあたる部分が押し留める大量の水も新規の『湖』が如く。

 その人の手が加えられていないような景色ありのままを認める青と黄褐色、重大事故が起きないようにの危機管理は青年と美神で密やか。

 とは言え、施工をしたのも水の賢者プロフェッショナルで、青年と同様の神格を持ってそれを優に超える『大神』の働きに息を呑んで感心する他はなく。




 ・・・




 事前に『心配なら、どうせなら——"流れる滑り台"と思って飛び込んでみればいい』と。

 大神二柱のお墨付きも得ているから、設備が誘導して順路に集める水へ迷い込むよう乗ったさかなも『機材に挟まったり、薬品で殺されないだろうか』と心配だったから——。




「では——行ってきます」

「無理をなさらず。お気を付けて」

「……はい!」




 人間なら決して真似をしてはいけない、"出来ない方法"は"己を流体と変えての飛び込み"。

 その魚を追って、また微生物たちとも一緒にの"体験見学"へ——直行ゴーしては、間もなく。




 ・・・




 その後で、間もなく。

 初期段階の異物を弾く排水機構から件の魚を抱えて出てきたのは青年。

 流体の己を人型に近しい姿と戻して出た先、備え付けの魚道ぎょどう

 その自然な川への合流には抱えて守っていた魚を放し——すると、間を置かず。

 大神より教えられていた構造から、その水の流れる位置を読んで先回りに友を探していた美神とも早々に果たす再会。




「我が友。大丈夫でしたか?」

「……はい。思ったより直ぐに吐き出されてしまいましたけど序盤の大雑把な分析だけでも——文字や式に起こすのは難しいですが、『圧力の計算とかが凄い』ことは、自分でも感覚的に分かりました」

「では、続く設備も同様に確認を?」

「"——"。迷惑にならない範囲で中も見させてもらって、この際ですから少し勉強の参考にもさせて頂こうと思います」

「"参考"に、為さるのですか?」

「……仕組みを知って、"自他でも役に立てられることはないか"と思ったので」

「……そういうことでしたら私も協力しますよ。また何か分からないことや疑問があれば遠慮なく頼ってくださいね?」

「助かります」




 交わした笑顔はその後でも『水源林』と『ダム』に続いて『取水堰しゅすいぜき』や『取水塔しゅすいとう』——。

 更に繋がる『導水路』や『浄水場』、『送水管』や『給水所』、『配水管』などと——.外側に、内側からの見学。

 其処に加えて、これまでの人の記した資料を見た限りでは未だ良く分からなかった超越技術オーバーテクノロジーの設備も二、三。

 それら、やはりどれも"星の一部"として馴染んだ神業の一連を実際として目にし、言われた通り『水道設備にまるで問題がない』ことを友と共同でする確認は早くも日が沈まぬ内に、"その任せられた勤め"を終了する。




————————————————




 そうして、例の如く今日も博識な美の女神に助言を受ける中では学知の面で大いに助けられ、胸中は益々に尊敬の意を深めた青年。

 現在地——口にしたり手で触れて扱う綺麗な『上水じょうすい』の到達地点、都市ルティシア。

 此処でも午前中に確かめた新設の『消火栓』や『蛇口』といった、文明の発展を物語る数々を視界に収めた『噴水広場』での一息。




(これでも……良かったんだろう)




 遠くない場所では一夜にして突如現れた"利器"の形を不思議に思わぬ人。

 斜陽の始まる仕事終わりに水飲み場で喉を潤す人間や、また足下から噴き出す水の勢いと遊ぶ幼児たちは親に見守られて爽やか。

 波が良く見える女神からは虹の色も空に見えて、水の恩恵に喜ぶ人々の姿。




「…………」




 区画整理された畑でも農耕用の水路のお陰で追加の人員は必要がなくなり、自らが申し込みを考慮していた職の席もなくなり。

 既に同日で、下水の浄化されて河川や海に流れ込む様子も——流石に飛び込んだりはしなかったが——見て、確認の終わった青年。

 公共に開かれた噴水の淵に座って何度目かの"大いなる力に畏怖と敬服をするのみ"は、物憂げな麗神の感傷センチメンタル




(……大神、凄い)


(凄くて、でも……あれだけの力を持っても其々で"求めるもの"……"容易には手に入らないもの"があるなんて……)




 孤独にひたる中、仰ぎ見る天と宇宙にも見る広大こうだい

 同行していたイディアは『昨日までの都市を懐かしむような者』へ気を利かせてくれたのだろう。

 少し前に『言われた通り深刻すぎるでもないようだから』と先に拠点へ戻る旨を伝え、残されたのは微妙な心持ち。

 青年で後は『実際に都市で暮らす人々が水道の恩恵へどのように与れているのか』を観察していこうと。

 急変に抱く夢心地のままに考え、よっては『何処か公共の施設に顔を出すなら勝手を知る神殿……しかし神殿は女神像と対面するのも怖いからどうしたものか——』と、悩む時。



(…………)



 歓迎すべき平穏。

 しかし目先の展望も乏しければ、"将来の確たる目標もない己"を思い出されて切なくなる平時。

 刻一刻と過ぎる夕暮れ時で何をするでもなく。

 水を主とした物質の動きや生きる者たちの営みも神の認識内を通り抜けては、過ぎ——しかしその中でそばに歩み寄ってくる人の気配が一つ。




「……もしや、ルキウスさんでは?」

「……"アイレスさん"。こんにち——いえ、こんばんは?」




 外部からの接触を暗黒に許可される今、此方も勤めから帰る足。

 神殿から丘をくだってきた知己の少女アイレスと青年は偶然に出会い、支援をされる側から"支援をする側の落ち着き払う色"にすぐ様と意識を切り替え、交わす言葉。




「此方こそ、こんばんは。そして先日はまたどうも。何時もの如く御裾分けに与らせて頂いて」

「いえ。それこそ例の如くでお気になさらず……アイレスさんは、お勤めからのお帰りで?」

「はい。本日も我らの御守りくださる女神の為と、そのおわす神殿を清浄に保つ奉仕をさせて頂きました」

「……お疲れ様です」




 仕事終わりでほどかれる少女の栗色の髪が『少し長くなったか』と思いつつ、再会自体はつい先日ぶり。

 時折に年下のいもうとのような存在に思える十四か十五の相手が、己には難しい労働に従事している事実が今日は一層に重く。

 "年上としての面目が立たない"ような感じもあって何処か『場に居づらい』のは複雑。

 しかし、何よりは胸に湧き上がる敬意に素直となって労いを言ってから、またしても次なる言動を模索の心境。




「いえ。それで今は帰宅の道すがら、通り掛かった此処に貴方の姿をお見かけして声を掛けさせて頂いたのですが……お仕事の途中などで、邪魔をしてしまったでしょうか?」

「いや、そういったことは自分でも既に終わったので、邪魔などということはなく……休憩しながら『水』についてを考えていただけなんです」

「……"水"についてを?」

「はい。今日も今日とて行商のような事をして歩き疲れた中、『何時もこの都市の水は美味しいな』と……休憩しながらしみじみ思い、それで」

「……成る程。それでしたら思いにふけるのも自然のことかもしれませんね。何せ我らルティシアの民、同地で『水の美味しさ』・その整える『水利の技』はちょっとした自慢でもありますから」

「……はい。本当に凄いものです」




 すっかり改変されている歴史と記憶の表れる言動に一抹の恐怖はまたもよぎり、けれど『自慢げに胸を張る少女の姿は微笑ましいから』と。

 やはりは昨日までの都市を引き摺っていた己を納得させ、しかし考えてみれば『その整合性が何処まで取れているのか』も気になったから、利かせてみようとする機転。




「自分も、それなりに外部の都市を見回った方だとは思いますが、それでも本当に凄いと思えて……その……」

「?」

「……どの家にも水道からの水が安価に分配されていて、"朝はもちろん夜"にも——終日しゅうじつで利用が出来るんでしたよね?」

「……そうです。そうなのです」




(……水の流れる気配で分かっていたけど本当に、たったの一日で……其処まで)




「……でしたらその、実を言って先程お話しした"自分のお仕事"のようなものは……それも『水についてを調べる』ことでして」

「……まぁ! 休憩の時にまで勤勉に……それに、もしかして『水を調べる』というのは、『また以前のように我らの女神様へ御報告をしてくださる為』であったり?」

「だ、大体は、はい。水の神——さまに"仕えるお仕事"みたいなものの一環で、"水質の調査"やその根幹を成す"水道"自体に興味がありまして」




「だから、午前中は詳しい方に話を聞かせて頂いたりも、していましたのです(?)」

「ならばそれこそ、貴方様の方こそお勤め、ご苦労様です」

「いえ、そんな……それであの、もし宜しければ家庭の範囲でも調査として、アイレスさんのいえの水回りも一目見させて——……いや、やっぱり話だけでも聞かせて貰えれば……」




 いっそ殆ど真実を問題ない範囲で明かし、都市に住まう少女アイレスでは『飲み水』や『炊事』に『洗濯』、場合によっては『風呂』などでも利用が出来ているのかを実際に神の目で見て確かめようとした青年。

 だが、協力を願おうとの口振りは『何かのハラスメントに当たらないか』、また『水道業者を騙って悪事を成す不審者』のようでもあり——その心配で陥る話下手はなしべた




「……何と言えば良いのでしょうか」

「……」




 けれど、青年を『神の親類』と信じて恩を感じている者では下手それでも構わず。

 何より時折に現れて不思議なことを言っても嘘を言わぬよう努める——『苦境を解決してみせる』と言ったことを、これまで幾度も本当にしてきた相手の振る舞いは拙くても"信用に値する"ものだったから。




「……気になるのでしたら、今からでも見に来られますか?」

「……それは」

「ルティシア自慢の技術力、"摘みを捻れば出てくる清潔な水"は私の家でも御馳走できます」




 ここまでの話を聞いた少女は微笑みながら言葉を返してくれる。




「……しかし、間もなく夜になってしまいますし、ご迷惑では?」

「いえ。貴方には常日頃から沢山の"恩返し"をしてもらっていますから……また私の方からもその"恩返し"と思って」

「……」

「なのでもしも、貴方で今日のお宿が決まっていなかったりしたら……それも是非、我が家へお泊まりになっていってください」

「……アイレスさん」




 対しては青年でもう夜遅くになってしまうと一時は提案に消極的も、ならば『昼と夜で使用量が変わるだろう水の流れに滞りがないか』も気になるからして。

 更には今まで逃げるようにそそくさと、訪ねた彼女の下を何度も足早に立ち去ってもいたから。

 再三に厚意を断るのも気は限界を迎え、遂には女神の青年で人の家に厄介となることを決意する。




「……分かりました」




「それでしたら今日は、貴方の言葉に甘えさせてもらって……宿泊まで宜しくお願いしても、構いませんでしょうか?」

「……勿論です。家族共々、親しむ者を選ばぬ水の恩恵——女神に倣っても貴方を歓迎いたします」

「……恩に着ます」


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