『水面下に魚心①』

『水面下に魚心①』




 青年は知らぬが——神々の王が施した『スーパー一等地』の仕様上。

 増えに増える作物の管理の為に新規の"人材募集"や"水利工事"の必要とされるその話を同地の守護者でも聞いて、次の日。




「いえ、本当に募集があって、多分畑に使う分が多くなったからだと思うんですけど……」

「……」




 人々の間でそうした動きが見られた今、『時偶ときたまにやっていた雨降らしも手間』だと。

 青年女神のルティス自身も『利便性の高まるに越したことはない』と乗り気で。




「——あ! 彼処あそこです! あの掲示板の貼り紙が募集の…………"あれ"?」

「……ふむ?」




 けれど、そうした相談を持ちかけられて『本当に本当か』と何故か訝しむ大神を引き連れ、促されるままに確認で訪れた都市。

 そうしていざ、くだんの求人が貼られていた掲示板へ向かって見ると——これは、どうしたことだろうか。




「……それらしき物は見当たりませんが」

「え……? な、なんで……昨日は確かに……」




 掲示板にあるのは『拾得物しゅうとくぶつの案内』や『商売の宣伝』、また『納付物の災害時免除の注意』などで概ねの様相は変わらず。

 けれども、しかし昨日の今日で募集の貼り紙——青年が目当てとしていた物だけがのだ。




「……やはり、"気のせい"だったのでは?」

「いや、そんな、確かに昨日は此処で、この目で見たはずなのに……まさか"貼り出して一日いちにちで募集が終了"なんてことは……」

「……青年。"ない物に応募は出来ませんから"、帰りましょう?」

「……"まさか"」




 であるからして、狐に摘まれたような感覚。

 その"消失した理由"に悩む青年は、思えば昨日より"怪しかった恩師の言動"から『まさか何かをしたのか』と考えは至り、怒らずも問い詰めようとの口構え。




「……"アデスさん"——か?」

「……"なにか"とは?」

「……出来れば嘘は言わないで欲しいのですが、それこそ……"求人をなかったことにするような"」

「……"私ではありません"」

「……?」




 返される答えは"意味深"。

 同じく付き添う美の女神が掲示板の周辺を物探しした後に、周囲の人へ『該当の貼り紙がなかったか』を聞き込みして——やはり『知らぬ』・『存ぜぬ』と首を横に振られる中で、怪しき女神の続ける言葉。




「私ではないが、の悪い……いや、寧ろ恐らく、貴方と気に掛ける人々にとっては『良きこと』がありましたようで」

「??」

「"一夜にて世界を変える"のはまさしく大神の御業——なれど、やはり"私ではない"のですね〜?」

「……それは、どういう——」




 その状況が変わった理由を"知っているだろう怪しい素振り"へ更に詳細を尋ねようとして——視野を広げれば見える都市。

 一日を過ぎただけなのに、良く見てみれば他にも多くの変化があることに気付く。




「……いや、待ってください。それどころかさっきから気になっていたんですが、視界の端に映るこれは——『馬水槽ばすいそう』!?」


「上部が馬用うまようで下部は犬猫いぬねこ、裏は人間用の"水飲み場"……!?」


「他には『蛇体鉄柱式共用栓じゃたいてっちゅうしききょうようせん』まで——いえ何より大地に、"地下に巡る規則的な水の流れ"……!」




「我が友の、"学んで水に詳しい側面"です!」




「この、"水の流れる順路"は……——」




 その変化を齎らした大神かみ

 驚き興奮して地面に膝をつく青年の下へと、普通に——されど気付かれずに歩み寄らん。




「——"喜んで頂けたかな"?」

上中下じょうちゅうげの揃った——"水道すいどう"……!?」

「そう。"絶え間なき給水と排水"は衛生の基本重大要素。飲んでよし、清く洗ってもよしの——また時には上へ載せて・内に含んで物質、"流転るてんの表象"!」




「——(ふ、太い声!? だれ……??)」





「"万能の一端"さえ表すそれこそは——"水道すいどうちから"……!!」





「……"!" あ、"貴方"は……!」

「——""である」




 その歩み、行く先で人混みが自然と退ける雄々しい巨体。

 宛ら王の威厳は道を開けられるように進んで、片耳の上に三叉さんさを載せる黒髪が大神——大神ガイリオス。




「暗黒のする幸福論の実証。に対する自己の有益性を示さん」




 顕れた神の正体に気付いたイディアが衣の裾を持ち上げて上品な辞儀をする横、遅れて青年も偉大の神へと深くの礼。

 対する大神では『苦しゅうない。顔を上げよ』と軽く手の持ち上げる仕草をし。

 同じ『テア』に連なる神同士、知的好奇心に溢れて全知全能にれぬ色——其々で髪に混ざる『青』に女神の面影を見て。

 しかし、見たとして、その"失われた女神"と親交のあった己と暗黒神の手前、多くを語らず。




「なに、案ずることはない。無限の資源リソースで、何より余が『暗黒の陣営へ"協力"の用意を示したかっただけ』故に……対価なぞは要求せず」

「大神ガイリオス」

「然り。水道これも挨拶に持参の贈答品で、何より以前に酒場でおどかすようにしてしまったことの……謂わば『詫び』でもある」




 暗黒神の重圧に誘導される形でも『ちょっかいを出そうとした詫び』として。

 調味料や食料の物流支援に続き、施設の建築工法や全体構造システムそのものを一晩で提供し終えた、神。

 只人ならば作業に何年をも要する事を超短期間の片手間に終えて、大神。




「……とのことで、私ではないらしいですよ。青年」

「……わ、"僅か一夜で整えられた水道設備"が……『お詫び』で、『贈り物』?」




「そうだ、そうとも。かわ


「また設置に際して、川水かわみず其方そなたが気に掛ける諸々のいのちに対しては——移住の手配に認識改変・記憶の整合処理も余で、お任せ」


「設備自体も全自動で異変や故障を発見・その対処までもおのずから為済しすましてくれる——手入不要メンテナンスフリィ




 その偉大なる事業を手早くに可能とした者は"物質界の王"——巨躯が突如に顕現して、同じく厚みのある玉の声でも言うのだ。




「またかりなく一帯で利権の調整・宗教観に基づく法整備だって済ませたのだから、安心せよ」

「ぇ……ぁ……?」

「少なくとも此処で、"水の戦争"など起きはしない」




 そう、凄技すごわざを簡単に言ってのけるのは青年が良く知らぬ相手。

 細かな部品は既に形となり、後は現場で組み立てるのが主の『プレキャスト』の進化は、工場で成形された部品を繋ぎ合わせる模型プラモデルのような法式でも"発展版"。

 設置する周辺環境への最適化も事前に済んだ、殆ど完成品を現地の座標に組み込む『コンプリート』の工法で——真っ当な工事をしていたら確かに長期の仕事になり、『自分が長く携わるのも安全を含む色々な面で難しいだろう』と心配していた青年。



(……一夜で、水道の——完成)



 青年女神でも確かに利はあったのだが、喜びを上回るのは複雑な思い。

 決して『不正』という訳ではないが、何となく"環境の急変"・"急速な文明発展"にお気持ちは『小狡い』ものを感じて、もやが掛かる人心。




「……」




「……概ねは言われた通りにやった筈だが……まさか余は言うなれば何か、『不味まずってしまった』のか?」

「……繊細せんさいの神なのです。また思慮深くもあるからして……何か大神われわれの見通せぬ領域、思う所があったのでしょう」

おくいちちょういちにも備え、余自身がアフターサービスに当たるから川水の手を煩わせることもないのだが……」

「……私にも責任の一端はありますので、此方から様子を窺ってみます」

「頼む」




「……」

「我が弟子」

「……アデスさん」

「"急変に戸惑っている"のですか?」

「……少し」

「……ならば、大神のお節介。今からでも私やの者で昨日さくじつの状態に元通りとも出来ますが……?」

「……いや、別に怒ったり、不快に思っている訳でもないので……其処までは」




 先述の建築が簡単な理由で『気に召さなければ直ぐに撤去も可能』と言われるが、さりとて無理を言って今更に『素晴らしい贈り物』を突き返すような理由もなく。




「寧ろ、その……あの大神の方には『人々に恩恵を与えてくれて感謝している』と……そうとだけ、お伝え願います」

「……了解しました」




 "変化に合わせて認識の調整も済んでいるなら大きな問題も起こらないだろう"。

 結論として『良いこと』だと自らに言い聞かせ、急変に対しても納得させようとする己。




「……尋ねた所、どうやら『感謝感激雨霰かんしゃかんげきあめあられで謝意の表現が絞れない』とのことでした」

「成る程。それならば良いのだが……ややに『大神と世界観の規模スケールが違い過ぎた』だろうことは断片的にも見て取れる」

「……」

「次があった時の為、反省の一つとしておこう」




 それでも腑に落ちない部分、『己より遥か格上の神が済ませたのだから言われた通りに不備はない』として。

 けれど、自分では安心の実感を得る間がなくの急な動きへは、晴れきらぬ表情。




「……でしたら本当に、貴方様の気遣い——恐悦至極に存じます」

「おぉぅ。それも苦しゅうない。探求に興味のある神、与えられた物を存分に活用して今後とも勉学に励むと良いだろう」

「……はっ」




「……」




 その"作り笑顔"を、外部に正確な様子を隠したままに認識する暗黒。

 実情としては『青年を労働なんぞに取られたくない大神』と、『他の大神に協調をアピールしたい大神』とも利害は一致しての——くわだて。

 けれどの企て、その主導した神。

 今やアデスで反省の意は『青年の求めるもの』を一応に与え、社会性を重んじるその人格に"一つの落とし所"も示さんとする。




「青年」

「……?」

「どうしても心を配るなら、ならば貴方が設備にとっての——『最終の安全弁』となるのは如何でしょうや」

「……"最終"の……?」




「大神ガイリオスでも構わぬか——"構わぬだろう"?」

「? ……ああ! ——"勿論"!」





「——なので、我が弟子。既に稼働している設備の最終的な確認はです」

「……アデスさん」

「……任されてくれますか?」

「それは……はい」





 よって、青年に知見はあって更に支援者も付き添うからと。

 既に置かれた設備一式の最終確認を『おつとめ』として、恩師は先日に意欲を見せた若者へ案内。

 また任される水の神でも必要としていた『気の落とし所』に肯定と、『つまらない人の我儘に付き合ってくれたこと』へ"感謝"の頷きは返される。





「……うむ。話も纏まったようで、ならば余所者は長居をせずに立ち去ろう」

「……御協力に感謝を」

「いやいや。何やらひかりの方でがありそうな時、この時期だからこその再度に喧伝アピール

「……」

「余はあいも変わらず中立ちゅうりつ。『光と闇の何方どちらにも"繋ぐ手はある"』のだと……引き続き、覚えておいてくれ」

「……」

「……また神王しんおうより魔王まおうへ。"重要な会合の願い"があったことは隠れ潜む其方でも存じている筈」

「……確認している」

「其れは当然に『わな』でもあるだろうから、指定された座標へは心して向かうべしよ」

「……」

「然すれば、"その会合の結果次第"であろうが……『並び立つ』か『向かい合う』か——どう転ぼうが近い未来うちに、






「では、な」




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