『もし誰もが働かないといけなかったら労働に適さない青年はどうすればいいですか?④』




「やはり、"危機管理"の指導者として見ても……率直に言って青年に、"責任の伴う大役を任せることは難しい"」




 他にも色々をやって、果てで戻ってきたのは給仕、それも"おいしい水"限定。

 自身の言い出しに付き合ってくれた女神たちに出す、最高品質のお冷や。

 取り敢えずの礼として手間の掛からぬ者を出した後——己は柔らかな椅子に手をついて項垂うなだれている青年。




「……はい」

「貴方もまた"社会という枠組みの外"に願いをいだいては、故にその維持や貢献に"虚無"を感じて身がはいらぬ者」




 青い彼女自身で、"働くことを楽しめない"。

 そもそも確たる目的がないので本腰を入れて勤めるのも難しく、何かを得ようともしない作業の連続は虚無的に辛そう。

 だからして、先のように『ヒヤリ・ハッと』する危険な失敗も重なり、想像を遥かに越えた"己の非力さ"に川水のしょぼくれる様子が今である。




「側に私や私、しくは女神イディアのような"参謀役"が付いていなければ、"単独で物を上手く扱うのは極めて困難"と言わざるをえないでしょう」

「……自分は、外だと……"アデスさんやイディアさんが側にいてくれないと料理さえ碌に出来ない"?」




 青年自らでも思えば、そうだ。

 飢饉や疫病や戦争の騒ぎだって助けてくれる他者がいないとてんで駄目だった、己だけで成し遂げられたことなどはなかった。

 因りては『単独での勤め上げが困難』と、それだけで価値を否定するようには言われずとも。

 過去の臨死や衝撃的な出来事の連続、やはり傷付いたが故にそれを恐れて『敏感となった心』、また溶けた自己の境界線で『他者に示す強い共感性』——周囲の多くが気にかかる状態。

 "精神的に不安定"となっている事実が重く、心へと伸し掛かる。




「……"料理の出来ない自分"? ……え?」


「な、なら、"他に誰かのためには何ができる"? ——あ、あれ? 権能があるのに分からなく……なって……」




「……」

「……」




 傷心で薄々理解していたとはいえ、『出しゃばりで無能』の自認が胸中で寒いほどに心悲しく。

 剰え"自己の存在意義"をまたも見失い始めてグルグル、星形の光が回る目からは滲み出す悲嘆の水。

 よって、誰も青年を愛さな——いや、そんな"やる気ばかり先行して空回り"をしたり、ちょっぴり酷いかもしれないが"物事へ真剣に悩む姿勢"も好いている女神たち。




「我が友。そこまで悲観的にならずとも貴方にだって出来ること……"出来ていること"はありますよ」

「そうです。私の青年、やるべきと感じた時は意を決して行動へと移れる者——『ただその時が平時へいじに於いては少ないだけ』なのです」

「……そういった意味では持ち場で不用意に動かず、有事の際にこそ飛び出て行く『遊泳場の監視員』などもいいかもしれません。"水の怖さ"も良く知っていますしね」




「……お二方」




「無理せず、急がず……自らでさえ手一杯なのに態々で義務的な感情の為に今より多くの苦を負う必要はない」


「まぁ、そうした先走りの所も放っておけずで愛らしいのですが……"非力を可愛がられる"ばかりが嫌なら地道に、"己の可能と不可能の範囲"を知らねば」




 思い屈した青年に向けて『容認』の姿勢は『われにかへれ』とも手を広げて迎えるよう。

 取り分け暗黒の女神では世界を創りし土台としての己——"大地母神だいじぼしんの愛"も垣間見せて膝を折り、柔和の笑みが合わせてくれる目線。




「『それでも』と思うのなら結局は裏方で食料をこしらえ、それを密かに流通へ乗せる現状が程良いのだろうから……やはり、そうした行いでも既に貴方は頑張っている」

「……アデスさん」

「不用意に前へ出れば要らぬ傷を自他で負いかねないから……先ずは落ち着いてください」




 働きに出ることは当分で見送って熟考を重ねるとしつつ。

 重ねてのフォローで差し出し、『触れてもよい』とする触手は慰める人肌の温度であった。




「……そうです。現実的には今もやっていることの延長線上。"無限に湧き出る水"を干魃かんばつなどでその不足する地域に分け与えるのもいいでしょう」


「他では私の許す限りで人気にんきのある"膨化食品ぼうかしょくひん"などを作り、方々ほうぼうで配り歩くこと」


「既に私の与えたものは自由に使ってよく、何をもめずくくらずの"肉料理"でも……需要はありますでしょうし」




 そうして、労働に関する話は現時点での結論へ。




「そう言った所で、纏めると問題は『働く』どうこうよりそれ以前の……その"向かぬ者さえ働かねばならぬ構造そのもの"」


「『無能な働き者』は言い換えて、"不向きに従事しなければならぬ不幸"——厳しく言っては"社会に適さぬ性質で社会の中に産み落とされた者たち"」


「故に誰もが絶対の悪という話ではなく、選択の機会なければ責任も生じず」


「構造の問題を解決せんとするなら労働の必要性を薄めて、『無能が何も社会に寄与せずの無能であっても許される』ような……まさに"大神ガイリオスの執政しっせい"が一つの参考となるだろう」




 それは、資源に溢れた——"永久の力が実在する世界"の話。




知者ちしゃがやるよう民草たみくさに"衣食住"を手厚く支援して、利潤の追求に困ってもいないから労働を義務と定めず」


「また"見せ物"をはじめとした『娯楽』や『学び』の推奨と機会の提供で、有り余る意気に一定の方向性を与えてやる」


「うむ。群体としての市民生活やまつりごとに関与するならば、そういった事も学ぶに越したことはなく……それが時に『見せ物とパン』だのと呼ばれる考え方の一種でもあり——」




「——然り。青年で事を起こすならやはりパンなどを配って食の安定化を図り、それによって稼がねばならぬ食費の低減、延いては"労働の存在意義を少しずつ奪ってしまう"のも……宜しいかと」




 "労働概念の撤廃"を、テノチアトランを主として許可の得られた地域以外で実施しようとすると——。

 世界の管理者たる神王が『。永久機関あっての"多い無駄"だから、不便だからこそ「より良い」という"幸福を求める心"は止まらず——』などと。

 などと、ほざいて煩い"邪悪の枠組み"については伏せて。




「だから今は、様々な需要に応えられる美味びみなるパンの種類を貴方で考えるなどして、地道に……実を言えば私で『我が弟子とパン屋さんの真似事をする』のも夢でしたので……一緒に研究開発から、頑張ってをみたり」


「……はい。"貴方が社会に不適合"と言うよりかは、寧ろ私的してきに言わせてもらえば『苦しませる社会や労働がみなと青年に相応しいものでない』から……少しずつでも、着実に」





「我々の理想を共に、模索して行きましょうね」





 狙うは王権の完全なる簒奪。

 生きる権利はじめとして世の全てを奪う、"奪うことの頂点に立つ者"——世界をほろぼさんとする魔王は。

 "傷心の若者を今日も養おう"と、優柔の語り口で平穏にいざなうのであった





————————————————





 そうした一連の話は青年にとっても納得であったので、今後は食糧支援の範囲を広げたり、その内容に幅を持たせることも前向きに捉えつつ。




(……みんなは、"出来る"のか)




 "就労"へは『義務感で物を考えすぎていたか』と、反省。

 けれど複雑な思い、都市の少女へ裾分けをした後で眺める同地の人々、"仕事の風景"。




(……凄いな)




 分かり易く店を構えて物を売る者以外でも新しい住居の石を積む者や、色とりどりの野菜を荷車にぐるまに載せて運ぶ者——そう、特に数が多くて目に付くのは作物を運ぶその者たち。

 この男女入り混じった農業従事者たちの慌ただしい様子はちょうど戦争騒ぎが終わった時期から、都市ルティシアで続く農作物生産量の爆発的な増加を経て、人々の栄養状態も大いに改善へ向かわせた喜ばしい光景。

 そうした復興も見据えて、また天運にも恵まれたが故かの状況は確かに人々と、彼に彼女らを見守る青年で歓迎すべきものであるのだが——急な好調では"嬉しくも悲鳴"が上がるようであり。




(……本当に、凄い——……"?")




 現に営みの中で何やら広げた貴重な紙の類いを広場の掲示板に貼り付けて話す者たち。

 身なりは色鮮やかに羽織る物の数も多く、都市の活動でそれなりの決定権を有する人の姿は『役人』か。

 いや、職務は兎も角。

 口に出す内容、偶然にも神の聴覚に『枯らしてしまうのも勿体ない』、『もっと効率的に水を運べぬものか』、『外からでも水に親しむ知者が見つかれば良いのだが』などと——聞こえたのは『水利すいり』に悩む人の声。




(……あれは……————"!")




 遠目からでも正確に文字を読み取る視覚——見れば掲示板の張り紙は『求人』の内容。

 募集されているのは『単純な人手』が多くと、少数でも構わぬからで『水に関して学のある者』——集める目的は『今より多く畑へ水を引くため』とされている。




(……これは——"これなら")




 だから、つまりはこうだ。

 "水を知る者"に謂わば『水道の設置』を必要とされる状況が確認され——『これならば』と。

 木陰に座っていた身を急いで起こす青。




(自分にも、もしかしたら——いや、でも……)




 間違いなく適性はあって、何より恩人の少女をはじめとした『人々の為になることだ』と。

 ついに彼女でも『その為で少し働いてみようか』との意欲も、己の内側から湧き立ち。




(でも作物に、畑……どころか——"都市そのものを吹っ飛ばしてしまったりしたら"……!)




 それでも、自分が仮に大事故を起こせば大変に取り返しのつかぬことになる外界。

 言われたように水辺の監視や救護を担うよう努めるべきか。

 ここでも能動的に問題トラブルを起こしてしまうのではなく、受動的な見守りに徹する——人が水回りを整えるのを自主的に観察して、"もしもの事故の発生に備える"のが吉か。

 考えて、"自分に出来る最善"は何かを悩み、しかし判断能力にも不安を感じているから決断も下せず——"自分には判断が難しい"、





(……判断に迷う、"こういう時"は——!!)





 己の非力と未熟を自覚する半端の化身、それでも『他者のために』と最善の策を求めて。

 協力者たちの下へと、青年は一目散に走り向かうのだ。



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