『相互理解の(不)可能性③』

『相互理解の(不)可能性③』




「——でしたら私たち、何か一緒に調べるのも自分だけでは見えない発見があって楽しいかもしれませんね」

「は、はい。貴方も本当に色々とお詳しく……」




 そうこう色の話に興じていると、受け答えから勉強熱心の様。

 若くして博識に手を掛けんとする青年が気に入り始めた女性は『共同で作業もしてみたい』とやんわりに言い。

 けれど、色々と都合の悪い——より正確には面倒を見てくれる女神たちに『また配慮の手間をかけさせてしまうから』と胸中は消極的の青黒女神。




「確かに、"一緒で調べて何か書き記したりもいいかなぁ"と思っていたんですけど……それこそ貴方のそれは『論文』などでは……?」




 はぐらかすよう、それとなく別の話題を探して——泳いで止まる目線は人間の女性が手元で持つ"鋭利な筆"。

 その『警戒している』との言葉通りに"護身用"でもある戦術的タクティカルペンと"文字が書き進められていた紙"とが気になり、流れを変えんと話で触れてみる。




「いえ。これは単なる"手紙"。私の母に宛てる物です」

「お母様かあさまへの……」

「以前の雑貨屋でこの現物と知り合って気に入り、購入をした懐古レトロのもの」




「論文に使うとしても手間の多い一品で、の親世代に向けたものであります」




 対してはよわいが二十代か三十代と思しき女性で彼女自身の"母親に向けた手紙"と説明が述べられ、続く言葉はその書く経緯いきさつや補足となる情報。




「……あぁ、親の方には"手書きの紙の方が馴染みのある"と?」

「ええ。……実を言えば母とは過去に私の"結婚"の話で少し揉めてしまい、それで"釈明に気持ちを込める"意味でも相手に馴染んだものをと」




(結婚していらっしゃる)




「……と言いますのも、結婚相手の学問領域が新興でまだ実証や歴史の浅い分野——『ロックでの心理療法』でして」

「ろ、ロックでの」

「はい。しかしそれで、その演奏を耳にした母が『これでは治すどころか内臓が壊れる』と相手にも結婚にも批判的な立場となり、結果として以後の私との間にも軋轢あつれきが生じてしまったのです」

「……」




 周囲を囲む花々の向こう。

 その先で虹の根元に目線を向ける女性は苦く笑って話し、意気投合した相手に過去を明かす。




「私の方では『確かに刺激的な音楽だが、だからこそ心を打ち震わす感動が生まれる』と言い、けれど母は『穏やかであってこその心身の回復』と一理ある言説」

「……」

「互いに大きな間違いは言わずとも、けれど同じ人や物を前にして、その"評価が異なった"」




「『個人生活の求道』や『家庭』などの其々が重視する要素、生まれ育った時に場所、文化の違いが絡まって」




「……」

「……遂には親も結婚を認めてくれましたが、しかしもう……以前のようには口を聞いてくれなくなってしまった」




 更には無限のアークをなぞるように見ながら口語で表す"絶望"に、"諦念ていねん"。

 抱く『肉親とさえも完全に分かり合うことは出来なかった』事実への憂いは表情で影となり——。




「それは最初にした『虹』の如き話」


二色にしょく三色さんしょく、時に七色なないろ無限むげんのよう——其々で見え方、見方みかた


「我々の抱える"認識の差異"。『誰一人として完全に同じ世界を共有してはいない』という、"恐るべき事実"」




(……)




「……でも、そして、


「"分かり合うのが困難"だからこそ『伝えたい』とも私は思うのです」




 けれど今では時を経て——胸に宿る"微かな希望"も覗かせる。




「"理解はし合えなかった"、"もう理解し合えない"からこそ……せめて、"己の思いを形にして自他に示そう"」


「『必ずしも敵対したい訳じゃない』、ただ『自分と相手は違う』、『重んじるものが違っただけで絶対的は良し悪しの話でなく』——今のように考えとは、伝えるのさえ難しい」




「だからの手紙。文字として落ち着いた形での、書きもの」


「花に囲まれたお気に入りの、"草木も眠る静かな"、この場所で」




(……!)




 その思いを聞き続ける青年、視界の端ではわざとらしく映り込んでくる冥界の神に『自身が待たせている』ことを思い出し、『もう少し待ってほしい』——『仕方ありませんねぇ』といった視線で済ます意思疎通。

 またそして『死の化身』と共に映る『赤い花の毒性』、土を掘る虫や獣の『け』として機能する効能へも思いは連鎖して至り——現在地を"厳かな場所"と知る者。




「……それでしたら尚の事、作業の邪魔をして悪いのでは……?」

「いえ。学びに熱心な方との素敵な出会いですもの。……けれど、私ばかり話をしてしまいましたね」

「い、いえ。それは別に」

「なのでお返しと言ってはなんですが、今度は貴方で話したいことがあれば、それを」




 引き止められ、話題を持ち出す番を交代。

 同地を訪れた当初の目的へと立ち戻り、"贈るのに魅力的"と思った物についてを尋ねる。




「……でしたら、お言葉に甘えて——話を聞いていたら自分も少し『手紙を書きたい』と思ったんですけど、その便箋は今も何処かで手に入りますか?」

「それなら此処を駅の方向へくだった雑貨屋さん。装飾に"星"が目印の其処で同じ物を取り扱っていたかと思いますが……必要なら私のを何枚か、お分けしましょうか?」

「いえ。そこまでは」




 来た道でくだんの店に覚えのある青年は帰りに立ち寄ろうかと思い、けれど『多少なら必要分は譲る』との厚意には横振りの首。




「文字を書くのは気付くと想定以上に量が膨れたりしますから、貴方は貴方のを」

「良いのですか?」

「はい。今日の帰りに自身の分を買っていこうと思いますので、大丈夫です。お気遣い有難うございます」

「分かりました。……貴方にも誰か、"手紙を送りたい人"が?」




 人の女性では紙の分ける枚数を取り出そうとしていた手を止め、話の合う相手が『どんな者と付き合うのか』が純粋に気になっての何気ない質問、一つ。




「……はい」

「……」

「お世話になった、今も世話になっている方がいて……その方々へのお礼を形にしたいと思い、今日はその買い物がてらに"ふらふら"と此処へ」




 対しては答える青年。

 その話す様、滑らかな会話の出来る教養もあっての物腰柔らか。

 加えて、苦笑でも口に表す謝恩の意。

 "他者を大切に想う姿勢"まで兼ね備え、やはり傍から見て世界に姿を現した一種の理想。

 物陰の『他者の概念なぞ不要』とする魔王もついと『良き』に頷いて『わしそだ……いや、一部を育てた』とでも言いたげの顔、誇らしく。




「それで今、貴方から話を聞いていたら『目に見える文章で気持ちを表す』のも魅力的と思い、自分もそうしてみようかな、と」




 今でも側にいてくれ、また日頃から助けてもくれる相手の存在に言動で感謝の念は絶えず。




「……"大切に想う方"がいらっしゃるのですね」

「……幸運なことに自分を大切に扱ってくれる方がいて、それもあってだから自分でも相手のことをしっかり考えたいんです」

「……」

「確かに他者と完全に分かり合うことは出来ないかもしれませんが、それでも『幸せを願うことは出来たらいいな』とも思って……と言いつつ、"相手にとっての幸せが何か"もこれも多くの考えが必要な難しいことですけど……先ず一つは"手紙"で『感謝や幸福の願いを伝えられるように』頑張ってみようと思います」




 両者の間を流れる風に、花びらはのり。




「……はい。"想い・想われる関係"はとても素敵だと思います」




 見目だけでなく言動に表れる心根まで麗しく——そんな青年を『"いいな"』と思った女性。

 相手を女神と知らずに相対した人は『同じ場所にいて、でも違う世界を眺めて……"それでも構わない"と言った風な貴方と一緒に、"仮にもっと早く出会えていたなら"——』とまでの内心は、外に向けた言葉とせず。




「少しでも優しく、他者にも良き思いが伝えられればいいですよね」




 恋愛・結婚観は"一対一"が基本の同地。

 "それ以上を言うのはヤメ"——『私も別に相手のことが嫌いではないし、何より好いているから』。

 僅かに"可能性"を感じても、その『不可能』と定めることによって"護られる家庭せかい"もあったのだろう。




「……お帰りに?」

「はい。気付けば雨も止んだことですし、今日の作業はここまでとします」

「……後から来た自分がやはり気を使わせてしまいましたか?」

「いえ、そんな。寧ろただ、話をしていたら今日は文を書くより、"会える人に会って感謝を伝えたい"気分になれたのです」




「だから、有難うございます。貴方のお陰でいい気晴らしが出来ました」




 広げていた紙や筆を手提げへとしまう女性。

 偶然の出会いへの喜びで笑み、浮かべつつ。




「……何かの助けになれたのなら、良かったです」

「私にも家庭があるので外部の出会ったばかりの方と頻繁に連絡を取り合うようなのは気が引けて……ですが此処には『また来たい』と思っていますので、馬が合う者同士——再び会えたら次もお話しを願えますか?」

「……はい。自分でよければ、是非」

「感謝します。でしたら、その時も宜しくお願いしますね」

「——」

「そうしたら、私の名前は————」




 互いに用心して未然みぜんであった名前の交換が済んだ後、"知り合い"たちは雨上がりの花園で別れるのであった。




・・・




「——我・が・弟・子」

「今のは"普通の人"……ですよね?」

「ええ。"いずれ死する人の魂"」




(……ちょっと不思議な会話だったけど、自分の方でも"いい話"が聞けた)




「……(やっぱり"手紙"を書いてみよう)」

「それにしても美の女神と私との"機会格差解消"という目的で、"一対一の同伴時に私を置いて他人と話す"など」

「……」

「剰え"既婚者を口説こうもの"なら『』と思いは、悩み」

「……——あ"」

「やはりの"目移り"、大神わたしを前にしては大した度胸だ」

「……違うんです。アデスさん。今は貴方やイディアさん——」

「"……"」

「いえ、"今は特に貴方"のことを考えていて——そうです。今日は早くから"貴方に似合う物"を考えていたんです」

「……どのような?」

「それは……"花を模したなにか"……いや、花を背景にした貴方も魅力的だったので、そういう——」




「……"どう魅力的"だったのです?」




(ヤバい。"嫉妬に寄ったアデスさん"だ。上手くやらないと更に面倒になるやつだから、ここは——)




「……」

「——……み、神秘的ミステリアス

「……期待をさせておいて"それ"とは。"使い古した何時いつもの褒め言葉"ではないか」

「だ、駄目なんです?」

「その程度で『女神わたしの扱いこなれたもの』と——"調子にのるなよ"、若者」




「私に専念する今日ぐらいは、"もっと上手い言い回し"があるでしょう」




(結構、"だいぶ不満だった側面やつ"だ……!)


(こうなるとアデスさんは"言葉にとげが出始める"から……っ"!" だったら寧ろ、"そこ"を——)




「……悋気りんき、焼き餅を焼いてくれているんですか?」

「……流れを変えて甘くたらし込む気か——はっ。いくら我が弟子とはいえ、そう易々にこじれた女神の機嫌を直せるものと——」

「貴方のそういった"つんけん"の様子も、自分は以前から『』と思ってました」

「——ん」




(よし!)




「……以前から思って——?」

「(おっと)——勿論、です。けれど、もう少し"やんわり"してくれると、自分としても程度の丁度よさに嬉しく思います」

「…………仕方のない我が弟子だ」




(うん!)




「因みに一連の言葉、録音しても構いませんか?」

「流石に恥ずかしいのでそこまでは駄目です」

「……はい」




 そうして面倒になった恩師に対しては考えていた凡そ三択の返答案アイデアからバッチリの——殆どパーフェクトにグッドなコミニュケーションを決めて。

 暗黒で明るさを再び見せてくれる満ち足り顔、いや、犬の尻尾の如く振れるおびただしい数の触手を引き出した者。





(丸く収まりそうで良かった。今日も楽しく話せた——話せてたら、いいな)





「うむ。良き時間に、良き話でした……良き、良き」

「……心、読みました?」

「あくまで表層からの予測。ですが何かしらのまとたようで」

「……」





「……兎に角、買う物も決まったので帰りに雑貨の店へ寄ろうと思うんですけど、アデスさんで他に何か欲しい物はありますか?」

「貴方が物を贈ってくれるのですか? ……まぁ、"代金を払うのは実質的に私"で遠回りは"購入"の形になりますが……ふふっ」

「……そ、そうですよね。でしたら更に付加価値を付ける意味でも"材料"を買ってもらって、それで何かを作るというのは————」





 例え読めぬ天気模様、男女など問わずで秋の空。

 やはり完全なる理解は遠くとも『命は他者を思いやれる』と信じて願い、これまでもこれからも力の限りで『祈り』を続けよう。



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