『相互理解の(不)可能性②』

『相互理解の(不)可能性②』




(——アデスさんやイディアさんだと思って、つい流れで話しちゃってた……!)




 虹の見事さで思わず漏れ出た青年の声。

 それを休憩所の人に聞かれて始まったのは予期せずの会話。




「……?」

「——あ、え……えぇと……急に声を出したりして、すいません」

「いえ。声の大きい驚かすようなものでもなかったので」

「……それなら、良かった」




 慌てた青年は『いきなり独り言を言ってすまない』と軽くの詫び、表情の作り方に困っての苦笑い。

 また屋根下から離れた所では"一対一に割り込まれた"ようで機嫌をくらくする女神の無言。




「"……"」




 物陰からの、重い視線。




『——"ひと"? "神ではない"?』

『えぇ。"人に生まれ"、"人として育った者"。……私は会話の終わるまで待っていますので、どうぞ——"ごゆっくり"』




 状況の危険性を確かめる青年の問いには少し素っ気なく念話の区切り。

 けれど実際として見守る恩師の言葉通り、呟きに乗ってきた者は黒の編んだ長髪に眼鏡、大きめの乳房を持つという『人間』、恐らく殆どは『女人じょじん』の有り様。

 若者が感じ取れる範囲でも目前の人型から川水の水面みなもが畏怖に波立つような神の気配もなく——『なら、なんてことはない』。




「……それでさっきは確か『学生ではないか?』と貴方が、仰られました?」

「はい。初めて見る方だと思い、そして学のある雰囲気も何処となく"住む世界が違う"ような……何か"神秘的な空気を纏っている"と気になって、お声掛けを」

「……」

「ですが、それについてはわたしの方こそ驚かせてしまったようで……申し訳ありません」

「あ、いえ……ご丁寧に、どうも」




 不必要に構えず『話が合っただけの世間話で雨宿りを過ごすしかないか』と心に決める青年ルティスで『相手を不安がらせないように』の。

 謂わば"人として自然な応対"を今日は頑張ってみんとする。




——自分の方も特に不快なんてことはなかったので大丈夫です」




「……そうしたら『学生か』との質問に関してですが……」

「……別の区画セクターから来た学生の方?」




 そうして、己を語るに際して『学生』と言うのも見方みかたの定義によっては嘘でなく。

 しかしけれど以前と同様に何処か身分をかたって相手の心に入り込むようでも気は引け、『何と言ったものか』と口が詰まる者へは再び神よりの助言。




『所属は先の手続きで通過した「"せくたーせぶん"から」と言いなさい』




「……『セクターセブンから』の——特に決まった職に就いてはいない、"自分探し"で旅行をしている者です」

「"彼処あそこ"から」




 助言も受けて、自らで正直に寄った物言い。

 "口にするのが不味い内容"については暗黒の管理下で話せぬから、だからもあって目的を言及しつつも情報量の少ない答えを返す。




「セクターセブン。では、外部からの客員ゲスト。公式として神域に招かれている」

「……そんな所です」




 アデスとガイリオスという大神間たいしんかんで既に連絡が為されている事実も断片的に伝え、その"形式的な順を踏む"ことは『己を偽り・他者をあざむくことが負担にならないように』との恩師からの配慮。




「ですがそれにしても無職の、知らない相手と話すのは……怖くありませんか?」

「?」

「よければ、雨もそこまでの勢いではないので立ち去りますけど——」

「いえ、まさか。私も貴方も、神域ここで犯罪をするようなことは恐ろしくて出来ませんよ」

「……?」

「何せ我らは何時いつだって"かみ"に見守られていますから」




 また戻す場面、二者の会話。

 "神の存在を言い当てる"ような口振りに青年が柳眉を微動させる中で対面の女性が指差す上空——其処では現に青空を見せる天蓋ディスプレイ、真中の円は輝く大型の"監視機械"。

 光の神が作成する物を本物オリジナルとするならばの小型は"擬似恒星ぎじこうせい"。

 造ったのは『だ。』と言わんばかりの溢れる輝きは降り注いで今も光景に虹を作り、相手の言葉の意味がよく分からずとも『"異文化"や"信仰"はそういうものでもあるか』と『世界観の違い』を日頃から身に染みて知る青年で深くを尋ねず。




「それに実は先程で『虹』の質問をしたのも『答え方によって相手がどの辺りの文化圏から来た人なのか』——大まかに"特定"をしようと思いまして」


「なので、一応は私の方でも警戒自体はしていますから貴方が心配しすぎることもありません」




 微笑で話す人の女性、対しては新鮮味のある話の展開に相槌を打つ青年女神。

 居合わせた両者で『相手が無防備でない』・『一定の信用が置ける条件が揃っている』ことが分かり、表情と同じく空気感も緩む流れ。




「加えて貴方は言及していましたが"職がない"のも別に問題とは成り得ぬでしょう」

「(そうなの……?)」

「私の友人にも『生涯の目標を探す』ことに重きを置いている者は多く、何より『ベーシック』ですからね」

「は、はい」

「働かずとも食い扶持には困らず。"余剰よじょうの働き"はそれ自体に自己実現の目標があればのもの。無理に負う必要はなく、職の無しを憂うこともまるでないでしょう」




『"ベーシック"? "福祉ふくし"てきな何か?』

『此処の民草では大神から"定期的な所得の支給"、その保証する"制度"が有る模様です』

『……凄い制度じゃないですか?』

『うむ。世界を設けた大神でも其々で与える物は"思想の違い"で異なり、同地の支配者は"万事ばんじの元となる資本"の面で注力をしている様子です』

『……』

『けれど、青年。我が方で「"死"という終わり」以外を保証する気はなく』

『……』

『"悪魔"を動かさんとするのなら、それこと……忘れるなかれ』

『……いつも聞いてるので覚えてます』

『では、良い弟子です。以後も追加の支援を求める時は"しっかり"と話を考えてからきてくださいね』




 現在地の制度に関心を抱く青年は自身を祀る土地をはじめとした他の地方、出来るだけ多くの人々にも『そうした制度で恩恵を与えられないか』、『労働や格差の問題が解消でき云々うんぬん』とも素朴に思い——けれど、その時その場所では人々が慣れ親しんだ生活が既にあって、其処からの『急進的な変化は少なからず痛みを伴うだろう』とも故郷を離れた若者では思い至り。

 因りて何か個人で決断をくだすことは大変に難しく、出来ず。

 何よりも付き合いをふかめた以前から『私は命を救わない』、『大して己の利益にならぬこと、思想や信条に背くことは極力しない』と再三に注意してくる魔王の気配を背後に、一先ずは意識を戻す人との会話。




く言う私も過去には雑貨を取り扱う店で働いたり、また音楽活動、そして学問的専攻で植物の研究などをしていましたが今は無職ですし、今日はその自由な時間を使ってこの場所を訪れていた次第です」

「……では、此処で花を調べたりで?」

「いえ。確かにそういった日もありますが、今日に限っては純粋に"景観"としての花園が心を落ち着かせてくれると思い、少し別の作業をはかどらせる目的で来ました」




 今度は人の方から少々の身分を明らかにされ、女性で過去には『研究者』でもあったと言うから実際にそれ故か話す口調も声に出す前で考えられ、ろんが如く文語的に整ったもの。

 全体としての態度も突然に現れた黒衣長身の青年おんなへ恐れて慌てる素振りもなく落ち着き、むしろ学術的な好奇心や探究心、知的活動を楽しめるようの環境で生まれ育った心が"外部からの学徒"と思しきに先刻から興味を示している様子だ。




「あ、それならもしかして……作業の途中に慌ただしくしてしまったのでは……?」

「いえ。どころか却って外から来た貴方が気になり、何かがくのある雰囲気ですし……少し質問をしたいのですが構いませんか?」

「はい。簡単なものであれば」

「有難うございます。でしたら早速、過去に貴方で何か研究・学んでいた分野などはお有りで?」

「……特にしっかり決まったことはないですけど、強いて言うなら……"料理"?」

「料理」

「その栄養バランスを考えたりで少し、資料を参考にしながら勉強をしています」




 対する青年では『習慣』や『趣味』が高じて最近は手の込んだ物も作れるようになってきた事実を介し、成るだけの嘘言わぬ構え。




「……成る程。でしたらお互いの分野も割と近い距離にあるのかもしれません」


「"植物"などはそれこそ、"にく"と並んで食べる物の代表格でしょうから」




「そう、かもしれません」

「であれば『いろ』に関してある程度詳しいのも、"食物しょくもつの見た目が与える心理的作用"に、その"色素成分が何に由来"して、また"含む物質が取り込む体にどんな影響を及ぼすのか"とうを調べていたからであったり?」

「……そんな所です。他にも友神ゆうじん——知り合いで『色彩しきさい』について詳しい方がいて、さっきの『虹』の話も主に其処から得られた知識です」




 すると適宜に相槌を打って、関心の深まりに比例して振りも大きく深いものとする女性からは提案。




「それはまた熱心な……でしたら此処で重なる領域の者同士、"色"についてもう少しお話しをしません?」

「話を?」

「はい。外の方から刺激を貰えるまたとない機会。実を言っては作業の方が行き詰まっていて気分転換に話もしたかった所ですので……少々のお時間があれば、是非」




 言う眼鏡を掛けた女性の手元には『筆』に『紙』らしきの文房具。

 恐らく何か"書いていた"と見えるが、相手に快く思って貰いたい青年は自身の好奇心よりも先に相手の提案を優先して、大した間を置かずにそれを了承の頷きを返す。




「大丈夫だと思います。元より雨を待つだけでしたし、大体それまでの間なら」

「感謝します」




 今は『目の前の人のため』と意識を割き、離れた後ろの恩師を暫し忘却。

 そう、"忘れられた雨中の真紅"。

 いや、本当に"後が恐ろしい"筈だが今で精一杯の者で其処までの考え、及ばず。




「でしたら先ずは……『昼の空はどうして青く見えるのか』も、ご存知で?」

「確か、昼は……光源との距離が自分たちと近くて、他の色よりも波長の短い青の光が大気中の物質? 粒子? に当たり易くて、散乱? ……それでその沢山が目に捉えられる主要な青空の色として認識される——そのような感じだったかと」

「概ねを知っているようですね。ならば『よるくらくろ』はどうです?」

「……"目に捉えられる光がない"? ——いや、"それ"に関しては正直あまり詳しくないのでハッキリとしたことを言えませんが、光が無いか・光は在ってもその反射で色を見えるようにしてくれる物質が無かったりで——」




 傍目では学友同士が遊びで問題クイズを出して答え合うよう。

 居合わせた者たちは相席となり、同程度に話の通じる相手とで楽しく談笑の時は過ぎて行く。


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