『相互理解の(不)可能性①』

『相互理解の(不)可能性①』




 今日は青年女神。

 日頃の恩に報いる返礼品を探して、実験都市テノチアトランを物見ものみの——ぶらぶら。




「……」

「……」




 向かい合うボックス席の対面に座るは恩師。

 少女の形は上下で一つになった黒衣と同じく黒の麦わら帽子を被り——その"避暑地の令嬢"風アデスが監視どうこうの下で行く、特に決まったあてもない電車の旅。



(……何がいいだろうか?)



 土地勘がないことも今になってぼんやり思い出し、何を買おうか悩んでいたら何処の駅に降りるべきかも分からず。




「……♪」




(……アデスさんは楽しそうだけど……)




 明確な目的も当てもなく、だが"それでも乗っていれば別の場所に連れて行ってくれる"電車は『幾らか気がらく』の時間。

 目線が交差して微笑みかけてくれる相手から気恥ずかしさで目を逸らし、碧眼を有する顔の向きは車窓。

 眺める車外では"氷を載せた山々の山岳鉄道"のような光景や、やはり"電波の飛び交うメタリックでネオンサイバーな無害酸性雨の降りしきる都市"を横目は電車の速度で過ぎて——。




「——……降りましょうか」

「はい」




 変わる景色を眺めるだけで数十分もを費やし——小雨の降り止む中の、気付けば辿り着いた終点で降りる他にはなく。



(……"はな"……"贈り物に造花はな"か……)



 車内から進み出て、外向けに被り直す漆黒の頭巾。

 何のなしに降り立って足を運んだのは閑静の地。

 駅から見える範囲でも住宅は並び、産業活動が盛んな地域に隣接の謂わば"ベッドタウン"。

 駅名を表す電光表示曰くで『神聖花ヶ丘しんせいはながおか』と名の付く場所。



(……アデスさんもイディアさんも花の形は嫌いじゃないようだから……そういうのも悪くはない?)



 駅の壁や床に描かれた花の色彩に、乗車券を改札で翳しては外で人が疎らな広場を横切る。

 混雑のないゆえに横を歩く恩師の耳元で揺れる花形はながたの飾りを見つつ、多様な物を扱う『雑貨商店』の類いを主目的としながらに目と足を動かし、けれど対人に踏み切れぬ人外の臆病おくびょうな心。



(……軒下に星の飾り……何を取り扱う場所だろう?)



 因りての、ずるずる。

 広い歩道を選び、"不可視のひも"が如くで己に紐付ひもづけられた恩師を引きながら。

 取り敢えずで向かうは高所、周囲一望の丘。

 施設や建造物の配置や土地を大方で把握するためには『一帯を見回せる場所に』と、ふらり立ち寄る公園は花畑はなばたけ




「——うわ。凄い花の量です」

「……場所によっては『わたし』の名で呼ばれることもある種類ですか」

「『アデス』さんの?」

「はい。"毒を持つ花"ですので、私という『死神めがみ』こそが名に相応しいと思ったのでしょう」




 そうして、その公共に開かれた場所へ入ると青年の横からは帽子の先より爪先の深履まで黒の女神が進み出て、一面の赤い"死毒しどく"が背景。

 放射状に広がる花に玉容を寄せては『どうです?』——声で言わぬ言外にも"己のえる見せ方を尋ねよう"との仕草で揺らす白髪、流した赤目。




「……いや、"綺麗"だと思いますけど」

何方どちらの"花"が?」

「……ど、どっちも」

「……♪」




 青年の反応を聞いては上機嫌のようでも細められる魔眼。

 師と、その教えを受ける者の"一対一の日取り"でやはり先から暗黒女神は喜色きしょくを覗かせており——けれどしかし、正しくあいだに差される水。




「……また降ってきました」

「構わぬでしょう。今日の私も『水に親しみたい』気分ですので」

「……?」

「"我が弟子とれそぼつ"のも、付き添う場面の一興」

「……なにか"怪しい"口振りです」




 再来の小雨こさめ

 女神たちで濡れても何ら問題はないが、恩師の言動に"魔性"を。

 ともすれば『妖艶なさそい』感じた弟子は、警戒しての寄らぬ立ち姿。




「……"?"」

「……自分は別に濡れたくないので雨を凌げる場所に行ってますよ」

「……はい。でしたら私はもう少し、花の鑑賞を楽しんでから向かいます」

「……分かりました」




 振り払うのは『貴方という水と遊びたい』、『というのは……なんでしょうかね?』——との、そういった蠱惑こわくを後ろに置いて。



(……でも、だとしたらやっぱり花……"花の何か"がいいか——)



 また『足を止めて考えるには丁度いい』とも思い、雨宿りの避難先を探す青年。

 顔を横に振った所で目に付くのは、屋根の下に机と椅子のある休み所。



(——……"ひと")



 其処へと恩師に先んじて駆け寄って。

 目的地に近付くと木の柵にちょうど隠されていた形で見えるのは"椅子に座る人影"。

 だから、気配の存在は前から水神すいじんの知る所であっても『先客がいるなら』と。

 あまり対人に慣れぬ青年は『引き返そうか』とも考えはよぎり——けれど既に駆け出している今では『却って怪しいだろうか』とも思い、自らの頭上に翳す手で雨を嫌ったような格好は後入りの屋根下。



(……晴れてるし、通り雨だろう)



 外衣コート衣嚢ポケットから取り出しては文字通りに手拭てぬぐい。

 手からは頭、次に肩口や袖口を軽く叩くよう、人のいる反対側へと逃がした水。




「……」

「……」




 その後では空間に漂う、手持ち無沙汰の沈黙。

 先客から話し掛ける理由はなく、青年でも相手に無用な不安を与えぬために雨脚あまあしの弱まるのを待つ静謐せいひつ只管ひたすらと時を流そうとして——。





「——……"にじ"」

「……」





 けれど、つい先までは話して事物じぶつの解説もしてくれる同行者がいたからか。

 首を傾ける青年は丘から見る青空に見事な"虹の"が描かれるのを見て、ついつい外界に漏れ出た感嘆の声は——背後で、人にも届き。





「……(……綺麗)」

「……"虹のいろ"は幾つあるように見えますか?」

「……"無限むげん"?」

「……貴方でそう見える"理由"をお伺いしても?」

「色のあいだにいろんなのが……『明確な境界線を定めづらい色の階調かいちょうを数えることは困難』……だから?」

「……成る程」

「……はい」





(…………"?" ……あ——)





「……"その返答"が直ぐに出るということは——"若い学生さん"?」


「それも義務教育の範囲外だからきっと"中等の後期"……しくは——それ以上いじょうや、それ以外いがいの」





 一面の赤い花を前、雨降る花園。

 青年の発した呟きは人に受け止められ、そこから人心を持つ神と人で即興の会話が繋がりだす。



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