『世界で最も自由な者⑤』

『世界で最も自由な者⑤』




 そうして始まる『術使い』の養成講座。

 髪が銀の女神ソルディナから鈍色の少女アーデへ。

 村を去るまでの極めて限定的な指導、何はともあれ"基礎固め"だ。




「——し、"しりとり"?」

「はい。ご存知ですか?」

「そ、それは……はい。やったことはありますけど」

「でしたら話の早い。そう、"音を繋げる遊び"。先ずは単純に遊びの形で練習しましょう。いきなり力が溢れても怖いでしょうから」

「でも、本当に"そんなこと"で不思議な力……"じゅつ"というのが使えるようになるのですか?」

「本当ですよ。嘘ではありません。それに"そんなこと"だって"世界の一部"……"一部からは全てへの接続"」




「またなんと言っても『この世界に於けるいのち』とはそもそも殆どそれ自体が『王の敷いた術式』であるからして」


「『術式が術を扱えない』ことの方が問題だから、つまり——"大丈夫"」




 だが、実際の訓練内容が『しりとり』という児戯じぎにも等しきものと聞いて驚く少女へ。

 差しあたっては『術』そのものへの理解を深めんと、既に『偉大の術士』で真実を述べん。




「お、王? の敷いた……術式??」

「"既に力を使う準備はあって"、吾が子キミ——"アーデちゃんにもその資質が備わっている"ということでもあります」

「私にも、もう……"その準備"が……?」

「ですが、"ひと機関きかん"。例えるなら——"線を引けない線引せんひき"」




「それはそれであじのある? いえ、いえ」


「元より『線引き』だけでは描く線の筋道を見えていても『ふで』なくして引けず、書けず」


「要は『図を実際のその形に書き起こす手段が"外付け"』と言いますか。人には『設計図』が想像で用意できてもそれを『実物』として組み立てる"筆の如き"がない」




 言葉で並べ立てられる世界の真実は、けれど常人の理解を超えて難しく。

 幾つもの疑問符を表情に浮かべるアーデへ『出来る』ということの事実は簡略化されての後押し。




「更に言っては人間、『屏風びょうぶの中からとらを出す』ということが出来なくて」


「しかし、"今からはそうしたことが出来るようになる"ということ」




「……とら?」

「大型のねこちゃん。けれど"獰猛な肉食獣"」

「そ、そんなものがこ、此処に……!?」

「"たとえ"ですから安心して、アーデちゃん。練習ではもっと"可愛らしいもの"を扱う予定ですので、怖がらず」




「ですがまぁ、その"可能とする式"を連ねても今は先に『数学者』が出来上がってしまいますから、第一にそうなりたい訳でもないのなら難解なのは後回し」




 学校という学校には通ったことなどない山奥に暮らす少女で『数学者』の概念が分からないなりに頷く様子を見ては神でも微笑ましく。




「つまり難しく考え過ぎず、新たな力への扉は此方こちらで開くから」

「は、はい」

「アーデちゃんで後は"世界の構成要素"、それを絶えず己の内側から"呼び出す"ようにとなえれられればいい」




「さすれば、残りはボクの揺り動かす貴方の生まれ持った才能へと、喉から鳴らす波に言葉コードは作用して——"世界に力が現れる"」




 これより、神で行うのは"実演"。

 "誰もが有する永久無限の機関"から実際にエネルギーを『物体』として取り出す光景。




「……そうは言ってもまだにわかに信じ難いでしょうから、先ずはボクより改めての実演」


「慣れれば『しりとり』どうのと関係なく、喉から声として出さずとも出来るようになるので、その一例をば」


「外で表立って一からの生命創造をやると"恐ーい悪魔"に目を付けられてしまうので、より単純な物を——きますよ〜?」




 言ったそばから光の粒子は編まれて木製の如き『つえ』の形。

 ソルディナは自身が成形したその肘から手先ぐらいの長さを持った物体で円を描くように空中で回して、気流も作り。




「そうです。『砂糖』でもある吾が身から切り出して、続く『香味料スパイス』でも少し味を際立たせて——どうぞ!」




 神の発する程よい熱と、吐き出す一息に載せられた砂糖——食べられる『綿飴わたあめ』が杖に巻きついて顕現。




「こ、これは、"くも"……? ソルディナ様は"綿雲わたぐも"さえ手に取れるのですか……!?」

「ふふん。そうです。天河のお姉さんにとっては空に掛かる雲など些事さじも、小些事こさじも——いえ、これは綿雲のようで雲でなく。『綿飴わたあめ』」

「……?」

砂糖菓子さとうがし

「??」

「甘いお菓子……"甘くて美味しいもの"と思ってください」




 少女が初めて目にする物を取り出しては、差し出して。

 先ずは自らが指で取って食べる様子を示し、その『可食物かしょくぶつらしき』を恐る恐るで舐め取る人——鮮麗な甘味を知って見開く目。




「ほ、本当に……"甘い"……!」

「これが、"綿飴"。気に入りました?」

「"——"」

「それは良きかな。でしたらキミの好む『お砂糖』から始まり、その綿飴の生産を可能とする文言もんごんも後で伝授しましょう」




「『お砂糖』に『スパイス』に……『あれ』や『これ』や〜♪」

「お砂糖……"すぱいす"?」

「そうそう。今でボクのやった神秘の設計図レシピ。その分からぬ物も今日で知って、ごく簡単な想像でオッケー」

「は、はい(?)」

「更に多識となって上手くやれば動物の"蜘蛛糸くもいと"が如くで、束ねて——『飛行機』などの何かを絡め取ったりも出来るでしょうから……うむ。やはり後で"砂糖を出す"のから頑張ってみましょう。腹も膨れて何かと便利ですしね」

「腹も、"膨れて"……!?」

「けれど、取り過ぎての『糖尿病』は注意です。要はその"産み出す力"におぼれると数多の病として健康へは"取り立て"が来ますので、ご注意を」




 地の文の外では『産出する糖を毎日毎食のようによっぽど多く取り込まない限りは大丈夫』と気も休めさせてから、本格的に訓練段階への移行を促さん。




「だからそして、慣らす意味でも『しりとり』で、流れるよう呪文コードを繋げて描く世界——その思い描いたものから世界の構成を引き出す呼び出しコール


「キミでは目に見える『文字』や『絵』に起こしてもいい。それこそ先に見せた動作を真似て『筆』のよう杖で書く(描く)のも分かり易いでしょうか?」





「そうです。世界の表象を呼び起こしさえすれば、後は部分的に漏れ出す力が——"貴方の必要とするものを与えてくれる"」





 その移行に際しては目線を合わせる異彩の瞳で妖しく星光は明度を増し——呼応するように明滅する向かい側の少女鈍色の瞳。

 今、世界で法則は書き換えられて人に眠る永久機関の回路へ——"再点火の熱が走る"。





「では、しりとりの『り』から始めましょう」





 斯くして。

 内なる機関からの産出が有形として可能となった少女で神より賜る訓練は続き——。




・・・




「良き良き。中々に覚えも早く、見所がありますね」


「"限界を打ち破る光の与えし自由領域"——それを『欠陥けっかん』と呼ぶ者もいましょうが其々で『空白』を好きに補い、それこそ時に『変異』としても呼ばれる貴方だけの"成長図スキルツリー"、伸び伸び自由に伸ばせあれ〜♪」




・・・




「『瑕疵かし』」

「し、し……『しき』」

「『きざはし

「し、し、し……『神殿しんでん』——ぁ」

「むふふ。またもや、ボクの勝ち」

「だ、だって言葉の知っている量が段違いで、しかも『り』に始まっては今度は『し』と……同じ語尾で苦しいです」

「ごめん、ごめんなさいです。"虐めよう"という訳でなく、意識の底から絞り出すように強く念じるのが大事ですので——はい。また『あーん』して『スプレー』で喉を治しましょうね〜」

「あ〜——……有難うございます。それにしても最後の方の『かし』や『きざはし』とは——」




・・・




 そうしてから、"初めて回す無限の感覚"でも気が疲れての小休憩。




「近くに寄ってもいいですよ。程よくもあったかいのが天河のお姉さんです」

「は、はい。おかあ——」




 明けの近い寒空に距離を近くして、母親のない少女と談話。




「……ふふ、ふふっ。でしたら今はボクを『キミのお母さん』と思って頂いても構いません」

「す、すいません。安心で気が抜けてしまい……貴方の優しくしてくれる姿に母を重ねてしまったようで……」

「……さびしい?」

「……少し」

「……」

「……『自分の両親が何処へ行ってしまったのか』と不安で一杯になる時は、あります」




 肩を寄せ合って、しんみりとした空気感。




「……今はボクがいます。授ける力も、これからはキミの側に」

「……はい」

「また肉体あなたを世に生み落としてくれた両親も今では死後の世界——"冥界にて安らかな眠りに"」

「……そうだと、いいのですが」

「……時折に伝承で語られるよう、"冥界のあるじは『魂を預かる者』として信用に足る存在"です」

「……」

「だからきっと、どの死者に対しても悪いようにはしませんよ」




 感傷に浸る両者で暫しの無言を経て。




「……他に幾つかをお聞きしても……宜しいですか?」

「勿論です」




 "相手を知りたい人の心"と、神は真面目に言葉を交わす。




「ソルディナ様は……普段、何を?」

「グラビアアイドル」

「ぐ、ぐらび、あ? ……またしても知らない言葉です」




 至極の、真顔で。




「それが道すがらで言っていた"今のお仕事"。多くの者に自分の姿を見せ、その好ましく思ってもらえればの"幸福を増やす一手段いちしゅだん"」

「? まだ……よく分かりません」

「パンを作って食べてもらって、お腹を満たして喜んでもらう仕事があれば——『グラビアアイドル』とは"体を作って"見てもらって、"心を満たして喜んでもらう"形の仕事でしょうか?」

「そ、そんなお仕事が……聞いた限りでも『体を作る』とは想像さえ難しく、大変そうに思います」




 "全て"とは何かを考える王は少なくとも今は本気で、己が考える『崇拝される者の一形態』についてを話している。




「……はい。大変で、でも"大事なもの"だとボクは思っています」

「……」

「なにせ、性的を主とした"欲求の制御不能は国を滅ぼす"から。……時には千年以上も続いた銀河の共和国だって"愛し"・"愛され"、自他で"生きていたい"・"失いたくない"との強力な願いは崩壊の重大な一因となることもあった」

「……」

「だから、行き場のないそうした欲求を受けては液でも満たされ、けれど"無限に飲み干せる器"としても世に臨むのが『全てを求めし王』の務め……自らの探す"王道の一つ"だとボクは考えているのです」




 その語る瞳は今も銀に燃えて、盛り。

 その光の絶えぬ相手に宿るであろう"狂気"の言っていることが少女には良く理解できなかった。

 けれど、"堂々たる力強さそのものの輝き"に引き付けられる思いはあって『恩人の見ている世界を自分でも垣間見ることぐらいは出来ないか』との切望は"憧れ"のようにも童心で焼き付いて——。




「……何か、私の想像が及ばなくとも——けれど"強くこころざすもの"が貴方様にはおありなのですね」

「……はい。時に自己を忘れる程に熱を込めねば——"見えぬ地平"がある」

「……それは」

「……」

「……それは私にも一部を——それこそ『ぐらびあ?』の、共に働いて助けることが出来るものなのでしょうか?」

「…………アーデちゃん」




 その『同じ仕事を担えるか』、"可能性"を問う少女の言葉へは、王——"人の父母でもある者"として間を置く熟考。

 一瞬で膨大な選択肢を吟味できよう光の化身は、そうして数秒でも考えた末の"慎重な答え"を返さん。




「……選択肢のない状態では他の労働と同様に『搾取さくしゅ』の意味が色濃く」

「……」

「なので今は、『それでも』と自ら進んでなろうとする場合の……"前向きな話"を少し」

「……はい」

「結論から言って——"簡単ではない"。貴方は勿論、"誰であっても難しいものがある"」

「……」




「困難の例としては——その時、その場所で"魅力的"とされる肉体美を探し求め、自身でそれを形作るのに勤しみ」


「また"外部からの評価"と密接に関わる職である以上、往々にして周囲の目線に晒され……外目そとめ器量きりょうは勿論——」


「けれど——『私の鍛えて仕上げた・私の考える・"最高の私を見よ"』といった——"君臨する精神的なうつわのデカさ"までも必要となりましょう」




 そうして、惑星の周りから衛星の反射する光を浴びて神々しくも立ち上がる者。

 自らの破滅が凝縮した玉体——腕に脚に、張り詰める胸も指で撫でて明かす世界の真実。




「この"胸"だって簡単に出来ている訳じゃない」


「莫大なる宇宙せかいの熱意をギチギチに詰めて、これでもかと詰め込んで——それでも自らが崩れてしまわない為には"常なる維持管理"の努力を要するのです」




「……」




「張りを程よく保つのだって乳腺組織を支える無限靭帯むげんじんたい、その"絶え間ない生産"が必要」

「……」

めて揺らせば垂らして長めにも出来ますが……何方どちらにせよ総じて、掛かる労力に費用は正しく"固定資産税"のようであっての、大変」





「……コテイシさん、ぜい?」

「あ——『ただ持っているだけで伸し掛かる重大な負担』だと此処ではお思いください」

「……了解です。話の腰を折ってしまい、申し訳ありませんでした」

「いえ。ボクの方でも新しく言葉を教えるのが楽しく、配慮を忘れる面もありましたので——こほん」





 永久機関の実現した夢——"胸を支える無限靭帯"をひさげ。

 未だ『税』に疎い若者へ、"民草を思う王"からは先達の教えが説かれる。




「よって、この肉体。"グランド"で"ビーテッド"な——"超常の熱で打ち鍛えられた光靭こうじんなるよろい"」


「現代で見目良い背丈や肉のつき方などでは入念な調査を重ねて、突き出る乳尻それと頭身や顔付きとの釣り合いについても熟考し——幾星霜を掛けて夜通しで分析に研究を繰り返した上での"賜物たまもの"なのです」




「では、私にはやはり……"難しい"?」

「"絶対に不可能"とまでは言いません。ですが、良く分からぬ今は教えた砂糖の術式なども習熟して、『心身で力を蓄えるのが優先』と——ボクは思います」

「……」

「何かに成る・成れないの結果に関わらず、"貴方の挑戦は貴方にしか出来ぬもの"であって掛け替えなく」





「それもあって、だから……アーデちゃん」


「今は焦らず、成熟してその考える余裕が生まれた後でもう一度——"己の夢"について想いを馳せましょう」





 そうして、初冬しょとう寒気かんきを震わす鳥たちの声。

 語り明かした明けの恒星によって俄かに空の明るく中、急いで羽ばたく影に——"せまる人の気配"。





 村落を包囲する賊どもを、光の神が迎え撃つ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る