『世界で最も自由な者③』

『世界で最も自由な者③』





「…………」





 そうして、夕刻の森で暫しの静寂に浸る女神。

 凡ゆる要素が既に今の『ソルディナ』でも"渾然一体こんぜんいったい"となりし者。




「……『強くてなんとやら』——と、言えばいささか聞こえはいものの」




 銀を基調とした麗神の形が誰に向けるでもなく動かす口、放つ波音。




「『気を抜けば世界の壊れる無限のちから』……か」


「少なくとも『われ』に、この『自分ボク』にも覚えはなくて」




「剰え"望むいとま"など何時いつにもなく——それこそは"おおいなるかみさえさいな自由ふじゆう祝福のろい"」




 "絶対的な力の化身"として世に送り出され、だがそのじつとして"何をも選ぶことは出来なかった"神。

 表面で荒ぶらず、けれど淡々でも文面から窺い知れよう"情熱"は嘆き、"それでも"と背負う定めの中で奮闘。




「それが苦しく・楽しく——ゆえにこそも尽くす手一杯ていっぱい




 今し方では"吾が子の少女"を襲っていた——"同じく吾が子の賊"を熱によって滅却。

 その『子殺し』を為した王は己の頬を伝う粒子を拭いながら、言う。




「そうして『落ちる格はない』と言いつつ『あるにはある』のですが……——"簡易的インスタントで格を上げては急転直下に底辺での無様ぶざまを晒す"」




「其もまた——『王道』の表現。即ち"全てに通ずる世界の王にとってのみち"」




 そのまま一頻りの思いを語り終え、銀の女神は未だ混乱の中にあって言葉の意味が聞き取れぬ少女へと向き直り——その濡れ顔に光が差す。




「だから『全ては全て』、それだけで存在に意義はあり」

「——、、……っ"」

「今では全体を構成する一要素いちようその……"少女のキミ"は無事でありますか?」

「っ、——……?、??」




 暗い現実から『せめて』と目を瞑り、今後も続くであろう殴打に備えていた少女。




「既に話を聞かぬ者たちは深遠しんえんの場へと追い払いました」




 その『吾が子』へ掛ける優しい声に、差し出す手。




「……——? た……たす、かっ——??」

「はい」

「あ……貴方、が——助けてく、れた?」

「ええ、"神の威光"によって蛮行は払われたのです」

「?、??」




 人間の少女からしてその言動は奇妙、見える姿形や服装も麗しく整い過ぎて奇特。

 だが、それでも薪拾いで森に来ていた健気の者で相手の発言が『怪しい宗教家』じみていても。

 実際として『行いは助かったもの』と、現状が分からず惑いながらでも一応は好意的に努めようとして、





「? あ、"貴方"は……——」

「ボクは『ソルディナ』。"キミのちちにしてはは"であります」





 "一難"去っての、"また一難"。

 賊に絡まれての"緊張"と助け出されての"緩和"——そして"またも緊張"の場面。

 突然に『肉親』、それも『父であり母の両親』だと名乗ってくる顔に少女で覚えなどは皆目でなく。




「————」

「……? 見惚みとれているのですか?」




 更には"狂気"と正面から合ってしまう目——見えてしまう相手の力強さ、恐ろしい程の輝き。

 心が理解の処理をしきれず半ば放棄した絶句へ、それでも膝を折って高さを合わせてくれる者の瞳は夕闇と対照的の神秘。

 その反射ではなく自発の光、話すこの間も殆ど瞬きのない恒久光輝こうきゅうこうき

 は正しく燃え続ける日の如く、見続けては瞼の裏に焼き付く柱の影。




「話が出来ないほどなのですか?」




 右の銀と左の褐色にたたえるのは星形ほしがたに見える"夢見の光"。

 だが、その高さ極まる明度も勿論に虹彩異色オッドアイなども少女が目にしたのは初めてで、同じ世界に存在している筈なのに見ているものがまるで違う感覚、正面にして湧き立つのは"おそれにおそれ"。

 視界に映る脈絡のない唐突な言い振る舞いは『嵐』の如く、失礼ながらも『怪物』めいて。




「……? が——」

「"ぁ"——」




 "そんなもの"と出会ってしまったが、最後。

 とうにちぢみ上がっていた心はまたしても震えだし、"悪夢のような現実"が未だ終わらず続いていることを無意識的にも悟って——決壊の少女では、涙。




「ぁ、あ——っ"、ぁ……」




 乱れる呼吸、胸元では痙攣。

 緩む体の力、股では尿失禁にょうしっきん

 なんということか、恩ある者の前で。

 何より、そうは知らずとも"神の御前ごぜんでの粗相そそう"。

 それが不浄ふじょうを知らぬであろう——いや、"到底に知ってはならぬような神聖の眼差し"にまってしまうのだから、当事者の少女で大変に恐ろしく。




「ごめ、ごめんなさ、い……」




 傷口からの血も含む体液たちに続いて溢れるのは言葉、謝罪の言葉。

 理不尽に巻き込まれただけの彼女は、けれど『自分がとんでもないことをしてしまっているのだ』と相手の持つ"高貴の御身おみ"から自らの肌を刺す空気感で知り。

 何度となく左右に振る首。

 後退あとずさろうとしても脱力した手足は骨折の痛みも相まって使い物にならず。

 ただ地面を掻く掌に、木の幹を擦る背中。




「ごめ、ごめんなさい……ごめん——」

「……大丈夫、大丈夫です。ボクも——わたしほうでも過去に沢山、"みっともない"ことはありましたから」




 しかし、失態の渦中にあって詫びるを前。

 多様な側面を持つ王は、時に『』に、粗相を咎めず。

 罰を与えるようなことも、せず。




「吾が身に恥じる必要も、そのこともなく——"時に不和をもたらす果実"——"繊細せんさいなる森の賢者"——"鳴らす金管きんかん総称そうしょう"」




 寧ろで口にする"詠唱"、それは"呪文"。

 落ち着かせる雰囲気重視で"力の一要素たち"を述べて、せつを付けつつ並べて。

 即座に作用する王のはからいは顔や腕の殴られた傷や衣の乱れも治し、銀髪から溢れ出る光の緩流かんりゅうではそそぐよう——失禁の事実も汚れごとで過去の朧げな記憶と変えてから言うのだ。




「! 、、……っ、? ——??」

「……傷もよごれも過去のものとしてお治ししました」

「?! 、? な……」

「後は幾つか"お話"をして頂けたら、私の方でも"もっと優しく"すると約束——"努めて優しくしよう"と誓いますので……安心して下さい」




 "会話に興じよう"というのか?

 人に輝く柱の意図は分からないが、そのおのが女神の素性を明かさぬソルディナはすっかり身綺麗とした者へ優しく、言葉通りに努めて語り掛けんとする。




「"今に貴方を傷付けようとする者はなく"」


「そして、ボク。わたしは『ソルディナ』、皆んなのおか——おねえさん」




「? ……?」

「つまり、今から私が簡単な質問をしますから、貴方あなたはそれに答えるだけで構いません」

「—、——」




 対する少女でも"敵意"や"害意"がないことを明言されて一先ずは『年上としうえの大人』と思しき者に従い、ぎこちなくも見せる頷き。




「では早速、最初に……貴方の、"お名前"は?」

「……あ、」

「『あ』?」

「ぁ、『アーデ』」

「『アーデ』?」

「"——"」

「……良き名前です。掛け値なしに」




 名を聞いてからは"人と神での認識の相違"を擦り合わせる工程。




「……分かりました」


「では、次に……アーデちゃんにとって"一秒いちびょうは短い"ですか?」




「??」

「思うままで構いません。普段で感じているものを素直に」




「……一秒はキミにとって"短い"? それとも"長い"と思いますか?」

「み、、みじか、い……?」

「では、"一分いちふんは短い"? "長い"?」

「み、みじかい」

「"百年ひゃくねん"はどうですか? 短い、長い?」

「……な、長い、です」

「"五十年"はどうです?」

「な、長い?」

「……成る程。大体わかりました」




 "時流に抱く感覚"の短長たんちょうを聞いて己でも速度を近しく調整。

 未来や過去を見ながらでも、今に怯える向かいの相手と"同じ時を共有"しようとしている?




「そして、良くできました。受け答えをしてくれて、ありがとう」

「ぁ、い……い、え?」

「けれどまた、申し訳なく思います。大神われわれは『今』に『過去』に『未来』、『自他』に『現宇宙』や『旧宇宙』で認識が混濁こんだくしてもいるから……それが貴方を怖がらせてしまいました」




「しかして『あらし』のような在り方、人心では受け止めること叶わず……知っていながら配慮が足りなかったのはわたしのほう」




 この神がすることは滅茶苦茶で理解が難しく、分からぬ——分からぬが。

 怪我や醜態の治されたことで最低限は『敵でない恩人』と相手に確認も取れた少女で徐々に息遣いの感覚も幅を広げつつあり、戻り始める落ち着き。

 次には女神からすらりと伸びる両手が震える小さな右手に触れて、上下からを静かに包み込む神の熱——"人肌のそれ"。

 人間でも意識の底で"誕生前の遥か過去"を想起させる"原初との一体"の感覚。

 真に正しくそれは、宛ら心地よい温もりに包まれる『母胎回帰ぼたいかいき』の安心感のようであって、父母たる『天』にして『空』の神に"優しく触れられる"というのは人で『昇天』の心持ちでもあっただろうか。




「手間を取らせて御免なさい。でも、もう大丈夫です」


「今のボク、私は貴方よりも女性としては年下の……ただの年下のおねえさんですから」




 更に不完全でも言葉で例えれば——全能の一端に触れて興奮し、けれど同時に寄せる優しい波でなだめられる不思議の感覚。

 その安心を与えられる王はそうして、掌を通じて全身を熱に包まれて呆然とする表情の少女へ選ぶ言葉。

 また努めて未だ横隔膜の震えている子の涙を羽衣の裾で拭ってやり、呼吸が整うまでは簡単に出来る遣り取りを行わん。




・・・




「で、では、お仕事のお帰りに、この辺りへ……?」

「はい。近くで仕事をしていたので、その帰りに考え事をしつつ寄り道をしていた所……偶然にも貴方の側を通りかかることが出来たのです」




 挨拶を交わした、その後。

 聞けば近くの村に住む少女は『自分に危険があったことを知らせに戻ろう』と言うので『天河のお姉さんに任せて』と、泣かせた詫びに帰路を共にすることとした女神。




「でしたらお疲れの所、本当にそのお陰で……何と言ったらいものか、戻るなり返礼を——」

「いえ。キミの窮地でしたから、自ら飛び出た行いに返礼などはようさず」

「で、ですが」

「物はらず、間に合って。助けの礼としては、また別の『質問』に応えてさえくれれば大丈夫なのです……!」




 小柄な肉体を宇宙の熱が詰まった玉体によって背負いながら、『恩人』としてある程度は打ち解けた様子での質問。




「あ、貴方様がそこまで仰るのならお言葉に甘えて……ですが一体、その"質問"とは?」

「その質問というのが——『善良とは』の問い掛け」

ぜんりょう?」

いの"善良"。"それがどんなもの"であるか、キミの考えをボクにお聞かせ願いたいのです」




「どうでしょう? 可能ですか?」

「え、ええ。思うことを話すだけで良いのなら多分、大丈夫かと」

「どうも有難う。では早速、アーデちゃんでは何だと思います?」

「……あ、『貴方』などはどうでしょう?」

「ボク? 吾が身のどういった点でそのように考えるのですか?」

「や、"優しくしてくれた所"、です」

「何処が優しく見えたのですか?」

「……"助けてくれた"。そう言った部分だと思います」

「"助ける"ことは、"優しい"と?」

「え、ええ、大体は……何せみな、"大抵は自分のことで手一杯"でしょうから」

「……」

「ですので、大した見返りもないのに他者を進んで助く"無償の行い"などは……その最たる例なのでは、と」

「ふむ……ふむ」




 帰る途上での『善』に関する質問インタビューを通しては。

 やはり『優しいこと』が一つの重要なキーになると王は自らで再確認し、その実践を『何時の何処かでせん』と考えつつの小一時間こいちじかん——。




・・・




 日が頭を残して沈みきる前に森を降って、だが少女の目的地である隠者たちの隠れ村に立ち寄ると既に何やら騒がしい様子。

 戻った少女が丁度よく外に出ていた祖父を見つけて話をしに走り、けれどその村長である翁の住宅前では間もなく夜だというのに村人たちが集まっていたのだ。




「獣が"突き殺されていた"。『畑の近くで動く人影を見た』者もいると言うし、これは……」



「これまで平時をやまの作るきりに覆われて平和だった村に備えは殆どない」



「冬場の畑仕事が難しい時期いまじゃ、若くて動ける者も出稼ぎに行ってしまって……どうすれば」



「こんな物も金も、人もない小村しょうそんで……もう頼れるものなどは……」




「……ふむ?」




 察するにやはり村の周辺でも賊の影はチラついているようで、だが『どうしたものか』・『助けるとして何処までをどの様にが適切か』と色々を悩む神は。




「無償での援助なぞ期待出来る訳も……そんな聖人せいじんのような方は……」




 次に届く嘆きの声を契機として『助太刀』の意を決しよう。





「それになんといったって——"天運てんうん"……! "何時もは自然に発生する霧が村を隠してくれているのに今日はそれがなく"、しかもよりによってそんな時に賊が通りかかるなんて……!」





「……す、すいません! 『おさからも話を』と思ったのですが、此方でも何やら大変で——」

「アーデちゃん。アーデちゃんさん」

「……? どうしたのですか? 急に改まるような……?」

「"ボクのせいかもしれません"」

「……? 何を……な、何が、ですか?」

「"村や人々が狙われてしまっている"のが」

「え……それは……」

「例のお仕事の時に少し、先ほど見せた術を使う感じで"辺りの湿気を払ってしまって"……はい」





 王は午前中にしたグラビア撮影の時に背景で邪魔な暗い雲や湿気を自らが権能で払ったことを思い出し、善良を探す手前でも正直に明かして責任を取ろう。




「…………」

「"撮影"なるものに於ける光の屈折の関係で払ってしまったので、ええ」

「…………」

「なので、お詫びと言ってはですが、ボクが率先して事態をなんとかしてみせようと思います——します。約束します」





「ただ今日を与えてくれたひじりの父や母のような方は——」





「それならば、ボク。"ボクが地上にいますよ"」


「時に『オタクくんに優しいギャル』であって『ギャルに優しいオタク』でもある——ボク」


「それ即ち、"無償での人助け"だってあたう——『大いなるボク』が」





「……?」

「え、誰? 見ない顔——凄い別嬪べっぴんさん? なにか光ってない? あの別嬪さん?」

「な、なに? 『おたくくう』? 『ぎやる』……?」





「なに。見れば吾が——キミたちも普段から頑張っていたようですから、今日はたまの"ねぎらい"と思って」


「まぁ、『大気の組成』や『オゾンで阻む紫外線がどうの』と何時だって助けてはいるのですが……それは既に"福祉ふくし"と気にしないで——そう。"賊がのさばることには私でも責任がある"」




 困惑を重ねる村人の前に進み出て、買って出ようとする解決役。

 その後では実際に助けられた少女の『有力だ』ととの先刻の救助を物語る証言も合わせて代表者の村長へと掛け合い、謂わば『用心棒』として働こうとする"輝く天河のお姉さん"。





「先の賊は"先遣隊せんけんたい"、"斥候せっこう"」


「よって今はボクの懲らしめたそれが戻らぬのを見て更なる刺客をよこし……偵察と、あわよくばの"暗殺"」





「だが、世界ボクを相手とするには——"計算が甘い"」





 そう言っては涼しい表情で背後から飛来する攻撃ものを——掌握キャッチ

 恒星の隠れる時で夜が自然の闇を引き連れて訪れた矢先やさき、そのまさに"の先端"が玉顔の近く。

 暗所でも輝きを失わぬ者、先ずは軽くで山賊の先駆け弓矢を制し、やはり村人の手前で『任せろ』と片目の瞬きで言外に言ってから。





「だから何も無関係ではありませんので、"当事者意識"を持って事に当たらせて頂きたいと思います」





 "あまねく命の母"が『吾が子防衛のいくさ』に乗り出さん。



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