『女神A③』

『女神A③』




 更に別日で、またも分身の話。




「……」




 その日は脚を畳んで座布団クッションに座り、居間に備え付けた受像機テレビ画面と向き合っては髪の内側から生やす第三、第四の手——コントローラーを握り、遊んでいる暗黒。




「——おはようございま……す?」

「我が弟子。おはよう」

「……"増えてますね"?」

「はい」




 起き抜けの青年と挨拶を交わしながら動かす触手、だがしっかりと愛弟子に顔を向いて見せる微笑は本体と思しき女神アデス。

 しかしけれど、その彼女の背後では青年の指摘したように分身が一体。




「"……"」




 "黙りこくる等しき少女の形"が長椅子に座っていた。




「今日も『自己を分離したい』、そういった気分でしたので」

「……"調子が悪い"とかではありませんか?」

「まさかまさか。寧ろ貴方に心配されて跳ねるよう——……"分身あれ"はただ、私の『"面倒な側面"を客観的に見よう』と放置しているだけ」

「……」

「ですので触れず関わらず、放っておけば結構。特別に貴方が心を配るべきことはありません」




 そうして『心配ない』と言われても気になるものは気になり、青年の動かす視線は後ろで座る方の少女アデスと一時的に交差。

 "大神"である恩師の言う『面倒』が如何程なのかは"興味半分・怖いもの見たさ半分"でも心の引かれるものがあって——けれども忠言を無視する訳にもいかないので様子を窺おうと出かかった声を飲み込み、暫しの静観。




「……」

「……("面倒な側面")」




 はたから見れば『相手を気怠げに睨むような眼差し』まで当然に"女神そのもの"の沈黙を注視して——していると。



(……?)



 相手である"分身の方から"視線は外方そっぽへ切られ、黄色い花の耳飾りが白髪の中に揺れて見える。




「……」

「……ふふっ。『構わずとも良い』と言ったでしょうに、何を見惚みとれているのですか」

「いや……やっぱり少し、気になって」

「"駄目"です。話をしているのは"私"、"此方の私"なのですから……我が弟子?」

「あ……は、はい」




 その後、残る青年でも視線の移動。

 注意する先程から認識の中で側頭部サイドテールを跳ねさせてくるアデスへ。




「それよりはのいい所。貴方で今日、予定は詰まっているのですか?」

「いえ……特に」

「でしたらやはり、いい所に来ました——今日は私と遊びましょう? 構って欲しいのです」

「それは構いませんけど……」




 調理場の奥から作り置きしていた菓子類を持ち出して歩み寄り、机に差し出してから話を聞き直す。




「……さっきまでは『ゲーム』を?」

「はい。その『げえむ』なる物で『国取くにとり』のようなことを」

「国取り……"国を統治して領土を拡げていく"、みたいな?」

「然り」




 そして聞けば女神は己の発言通りに『国取りシミュレーション』を遊んでいたらしく。

 その見せるように触手で翳すコントローラーは黒、無線で連動する形式であって仕組みの動く本体は受像機に内蔵。

 また映し出される画面では架空の惑星が展開され——その動作命令プログラムも、画像に映像に文章テキストの用意も、登場する人物キャラクターだって容姿設定デザインや声当てを——その他もろもろ含む機構総体システムをも神が制作を担った、それ。




「正直に言っては『我が弟子も気兼ねなく遊べるよう』の例として"娯楽の楽しみ方"を一つ、実演によって示していた訳なのですが……」




 女神アデス製のゲームソフト。

 プレイヤーは一国の統治者となって様々な手段で自国を発展に導き、果てには星を統べる王となる。

 世界観設定や名称は完全に一から決めるのが面倒だったので実在の神々を参考にしつつ、けれど市場に流して表に出すでもないので権利関係も問題なしだろう一品を弄りながら制作者自身が話す。




「それはどうも……『ですが』?」

「成長して行く様が面白く、我が弟子を主人公の参考ともしていた」

「……不思議な遊び方をしていますね。参考でゲーム内のことですから構いませんけど……」

「お許し有難う——、出来事としての『交配』をける『子世代こせだいなし』の"縛り"を自主的にしていた所……低確率で起こる『さずかり婚』が連続してしまいまして」

「授かり?」

「"婚礼前の懐胎かいたい"、及び"それを決定的要因としての結婚"」

「……なるほど」




 そう言いながらアデス、目論見が泡と消えた進行データを涼しい顔で初期化。

 画面を『はじめから』の段階に戻してコントローラーを床に置き、小休憩の構えを取ってから謎の触手ではない白肌の手で菓子を摘んでは口に放り込む。




「……妙なかたよりもあったものです。我が弟子に非の一切はなくとも、同じ名称で遊んでいては変に"手の早い"」

「……」

「我ながらどうしてこのような仕様で仕上げてしまったのか。今更で理解に苦しみますが……実在他者の大して関わらぬ遊びなので多少は気を抜いても構わないのです」




 味わった物の感想を『美味しい』と一言で伝え、次には自らが遊びに誘った青年へ肝心であるその内容を知らせる。




「それに、貴方や美の女神でも多様な遊び方があるでしょうからやはり、細かい部分でも幅を持たせておくに越したこともない……うむ」

「ではそれで、ゲームをめてこれから、別の遊びを?」

「いえ。私は操作の手をめましたが、次は"同作を貴方に試遊してもらいたい"のです」

「……自分が?」

「ええ。私は何度かやって上手く行かず、今日はもう面倒になってしまいましたので……交代しましょう?」

「……」

「気分転換に"我が弟子の遊ぶ姿がたい"のです」




 その知らされた、内容。

 つまり要は『推している青年の思考や選択・実況のような反応などが観たい』といったものであり、"状況の推移を外から眺める遊び"とは謂わば『観戦』とも言い換えられるのだろうか。




「……観ているだけでアデスさん、楽しいですか?」

「はい。たかぶった感情で器物を叩いたり、壊したりをしなければ観るのも楽しく、快く……何より"そういったことを軽率にしない"——"傷付ける行為をけんとする貴方の選択"だからこそ……其れにこそは私で興味があるのです」




 そう言うと真意を明かした女神は長椅子から追加の座布団を引き寄せ——自らの横に置いては『ぽんぽん』と催促で叩く手。

 外では滅多に見せない微笑みも継続し、いはしなくともさそう仕草。




「……ですので、どうですか? 宜しければ追加で御小遣いもあげますから——」

「いや、報酬とかは大丈夫です。自分としても、その……"貴方と遊べるのは楽しい"と思いますし……」

「……では?」

「そんなに期待されても面白いものが見せられるかは分かりませんけど……はい。"やります"」

「感謝の、至り」




 だが、『他者のためにも』と頑張りを重ねてきた青年でやはり返答に大して間は置かれず。

 誘いに呼応した青黒が基調の柱は自らの言ったことを後から恥ずかしく思いながら後頭部に手を回し、恩師の真横へ『いそいそ』と向かう足。




「でも最近、『戦争』とかはゲームでも少し気になってしまうので……これは戦わなくてもクリアとか出来ます?」

「むっふっふ。そう仰ると思いましてぇ……同作は"無血むけつでの併合手段"なども種類を取り揃えています」




「また貴方の必要とするその要素についても、都度で質問して頂ければ助言を致しますので……気が向いた時には是非」




 斯くして青年が実際にゲームを遊び、アデスはその様子を横と"後ろ"から観て遊ぶことが決定。

 座布団に腰を下ろした前者はそのまま操作手順を一つ二つ尋ねることがありながらも早速のスタートを切り、今回の地形ほしを生成。

 間もなく周囲を未開の地に囲まれた初期位置の小国で遊ぶのを開始し、軽く触れてみた現状の分析から恩師に話を持ち掛ける。




「……? 初期の人員が自分ともう一人、二柱ふたはしら(?)だけ? ……それ以前になにか"凄い能力"してません?」

「初回ですので難を極めるのもどうかと思い、初期設定で捻じ込んでおきました」

「(ね、捻じ込む……)

「そう、『大老たいろう』とも言うべき『執政官』はあらゆる能力を最大で備えた"私——を参考にした者"」




「『元首』である貴方の側で、当然に相性でも"殿堂入りの私"が控えていますから既に大方の勝利は決まったようなもの」


「よって後は、"貴方好みの領域と軍団"を築く、だけ」




「そうです。私で全ては事足ことたりて——けれど、『どうしても他に何者かを加えたい』と望むなら……その者を内部の私へと預けて頂ければ即座に貴方への忠誠心を最大にして使えるようにしておきます」

「ど、どうも(?)」

「ふむ。そうした"すべらかの籠絡ろうらく"……今風に言ってはなんです? "魔法的まじかる"?」

「?」




 だが、持ち掛けて返された疑問に青年では思い当たることなく。

 碧眼を点にするような首傾げの後、その純真なる様を見て取った大老は咳払いで流れを戻して事を本遊戯へと進めるのであった。





「——大いに言葉の選択を間違えました。魔法まほうがどうのは忘れて結構です」

「? 要は兎に角、"簡単"? 初めてでもやり易いように"調整をしてくれている"?」

「……試しですからね。そのような所であります——」





・・・




 そうしてこうして、暫くは続いた自由のプレイ。

 助言を求められての口出しは"登用とうよう"の場面だ。




「"私で足りる"と言って、しかし強いて言うなら『ウィンリル』——内部では『フィンニル』と名を変えた女神が優秀かと」

「……能力も殆ど最大に近いですね」

「ええ。"彼女もおおむねで貴方の必要とするもの"が揃っている……文武ぶんぶけた万能ばんのうでしょうから」




 既に遊びは開始から一時間を越え、その間は主に内政の調整によって目指す国の方向性を試行錯誤していた青年。

 とうにゲーム内における元首である彼女は極めて優秀である側近の"何処からか増やした資材・資本"を用いて国家の商業的・学問的分野をコツコツと発展させており、この先で狙うは文化的の勝利クリア

 故に、差し当たって今は領域の拡大に伴う各地域の統治・防衛の複雑化をより穏便とする為、其々で政治を執り行える者を置こうと試みる最中で、少し前には『神材補充』の要望へ眉根を寄せて渋々の色を見せた恩師の認可も得て"適材"についての意見を交わしていた。




「それに話は変わりますが……どうなのです?」

「? 『どう』とは」

「"実際の女神も貴方の好み"ではありませんか?」

「…………ウィンリルさんが?」

「はい。今に述べたのと同様の理由を合わせ、彼女もまた分別と良識のある素敵な女神ですので」




 だがそうして助言で名前の挙がった女神より前、ゲーム内ではある程度の"知る仲"として美の女神を引き入れ、青年とアデスとイディア——を参考にした三名へと膨れていた中枢所属の者。

 けれど、その次点では特に恩師からフィンリル——延いては現実の女神『ウィンリル』を推す声が不思議に強く。

 青年自身では真横の女神がする『暗黒アデスイディア守護グラウ以外でも拠り所を設けておくに越したことはない』との狙いが読めぬままの、唐突な雑談の遣り取り。




「『我が弟子の方でも多少は気になっていたとして何もおかしくはない』と踏み……だって、何と言ってもですもの——"ねぇ"?」

「アデスさん?」

「"誰かと比較して大きい"……うむ。出会った当時の素振りから察するに、『全く気にならない』と言うのもある種の"嘘"となりましょう?」

「い、いや。あれはまだ、"視線の制御が難しかった時"で……」

「……、"そのようなこと"があったらしいのですが?」

「……」

「……"?"」

「……(え——どう切り抜けるのが正解なんだ……?)」




 恩師が言い挙げたのは地母神との接触機会。

 その場で"取り乱す醜態"を晒したことへの指摘で魔眼は暗く、いつの間にかで空気は重く。




「…………"釈明"が必要な感じ、ですか?」

「……何も非難をしている訳ではありません。純粋にただ私は貴方と……"の件"でもう少し話をしたいと——」




 だが、すると。

 そのように"乳房の大きいもの"、"色目"の話を——並ぶ師弟のしている時。





「"そう"です——





 突如として、青年の忘れていた今。

 何故なにゆえか——ほうまでも会話に混ざる声を発したのだ。




「端的に言って、『"私が気に入らない"』のです」

「……"後ろの"アデスさん?」

「……"面倒な私"だ」

「"横の"アデスさん? いや、割とさっきから似たような感じでは……?」




 冷たく響いた鋭い声。

 青年が今し方まで言葉を交わしていた相手と声質が等しくありながら、けれど聞こえた音源は真横でなくの後方。

 今の今までもずっと青年を見ていた分身アデスからの"切言"、続け様に飛来する。




「『寄ってくる虫は潰す』から兎も角として、"青年の方でも色目を使いすぎている"」

「……?、?」

「"有事での玉体に起こる変化"——その有識者である"神の瞳は誤魔化せない"」




 真横が指摘していたのと似た内容からを切り込み、その『大きな乳房を前にしての青年の態度が気に食わぬ』とでも更にとげを持って言うのが後方のアデス。




「目を動かさずとも"彼処あそこまで態度に出ていたら配慮の意味がない"だろう」

「そ、それは——本当に、面目次第も御座いません」

「其処までが好きなのか。貴方には"私"という女神があろうに——」




「所詮は"嫉妬に狂う私"がうるさいですね」




 だが、言われる側の若者で真横の恩師もまで黙っておらず——どういう訳か"アデスという女神同士"で睨み合いの火花が散る。




「……"煩い"?」

「煩い。この者と『恋仲』でもない私が何を言うか」

「私に言われたくはない」

「ならば口をつつしめ」




「……なんですか、"これ"は? "自演"のような……?」

「暫しお付き合いください、我が弟子。これも"遊興の一部"と思って」

「あ、はい」

「"面倒な私は本当に面倒"なのです」




(……自分でも心の中で善や悪? 葛藤だったりで自分同士が対立するようなことはあるし……そういうこともある……かな?)




 その青年が寛容に捉えた様は、けれど常人の視点から見れば『単一の存在が分裂して己と対立し合う』異様の場面。

 恩師が言うには『遊びの延長線上』に置かれるらしくも厳しい言葉を掛けられた教え子で状況の深刻度は測り難く。

 しかし、離れた方のアデスがやたらと食べたそうに凝視していた菓子を『食べて大丈夫』と会釈に、手振りで知らせ——すると即座に触手の先端が蟒蛇うわばみめいて口(?)を開き、その暗黒が残り菓子全てを呑み込んだ様子に覚える一抹の不安。




「……それはそれとして大変に美味びみでありました」

「あ——ど、どうも。お口に合ったのなら幸いです」

「はい。やはり貴方の作るものは何であっても味わいふかく、気の向く限りで今後とも宜しくお願い致します」

「はい」




「『はい』ではありませんが」

「でも、優しいアデスさんの感じもありますよ?」

「有難う。しかし依然として面倒であることに変わりなく。それはこの"私自身が断言する"」

「(自分で断言するのか……いや、さっきから自分で言ってるのか)」

「なに、然して案ずることもない。どうやらあれは『青年が胸の大きい者ばかり見て』と"不貞腐ふてくされている"ようですから、少し甘めに構ってやれば問題なく落ち着くでしょう——"むむむ"」




 だがそして、また。

 女神自信がそうは言っても、何と嫉妬に荒ぶる神は色味を重くする紅の邪視——"現在進行でゲームの内部情報へと干渉"。

 端的に言い表しては行う"改竄かいざん"で以て"自らにも反発の意"を示し始めるのだ。




「えっ、なに? 今度はなんです?」

「——大変だ、我が弟子。"げーむ内で緊急事態が発生した"」

「!?」

「『世界を我が物にした』と主張する女が魔王城まおうじょうに立てこもり、残る貴方に対してその"身柄"と"共に行く宇宙高飛びの機会"を要求したのだ」

「? ……うわ、本当だ。さっきまで広かった領土がこんなに小さく、全方位を敵に固められているじゃないですか……!?」

「より詳細に言えば『謀反むほん』でもある。ざつに『善』と『悪』で別れた私が——その後者が『魔王』となって作中世界に登場し、独立しては反旗はんきひるがえしたのだ」

「無茶苦茶をやってきますね、アデスさん」

「すまぬ」




 それ即ち、王道RPGでもなかったのに『魔王』の役割として女神が作中内へと登場し、勝利条件をすり替えるなどの無茶苦茶。

 なので目指していた文化的勝利も何処へやら、青年は攻めてくる"嫉妬の化身"をどうにかしなければゲームのクリアもできなくなってしまったのである。




「"私"、を見てください」


「貴方は『暗黒わたしなくして』と言ったのだ。ならば他の誰よりも"私という女神"に専心するのが道理かと——道理でしょう」




「やはり相当に面倒ですね」

「いや、"自分で言ってる"ことに対して余所事よそごとみたいに言わないでくださいね?」

「ふふ。本当に申し訳ない」

「ちょっと可愛く笑ってる場合じゃありませんよ。どうするんですか、これ」

「問題ない。詰まる所は"たわむれ"なのです。既に私と貴方のいる共有国家、共に育んだ国力によって穏便に事態を解決——」




「『やり直し』などは一度もなしに魔性の王を打ち破ってみせましょう」




・・・




 だからして。

 "面倒な女神が本当に面倒"であったので、此処に打倒の手順すべてを記すのも面倒は極まり——。




「大人しく『軍門にくだって我がものとなる』か・『征服されて我がものとなる』か——選べ」

「り、理不尽。選択肢に幅がなさすぎる」

「若しくは元首謹製げんしゅきんせいの『衣類』や『装飾』などを寄越せ。さすれば今日を退しりぞいてやってもいい」




 端を折っては——『やいのやいの』の一部始終。

 無茶な要求をなんとか応対で小刻みに攻めてくる相手をいなし、しかしその都度では"青年からの魅力的な言葉や物"を引き出して去る""は魔王。




「……む"。げーむ内の我が弟子と女神イディア、また同時に女神ウィンリル——を参考とした者たちで"夜の密会"が行われています」

「ちょっと!? まさかこんな時に"例のイベント"の気配が!?」




「——我慢なりません。"侵攻"を開始します」




 けれど、またも青年が"大きい乳房と懇意"の気配を見せたからか——これを機に魔王軍(個神)は本格的な侵略を開始。

 切られようとする火蓋、ゲームの成否を左右する重要な局面が今に訪れる。




「ど、どうしましょう? それなりに時間をかけて愛着も湧いていた国が潰されてしまいそうです……!」

「全く、私の方でも付き合いきれませんね。これはいよいよ以て"本体を攻略"せねば」

「? そ、それでなんとかなるんですか?」

「恐らく、はい。……遊びに於いて盤外ばんがいすぎて気も引けますが、この期に及んでは仕方のない」




「邪魔者にお戻り頂く——"最終手段"を取りましょう」




 その無茶な振る舞いに対しては遂に、"殿堂入り級に優秀な側近のアデス自身"。

 恩師で主導して、惑う青年に"根本的解決"の指示を送らん。




「その手段とは——『く』のだ。"我が弟子"」

「??」

「"彼方あちらの私のそばで甘い言葉を囁いてくれ"」

「そ、そんなのでどうにかなるんですか!?」

「ええ。骨抜きになった瞬間を私で統合します」




「そして白状すると、今日は"この機会"をこそ欲して色々と仕組んでいたのですが……宜しいですか?」




「えぇ……」

「本当にすまない。"魔性の私"を落とし込むにはここまでの手間が掛かってしまった」

「あ、いや——まあ、大神のかたでも色々と事情があるのでしょうし……」

「……」

「……別に貴方が喜んでくれるなら褒める言葉の一つや二つも構いませんけど……もし次があればもっと早く正直に言ってくださいね?」

「成りました。分かりました」

「では……一応、やってみますよ」




 そうしてアデスの自作自演的に指示した作戦決行の合意も青年で得られ——慎重に後方の暗黒へ近寄る足運び。




「……そういう訳なので、此方のアデスさんでも大丈夫なんですよね?」

「"……"」




 ねた様子で抱きかかえた座布団に顔を埋める恩師で頷きの了承を見て取ってから、目線を合わせて。




「……そういう視線、最近でもそこに向ける意識が多かったのは認めます」

「……」

「その、それで……貴方に向ける分が少なくなっていても、ですがそれは決して貴方に魅力を感じないということでもなく」

「……なく?」

「……前にも言ったと思いますが、比較的……ち、小さいのも嫌いではなくて……えぇと」

「……」

「……何より、貴方は貴方であるだけで魅力的——"自分にとって唯一無二の大切な方"と考え、何時いつも助けてくれていることに感謝だってしています」




 苦い笑みと共に贈る礼賛らいさんの言葉。

 聞き届ける女神でその囁きを味わうようにの瞑目。




「それなので……今日も遊んでくれて有難うございます」

「……」

「……機嫌を直してくれますか?」

「……私の方こそ、年甲斐もない身の振り方でした」




 矛を収める提案に色の良い反応は返され、調伏の試みの結果は、"成功"。

 そのまま『ぷい』と顔を横に背けながら、けれど満更でもなく口角を上げたアデス——残るアデスとアデスが嫉妬の己を胴上げし、聞こえのいい言葉を賜った事実を祝福する。




(ちゃっかりまた増えてる)

「三倍の玉体で喜びを味わいたかったのです」




 そうして漸くに連動するゲーム内でも魔王の勢力が退き、無事の無血によって和解と合一を果たさんとする両勢力。




「……ふぅ。これで一先ずは一件落着……ですか?」

「はい、今度こそは。御手数お掛けしました」




 正常に戻された進行状況ではその一件で得られた和解金の恩恵もあり、"なんやかんや"でクリア条件へも筋道の見える一直線だ。




「……でしたらなんだかんだで、アデスさんも嬉しそうで良かったです」

「「「うふふ」」」




 だが、息つく暇もそこそこに。

 これまでは『出生』に対して懐疑かいぎ的な視点を持つ女神の手前、プレイヤーも含むキャラクターの寿命制限も設定されていないことから取る必要性の薄い『子を成す』コマンドは選んでなかったけど——けどの、最後。





「……後は中途半端で終わるのも何か嫌ですし、もう少しで終わりそうですから」

「ええ」

「ゲームをクリアまで——……あ"」





 奮闘(?)、虚しく。

 魔王の対処に追われている内に進んでいた"ことの結実"。

 最後の最後でゲーム内の青年には『子』が——しかも作中に於ける最古参で開始当初から側にいてくれた"大老女神以外の者たち複数と同時に"出来てしまい、冷える心の背後で三柱のアデスたちが一斉に暗い眼差しをして——分身の小話こばなしは終わりとなる。





「……」

「「「……」」」

「……」

「「「……■■■」」」

「いや、自分は悪くないです」





 だが、念の為で付け加えては遊ぶ師弟の間で波風が立っても険悪な空気はなく。

 しかし暗く霧を漂わせる恩師(三体)の機嫌を取り成すためには以前のよう水分身で囲んで囁いてが数時間もかかったという。

 またけれども結局の所、一連の交流でも女神たち其々は"自然と楽しく笑みを浮かべられていた"のだから——きっと、何処か少し変わっていてもこれはこれでいいのであろう、多分たぶん



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