『女神A②』

『女神A②』




 また『分身』と言えば、別日でこんなこともあったか。




「——……め、女神アデス?」




 今回、共用の空間に来て驚いたのは創作の息抜きに居間へ出たイディア。

 その頭に有する異彩の髪を驚く青に染めた美の彼女が見遣る先——自在リクライニング式の玉座に座りながらくつろぐ、魔王。




「ご機嫌よう。美の女神」

「……"我が友で何を"……?」

「……ふっ」




 しかも、不適に笑むアデスは周囲に自らの教え子たる青年を——それもはべらせて。

 白肌が片手に持つグラスでは水に氷に弟子作成のものを楽しみ、また魔眼を隠しているのは暗黒ダーク眼鏡グラス




「いと——"をかし"」

「……?」




 大神女神は涼しげな顔色で、その恩師へ更に霧が如き冷たい微細粒子を吹き掛けるのも側に控える青年。

 分身(?)が複数いる内の一体はそうして空調の役、他の一体は『あん』の詰まった菓子を配膳。

 その他、残る二体ほどは何をするでもなく座って控え——計四体の青年女神に老少女が囲まれる光景の奇妙なこと。




「……"共用の場"というのはさて置き、仮に"そういったことをする"にしても女神なら認知不可の状況は簡単に作り出せるでしょうし——まさか、"見せつけられている"?」

「そのような事、あろう筈も御座いません」

「では一体……何を?」

「女神イディア。寧ろ私は貴方へも『"幸福の裾分すそわけ"をしてやろう』と思い、今でこの"素晴らしきさま"をご覧に入れているのです」

「……」

「流行りのふうに言って、要は——『き』の"共有"とも表せますか」




 その奇怪な状況へ詳細を問いかけられたアデスは応じ、美神が『どの友と挨拶を交わせば』と首振りの迷う中で"なんて事はない訳"を語る。




「"身を分ける訓練の一環"でありつつ、しかし"付き合って遊ぶ提案をも許してくれた青年"」

「……成る程?」

「我が弟子、優しい。優しいから——すごい優しい」

「はい」

「表情の作り方だって大体、全部が好き。だから今の状況では一度に幾つもの表現が見れて楽しく……かすかに変化へんかしても飽きのこない絶景」

「それは……そうかもしれません」




「……その、やっぱり日頃からお世話になっていて、だから少しでも"お礼"はしたいですし……『今日一日ぐらいはいいかな』、と」




 すると、未だえつりながら水を味わう女神の横。

 本体と思しき分身の一体で現状に捕捉をしたのは青年。




『……強要、"いられたり"では、ない?』

『は、はい。勿論』

『それなら良いのですが……幾ら相手が彼女といえ、もしそうした場合では私からも臆さず諫言かんげんを送りますから、気兼ねなく仰ってくださいね?』

『分かりました。お気遣い、ありがとうございます』




 若者たちの間では秘匿の回線で当事者へも確認が取られ、その警戒する遣り取りを聞かずとも察することの出来る大神は付け加えて言う。




「そうです。いくら私が『暗君あんくん』とはいえ、"数十億を越えて十か二十の若者に関係を迫る"のは『大変に問題がある』と……客観的視座に、自覚もあり」


「何より、『指導者と教え子』や『保護する者とされる者』」


「それら関係に於いて『要求』とその『承諾』は"立場的優越から生じる圧力"を完全には否定しきれないのが難しい所だと——時と場所によっては『禁忌きんき』に見做みなされる関わりだとも当然に存じている」




「だが、事前に説明したそれを差し引いても青年は『許す』と言ってくれた」


「私に対し、『今日一日は淫らな接触以外で色々をしてあげます』……と」




 それは、社会的立場の上位・下位に生じる難しさを説いてから今の状況を"青年の好意によるもの"との明言。

 つまり『極力は自由意志に基づいた決定であるので特に問題はない』ことを一連の言葉で示し、実際に視線を傾けるイディアとその伺いに対して頷きを返す青年——言外の遣り取りでも真相の事実確認は終了。

 これで操る"洗脳"のようなことがされていなければ——やはり、大きな問題はないのだろう。




「なので浮かれ、このよう丁重に扱われている次第——"洗脳はしていません"」




 これも意志決定を大きく左右する"魅了みりょう"があるのかどうかは、知らないが。




「……我が友が納得しているようなら構いませんが……"でも"」

「?」

「でも、ややに"小狡こずるい"のでは?」

「"小狡い"? 大神わたしに向かって何を言いますか?」

「"私も我が友とそのように遊んでみたい"——『女神アデスばかり囲まれて羨ましい』と言ったのです」

「フッ……たわむれを」




「……いや、戯れですよ?」




 すると、どうしたことか。

 興味を引かれた美神も『体験したい』との意志を表して、また何故か先約の女神と張り合うように睨み合い始めた。




「「"……"」」




(なんだかイディアさんまで小さい子みたいになっちゃったけど……そういう日もあるか)




 幼子おさなごのように駄々を捏ねたのはよわいで千を越える者たち。

 片や殆ど世界最高齢、片や何度も学校を出ている成熟の女神らで一つしかない貴重品の取り合いめいた駆け引き。

 けれどしかして、大切に思う友に"求めるそんな仕草"を見せられたら青年で、"応じる"のも既に決まっているようなもので。




「……ならば勝ち取れ。さすれば与えられん」

「……」

「ですが果たして、"私を想うこの者"から了承の返事を引き出すこと、その困難が貴方に——」





「だ、だったら勿論、イディアさんも一緒に」


「自分の方では最初からそのつもりでしたし……やっぱり日頃のお礼も兼ねて自分で良ければ、遊び相手になりますよ」





「——そうです。青年もこう言っている」


方々ほうぼうから水に言葉をかけられ心身で濡れてしまうわぬよう……精々、"気を確かに臨め"」




 変わり身の早い女神を横、青年は歓迎の笑顔。

 断る理由などはなく、もてなす範囲を美神にも広げることは迅速に決定し、言った側から水の塊を増やして己の形へと調整。

 結果としては二体が増えての計六体、青年の分けた水分身みずぶんしんが新たな実体を空間に表す。




「……というか、アデスさんはさっきからなんなんですか? イディアさんに対して当たりが強くないですか?」

「御免なさい。最近で楽しんだ『"悪役の令嬢"を真似しよう』との過ぎた茶目っ気でした。直ちに反省しますのでかないで、本体は私に残して」

「……イディアさんの方に行きます」

「あぁっ……——ふふっ。ですが構いません。今日の私は上機嫌。大いに寛大でもありますので」




「また却って、それこそ貴方の分身に"慰めてもらえる好機"と」




したたかに捉えても前後左右から『魅力的』、『可愛い』などと甘く——」

「イディアさんの方に集中して意識をくので話せません」

「……」

「別に怒ってはないですけど……気が散ると大変なので暫くは静かにお願いします」

「はい」




 打ちひしがれて落ち込む沈黙を置いて、青年。

 取り敢えずは本体含む二体で新しく席に座った友の下へと向かおう。




「すいません。お待たせしました」

「女神アデスが後ろで暗くなっているようですけど……いいのですか?」

「はい。少し暴走気味なので冷めるまではそっとしておきましょう。本人——彼女自身でも以前に『私が巫山戯ふざけたことを言っていると感じたら冷たくあしらって構わない。それはそれで良き』と言っていたので」

「そ、そうなのですか」




 軽く仕切り直しに話をして、身の触れないよう間隔を空けて水の座る左右。

 何かそういうお店、遊女と絡む『水遊び』のように見えるかもしれないが先述した通りに"お触り"の類いは此処でも原則として禁止である。




「それで、最初から驚かしてしまってもアレなので取り敢えずは二体で対応しますが……構いませんか?」

「はい。寧ろ我が友の方でも負担は大丈夫ですか? 思い返せば私情も私情、私の我儘わがままを聞いてもらう形にしてしまいましたが……」

「大丈夫です。特に負担が大きいということはなく、同時に接する機会は自分でも新鮮で、楽しくもありますから」

「では、お気持ち有り難く。機会に与らせて頂きますね」




 そうして一旦、流れの途切れる会話。

 増えた青年で恩を返すと言っても改めて至近距離で向かい合う友の姿、麗しく。




「……」

「…………(何を、どうしよう)」




 見惚みとれるだけの時間を過ごすと相手の美貌を再確認するのみ。

 だからまたも話題に困り、目線は顔に合わせられても内なる動揺を気取られぬように絞り出すのは——まるで"初対面のような遣り取り"であった。




「……でしたら、その」

「はい」

「ふ、普段は何を……?」

「『しん』や『ぜん』や、『』についてを調べています」

「それはまた、凄い……実は自分の方でもその辺りを本とかで学んではいるんですけど……まだ、難しくて」

「まぁ……! もしかして"美神わたしの為"にも?」

「は、はい。一応は……『貴方の力になれたら』と思って」

「……ふふっ。でしたら有難うございます、我が友」




 けれど、話の上手さでも青年の先を行くのは多くの議論を重ねた"哲学者"でもあるイディアのほう。

 "気遣う"つもりが逆で相手に"気遣われる"格好、主導権は美神にあり。




「ですが……貴方は"貴方の理想"を追い求めるだけでも、日々その『優しく誠実であろうとする姿勢』が私に様々な考えをもたらしてくれていますので……それこそ気負わず、負担にならない範囲で構いませんからね?」

「イディアさん……」

「そして折角、我が友が意欲を見せてくれたのです。次の機会で宜しければ、また一緒に勉強をしましょう」

「それは……」

「書生の私も手助けしますので、貴方の気になったものからで構わず。共に『美』についてを考え、語り合うその機会を頂ければと存じます」

「……はい。勿論です!」




 恩師アデスの方面で節約する分のリソースも使い、演算がんばる青年。

 一体が話しつつ、もう一体は気を紛らわす意味でも側に飲食を用意し、それでも礼などの相手を想う言葉を言い合って。

 そうした"いい雰囲気"を前、共有を選んだ暗黒女神は複雑な心境。

 自らの生やす触手を噛んで伸ばし、暗い瞳が若者たちの親交を見つめている。




「……そうしたら他に今、自分が何かしてあげられることはありますか? そんなに多芸じゃないですけど、食べ物や飲み物なら話しながらでもご用意します」

「そうですね……でしたらこの前いただいた炭酸水を——ひゃ……っ!」

「"!"」




 だがすると、数を増やしたこともあり。

 何より接近した肉感——眼前にした今も現実にあるものと信じ難い『Incredible』に形の整った美の化身の大きな乳房に過剰な意識を割く、くせ

 一瞬の気の緩み、操作の精度を落としての失敗ミス

 大方がからになって下げようとした杯を手の動作不備で倒し、相手の膝を水で濡らしてしまったのを拭こうとして——止まり。

 自分で拭いてもらうために慌てて布巾を渡しながら、せめてと両サイドからの誠心誠意は謝罪。




「ご、ごめんなさい!! 手が震えて——服が……!」

「焦らずとも大丈夫。只の水ですし、それに我が友なら触れずとも手早く綺麗に出来ますでしょう?」

「あ——(権能わすれてた!)」




 言われて急ぎ、水の操作で濡れた箇所を乾かす。




「これで乾いたと思います。でも……本当に申し訳ありませんでした」

「いえいえ。顔を上げてください、我が友。元よりお願いをしたのは私なのですから……調子が悪ければ遠慮なく言って、しっかりとお休みくださいね?」




「貴方はいつも頑張って……少し、頑張り過ぎな時もありますから」




 乾かして慰められ、表情を曇らせたままも『雰囲気を沈ませて悪いか』と思い。

 苦くても微笑んで、青年の抱く感謝が返す言葉。




「"それもこっちの台詞です。いつも有難うございます。イディアさん"」


「"貴方だって何時いつも色んなことを頑張っていて、勉強熱心で博識で……冷静に物事を見れて"」




 それはささやく"ウィスパー"。

 引き起こす"自律感覚の絶頂反応ASMR"。

 美神の好き好むものが、あっちからこっちから、左右を囲んで悩ましげに彼女だけを見て——震える水、優しく。




「——"!"」

「"的確な判断や対応でも自分を助けてくれる貴方は本当に素敵な方だと思います"——"憧れでも、あるのかも"」

「……、、……、ん——"」




 やや遠慮しつつも優柔な言葉のトキメキ二倍。

 交互のような順番・左右からの心地よい振動に、尽くす給仕奉仕によって満たされる感覚は玉体のしんにまで響いて——抜けてゆく力。




「……"イディアさん"?」

「あ——ちょっと待ってください、我が友」

「"ふ、震えていますけど……大丈夫ですか"?」

「はい、全然。我が友の言ってくれる言葉が嬉しくて、ただ喜びに打ち震えているだけですので……だい、じょぶ」

「"ほ、本当に"?」

「え、ええ……いっそ諦めるか、『吹っ切れて流れに身を委ねてしまいたい』、と……僅かでもそう思った瞬間に、体が脱力を始めるこ、これが——"腰の抜ける"、"砕けるという感覚"……なのでしょうか……?」

「……? く、"苦しかったりしたら本当に言ってくださいね"?」

「ん"——もちろん……! でも今、不快な訳ではないので、ご安心を……!」




 けれど立てる親指、弛緩しかんする口元でも『問題ない』のサイン。

 足腰の立たない、腰の脱力する感覚を"自らで実感"によって知る女神は学びの徒としても何処か嬉しそう。




『——だから言ったでしょう。"気を確かに"と』

『う"……これは確かに想定以上でした。"そういった甘い関係"になることもあるかと覚悟を決め、"そうして今日がその日"と思い込んでしまうような……凄まじい力です……!』

『……何という……ですが、まあ? かく言う私も腰が立たなくなってしまったので、こうして寛いでいる訳ですが』

『め、女神アデスまで??』

『しかしけれど適当に触手でも生やせば歩くことは容易く、けれど今日一日は"ふやけて過ごす"と決めたので動きません。梃子てこでも』




 遊ぶ、女神ら。

 周囲に複数のい青年に、其処から発せられる好意的な音の波に。

 幸せ満ちる空間で過ごす、伸び伸びとした一時。




『まったく。我が弟子もうまくなったものです』




『"流体操作"という時に"他者の精神さえ好きに出来る力"を持って、やれ「掃除」・やれ「料理に便利」などと……ああした者に"尽くす尽くす"とこうも健気に努められては、れた我々でもたまらないものがあります』

『それは……そうです』

『更には演算も支援して、空間中を弟子で埋め尽くすのも一興か? 更に更にあの者の分身と数を等しく私も分身して仲良く士気の熱を高めれば——やはり、も此処で新たな永久機関は成った』

『さらりと凄いこと言いますね』




『……ですが、そうですね。私も我が友と"永久機関の研究開発"はやってみたいかもしれません』

『……』

『"多くを解決"せんとするためには真面目に……掛けてしまう期待に重圧が大きすぎるので今は言いませんけど』

『……"命"として子を成すことは許しません。ですが純粋に"力の生み出す機構"としてなら……時間の許す限り、それこそ幾らでも"共同作業"として挑戦してみればいい』




 同じ者を推す女神たちで『良き』の共有。

 尊きに見守られ、充実で咲き誇った話に。

 其々で身を沈めても浮かべる花笑みが、場の配色に温もりの色を添える。




『しかし、それもたいさい——暗黒物理学者の私にかかれば造作のなきこと、なのですが』


『"思想の関係"によって其処までの手助けは出来ず。だから精々、自分たちで励みあれ』





『……ふふっ。将来有望な若手が多くて"始末さき"も——楽しみであります』



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