『大地の化身も女神さま③』

『大地の化身も女神さま③』




「爪の化粧は、お洒落」


「ですがうしなどを触れて傷付けぬように、気を付けないとですね」




 笑顔で話すのは女神レイママ。

 地母神の彼女は仲の良い美神から土産みやげとして『べに』や『づめ』の入った袋を今し方で拝領はいりょうし、直ちに感謝する拝礼はいれい

 背や胸で大地や山々を思わせる肉付きの良い玉体は傾き、動作の中では褐色の頭髪から左右に垂らす編み込みが揺れる。




「本当に助かります。毎度のことながら女神イディアには貴重な物を頂いて」

「いえ。私の方でも世話になっているのですから、これぐらいは」

「……感謝。感謝です」




 位置の戻る頭では浮かんで見える柔らかな笑顔。

 その話し合うレイママにイディアに、近くの青年も合わせて麗しい柱たちが三角を描いて集う様は秘境の花園。

 実際として草花に囲まれる山間部の此処では人気ひとけもなく穏やかに時が過ぎ、談笑も交えながらで同時に調理も進められていた。




地母神わたしも時に人里へと降りて装いの流行などを調べはするのですが……"乗る時流の違い"もあって追いきれず」


「だからこうして私に『似合うのではないか』と貴方が提案してくれること、じつに嬉しくて」




「『返すおれいも貴方にとってみのりある形で示せれば』と思うのですが……"哲学"の方で進捗はどうでしょうか?」

「以前と然程さほどは変わらず。方々ほうぼうを渡り歩いては時に新しいものに触れて、時に繰り返しで言われることを再考し……結局の所で『分からない』のが実状ですね」

「……」

「"安易に結論を出すのも何か違う"——いえ、『違う』・『ことなる』と断言まではしなくとも、やはり"拭いきれぬ違和感"が付き纏っているのです」




 と言っても青年が作るのを提案した料理とは実に単純なものであり、その扱う材料は実質的に『牛乳だけ』と言っても過言ではなく。

 要は搾りたての牛乳それを煮詰めて・混ぜて・固める、それだけの質素な——『』的のもの。

 だからか大層な道具も複雑な工程もなく、休憩のためで岩にもたれたまま身動きが難しい青年でも牛乳の水分を流体操作で掻き回し、その操る流体がなくなるまでを煮詰めることは"軽作業"であっての簡単。

 肝心の熱源だって此処を根城とするレイママが奥から持ち出してきた鍋を自らの膝に載せ、"大地そのもの"でもある自身をねっし——さながら"局所的マグマパワー"は『火の出ないコンロ』のようだ。




(……『絶対に見ることなかれ』とまでは言われてない。大丈夫)


(だから、落ち着いて……単に『ぜるようなそれ』も、"情報として淡々と処理"ができれば……できさえすれば——)




 だから、誰もが急がずに済む調理の時間。

 煮詰める間の数時間で"丁度いい"との雑談は其々が"興味のあるもの"・"好きなもの"の話。

 しかし、側で聞こえる化粧のことなどは青年でうとく、瞑目して周囲に感じる風の流れ。

 すると女神たちの有する程良い熱を求めて周りに集まる動物たちとも、仲良く。




「……それでしたら後で化粧を教え合う時にまた、化粧それを通して『美』についても話しましょうね」

「はい。貴方の気遣いに私からも感謝を」




 休もうとしてか、側へと寄ってきた山羊の親子が岩陰で脚を折る様は青年にとって何処か微笑ましく。

 物言わぬ川水はそうして暫くを眺め、黙っていたらでその"慈しむ表情"を認めた大地の女神によって話が振られる。




「……川水かわみずの貴方でも"動物"はお好きで?」

「——あ、はい。そう……ですね」

かしこまらずとも大丈夫ですよ。貴方のことを取って食ったりは……しませんから」




(……変ながなかった?)




「そして女神レイママという私も動物好き。また料理を嗜む者としても貴方との関係は一先ず……『同好の』にも、あたりますでしょうか?」




 出会った当初で簡単な挨拶や紹介は既に済み、しかしもっと相手のことを知ろうとするレイママの玉声。

 褐色の髪に青色を混ぜる彼女は同じ様に黒で青を持つ女神に柔らかく言葉を語り——対する青年では目線を相手の顔に置き、未だ慎重に心理的な距離感を測っていた。




「そ、そうですね。此方としても話が合わせられるかもしれませんので、良かったです」

「ええ。私でも『そうであれば幸い』と考えていたおり、けれどもしかしたら"私の存在"が貴方を何か——『怖がらせてしまったのではないか』と心配でもありまして……調子の方はもう大丈夫なのですか?」

「はい。お陰様で少し休んだら良くなってきました。大丈夫だと思います」

「……私の存在が重荷おもにとなったりはしていませんか……?」

「まさか——そんなことは全然。寧ろ自分の方こそ、さっきは初対面で緊張していて色々とご迷惑をお掛けました」




 美神の見守る中、交わす軽い会釈。

 事実として知り合ったばかりの女神からそれほどの圧は感じず。

 どころか"それ以上"を知る青年は自らのした奇行を再度に詫び、相手と共に苦笑いを浮かべる。




「いえ。私の方こそ直ぐに助けへ入れば良かったものを……あろうことか私情を優先してしまい機転が利かず、本当に申し訳ありませんでした」

「——」

「そしてまたやはり、星の神格では重く感じさせてしまう性質もあるでしょうから……気に障った場合にも遠慮なく仰ってくださいね」

「はい」

「でしたら改めて、今日は海を駆ける御足労ごそくろう。丁寧にもご挨拶のしなまで頂戴して……誠に、有難う御座います」




「……配慮の届く優しげな方。早くから良き薫陶くんとうを受けられたのでしょうか」

「……そうなのかもしれません。最近はイディアさんの厚意にもあずかって、有難いことにも彼女と一緒に多様の学ぶ機会を頂き……だからそれで自分も少しは成長が出来た——出来ていたら、いいのですが……」




 青年で表に出されるのは"暗黒の規制線"に掛からぬように注意して選んだ言葉。

 それに加えて第三世代の比較的"若い"とされる神々の間で『大神アデス』という"伝説的な神との繋がり"を明かすのは色々と面倒で不都合なことも多く。

 それもあって、あくまで今日は『美神の友』という立場を主体に振る舞おうとする。




「……出来ていますよ。きっと」

「……そうですかね?」

「はい。少なくとも私にとって貴方の気遣ってくれる言動は素敵なものに思えました」

「……」

「それに、自己の成長を視野に入れては話し方でも既に聡明の色が見えて……先ほど見せた不安定な様子との"差"もまた、魅きつけられるものがありましたよ」

「……れ、レイママさんが喜んで頂けたようなら、何よりです」

「ええ。ですが次に困ることがあれば是非、美の女神だけでなく"私"のことも"頼る選択肢"に入れてくださいね——お助けします! お守りしますから……!」

「ど、どうも。お気持ち、有難いです」




 そうして、レイママでは力強く曲げて内に引かれる両肘りょうひじ

 脇を締める仕草は胸元で山の如きを寄せ、その豊満な形が変わる中で距離を詰めんとする質問の再開。




「またそれで、こうして行動を共にするほど貴方と女神イディアは懇意のようですが……いつ頃から仲良く?」

「二年ぐらい前から、でしょうか」

「では、どんな風に交流をしているのでしょう? "関係性"と言いますか。どこからどこまでを——」




「——誓って、ただれたようなものではありませんよ?」


「"拘束力のある契り"だって特にない『良き友』の間柄だと私は認識しています」




 しかし、『優しくも何処か影のある青年』へ早くも"気に入り"の色を見た地母神で興味の追求は勢い、やや激しく。

 その答えづらいものに対しては『何と言ったものか』と口籠る青年と、『自分の言動が失礼にあたらないか』の"客観的視点"を求めてレイママからも視線を向けられる美の女神が助け舟。




「女神イディア。……では、"占有せんゆう"などということも?」

「勿論です」

「……成る程」




(? 戦友せんゆう? ……占有せんゆう?)




 その舟に川水は掴まり、概ねで友と同じ認識と頷いていたが。

 だが、女神の使う言葉に不穏の気配を察して——己に向く夢見の光が熱烈一心に注がれる様子でも緊張の再来。




「では、誰と"一対一の契約"を交わした訳でもないのなら……"私がある種の母親とくべつになろう"としても特に問題は、ありませんか」

「……それは、はい。その内容にもよりますでしょうが」

「うん。そうだ。それなら、"苦しい時でも更に近くで寄り添える形"……川水の貴方にも『そうした願いはないか』との"問い掛け"」





「……?」

「単刀直入に言って、宜しければこの私を"貴方のはは"、いえ、せめて母的ははてきな……」

「え……」

「いやいや。それこそ先ずは『乳母うば』からにして其処から少しずつ段階的に互いの距離を——「"初めの一歩が大き過ぎる"」





 けれど、鬼気迫る食い気味の姿勢に対しては女神の髪で警告の黄色イエロー




「……だ、ダメ?」

きゅうすぎます」

「ぐぬ、ぬ"」

「我が友も困惑している」

「た、大変に失礼しました! ゴメンなさい〜!!」




 友であって保護者でもある美神が地母のおさえに入って。

 その以後でより客観的に順序を立て、『穏便に友好を示そう』と日常を話したり、何か遊んだり。




・・・




「——折角なので"水着"になるのはどうでしょう?」

「"!" ぉ——ッ、ッ……、ッ、!」

「我が友——!?」




 実際の例としては、水遊び。

 星の女神でも水を生成して操る同様の事はできて、しかし『親しむ水の青年がいるので』と濡れる遊びをしようと。

 けれど、その着替えの提案によって女神たちの水着姿を想像した青年で衝撃に咳き込みは発生してしまい、なんとかで再び美神の話術が水遊びも回避。

 そんなこんなであとは力自慢の腕相撲で、相手を組み伏せる地母神が恍惚の顔色うかべて全勝するなどもしながら——薄い水の壁が囲む空間、調理の冷却工程も終了。

 漸く無事に出来上がったその乳製品に青年持参の塩(暗黒)や、蜜蜂とも仲の良いレイママから提供された蜂蜜なども付けての食事。

 其々で神の味覚がシンプルな料理の素朴さと、そうであるが故に加える変化の分かりやすくて面白い味を楽しんで——水の星では今日も日が暮れる。




・・・




 斯くして、レイママの願いもあって予定も空いていたから次の日も同地で過ごすことにした美と川水。

 夜を明かしての交流は互いを知る会話と気楽な遊びが中心で、安寧の時に響くのは『赤子扱いまではしないからせめて優しくさせてほしい』と言っての"お褒め"の言葉。




「——女神イディアは賢くて可愛い! インテリキュートで倫理観りんりかんも凄い……!」




 今し方で青年たちに刈り取ってもらった羊毛を服として編みながら歌い出す大地女神。

 しかし、恩師アデスにも唐突な面があるからと、神の勢いにも慣れてきた青年で特に慌てることはなく。




「川水の貴方には——"母性作文ぼせいさくぶん"の『ぼ』」


「『ぼんやりしていて、でも』」




『……何か始まりました』

『……地母神の女神レイママは"褒める"ことが好きで、然りとて他者の全てまでを肯定せず。……つねなら"危うきは危うき"と警告をしてくれる"賢者"でもあるのですが……』




「『せ』——『性質は穏やか』〜」




『……自己のことになると少し、"盲目的"な部分もあるようなのです』

『……』




「『い』——『いじらしい』〜♪」




『なので、"褒めてくれている"……"讃称するうた"のようでありますが……』

『……自分は大丈夫です。レイママさんが楽しそうですし、大した迷惑でもないので』

『……分かりました。では、暫くこのまま』

『はい』




 言葉と共に手編みの上着セーターも賜りながらはプレゼント。

 期待の視線に応えても秘密に会話していた二柱でそれを直ぐに着て見せ、青年では身近の女神らと同じく胸で出来る天幕構造。

 その様は少し気恥ずかしくも感じられたが直ちに脱ぐのも悪いかと思い、部屋に帰るまでを、そのまま。

 最後は余分な牛乳や蜂蜜も持たせられ、厚意によって恩師や都市の人々への土産も手に入れた後に、別れの時。




「いつでも歓迎しますので、また来てくださいね」


「それにやっぱり……ふところの深さでは私にも自信があり、『どんな話でも聞いてあげたい』とその用意はありますから……お困りの時はどうか遠慮せず」




 夕焼けの空を背景。

 離れて、手を振る女神に大きな玉声が聞こえる。





「双方とも、望んでくれれば『母のやく』にもなりますからね〜〜! ——帰り道、お気をつけて〜〜!」



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