『大地の化身も女神さま①』

『大地の化身も女神さま①』




「『女神レイママ』とは時に"母性ぼせい"的な愛情に満ちた方でありますが……しかし、"余程のこと"——」


「それこそ——此方こちらから"母性を必要とする様"を"殊更ことさらに彼女へ訴えかけるような言動"さえなければ……の柱も適度に距離を置いてくれる方ですので、はい」


「ですから、我が友におかれましても"特段に心配が必要なもの"はないと思われ……だからきっと、温和な彼女と貴方でも穏やかに気の合うことはけ合いでしょうと」





「私から一つ、安心を保証——」





————————————————




(——"ちち"……しぼり?)




「グワー!」

「——我が友?」




 山道やまみちを走り、山肌で滑り。

 女神たちに先行していた青年が転ぶ此処は——とある陸地の山奥。




「ウワー!」

「我が友」




 そう、山間部さんかんぶの秘境。

 山羊や牛の数種類が草花とその受粉を担う虫たちと暮らす長閑のどかな草原を背景で。

 牧歌的な空気の漂う中、傾斜に足を滑らせて転がり落ちて行く青年。




「ア——」

「わ、我が友〜!」




 転落しての水落ち、生まれ持った神格・権能も何処へやら。

 硬直した真顔のまま山々の間を流れる小川に乗り、けれどその大したことはない水深で岩に玉体が引っ掛かって——駆け寄るイディアにも助けられ、辛くも脱する川中。




「——」

「……わ、我が友?」

「——……?」




 今は友と行く小旅行。

 口にするのが"蜂蜜"や"牛乳"なら『誰かを絞め殺した訳でもないので大丈夫』な青年。

 既に訪問先では現地の女神とも出会い、其処で気前よく食材を提供して貰えることになった手前『返礼で簡単な料理を作る』と買って出て——牛乳だけでも出来る一品を作ろうと率先して名乗り出た今。

 手伝いを頼まれた作業は"牛の乳搾り"であった。




「……(しぼる? ……"何を"?)」

「ど、どうしてしまったのですか? まさか私の気付けぬに外部からの攻撃が……?」

「……い、いや。川に流されたぐらいでこれぐらいは大丈だいじょう——"大丈夫じゃないかもしれません"」




 だが、牛の放牧地へと案内されて向かう矢先——物は壊さずともつまずいたり、ぶつかったり、溶けたりで以前から危なげはあって。

 そして遂には今し方のように傾斜で足を滑らせての転倒、水神が川流れの様子も明らかな異常。

 だから虚勢を張らず、己でも知覚できる"不調の原因"を青年女神は報告する。




「……何か問題が?」

「……む、"むね"に意識が」

「……彼女が魅力的すぎて動揺を? しかし、自分で言うのもなんですが起伏の目立つ体型にはある程度、私で慣れているのでは?」

「そ、それはそうかもしれないですけど……でも、失礼のないよう、"変に見ないよう"に気を付けていたら何か、"それ以外"で集中が出来なくなってしまって……」




 つい先まで、"相手が長めの乳房だが特殊な訓練を経た青年で視線が吸い込まれることはない"。

 "認知して『凄い大きい』とは思っていても大丈夫だから普通のノリで話を進めよう"——と、くくっていたたか

 けれど実際、巨乳対策も兼ねて身に付ける奥義はその存在を無視するものでなく——寧ろ"視力に依らず強く意識して演算を行うもの"であるからして、視線の向きに関わらず『爆乳』は『爆乳』としての凄まじい存在感で認識世界に健在。

 よってつまり『視線は大丈夫であっても其処に君臨する爆乳の存在感に気圧されて変調を加速させてしまっている』と青年は自己分析で、落ち着いているんだか・いないんだかの精神が要点を言うのだ。




「……つまり要約すると——"視線の配慮へ専心せんしんしては他の身動きがおろそかになって上手くいかない"、と」

「は、はい」

「それは……"危険な状態"なのですか?」

「いえ。アデスさんが権能の制御などでも気を使ってくれているので……大人しくしていればこれ以上のことにはならない……と、思います」




 揺れる青の眼差しでまばたきも回数は多く。

 そば絶対的安心感アデシウムなしの状況では未だ奥義の制御がつたない青年の心身。

 初めて見る程に"巨大な膨らみと揺れ"への情報処理は困難を極め、あえなく動転。

 その体の各所に起こる計算のまりで却ってダメージを受ける格好は、"恩師どころか信頼する友の美神さえも居なかったら"更に甚だしいものになっていたであろう——"不安の表出"でもあるのか。




「……だから、自分で言い出しておいて大変に申し訳ないのですが、予定の変更を謝って牛の乳搾りはお願いをして」

「——」

「自分は少し休んでから、派手に動かなくても出来る『牛乳の掻き回しなどをやりたい』と……彼女にもお伝え願えますか?」

「……もちろんです」




 またしかし、健気にも。

 "あくまで世話になる者"として青年は主体を譲らず、正直に不安を言ってくれたその意もんで頷いてみせるイディア。




「分かりました。でしたら我が友は暫く水に親しみ、此処で休んでいて下さい」

「——」

「作業の方は進み次第、お声掛けをしますので」

「……有難うございます」




 変化する髪の色を『容認』や『喜び』の明るい緑や黄で彩り。

 手に腕で支えていた友の体を乾いた・そして平面的な岩場に寝かせた後で——頼り甲斐のある笑顔。




「その時は肩も貸しますので無理をなさらず」


「また何かあれば、お互いに連絡をしましょうね」




 そう言って立ち上がっては、願われた通りで不調の意を伝えに返すきびす

 イディアは上で待つ女神の下へ急ぎ駆け寄らん。




・・・




「フー……ふー……っ」




 だがすると、青年の見せた不安定な様子に対して注がれる——重い視線。




「……"母性の高まり"を感じます」




 その重厚感ある持ち主こそはまさに"大地の神格"。

 延いては更に下から地面も、海面をも支える"星の化身"。




「…………」




 第三世代の先駆けにして、今日こんにちでは『地母神じぼしん』として最もよく民草に知られる茶髪の彼女が——女神の『レイママ』。

 触れた琴線、入りかけの母性スイッチ。

 まるで幼子おさなごのよう挙動の危うい若者を前に玉体から興奮の熱は吐かれ、その女神で息は荒く。





「母性が高まるのを感じる」





 夢見で輝く褐色の瞳が、青黒の柱を凝視する。



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