『魔剣(?)——ダメ、ゼッタイ①』

『魔剣(?)——ダメ、ゼッタイ①』




「——……我が弟子は旅行先で『特に用途の見出せぬ物』を買い求めたりはしますでしょうか?」

「……?」




 今日は外で師弟、川遊びに雑談。

 岸で屈みながら『溺れて困るような者はいないか』とも神の碧眼で川中を眺める青年へ——岩に座る恩師よりの問い掛け。




「……なんです? 急に、また……?」

「いえ。特に深い高説こうせつを垂れる訳でもなく……けれど"私の同伴しない息抜き"もあるでしょうから、その臨む『注意事項』を一つをば」




 最近では青年の有する"特異性"に目を付けては"接触を図ってくる高位の神"が多く、だから今日のような手隙てすきの時は側近くで一緒の二柱。

 そうした安全にも配慮されての環境で何をするでもなく風景を楽しんでいた青黒の柱へ白黒が穏やかに語り掛ける。




「既にその『指輪』をはじめとして、また他にも視認の困難な領域で"備え"はあるのですが……事前に面倒を避けるため、今日は念入りに言葉でも教えておこうと思いまして」

「……はあ」

「故に冒頭で持ち掛けた話。貴方は旅行などの出先で気分が盛り上がった時で、その勢いがままに……例えるなら『刀身にりゅうの巻き付いた装飾品』や『で作られたかたな』などの——」




「つまり——"自身でも用途が不明な物を軽はずみで手に取ってはいなかったか"?」




「……という問い掛けなのです」

「……」

「更に要約しては『響きや聞こえ、見目がいからと言って"必要性のない物を手に取るべきではない"』との、有り触れた言説」

「……なるほど(?)」

「"良く分からない物を良く分からないまま手に取っては何があるか分からない"ですからね。それが"只の置き物"ならまだしも"曰く付き"を掴まされては……時に"危険"さえ生じましょう」




 言いながらアデス、己の側頭部から垂れる白髪の毛先を指で弄り。

 元から蛇の如きしなやかなそれに強靭なあごの形も加えて『龍』の表象として、神秘の力によってその遊ぶ毛先から黒炎を吐かせもしながら聞き直す。




「なのですから……実際はどうなのですか?」

「?」

「『龍(竜)』や『刀剣類とうけんるい』に憧れをいたりは?」

「……少しなら」

「……買いました?」

「いや、其処まででは——……"裁縫道具"は『黒龍』の物でした」

「ほう」

「……でもあれは、なんなんでしょうね?」

「?」

「場合によっては今でもそうですけど……でも小さい頃は更にを掛けて"そういう物に憧れる"ような……?」

「……思うに我々は"心で剣を振り"、"龍を飼っている"から」

「……それはどういう?」

「"切り開いては飛翔する形"に"日常から離れた夢"を見て、また"此処ではない何処か"を目的とした『旅』の道行き——」




「そうしただ見ぬ生涯へもいだく心情——"旅情りょじょうの流れに沿う"『旅のとも』として」


「『長物ながもの』には"道を開いて示し"、"先へ伸びては進む"——"導くことの期待"を意識の深層で寄せているのかもしれません」




(……『流れるような形』が重要ってこと?)




「……じゃあつまり、『先に進む』とか"その思わせる形"は我々にとってある種『理想的』で……だから"心に馴染む"……いや、"がれる"・"あこがれる"のではないかと……?」

「そしてまた年齢や経験の多い少ないで夢を実直、どれだけ真っ直ぐに捉えられるかどうかでも思いの濃淡は変わって見え——まぁ。"適当"に思い付きを言ってみているだけなのですが」

「……」

「貴方が真面目に考えてくれるものですから、つい。その真剣に思案する様を引き出したくなってしまった次第なのです」

「……アデスさん」

「御免なさい。睨まないで、我が弟子。貴方から鋭い目付きを向けられては私も……身の震える思いですので」




「そして此処からは先にも言ったよう深刻な話でもないので、気楽に」


「でも筋道を戻しては一応、"潜む危険性への注意"と……お詫びも兼ねて"大神からの雑学"を少し」




 からかって可愛がるような微笑みの言動に対して抗議は『じっとり』した視線。

 しかしそれでも青年で『龍』がある程度は好む所とアデスは知り、よって今日は暗黒女神でそのままの形に髪を編み編み・おしゃべりによって川辺の平時が過ぎて行く。




「意味も目的なく手に取りたくなってしまう物があると言った所、"危険な曰く付きの物品"で……取り分け既に話で挙がった"刀剣"と言えば『のつく物』が代表的であります」

「"ま"?」

「これ、即ち『魔剣まけん』——格好のいい響きでも知られる刀剣呼称とうけんこしょうの一種」




「そして、ここで言う『魔』とは"広義こうぎ"のそれであり、意味合いは『超常の力を持った』・『神秘的』・『不思議』などと解釈をして貰えれば結構です」


「因みに"狭義きょうぎ"に於いての『魔』とは主に"私の為す"——端的に言って『魔王の力』と表現できますが今回、後者の語義は関連性が薄く」


「因りて私に関する事柄はわきに置いて進めますので広義の方を意識していてください」




("なにかが凄い剣"が……『魔剣』)




 可愛がられて気恥ずかしさにねていた青年も今では表情を戻して、貴重な大神おんしよりの話に好奇心で聞き入る姿勢。

 拝聴しては適度に疑問を示し、この世界における『魔剣の成り立ち』を新たな知識として獲得せん。




「しかして、次に話す広義の『魔』とは人の共同体で遡ると……言葉の起源を"ある道具や薬品の原材料"に見ることが出来る」

「……?」

「それこそは『』——言い換えての『あさ』」




「医薬品としても扱えれば、けれど時に命を狂気にいざなう毒」


「食用・薬用・衣類などで幅広く役立ち、しかしはなには陶酔とうすいの効果も持つ植物なのです」




「植物であさと言えば……『大麻たいま』の?」

「ええ。まさしくそう呼ばれる陶酔成分を比較的多く持った物についてが『魔剣』の起こりを話す際に無視できぬ要素となるのです」




 教える側のアデスでは指示棒のように人差し指を立て、未知の力で作る『刀剣』と縁にギザギザを持つ特徴的な奇数の小葉しょうよう——『大麻草』の形も空中に浮かべ、その"合わさる"変遷のお話は以下のようであった。




「……我が弟子で大麻の効果は既に知っていますか?」

「は、はい。さっきアデスさんが言ってくれた物も大体は、既に」

「ならば話は早く、それが剣と関わりを持った経緯いきさつ。大麻の『』が魔剣の『』となった事情を手短に述べます」

「——」

「結論から言って——抽出した件の成分を『刀剣に塗り込んだ』・『染み込ませた』のが大体の始まりであったのです」

「……どうしてそんなことを?」

「刀身を伝って攻撃時に開いた傷口からは"状態異常の付与"。また手で持つつかのような場所からは自らで吸引をして発奮はっぷん——酔っては"恐怖心の麻痺"や"士気の高揚"を目的としていたようなのです」




 長命の神は実際に己が過去で観測した事実を言っている。




「……では、『毒矢どくや』とか……強い『お酒』みたいな?」

「飲み込みも早くていらっしゃる。そうです。この世界ではそのようで……つまり『いくさ』などという——"ある程度は狂わねばやっていられない概念に挑むための準備"が、"ソレ"」





「まさに謂わば『毒矢と酒の"兼ね役"』らしき物が当時の『あさけん』であり」


「しかもその敵味方がけんかかわって狂喜乱舞する様子が周囲で恐ろしく、世代を越えては伝承として語られ」


「けれど、時代がくだる中で麻薬の危険性が次第に周知されて"実例"が距離の遠い"伝説"となって行く内——いつしか"曰く付きの刀剣そのもの"を単に『魔剣まけん』と呼ぶようになったのです」





「……いつの間にか伝聞によって大"麻"の意味が忘れられて、今日では『よく分からないけど恐ろしい』方の『魔』で……"置き換わった"?」

しかり、しかり……ふふっ。大麻の方も神事しんじで用いられる程に"神秘的"で、時に十分"恐ろしい"ですけどね」




 そうして、"大麻から生じた魔剣"のあらましを述べ終え、話に区切りを設けようとするアデス。




「ですがそれ故、現状において広くあさの管理も進み、剣に使う件の利用法も人では知る者が殆どいない程に『魔術』や『魔法』の『魔』に取って代わられたから……そう簡単に『麻薬の剣』などは出ないでしょう」


「ですが、まぁ。それでも『魔剣』と呼ばれる物が場合によっては『呪い』のような"危険性"を持つことがあるのも"歴史に見られた事実"で……しかし、賢明である貴方なら不用意に曰く付きの物品へ、それも今や私の指示を請わずに手を出すことなど基本的にあり得ないでしょうが……」




「一応、今日これまでの説明を"注意喚起"の言葉として、『未知への好奇心は時に神さえ殺す』と貴方の女神は言っておく」




 対する青年でも『身を案じて相手が言ってくれていることだから』と素直に見せる頷き。

 そして『今日もまた新しい知識が身に付いた』との一定の充実感を胸に、拠点へ帰る提案を青黒がしようとした——"その矢先"。




「やはり、熱を持った心情が冷静な判断を鈍らせることも往々にしてありますので……『知りたい』との欲求も節度と制御こそが肝要と——」





「あ! 我が友——それに女神アデスも"丁度いい所"に!」





(! この声に気配はイディアさ——"!?")





 音で震える水気にも気付いて青年が振り返った先。

 森から柱の形が進み出てくる其処には思った通りで美の女神イディアはいて——けれど同時期に川辺の地下神殿を通って拠点に戻ろうとした彼女の、"その握る手"で。





「……女神イディア」

「い、イディアさん……??」






「実は今、そこで"こんな物"を……『刀剣のたぐい』を見つけたのですけど——」






 が禍々しく、紫電を纏い煌めいた。




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