『宇宙で一息②』

『宇宙で一息②』




「いや、宇宙なら自分で行けるじゃないですか」

「"我が弟子に"運んで貰いたいのです——」




————————————————




「——運んで……貰いたかったのです」




 拠点へいつの間にか用意されていた格納庫。

 アデスが提案した惑星外での食事と学習会はこれよりで、移動に際して使われるのは『試供品』として大神ガイリオスから贈られた宇宙用の戦闘機。




「では、お願いしますね。我が友」

「はい——と言っても殆どはアデスさん任せなんですが」




「……」




 機体の両翼に其々で斜線の交差を持つ『XXダブルエックスウィング』てきな複座式のものに、前からルティスとイディアで搭乗。

 一方、青年とその後から誘われて来た美神の談笑を横目で見ては、当初『師弟の一対一』で向かおうと考えていたアデス。

 引率の責任者として"大人しく"若者たちに操縦席を譲り、けれど口を尖らせながら後背部より生やす触手は蜘蛛の如く。

 原初の女神、機体を登り。

 本来なら整備や修理を担う支援機械が搭乗する筈のソケットで足腰をつっかえに尻を落とし、まるで浮き輪に身を預けるような姿勢でやさぐれ気味の声を出す。




「……はい。大体は私が担いますので、当然に『資格』や『免許』がどうのと……余計な心配も要りませんよ」




 同時に電子楽器と赤ん坊の声真似を混成したような機械的の音も出して——"準備完了"の意。

 既に『大まかな進行方向』と『加速』、『停止』ぐらいを操作すればいいと簡略化されたコントローラーは青年の手の中で、先述の通りにその他諸々の制御系や衝突回避の仕組みは大神の女神が気を回してくれることになっていた。




(……免許がいる場合もあったりするのかな?)


(星から出たり戻ったりは、少なからず危険が伴うだろうし……そういうものか)




そもそも航空法こうくうほう、星の外に及ぶ法律自体も不在であって……なので、私という監督者の下でく『乗り物式の遊具』とでも思えば宜しいかと」




 そうして気構えに諸注意を述べてはアデスで機体前面に"暗い渦"の展開。

 そのまま操縦席に伝える指示で伸ばす指先を前方の渦がある方へと向け、頷いた青年に加速のボタンを押させ——発進。





「では、きます」





 広めの格納庫から直通のゲートをくぐっては、人の言う光速ならそれなりに時間の掛かる宇宙移動スペースジャンプ

 進み出た先では暗色宇宙を背景に、やはり散りばめられた幾つかの輝く天体についても解説しつつ軽い食事の為に着陸可能な星を探す。





————————————————





 そして、降り立つ大地。

 そう、"大地のある"岩石型の惑星ロッキープラネット




「……勢いで降りちゃいましたけど大丈夫だったんですか? 環境とかは……」

「比較的には先までの星と似たような場所を選び、酸素を多分に吸うようなことは出来ませんが特に問題はないでしょう」

「それも……そうですね」




 見渡す周囲で当然に生物せいぶつの類いは勿論、樹々の彩りもなく。

 基調となるは灰色と褐色の岩盤で、けれど流れ落ちる——いや、"吹き上がる滝"は眼前。

 状態を液体としていられる水が"下へではなく上へ"、地形や其処に吹く風の影響で上空へと舞い上がる自然の光景を前に話す玉体たち。




「『重力』も日常と同程度に気を利かせておきますので……我が弟子、我が弟子」

「あ、はい。直ぐに用意しますね」

宇宙そらでも眺めながら知識を与え、貴方の好意を頂きましょう」




 大気組成の差異で普段通りの発話は難しくとも、その点も宇宙創生の神が『権能なんとか』で実態は念話ねんわがメイン。

 白の髪で『ちょいちょい』と催促をする女神の前で青年も意図を読み取ってはその場に風呂敷を広げて腰を据え、離れた場所で土いじりをしていたイディアも呼び戻してから『ダークベリーのサンド』と『お水』で『もちゃもちゃ』と軽めの食事は始められる。




「——美味おいしいです。我が友」

「同じく。今日も絶品。情報の美味うまいこと」




 イディアとアデスの食べる様を眺めては手透てすきの青年でも浮かべる笑顔。

 だが、女神たちの食べる様子を『注視し続けるのも変か』と逸らす視線で見上げる空は星の見え方がいつもと違う様子。

 肉眼でハッキリと捉えられる近くでも今の惑星地表へ主要な明かりをくれる"恒星の数が二つ"の、見慣れない空が其処には広がっているのだ。




「……(明るい星が、二つ)」

「……明度めいどの高い方が『主星しゅせい』、低く暗いのが『伴星ばんせい』と呼ばれますでしょうか」

「自分も以前に少し、本で読みましたが……あれが『連星れんせい』?」

「はい。恒星が作る形態としては多数派のものであります」




(……恒星においては連星が、多数派?)




「左様。今し方で美神びしんの言う通り、"この世界に存在する恒星あれの半数以上が連星の形式"を取っていましたか」




 そうして、パン物を食べ終わりの時。

 イディアにアデスが合間合間に水を飲みつつ、星見の青年へとその興味対象の説明をしてくれる。




「女神イディアにかれましては『天文てんもん』や『宇宙の物理』についても学ぶ過程で既に知識を蓄えたのでしょうが……我が弟子の方で他に話せることは?」

「いや……それこそ"名称"以外では『恒星』のことはあまり知らないと思います」

「ふむ。であれば、広大な宇宙においても"見易く分かり易い"ことですから……今日の学びは"無を照らした閃光"——」




「現在では『天の光』たる——『恒星』の話を一つの主題としてみましょうか」




 その語らいはかつて宇宙の創成にも関わった神よりの大層に貴重な授業レッスン




「第一にその"正体"。主な成分は……何ですか? 女神イディア」

気体きたい。往々にして『水素』と『ガス元素の一つ』を主要とした天体」

「ではどのように形作られて、状態それは長きに渡って維持がされる?」

「何かしらの衝撃によってもととなる物質が圧縮され、密度の上昇。またそれに伴っては自己の重力も強大なものとなり、更に物を集めて収縮。位置の齎す力で熱も高めては膨張して——そうした『収縮』と『膨張』の釣り合いが安定の形となる」




(……?)


(なんか"集まる力"と、逆に"外へ向かう力"が拮抗してる感じ……?)




「流石に話の早い。知られている成り立ちで特に訂正が必要なこともなく……ならば、"大神らしく"はそうした『どのように』ではなく『なぜ』に視点も移してみましょう」

「……"どのように出来たか"ではなく……『Whyなぜ』?」

「……ご存知ありませんか?」

「其処までは……はい」

創世神わたしの口から……"知りたい"ですか?」




(……ちょっと、置いて行かれてる?)




 しかし、"どう言う訳"か。

 多くの意図を語らぬ恩師は教え子を放り気味に真紅の眼を黄褐色の美神へ。

 構えたそのままの向かい合う花々で時間の止まるような数秒を経過させてから——頷くイディアに対して軽く笑みを見せ、持ち出した話に区切りを付けんとする。




「貴重な機会ですので、はい。出来れば……是非とも」

「であれば、同じく厄災でしの耳にも入れて端的に結論を言うと——『おうの趣味』なのです」

「王とは……"神々の"?」

「はい。の柱が『光り物を好んだから』……今の宇宙が『輝きの装飾』に満ちる結果となったのです」




 近からず遠からずで、けれど嘘も言わず。

 真実にも当たる宇宙規模の趣味嗜好の話。

 その世界観の違いに青年では人心は驚き、ぴくりと震える青黒玉体。

 けれど怯える仕草へアデスの触手が伸ばされては、人肌に温めたのを握らせ——『宇宙、怖くないですよ』と恐怖も隠してやりながらの話題転換。




「……ですが、まぁ」


「一度に言葉で難しく流し込めば、我が弟子も飲み込まれて大変でしょうから……閑話休題かんわきゅうだい




 時に『見上げるばかりでは首も疲れるでしょう』と暗黒の触手を若者たちへ『枕』代わりに差し出して、寝そべるように促して。




「暫しは"純粋な天体観測"から生じる疑問より、私が貴方がたの問いに答える形で学びの時間としましょう」




 青年やイディアの長身では寝そべっての観測、仰向けの暫くで上空に目にする無限の光。

 その大きく、また数の多い様を前にしては其々が抱える悩みも『僅少に過ぎぬ』と思わせる空間。

 側に流れる滝の水音、静穏の時だって流れる惑星の一場面。




・・・




(…………静かだ)


(距離感? 宇宙では遠近の感覚が掴み切れなくて少し怖いとも思ったけど……偶にはこういうのも悪くは——)




 誰もいない星の様子も青年にとっては気が楽で。

 "ならば"と何処へ足を踏み出しても『誰をも踏み付ける心配のない場所』で久しぶりに『駆け回ってみたい』との考えはよぎり。




(……でも『走り回ってみたい』と言うのは少し……"子供っぽすぎる"だろうか?)




 けれど、この年になって『走り回ってきてもいいか』と恩師に聞くのは『幾らか気恥ずかしい』と思った。

 いや、思っていたら——遠目から伝わる水の波長。




「……何か、物質が溶け出している?」


「その性質、光の反射加減の違いで色味に層が……ここまで綺麗に境界線が引かれているとなると流れにも……その成員となる地形にも特殊な……」




(……イディアさん?)




「……我が友なら水中の細かい部分まで見てくれるやも——我が友〜〜!!」




 発見した珍しい地形、窪みに七色の水を湛える湖。

 その奇妙な自然の有り様へ学術的興味の湧いたイディアが放つ、元気なわらべめいた友を呼ぶ声——高らかに。




「貴方にお願いしたいことがあるのですが……!」

「……聞こえていたので、はい。大丈夫です。水質調査とかなら任せてください!」




 未だ飲水いんすいを続ける老婆の前。

 学生たちは羽を伸ばし、星を駆ける。


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