『宇宙で一息①』

『宇宙で一息①』




「——では、『ダークベリー』で」

「はい。『暗黒ダーク』と付いていれば彼女オリジナルもきっと、喜んでくれるでしょうから」

「……分かりました。では、行ってきます」

「行ってらっしゃいませ」




 恩師の形をして声も同じの道具。

 他でもない女神アデスより賜った人形に腰折こしおりのお辞儀で見送られ、自室を出る。



(ベリー、ベリーは……何処だっけ)



 先までのその"お手伝いさん"との話し合いによって献立を決めたから、故に目指す場所は直ぐ。

 ——"元の部屋が二階に置かれていたのは『小規模の段差』に対する反応を見たかったから"?

 分からぬが兎角、階段恐怖の一件以降は『念の為』で一階に移してもらった自室を出て目と鼻の先——共用空間の調理場キッチン



(…………あった)



 特に差し迫った予定もない日常の中、与えられた壁一面の食材から必要となる物を探して。

 横切る青の眼差しで間もなく、目当ての発見。



(後はパンと……クリームで)



 漆黒の色をした苺の類いを手で小皿に取り、また慣れた足取りに手付きは角形かくがたのパンを一斤いっきん

 果実のダークベリーやクリームを詰めては甘めの『挟みものサンド』を作ろうと。

 劣化もしない夢のような模倣食材の並びから取り扱う物を選び、台に一通りを揃えては『振る舞うため』にと知己ちきの女神たちへ連絡を飛ばしておこうとして——。




(そんなに時間も掛からないだろうから、先に連絡を——)




「朝早くから精の出る」

「!」

「我が弟子。我が弟子」




 調理台の向かい側から『ひょこり』と顔を出してくる女神。




「——アデスさん。おはようございます」

「おはよう。……それで、今回はどのような味を振る舞ってくれるのでしょうか?」




 どこか語調や微笑も"可愛げに"。

 既にいた白髪赤目の少女アデスが青年へと話しかけてきた。




「今日はまた、手軽に作れて食べ易い"甘いもの"にしようと思ったんですが……きましたか?」

「……まさか。好きですよ、甘いもの。それにだって気も腹も"すいて"おり、問題などはありませんわ」




 今日より少し前の前回は『宮廷料理』の再現だったからか『王宮のお嬢』らしい言葉づかいを引き摺って、何より『他者を想って』青年が料理することを知っている女神。

 微笑みを気品の感じさせる穏やかに浮かべるまま、けれど『頻度の高くなる』"変化"に気を払っては最近の青年が『よく料理する』ことを指摘せん。




「……しかし、"案ずる"ことはあって」

「?」

「近頃の貴方は少しずつ"料理の回数を増やしてくれている"ようですが……何か、"変わり"はないのですか?」




「"私に伝えておきたい辛く苦しいこと"などは——ありませぬか?」

「それは……はい。心配して頂けるのは幸いで、でも今に"そういうの"はなくて、むしろ……」

「寧ろ?」

「寧ろ"物事を知って出来ることを増やす"のが……『楽しい』んです」




 対する青年では事情を良く知る相手へ忌憚きたんのない正直な心情を述べ、返す微笑みでも己が『学知に触れて"良い刺激"を受けられた』ことを明確としておく。




「以前に訪れた学術の都市でイディアさんや"知識の神"のかたに話を聞かせてもらってから……言われてみると確かに『知らないことを知るのは自分が少し成長した』・『好ましい方向へと変われた』気がすると、自分でもそう思いまして」

「……」

「なので身近な領域、先ずは料理の分野から本を読んだりして学び、その成長の実感を自分で楽しく思いながら……そこで新たに身につけた知識や技術で周囲の方々に喜んでもらえるともっと嬉しくて、だから——」

「『今に心配は無用』と?」

「そうです。アデスさん達が色々と凄い感じに面倒をみてくれてもいますし、そのお陰もあって比較的に安定した——やっぱり寧ろ、"調子がいい"状態が今なんだと思います」




 歯切れ良く、自然に浮かべる表情もにこやかに。

 その様は上述の発言からも分かる通りに青年で意気も揚々。

 "重苦しい女神"が付き纏っては監視する状況で、けれども気分転換に聞かせた知識の神の言葉。

 男神ワイゼンによる学徒に向けた発破は"苦悩する学生"に——"今も自身の理想を探し求める青年女神"へも上々の効果があったよう。




「それはまた……"良きこと"か」

「はい。"良きこと"。それにゆくゆくは料理以外でも自分の興味を探して、調べて……ご迷惑になり過ぎない範囲で『なりたい自分になれたら』とも思います」

「……」




 受けた刺激は『成長の喜び』を再認識させては学びの意欲を青い水で湧き立たせ、『変わり果てた自分』を『変わった自分』へと少しだけでも"前向き"に捉えられるようになった者。

 アデスの眼前で表情に影は残っていても水面に痛ましい繕いは見られず。




「……心掛けも良く、やはり"を愛してくれる姿勢"も好ましく」

「……?」

「そうですね。何事も、"何をするにも知らねば問題や辿り着かんとする場所は見えず"」




「何より『楽しい』・『快い』とも思ってくれるなら——"再び私とお勉強をしましょう"」




 そして、『ならば、好機』との切り出し。




「……お勉強?」

「ええ。また環境を変えての、気分転換。それに軽食も貴方が用意してくれて……折角ですのでそれを持っては私と"そとで遊びましょう"よ」

「それは全然いいですけど……何処へ?」




 学術都市や其処の資料室で得られた体験も鑑みて、『偶には外に出て学ぶのもありか』との提案は宇宙を良く知る大神から——つまり言い換えては『スペース・アデス』よりのもの。




「でしたら丁度、試供品で頂いた"宇宙戦闘機"もありますし……」

「……(……ん?)」

「貴方のように"優しくしてくれる者"と『ピクなんとか』にも行ってみたかったから——"はい"。我が弟子」




 人ならざる女神は"星を出て物を食べる"『スペース・ピクニック』への、"お誘い"。

 何処からともなく『安全帽ヘルメット』と簡単な作りの『制御器具コントローラー』を取り出しては——"差し出して"。





「私を宇宙うちゅうれてって」





 少女は花のような笑み顔で『星を出よう』と言ってのける。



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