『学知に触れる⑤』

『学知に触れる⑤』




「初めまして。新入生の皆様方みなさかまがた




 学術都市の各地で映し出される映像——生い茂る緑の樹海を背に、精悍な顔立ちの男。

 それは紆余曲折を経て情熱と共に目覚めたワイゼンの、彼の身分を明かさぬままに都市運営の頂点に立ったことを意味する『就任演説』・『所信表明』、また同時期に同地へ所属した『新入生歓迎』の意味を持った語り口。




「この度はみなく道を近くし、また距離的にも近しいこの場所で共に学び、相互に高め合える機会を得られたことを喜ばしく思うては謝意を捧げ」


「けれど、既に多く興味・関心の分野を狙い定めた皆の前で長々と語るのも時は惜しく」




 映像の見切れている場所では優先事項である紫色のゴリラを横に並ばせて順に握力計測や口内粘液の採取を光神プロムも動員して行いながら——画面の向こうの学徒たちへ。

 進学を検討している見学者に向けて外部にも開放された教室の一つには青年を含む女神たちの姿も見受けられる中、知識の神は同輩たちに語り掛ける。




「よって勉学の合間に聞く"気晴らし"・"娯楽"的な意味合いでも、少し」


「恐れ入っても個神こじんでする『未来視みらいし』の研究。その"神話に語られる力"への所感についてを述べ——其処から転じては皆の『世界を見て、知ろうとすること』のなんたるか」




「『初心』に立ち返っては皆々の"原点"を想起させて学習意欲の促進。その『ささやかな後押しが出来れば』の——『所信表明』と思います」




 "下手な洒落"も交えては、外向きの笑顔。

 だが、一端に伏せたまぶたの裏でも"鋭い眼光"は消えず——次には失せる笑顔の"変調"。




「そして『未来視』についてを語るにあたって先ずは——"皆にも未来を視てもらう"」




 ゴリラと握手をしながら『俺のことか』と自らを指差す隻眼の神を一瞥で流し、"妙な口振り"を聞いて疑問符を浮かべた観衆に対しては"例え"の話から。




「特別な用意はいらない。ともすればそれは日常に溢れた、普遍的の……"既に皆が行なっている"ことだから」


「だから先ずは簡単に、其々で目の前の空間——机や台の上に『果実かじつが置かれている』としよう」




 言っては聞く者の心に『果実』の表象を思わせ、生まれ育った"時代"に"地域"に"文化的背景"で異なる——各位の思う、それ。

 ある青年の人心では真っ先に"赤くて丸い"『林檎』の形を映像の下、無人の教卓に見出させた。




「種類に形に、色や大きさも何だっていい。極端には見たことがなくとも、触れたことがなくても構わない」


「要はその『置かれた果実』が……仮に『高温多湿』の『閉じ切った空間』に、『採取してから何の処置もなし』に『置かれたまま』だったとして」




「その環境条件を変えずに数日、数週間を経過したのなら——『』という話だ」




 そして、導きに従った青年の視界。

 当然に想像上の林檎は教卓の上でも日が経ち——"腐り果てる"。




「……『腐った』か?」


「"腐らぬ"ようなのを想像してしまった者に関しても、取り敢えず今は『腐らせておいて』ほしい」




 観衆の多くも細かな差異あれど、結果は概ねで等しく。

 また同時に食い意地の張った一頭の紫ゴリラが『傷んだ果実』を口に運ぼうとしたのを見て、万能の男神は『新鮮な果実』とそれとを一瞬ですり替え——『腐ったもの』の実例を手にして話を続ける。

 それは刺々とげとげしい"松の実"にも似た『紫色の果実パイン』であった。




「ではそこで何故なにゆえ、皆の多くでは『果実が腐った』のか?」


「結論から言ってそれは——から。だから"予測が付いた"」


「状況を限定していたと言え、皆はいまずの情景を、今にのだ」




 次には手に持った果実を自らの口に運ぼうとし——けれど『傷んだ物を食べては先で体を壊してしまう』とでも言うように腹部をさすっては食べるの中止。

 不要となったそれを燃えるゴミの袋に入れてから続ける。




「そうだ。お前たちは『既知』によって未来を視る。主に己でより良い理想を生きるため、"過去の積み重ねた英知を足場"に——また時に"未来への架け橋"とする」


「それは望ましい結果を探し求め、好ましくないものを避けようとする生物の大多数が持つ様式であって……ややに脱線したが、つまり要約すると——」




「即ち"遠大の未来を眺める"『神の未来視』とはその延長線上。長くを生きては蓄積、その呆れる程に膨大な知識量から成る——『超高速・超高精度の予測演算』なのかもしれぬということ」


「そして『延長の先にある』と言ったからには、現に皆が『それらしい未来が思い描いてくれた』よう——『多く誰もが未来を視る』、"その可能性を有するという事実"」




 そして、知る神の深い黒の瞳。

 力強く眼差し、期待で"夢を見る星"は瞬く。




「よって転じては『果実の腐ること』——『腐らせる方法』を"知っている"お前たちはそれを『腐らせることが出来る』、"あたう"とも」


「ならば世界のことわり。仮に『物質の循環』についても『風が吹いて桶屋おけやが儲かる』ような、微細びさい筋道委細すじみちいさいを知れば——ことだって"可能やも"しれぬ」





「それが『』——それが『』」


「それこそが我らのする『学び』の向かう先であり、また『知る』ということなのだ」





 言った『全知』に『全能』に合わせては天空に大地に、掌を翳し。

 "世界"に響かせる声、断言的な口調が示す熱。




「皆は果実の腐ることを知っていた。『高温』や『多湿』がその"腐敗を促進する要素"であるとも」


「では、実際それらの要素は"どのように腐敗の現象へと作用をしている"のか? いや、そもそもの"腐敗"とは? それ以前に多く"果実とは何処から来て何処へ向かう"?」


「そう。そういった『知らぬこと』を考えては学び知り、一つずつを積み重ねて"可能を増やす"それこそは——"学問の王道"」




「やはりその先では今にお前たちが『当たり前』や『絶対』と思っている……ともすれば『自然の法則』さえ——『解明』だって可能に近づくのかもしれない」




 世界に法則を敷く"三界の王"たちが今の瞬間をであろうことも想定の内。

 だがそれでも神は強気に、挑戦的に。




「"生きる"こと、"死ぬ"こと。"世界の成立"」


「何故に世界は『』でなく『ゆう』であるのか? 我々は何故なぜに"存在している"のか?」


「それら"神秘"を知ってしまえば世界は——どうなってしまうのだろうか?」




 知識神の語りによって刺激を受けては目で星を輝かせる青年に、美神に。

 また若者たちの華やぐ様子を横で眺めて微笑ましくも思うアデスで口元——挑戦者を前にして大神がする不敵なゆがみ。




「死を恐れ、避けんとし、挑戦的にもこうするならば……『死』を知らねば」


「何も選べずに生まれ、また何を拒否できずに『死しての当然』をいとうなら——のだ」





「『解明』し、『克服』し、『超越』する」


「『当然のこと』として世界に居座る——"宇宙の法"に


「その時、学ぶことに於いて敵は他者ではない。"理不尽ありし世界そのもの"に『挑む』時はたれり」





「"全ての道は全て"に。何処かの他者にとっては『馬鹿げた』、『阿呆あほうな』、『下らない』ことさえ"全ての一部"」


「寧ろ世界を『より正確に捉えん』といそしむなら、その"軽んじられるもの"さえ学徒には必要か」


「学べば『無知のお前』は遠去かり、『何かを知り得たお前』が未来の時で現れる」




 次で間もなく閉じられる歓迎の言葉。

 それぞれで密かに、静かに——知者の口が『共同作業者たち』の心に着ける"火"。

 その輝きは"灯火ともしび"ともなりて先の見えぬ暗がりの道を照らし、未知を恐怖しても『それでも』と進む者たちを神の贈った熱意が勇気付けて支えるのだ。




「年齢の多い少ないも然して関係はなく、励み続ける限り、学び続ける限りの『挑戦者』」


「未知と相対あいたいし、『己の無知を乗り越えん』とする者たちよ。厳密に目的は異なって様々であれど、共に全知全能を目指し歩む者として」





「この地に祀られる『知識の神』が名の下に——"歓迎しよう"」






「"ようこそ"——学びの聖地。フォルマテリアへ」






————————————————






「それで、知識おれを差し置いて"原初の女神が話を持った"のだ——"何を"聞かれた?」

「"隠剣かくしつるぎ"。まぁ、公然の秘密な訳だが」

「……同じか。ならば、現状の様子はどうなっている?」

「相も変わらず。高位の我が身でも、未だ奴の『戦闘狂せんとうきょう』としてのさいには心が冷える」




「自他に被害が出ても『だからなんだ』の"快刀乱麻かいとうらんま"」




「では、"使いばしり"としての役にも支障は?」

「ああ。……どころかこの前なんて『閉鎖空間に人を集めて殺し合わせる催し』に、其処へ外部から——"壁をぶち破ってまるで関係のない神が衝突してくる"のだから……ッ、く、……っ"!」

「……」

「あぁ——"災害"! 事の始まりは"これから"という所なのに、あれでは"物語"としてまるでっ……話にならんだろう……!」




「やはり"聖域"に"禁忌"、"お約束"までも『知らん』と斬り捨てる『光の力』だ」


「今日も今日とて既に三桁の任務をこなし、今で様子を見ると——"ゆ"。あの"落ちた神体性能"でわ」


「っ……! 他の奴が真面目に『異能バトル』をしようとしているのに——其処へ現れる"無法紅蓮の戦闘神格"——わっはっはッ!!」





「あの"極地"! "奥義"!」


「"戦闘バトルバカさ加減"に並べる奴はそういないだろうよ……!」





「……では、じきに?」

「そうだ。"対抗馬"として再起してもらわねば困る」





「極神は明確な競争相手が不在の"単一たんいつ"となった時——奴らの『ちからあばれ』は加速するから」


「しかしそれでも……欠けようが折れようが、"究極聖剣は究極聖剣"」


『セイバー』にして『ブレイド』の奴で自己研磨が産みし輝きは何度だって舞い戻り——"世界に柱は再起する"」







「"おのが求める理想たたかいの為に"」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る