『学知に触れる④』

『学知に触れる④』





「——再びに同じものを読むか。"美の女神"」





「「——"!"」」




 奥の暗がりより、響く声。

 接近で鳴らす足音は事前に注意を引く意図で、現に意識を引かれたイディアとルティスの若者たちが見遣る先。




「これは——"知識の神"。幾久しく、告げずの御前みさきにてお目にかかります」

「構わん。共に『学道がくどうを行く者』として対等。また駆け抜けては必ずしも久闊きゅうかつじょする必要もなく——……その論文は"気に入り"か」

「はい。私的してきにはとても興味を引かれたさくでして……けれど、当時を生きた男神ワイゼンでは確か"論文の作者とも面識"が?」

「然り。他でもないそれを受理したのがこの身である」




 見上げる程の巨躯。

 それもやはりは"見知らぬ男神"の登場に青年は緊張。

 だが、当の釣られて起床のワイゼンでは——親切にも遠方の棚を指差し、イディアが読む物の原板の在り処を発光によって示し。

 けれど美神は『大丈夫』との掌を広げる仕草で断って、のち会所かいしょめいた会釈を行って真横の青黒も追随の動作。



(お"——)



 慌てて椅子から立ち上がって机の角に膝をぶつけて、神聖の場に音を立てて。




(——……お、男神おがみ)




 けれど『詫び』の意味でも繰り返しに下げる頭で断続的に見えたのは——男神の有する構造色こうぞうしょくめいたつやのある黒髪。

 角度によっては青や緑や紫も見せて、深淵を覗かんとする瞳も内で星の輝く黒。

 また装いは"大学の式服しきふく"(?)、博士はかせ風の黒外衣くろコートの——その"光の神が付き纏う"手前で厚手の防火・耐熱の『対閃光装甲』に身を包んだやや目付きの険しい大男が立っていた。




「……さりとて、探求の女神は相も変わらず勉強熱心」


「"絶やさぬ意欲"と"持続の姿勢"は我が身でも『感嘆』の評価に値する」




「……勿体なき御言葉」

「……だがそして、"隣に立つ水の気配"が——」





「——"暗黒わたし使者もの"」





 するとそうして、万能の力を持ちながらに怪訝けげんの目付きが川水の詳細を探ろうとしたおり——"査読"の目論見、阻まれて。

 会合の場に割って入る者は"暗黒神"。




「こんにちは。男神ワイゼン」

「……"女神アデス"」




 恐竜図鑑を見て楽しんでいた女神が合流し、男神のややに冷たかった声へと"ねつ"。




「要らぬでしょうから我が方では挨拶もそこそこに紹介をさせて頂くと……この者が"私の教える柱"。名を——」

「"川水"。"渡りの女神"『ルティス』」

「あら」




 たがワイゼンでは"油断ならぬ相手"がしようとした紹介の声を遮る。

 名を呼ばれて改めのお辞儀をする青年を置き、高位の神同士は簡潔な遣り取り。




「"耳の早きこと光の如く"。ならば他には……どういった?」

「それ以外では、特に」

「少なからずで"気になっていた様子"でしたのに……"知りたいこと"はないのですか?」

「……『"直隠ひたかくす暗黒"とは何か』、是非とも知りたい所ではあって」

「……"?"」

「…………ともあれ、学びのであるなら同輩どうはい。世界を知りたくば手を貸すことも可能性は否定せず」

「……まあ。"丁重ていちょうに扱ってくれる"と?」

「……勿論」




 "青年"という『謎』を巡っては言葉によって動向に掛ける圧。

 けれども、"世界の重量を小型の玉体に収める大神"を前にしても知識の神。




自他じたは異なり、一面だけを限り見て比較すれば時に優劣の差も見出せようが——」


「——しかし、我は『学生がくせい』で、先刻の様子から察するに初対面の柱も『学生おなじく』」




「大局に於いて、神はそのよう"世界を見る"」




 物怖じの素振り一切をおもてで出さず。

 己の考えを伝えては、『未知』を前にして『知る神』に熱意は乗り。




「何故なら我が身は『世界を知らん』とし、因りて当然に『寛容』も含む"無限の対応札たいおうふだ"でっても俺は——」





「『いずれ世界を知る神』なのだから」

「……」





 姿を顕す"挑戦的の魔性"に火を付けられて、燃える心に眼差しで星は力強く。




「調子が上がってきたな」


「『全然わからん』で不貞寝をして、目覚めて意気軒昂の時は『俺が世界を知る神だ』の平常運行——それこそ我が知友ちゆうのワイゼン。いつものコンボだ……!」




 遅れて奥の通路から進み出る輝き。

 隻眼の光神の残る右目で、濃い褐色。

 電光の迸る髪では黄金の毛色を持つ者——男神プロム。




「……だがそれでも、"未知の神"を前にしてお前の上げる熱は"気に入らん"」

「……」

「"前から"だ」

「……"勝手に付き纏う身"でうるさいぞ」




 光熱を引っ提げる神の登場に際して眉根を寄せるワイゼンへ言葉で絡んでは、両者ともに低く沈ませる声色で"緊張"の間合いが広がる。




おれに火を付けたのは誰だ」

「知らん。破滅的の強熱きょうねつ。暑苦しい」

「良く分かってるじゃないか。"光の神"のなんたるか」




 片や隻眼で眼光——"凝縮"。

 片や腕に形成する装甲で『ダイクロイック』の鏡面に『フォトニック』の結晶は煌めいて——"反撃の構え"。




「……か? 場所を変えて」

「……」




(——な、なんか始まってる……!)




 来訪者たち其方退そっちのけ。

 面と向かっての再会を果たした二者による会話は熱烈。

 そのただならぬ情景を目撃してしまった青年ではプロムの現れたこれを機に『"裁判の礼"を言えないか』とも思ったのだが——川水の言葉を挟む余裕はなさそう。




「……未知の神へ」


「"光神の熱情"に対しては如何様に対処をしてきたのか。"その道の権威"から助言を——」




「"適当"です」




 でも男神たちの鎬を削る様を見て何故か『ニコニコ』と微笑みアデス。

 高位神を嗜めるだけの前歴を持つ最年長が青年の思惑を察して『礼を言う時間』をテキパキ作り——神々の集う場は水を差されて変わる話題によって一旦の収まりをみるのであった。




————————————————




 斯くして。

 先の裁判で神の恩恵を受けた青年とイディアがプロムに礼を言い終わった頃。




「『修辞しゅうじ』がどうのと聞いてはいたが、暗黒の大神は『礼節』までを教えるのか」

「覚えが早くて凄いのですよ」




 一見すれば敵対的な雰囲気のない場。

 あくまで中立の関係を保つ知識と未知、大男と少女の形は去り際に世間話を交わす。




「だが、それでその『秘蔵の弟子』を態々わざわざ……"原初の女神が直々に連れ立つ理由"とは?」

「話が早く、大助かり。しかして結論を言えば——『学問の殿堂で一流の空気感を体験させてあげたかった』だけなのです」

「……本当に、"平凡なそれだけ"を?」

「言い変えて残りは『例のけん』の確認に」

「成る程。"例の"」




「しからば『あれの所在は此処でなく』、『報告外で目立つ異変もなし』と伝え」


「また我が身では暫し『学長』や『学園長』や『理事長』などの就任で今後の予定も詰まる故……師弟で時間の許せばこの後の『就任演説』・『新入生歓迎の言葉』は空気感を知るに"程良い機会"と言って去りましょう」





「では」





 光神の向かってくる合流に合わせては二者で女神たちを資料室に残して場を後にし、『知識』に『知恵』に『未知』で——『知』を司る神々で其々が"大勢変革"の局面へと臨まん。





・・・





「——『暗黒』に『美』に、それに護られては繋がりの見えぬ『新たな特異点』で"危うい者"が集まってきたな」

「……『美の女神』に関してはその"正体"が何であれ『後ろ盾』に"早くから"極神が付いている"以上、"特異性の証明"は既にある程度が為されている——またそれは、あの『川水』でも同じこと」




「そしてやはり、『大神』の調査優先度はどれだけ高くとも"後ろ"」


「極まっている奴らに関する事項は入念を重ねての"締め"であるべきだ」




「まったく"高い壁"だな」

「ああ。……だがそれでも我が身の超えるべき壁、上等よ」




「起きて、気も湧いてきた」


「知る神は祖たる"大神のめい"であろうとなんであろうと」





「他の誰でもない『知らんとする己の欲心』に従い——"世界への挑戦"を"続ける"のみだ」




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